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番外編「とある狩人を愛した、横暴領主の話」

15 奈落の底のような暗闇

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 ――王都での暮らしは、忙しなくも穏やかで順調だった。

「困ったことがあれば私たちに相談しなさい。どんな小さなことでも良いから」
「そうね。遠慮をしないで、なんでもお話しして。困り事だけではなくてもいいのよ。貴方とたくさんお話をしたいわ」

 あの厳格な父の弟とは思えないほど穏やかな物腰の叔父と、母ほどの美貌ではないが、美しく嫋やかで内側からにじみ出る母性を感じさせる叔母。

 彼らは実の両親などより余程に親身になって、甥である自分に寄り添ってくれた。それによって、彼らの屋敷で居心地の悪い思いをすることもなく少年の時期を過ごすことができた。

 それから、ハイレリウスを始めとした同世代の貴族達との付き合いのなかで、友情と――正しくそれは友情だと――呼べるものを結ぶに至りつつあった。

 だが、そんな恵まれた環境に在れても、不意に筆舌に尽くし難い孤独を感じることがあった。

「ラズラウド、君は時々……とても寂しそうな顔をするね」
「……そんなことはない」
「ふうん? でも、私にはそう見えるけれど。君と初めて会ったときからずっとね」
「お前のそういうところは、少し苦手だ」
「ごめんごめん。でも、友である君がそういう顔をするのを見ていると、少なからず心配だから」

 表情に出すことなどしていないつもりだったが、目聡いハイレリウスにだけは気付かれた。人懐っこくてしつこいのが彼の特徴ではあるが、半面で相手を気遣うだけの配慮も持ち合わせている。

「言いたくないのなら、聞かないけれど……、いつか力になれるときがあれば、手を貸すよ」
「気持ちだけは、有難くもらっておく」
「うん。そうしておいて」

 後々になって、思いも寄らない形でハイレリウスがシタンと自分の運命に絡んでくることになろうとは、このときはまったく予想していなかったが。

 シタンや彼の両親とはまた違った意味で、叔父夫婦やハイレリウスのような学友の存在が、荒んでいたラズラウディアの心を癒したのは言うまでもない。

 しかし、それであっても孤独を感じなくなることはなかった。奈落の底のような暗闇が、常に胸の奥に棲みついていた。

 王都は華やかな場所だ。辺境では触れられない文化と、各地から集まる多種多様な人や物で溢れている。新たに得た友もいる。……だがここには魚を釣った小川も、駆け回ったり木の実を採ったりした広大な森もない。そしてなにより、シタンがいない。

 会いたい。どうしようもないくらいに彼と過ごした日々が恋しい。

 今すぐにでも辺境に帰って、シタンの胸に飛び込めたらどんなに幸せだろうか。どんな菓子や料理を食べるよりも、彼と二人で食べる魚や木の実の方が美味しい。

 なにをしていても満たされない。暗闇が埋まるには、あまりにも足りない。辺境を離れてから感じ続けているこの暗闇は、きっとシタンの元へ戻ることができたときに消すことができるのだ。

 ――早く、大人になりたい。できるだけ早く。

 父の力に屈することのない強い大人になりたい。そして、なにもかもを手に入れて、胸を張ってシタンに会いに行こう。ひたすらに再会を切望して貪欲にあらゆることを学び、自らを鍛え続けた。

 飛ぶように年月が過ぎた。

 成長痛をともなう勢いで背は伸び、折れそうなほどに細かった肢体は多少の荒事ではびくともしない頑健さを備えるようになった。そして、姉に似て少女めいた円やかな容貌は、鋭利に引き締まった青年のそれになっていた。

「――最近は随分と大人びて、見違える様に逞しくなったね」

 ある時、叔父が眩し気にラズラウディアを見上げてそう賞賛した。

「叔父上と伯母上のお陰です」
「私達は大したことはしていない。君はとても意志が強くて勤勉だった」
「であるとしても、感謝しております」
「ところで、婚約の件はどうするつもりかな」

 王宝石のごとき美貌と、有力な貴族である辺境伯の継子という血筋。灯りにたかる羽虫のように、婚約を求める文が辺境の両親を経由して届いていたが、ことごとくを冷酷なまでの頑なさで拒み続けていた。

「君の身分と釣り合いの取れる家ばかりだ。そろそろ見合いの席を設けてみてはどうかな」
「いずれ、辺境に戻った時に考えます」

 多少なりとも気のある返答をしているが、どんな令嬢であっても婚約を結ぶ気など一切なかった。

「まだ、私は若輩者です。そのような気にはなれません」

 夢見まで見るほどに恋焦がれ、求め続けているのは、蜂蜜色の瞳をした優しい彼だけ。

 脳裏にシタンの笑顔が浮かぶのと同時に、甘い痛みが胸に走る。その甘く切ない痛みをひた隠しながら、口元を歪めて形ばかりの微笑みを浮かべた。

 ……胸の奥に、奈落の底のような深い暗闇を抱えたままで。
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