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47 貧相に見える気がする
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「――しっかり着替えておいで」
「あ、はい……」
子供に言い聞かせるような念押しの声とともに、ぱたりと扉が閉じられて着替え部屋に独り残される。「はぁっ」と、思わず深いため息が漏れた。
辺境から王都までの宿代などは全てハイレリウスの支払いだ。ここにきて服代も立て替えられているし、どれだけの金額になっていることか。楽しそうに事を進めていく彼の姿を見ているとその事実が意識から抜け落ちてしまいがちなのだが、こうして一人になって今までを振り返ると至れり尽くせり過ぎて胃が痛い。
弱っていたところに差し伸べられた優しい手すがりついて王都に来ることを決めたが、本当にこれで良かったのか。君は命の恩人だからと良くしてくれているが、どっぷり浸かってしまうのは違う気がする。だからといって、断ればまた瞳を潤ませて「私を恩知らずにしたいんだね」と、なじられるだろう。
……恩返しが重たい。
贅沢な悩みなのかもしれないが、シタンは領主とは違う意味でハイレリウスのことにも頭を悩ませ始めていた。そんなこんなで上等な服を着るのにためらってしまうが、着替えないと部屋から出辛い。
「物が良すぎて怖いよ。古着でいいのに……」
ぶちぶちとぼやきながら諦めて麻の服を脱ぎ散らして、渡された服を慎重な手付きで取り上げては身に着ける。持った時の軽さと、肌に触れる布地のあまりの滑らかさに驚きながら上から下まで着替え終えて、そろりと扉を開けてハイレリウスの元へと歩み寄る。
「ああ、とても似合うね! 上背があるから見栄えも良いし」
「よくお似合いでございますよ。お客様」
ハイレリウスと店主から声がそんな掛かる。大きな姿見があったので自分でも確かめてみたが、違和感しか感じない。体を締め付けるほどではないが、体の線にそった細身の仕立てになっていて肉付きがよくない体が余計に細く見える。
……これは、似合っているのか? ひょろっとしていて貧相じゃないのか。
なんだか納得がいかないが、ハイレリウスはご満悦な様子で、店主も良い仕事をしたと言わんばかりに機嫌良く微笑んでいる。そんな二人の前で、貧相じゃないのかなどと思った通りのことを言うのは気が引けて、「あ、ありがと」と、礼を言って緩く笑うのに留まった。
「髪を解いてみよう。こちらでは結い上げている男性は少ないから」
するりと皮ひもを解かれて、長い銀髪は滝のように背中へと落ちる。
「髪を下ろすとまた雰囲気が変わるね」
「そうかなぁ」
「なかなかの色男ぶりだ」
「言われたことないですよ」
「……そう。みんな見る目がないんだね。ああ、邪魔にならない程度に結んでおくよ」と、軽く手櫛で梳いた後で肩下程度の位置で緩く結い直された。「うん、いい感じだ」
シタンは垂れ目がちで、少しそれを気にしている。髪を長く伸ばしてひっ詰めているのは、散髪の手間が少ないのと狩りの時に視界に入らない髪型だという以外に、垂れ目なのをごまかしたいという理由もある。
「この方が素敵だよ」
「素敵って……」
「優しい雰囲気で人に好かれそうじゃないか」
近所の悪ガキに、とろくさそうな寝ぼけ顔だなんて言われたことがある。男らしさが足りないなんてことも言われた記憶があるが、あれは付き合った相手からだったか。余り容姿に自信がなかった身としては、美形のハイレリウスに褒めちぎられると逆に複雑な思いがする。
「髪結い用の平紐などもございますが、如何でしょうか」
「欲しいな。彼と瞳の色と同じものがあればそれを。あと、私の色も出して」
「かしこまりました」
……なにかまた余計な出費が始まった。
「あの、あんまり買うと金が足りなくなりそうなんですが」
「服の代金は出稼ぎ先が出してくれるって話、忘れてるね。気にしなくて良いから」
そういえばそうだったが、それでも皮紐で十分だというのに。持ってこられたのは光沢があって金を布にしたような色味の平紐だった。派手だ。すごく派手だ。そしてまたしても高そうだ。どうしてこんなものをと狼狽えるシタンのことなど目に入っていない様子で、ハイレリウスが金色の紐で髪を結び直した。
「よし、これで仕上がった」
やり遂げた顔でそう言って、彼はポンとシタンの背中を叩いた。
「狩人の姿も恰好良かったけど、こっちも悪くないね。なんかこう、良いところの御子息みたいだよ」
「えっ、流石にそれは」
「いやいや。きっとご婦人方が振り返るよ。見目に頓着がないのも考えものだ」
「……ハル様くらいの美丈夫だったら振り返るかもしれないけど、俺はそんなんじゃないし……」
正真正銘の美男が横にいるのに、自分のような田舎臭い狩人なんて目に入るはずもない。そういう意味を込めてじっとハイレリウスを見詰める。すると彼は目を瞬いた後に、さっと拳を口元に当て顔を逸らした。
「んっ、まさか君に美丈夫だなんて言われるとは……。不意打ちだったよ」
「だって、誰が見てもそう見えるくらいハル様は綺麗な顔しているし、そのくらい恰好良かったら、俺だって自分のこともっと違う風に考えられるよ」
本心からそう思った。男でも見惚れるほど綺麗で、貴族だが優しくて羽振りも良い男前だ。自分が若い娘だったら、それこそ熱を上げてしまうだろう。……恩返しがとても重いが。
「貴族だけど怖くなくて優しいし、ハル様の方がよっぽど色男だと思う」
ハイレリウスの存在が有難いことには変わりはない。思ったままの言葉を連ねていくと、彼の頬がほんのりと赤くなっていく。口元を拳で隠し顔をそらしたまま「シタン、もうその辺にしてくれないかな」と、片方の手で胸板を押されて止められた。
「……これはくるものがあるな……」
などと、呟くハイレリウスの姿は少し変だったが、シタンの言ったことが不快だということではなさそうだ。照れているだけだろう。思ったことをそのまま言い過ぎただろうか。
「ハル様、大丈夫ですか。あの、お世辞じゃなくてほんとに俺、ハル様は恰好良くて綺麗だって」
「ああもう、わかったから。ありがとう。嬉しいよ。さて、そろそろ店を出よう」
ハイレリウスはシタンとは目を合わせずに、店主の方を向いて支払いを済ませると服を入れた手さげ袋を受け取った。そしてそのまま、足早に店の外へと逃げるように出て行ったのだった。
「あ、はい……」
子供に言い聞かせるような念押しの声とともに、ぱたりと扉が閉じられて着替え部屋に独り残される。「はぁっ」と、思わず深いため息が漏れた。
辺境から王都までの宿代などは全てハイレリウスの支払いだ。ここにきて服代も立て替えられているし、どれだけの金額になっていることか。楽しそうに事を進めていく彼の姿を見ているとその事実が意識から抜け落ちてしまいがちなのだが、こうして一人になって今までを振り返ると至れり尽くせり過ぎて胃が痛い。
弱っていたところに差し伸べられた優しい手すがりついて王都に来ることを決めたが、本当にこれで良かったのか。君は命の恩人だからと良くしてくれているが、どっぷり浸かってしまうのは違う気がする。だからといって、断ればまた瞳を潤ませて「私を恩知らずにしたいんだね」と、なじられるだろう。
……恩返しが重たい。
贅沢な悩みなのかもしれないが、シタンは領主とは違う意味でハイレリウスのことにも頭を悩ませ始めていた。そんなこんなで上等な服を着るのにためらってしまうが、着替えないと部屋から出辛い。
「物が良すぎて怖いよ。古着でいいのに……」
ぶちぶちとぼやきながら諦めて麻の服を脱ぎ散らして、渡された服を慎重な手付きで取り上げては身に着ける。持った時の軽さと、肌に触れる布地のあまりの滑らかさに驚きながら上から下まで着替え終えて、そろりと扉を開けてハイレリウスの元へと歩み寄る。
「ああ、とても似合うね! 上背があるから見栄えも良いし」
「よくお似合いでございますよ。お客様」
ハイレリウスと店主から声がそんな掛かる。大きな姿見があったので自分でも確かめてみたが、違和感しか感じない。体を締め付けるほどではないが、体の線にそった細身の仕立てになっていて肉付きがよくない体が余計に細く見える。
……これは、似合っているのか? ひょろっとしていて貧相じゃないのか。
なんだか納得がいかないが、ハイレリウスはご満悦な様子で、店主も良い仕事をしたと言わんばかりに機嫌良く微笑んでいる。そんな二人の前で、貧相じゃないのかなどと思った通りのことを言うのは気が引けて、「あ、ありがと」と、礼を言って緩く笑うのに留まった。
「髪を解いてみよう。こちらでは結い上げている男性は少ないから」
するりと皮ひもを解かれて、長い銀髪は滝のように背中へと落ちる。
「髪を下ろすとまた雰囲気が変わるね」
「そうかなぁ」
「なかなかの色男ぶりだ」
「言われたことないですよ」
「……そう。みんな見る目がないんだね。ああ、邪魔にならない程度に結んでおくよ」と、軽く手櫛で梳いた後で肩下程度の位置で緩く結い直された。「うん、いい感じだ」
シタンは垂れ目がちで、少しそれを気にしている。髪を長く伸ばしてひっ詰めているのは、散髪の手間が少ないのと狩りの時に視界に入らない髪型だという以外に、垂れ目なのをごまかしたいという理由もある。
「この方が素敵だよ」
「素敵って……」
「優しい雰囲気で人に好かれそうじゃないか」
近所の悪ガキに、とろくさそうな寝ぼけ顔だなんて言われたことがある。男らしさが足りないなんてことも言われた記憶があるが、あれは付き合った相手からだったか。余り容姿に自信がなかった身としては、美形のハイレリウスに褒めちぎられると逆に複雑な思いがする。
「髪結い用の平紐などもございますが、如何でしょうか」
「欲しいな。彼と瞳の色と同じものがあればそれを。あと、私の色も出して」
「かしこまりました」
……なにかまた余計な出費が始まった。
「あの、あんまり買うと金が足りなくなりそうなんですが」
「服の代金は出稼ぎ先が出してくれるって話、忘れてるね。気にしなくて良いから」
そういえばそうだったが、それでも皮紐で十分だというのに。持ってこられたのは光沢があって金を布にしたような色味の平紐だった。派手だ。すごく派手だ。そしてまたしても高そうだ。どうしてこんなものをと狼狽えるシタンのことなど目に入っていない様子で、ハイレリウスが金色の紐で髪を結び直した。
「よし、これで仕上がった」
やり遂げた顔でそう言って、彼はポンとシタンの背中を叩いた。
「狩人の姿も恰好良かったけど、こっちも悪くないね。なんかこう、良いところの御子息みたいだよ」
「えっ、流石にそれは」
「いやいや。きっとご婦人方が振り返るよ。見目に頓着がないのも考えものだ」
「……ハル様くらいの美丈夫だったら振り返るかもしれないけど、俺はそんなんじゃないし……」
正真正銘の美男が横にいるのに、自分のような田舎臭い狩人なんて目に入るはずもない。そういう意味を込めてじっとハイレリウスを見詰める。すると彼は目を瞬いた後に、さっと拳を口元に当て顔を逸らした。
「んっ、まさか君に美丈夫だなんて言われるとは……。不意打ちだったよ」
「だって、誰が見てもそう見えるくらいハル様は綺麗な顔しているし、そのくらい恰好良かったら、俺だって自分のこともっと違う風に考えられるよ」
本心からそう思った。男でも見惚れるほど綺麗で、貴族だが優しくて羽振りも良い男前だ。自分が若い娘だったら、それこそ熱を上げてしまうだろう。……恩返しがとても重いが。
「貴族だけど怖くなくて優しいし、ハル様の方がよっぽど色男だと思う」
ハイレリウスの存在が有難いことには変わりはない。思ったままの言葉を連ねていくと、彼の頬がほんのりと赤くなっていく。口元を拳で隠し顔をそらしたまま「シタン、もうその辺にしてくれないかな」と、片方の手で胸板を押されて止められた。
「……これはくるものがあるな……」
などと、呟くハイレリウスの姿は少し変だったが、シタンの言ったことが不快だということではなさそうだ。照れているだけだろう。思ったことをそのまま言い過ぎただろうか。
「ハル様、大丈夫ですか。あの、お世辞じゃなくてほんとに俺、ハル様は恰好良くて綺麗だって」
「ああもう、わかったから。ありがとう。嬉しいよ。さて、そろそろ店を出よう」
ハイレリウスはシタンとは目を合わせずに、店主の方を向いて支払いを済ませると服を入れた手さげ袋を受け取った。そしてそのまま、足早に店の外へと逃げるように出て行ったのだった。
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