82 / 110
番外編「とある狩人を愛した、横暴領主の話」
15 奈落の底のような暗闇
しおりを挟む
――王都での暮らしは、忙しなくも穏やかで順調だった。
「困ったことがあれば私たちに相談しなさい。どんな小さなことでも良いから」
「そうね。遠慮をしないで、なんでもお話しして。困り事だけではなくてもいいのよ。貴方とたくさんお話をしたいわ」
あの厳格な父の弟とは思えないほど穏やかな物腰の叔父と、母ほどの美貌ではないが、美しく嫋やかで内側からにじみ出る母性を感じさせる叔母。
彼らは実の両親などより余程に親身になって、甥である自分に寄り添ってくれた。それによって、彼らの屋敷で居心地の悪い思いをすることもなく少年の時期を過ごすことができた。
それから、ハイレリウスを始めとした同世代の貴族達との付き合いのなかで、友情と――正しくそれは友情だと――呼べるものを結ぶに至りつつあった。
だが、そんな恵まれた環境に在れても、不意に筆舌に尽くし難い孤独を感じることがあった。
「ラズラウド、君は時々……とても寂しそうな顔をするね」
「……そんなことはない」
「ふうん? でも、私にはそう見えるけれど。君と初めて会ったときからずっとね」
「お前のそういうところは、少し苦手だ」
「ごめんごめん。でも、友である君がそういう顔をするのを見ていると、少なからず心配だから」
表情に出すことなどしていないつもりだったが、目聡いハイレリウスにだけは気付かれた。人懐っこくてしつこいのが彼の特徴ではあるが、半面で相手を気遣うだけの配慮も持ち合わせている。
「言いたくないのなら、聞かないけれど……、いつか力になれるときがあれば、手を貸すよ」
「気持ちだけは、有難くもらっておく」
「うん。そうしておいて」
後々になって、思いも寄らない形でハイレリウスがシタンと自分の運命に絡んでくることになろうとは、このときはまったく予想していなかったが。
シタンや彼の両親とはまた違った意味で、叔父夫婦やハイレリウスのような学友の存在が、荒んでいたラズラウディアの心を癒したのは言うまでもない。
しかし、それであっても孤独を感じなくなることはなかった。奈落の底のような暗闇が、常に胸の奥に棲みついていた。
王都は華やかな場所だ。辺境では触れられない文化と、各地から集まる多種多様な人や物で溢れている。新たに得た友もいる。……だがここには魚を釣った小川も、駆け回ったり木の実を採ったりした広大な森もない。そしてなにより、シタンがいない。
会いたい。どうしようもないくらいに彼と過ごした日々が恋しい。
今すぐにでも辺境に帰って、シタンの胸に飛び込めたらどんなに幸せだろうか。どんな菓子や料理を食べるよりも、彼と二人で食べる魚や木の実の方が美味しい。
なにをしていても満たされない。暗闇が埋まるには、あまりにも足りない。辺境を離れてから感じ続けているこの暗闇は、きっとシタンの元へ戻ることができたときに消すことができるのだ。
――早く、大人になりたい。できるだけ早く。
父の力に屈することのない強い大人になりたい。そして、なにもかもを手に入れて、胸を張ってシタンに会いに行こう。ひたすらに再会を切望して貪欲にあらゆることを学び、自らを鍛え続けた。
飛ぶように年月が過ぎた。
成長痛をともなう勢いで背は伸び、折れそうなほどに細かった肢体は多少の荒事ではびくともしない頑健さを備えるようになった。そして、姉に似て少女めいた円やかな容貌は、鋭利に引き締まった青年のそれになっていた。
「――最近は随分と大人びて、見違える様に逞しくなったね」
ある時、叔父が眩し気にラズラウディアを見上げてそう賞賛した。
「叔父上と伯母上のお陰です」
「私達は大したことはしていない。君はとても意志が強くて勤勉だった」
「であるとしても、感謝しております」
「ところで、婚約の件はどうするつもりかな」
王宝石のごとき美貌と、有力な貴族である辺境伯の継子という血筋。灯りにたかる羽虫のように、婚約を求める文が辺境の両親を経由して届いていたが、ことごとくを冷酷なまでの頑なさで拒み続けていた。
「君の身分と釣り合いの取れる家ばかりだ。そろそろ見合いの席を設けてみてはどうかな」
「いずれ、辺境に戻った時に考えます」
多少なりとも気のある返答をしているが、どんな令嬢であっても婚約を結ぶ気など一切なかった。
「まだ、私は若輩者です。そのような気にはなれません」
夢見まで見るほどに恋焦がれ、求め続けているのは、蜂蜜色の瞳をした優しい彼だけ。
脳裏にシタンの笑顔が浮かぶのと同時に、甘い痛みが胸に走る。その甘く切ない痛みをひた隠しながら、口元を歪めて形ばかりの微笑みを浮かべた。
……胸の奥に、奈落の底のような深い暗闇を抱えたままで。
「困ったことがあれば私たちに相談しなさい。どんな小さなことでも良いから」
「そうね。遠慮をしないで、なんでもお話しして。困り事だけではなくてもいいのよ。貴方とたくさんお話をしたいわ」
あの厳格な父の弟とは思えないほど穏やかな物腰の叔父と、母ほどの美貌ではないが、美しく嫋やかで内側からにじみ出る母性を感じさせる叔母。
彼らは実の両親などより余程に親身になって、甥である自分に寄り添ってくれた。それによって、彼らの屋敷で居心地の悪い思いをすることもなく少年の時期を過ごすことができた。
それから、ハイレリウスを始めとした同世代の貴族達との付き合いのなかで、友情と――正しくそれは友情だと――呼べるものを結ぶに至りつつあった。
だが、そんな恵まれた環境に在れても、不意に筆舌に尽くし難い孤独を感じることがあった。
「ラズラウド、君は時々……とても寂しそうな顔をするね」
「……そんなことはない」
「ふうん? でも、私にはそう見えるけれど。君と初めて会ったときからずっとね」
「お前のそういうところは、少し苦手だ」
「ごめんごめん。でも、友である君がそういう顔をするのを見ていると、少なからず心配だから」
表情に出すことなどしていないつもりだったが、目聡いハイレリウスにだけは気付かれた。人懐っこくてしつこいのが彼の特徴ではあるが、半面で相手を気遣うだけの配慮も持ち合わせている。
「言いたくないのなら、聞かないけれど……、いつか力になれるときがあれば、手を貸すよ」
「気持ちだけは、有難くもらっておく」
「うん。そうしておいて」
後々になって、思いも寄らない形でハイレリウスがシタンと自分の運命に絡んでくることになろうとは、このときはまったく予想していなかったが。
シタンや彼の両親とはまた違った意味で、叔父夫婦やハイレリウスのような学友の存在が、荒んでいたラズラウディアの心を癒したのは言うまでもない。
しかし、それであっても孤独を感じなくなることはなかった。奈落の底のような暗闇が、常に胸の奥に棲みついていた。
王都は華やかな場所だ。辺境では触れられない文化と、各地から集まる多種多様な人や物で溢れている。新たに得た友もいる。……だがここには魚を釣った小川も、駆け回ったり木の実を採ったりした広大な森もない。そしてなにより、シタンがいない。
会いたい。どうしようもないくらいに彼と過ごした日々が恋しい。
今すぐにでも辺境に帰って、シタンの胸に飛び込めたらどんなに幸せだろうか。どんな菓子や料理を食べるよりも、彼と二人で食べる魚や木の実の方が美味しい。
なにをしていても満たされない。暗闇が埋まるには、あまりにも足りない。辺境を離れてから感じ続けているこの暗闇は、きっとシタンの元へ戻ることができたときに消すことができるのだ。
――早く、大人になりたい。できるだけ早く。
父の力に屈することのない強い大人になりたい。そして、なにもかもを手に入れて、胸を張ってシタンに会いに行こう。ひたすらに再会を切望して貪欲にあらゆることを学び、自らを鍛え続けた。
飛ぶように年月が過ぎた。
成長痛をともなう勢いで背は伸び、折れそうなほどに細かった肢体は多少の荒事ではびくともしない頑健さを備えるようになった。そして、姉に似て少女めいた円やかな容貌は、鋭利に引き締まった青年のそれになっていた。
「――最近は随分と大人びて、見違える様に逞しくなったね」
ある時、叔父が眩し気にラズラウディアを見上げてそう賞賛した。
「叔父上と伯母上のお陰です」
「私達は大したことはしていない。君はとても意志が強くて勤勉だった」
「であるとしても、感謝しております」
「ところで、婚約の件はどうするつもりかな」
王宝石のごとき美貌と、有力な貴族である辺境伯の継子という血筋。灯りにたかる羽虫のように、婚約を求める文が辺境の両親を経由して届いていたが、ことごとくを冷酷なまでの頑なさで拒み続けていた。
「君の身分と釣り合いの取れる家ばかりだ。そろそろ見合いの席を設けてみてはどうかな」
「いずれ、辺境に戻った時に考えます」
多少なりとも気のある返答をしているが、どんな令嬢であっても婚約を結ぶ気など一切なかった。
「まだ、私は若輩者です。そのような気にはなれません」
夢見まで見るほどに恋焦がれ、求め続けているのは、蜂蜜色の瞳をした優しい彼だけ。
脳裏にシタンの笑顔が浮かぶのと同時に、甘い痛みが胸に走る。その甘く切ない痛みをひた隠しながら、口元を歪めて形ばかりの微笑みを浮かべた。
……胸の奥に、奈落の底のような深い暗闇を抱えたままで。
0
あなたにおすすめの小説
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
雪を溶かすように
春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。
和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。
溺愛・甘々です。
*物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています
不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です
新川はじめ
BL
国王とシスターの間に生まれたフィル・ディーンテ。五歳で母を亡くし第七王子として王宮へ迎え入れられたのだが、そこは針の筵だった。唯一優しくしてくれたのは王太子である兄セガールとその友人オーティスで、二人の存在が幼いフィルにとって心の支えだった。
フィルが十八歳になった頃、王宮内で生霊事件が発生。セガールの寝所に夜な夜な現れる生霊を退治するため、彼と容姿のよく似たフィルが囮になることに。指揮を取るのは大魔法師になったオーティスで「生霊が現れたら直ちに捉えます」と言ってたはずなのに何やら様子がおかしい。
生霊はベッドに潜り込んでお触りを始めるし。想い人のオーティスはなぜか黙ってガン見してるし。どうしちゃったの、話が違うじゃん!頼むからしっかりしてくれよぉー!
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
カワウソの僕、異世界を無双する
コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
本編完結いたしました♡コツメたん!無双おめでとう㊗️引き続きの番外編も完結しました💕
いつも読んでいただきありがとうございます♡ ほのぼのとワクワク、そしてコツメたんの無双ぶりを楽しんで下さい!
お気に入り1200越えました(new)❣️コツメたんの虜になった方がこんなにも!ʕ•ᴥ•ʔキュー♡
★★★カワウソでもあり、人間でもある『僕』が飼い主を踏み台に、いえ、可愛がられながら、この異世界を無双していく物語。
カワウソは可愛いけどね、自分がそうなるとか思わないでしょ。気づいたらコツメカワウソとして水辺で生きていた僕が、ある日捕まってしまった。僕はチャームポイントの小さなお手てとぽっこりお腹を見せつけながら、この状況を乗り越える!僕は可愛い飼い主のお兄さん気分で、気ままな生活を満喫するつもりだよ?ドキドキワクワクの毎日の始まり!
BLランキング最高位16位♡
なろうムーンで日間連載中BLランキング2位♡週間連載中BLランキング5位♡
イラスト*榮木キサ様
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる