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60 いきなり抱き付かれた
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――翌朝。
シタンはハイレリウスに付き添われて馬車で城へと向かった。
見慣れた大門をくぐり、中庭へと進む。殺風景な庭と、その向こうに建っている厳つい城の大扉を目にすると、またここへ来てしまったのだという実感がまざまざと湧いてきて、胸が不安と緊張に苛まれて高鳴ってくる。
「降りたくない……」
「なにを言うんだい。さあ、覚悟を決めて」
背中を軽く叩かれて、馬車の外へと追い出された。渋々ながらハイレリウスの後に続いて城の方へと向かうと、侍従長を務めている老人が大扉を開けて姿を現した。
恭しい態度でハイレリウスへ頭を垂れて挨拶をした老人は、シタンへ視線を向けると心底安堵した顔で嬉しそうに微笑んだ。どうやら心配されていたらしい。申し訳ない気分になって、ぺこりと小さく頭を下げておいた。
「ご案内いたします」
相変わらずしゃっきりと背筋の伸びた姿勢で歩く老人の後に続いて、二人は城の中へと入った。
案内されたのは、一階の奥まった位置にある部屋だった。老人がコツコツと扉を叩くと「入れ」という声が中から響く。領主の声だ。思わずびくりと肩を跳ねさせてしまったが、ここまで来たら逃げる訳にもいかない。ぐっと拳を握り締めて部屋へと入った。
「シタン!」
「う、うわぁっ!」
一瞬、なにが起こったか分からなかった。
「どこに行っていた。迎えに行くと言ったのに」
耳元で低く甘い声が響き、自分が領主に抱き締められていることにようやく気付く。こんな出迎え方をされるとは思っていなくて驚いたが、愛想を尽かされていなかったことにほっとしてしまった。
「え、あ。ご、ごめん……」
思わず謝ると抱き締める力が強くなる。
……まさか本当に、この男に愛されているのだろうか。
すぐさまそんなはずはないと否定しながらも、胸の奥が熱くなってしまうのを止められない。嬉しくなって抱き締め返そうとしたが「話が先だよ。離れて」と、ハイレリウスの手によって引き離されてしまった。
「ハイレリウス、何故お前がシタンを連れている」
領主が鋭い目つきでハイレリウスを睨んだ。
久しぶりに見た領主の顔は、心なしかやつれていた。目の下に薄く隈があって、あまり眠っていないようだ。王都にいる間になにがあったのか……凄味が増していて以前よりも怖い。
「シタンは私の命の恩人であり、友だ。君が彼を悩ませていると聞いてね、一肌脱ぐことにしたんだ」
「恩人だと? どういうことだ」
「魔獣に追われていた私を助けてくれた。彼の弓の腕前は素晴らしいね。私はシタンのことをとても気に入ったよ。召し抱えたいくらいだ」
そう言いながらシタンの肩を抱き寄せるハイレリウスに対して、領主はあからさまに怒り狂った顔つきになり殺気みなぎる鋭い視線を突き刺してきた。
「ひいっ!」
自分が睨まれてはいないが、あまりの殺気に肝が縮み上がる思いがした。今までに何度か領主の鋭い目つきを怖いと感じたことはあったが、こんなに恐ろしい目つきは見たことがない。何が気に入らないのか分からないが、相当に怒っているのは間違いない。
「みだりに触れるな。シタンは私のものだ」
「いつから君のものになったんだ」
盾になると言っただけあって、レリウスは領主相手でも怯まずに相手をしている。奪い返そうとしてか伸ばされた領主の手を退けて、シタンを背に庇い距離を取った。
「辺境伯ともあろう者が、恥を知れ。ありもしない罪を着せ、それを免れる対価として慰みにしていたのだろう? まさか君がそんな卑劣な人間だとはね。シタンは、心の底から君のことを受け入れてなどいない」
ハイレリウスの容赦のない言葉に、領主は朱い唇を引き結んで押し黙る。横暴で自分勝手な男でも、他人から声高に自分のしでかしたことを言われると何か思うところがあるのだろうか。
元々白い肌をしたその顔は、血の気が引いてさらに白くなっていた。
シタンはハイレリウスに付き添われて馬車で城へと向かった。
見慣れた大門をくぐり、中庭へと進む。殺風景な庭と、その向こうに建っている厳つい城の大扉を目にすると、またここへ来てしまったのだという実感がまざまざと湧いてきて、胸が不安と緊張に苛まれて高鳴ってくる。
「降りたくない……」
「なにを言うんだい。さあ、覚悟を決めて」
背中を軽く叩かれて、馬車の外へと追い出された。渋々ながらハイレリウスの後に続いて城の方へと向かうと、侍従長を務めている老人が大扉を開けて姿を現した。
恭しい態度でハイレリウスへ頭を垂れて挨拶をした老人は、シタンへ視線を向けると心底安堵した顔で嬉しそうに微笑んだ。どうやら心配されていたらしい。申し訳ない気分になって、ぺこりと小さく頭を下げておいた。
「ご案内いたします」
相変わらずしゃっきりと背筋の伸びた姿勢で歩く老人の後に続いて、二人は城の中へと入った。
案内されたのは、一階の奥まった位置にある部屋だった。老人がコツコツと扉を叩くと「入れ」という声が中から響く。領主の声だ。思わずびくりと肩を跳ねさせてしまったが、ここまで来たら逃げる訳にもいかない。ぐっと拳を握り締めて部屋へと入った。
「シタン!」
「う、うわぁっ!」
一瞬、なにが起こったか分からなかった。
「どこに行っていた。迎えに行くと言ったのに」
耳元で低く甘い声が響き、自分が領主に抱き締められていることにようやく気付く。こんな出迎え方をされるとは思っていなくて驚いたが、愛想を尽かされていなかったことにほっとしてしまった。
「え、あ。ご、ごめん……」
思わず謝ると抱き締める力が強くなる。
……まさか本当に、この男に愛されているのだろうか。
すぐさまそんなはずはないと否定しながらも、胸の奥が熱くなってしまうのを止められない。嬉しくなって抱き締め返そうとしたが「話が先だよ。離れて」と、ハイレリウスの手によって引き離されてしまった。
「ハイレリウス、何故お前がシタンを連れている」
領主が鋭い目つきでハイレリウスを睨んだ。
久しぶりに見た領主の顔は、心なしかやつれていた。目の下に薄く隈があって、あまり眠っていないようだ。王都にいる間になにがあったのか……凄味が増していて以前よりも怖い。
「シタンは私の命の恩人であり、友だ。君が彼を悩ませていると聞いてね、一肌脱ぐことにしたんだ」
「恩人だと? どういうことだ」
「魔獣に追われていた私を助けてくれた。彼の弓の腕前は素晴らしいね。私はシタンのことをとても気に入ったよ。召し抱えたいくらいだ」
そう言いながらシタンの肩を抱き寄せるハイレリウスに対して、領主はあからさまに怒り狂った顔つきになり殺気みなぎる鋭い視線を突き刺してきた。
「ひいっ!」
自分が睨まれてはいないが、あまりの殺気に肝が縮み上がる思いがした。今までに何度か領主の鋭い目つきを怖いと感じたことはあったが、こんなに恐ろしい目つきは見たことがない。何が気に入らないのか分からないが、相当に怒っているのは間違いない。
「みだりに触れるな。シタンは私のものだ」
「いつから君のものになったんだ」
盾になると言っただけあって、レリウスは領主相手でも怯まずに相手をしている。奪い返そうとしてか伸ばされた領主の手を退けて、シタンを背に庇い距離を取った。
「辺境伯ともあろう者が、恥を知れ。ありもしない罪を着せ、それを免れる対価として慰みにしていたのだろう? まさか君がそんな卑劣な人間だとはね。シタンは、心の底から君のことを受け入れてなどいない」
ハイレリウスの容赦のない言葉に、領主は朱い唇を引き結んで押し黙る。横暴で自分勝手な男でも、他人から声高に自分のしでかしたことを言われると何か思うところがあるのだろうか。
元々白い肌をしたその顔は、血の気が引いてさらに白くなっていた。
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