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番外編「とある狩人を愛した、横暴領主の話」

17 欲望の深みへと

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 ――怯えを含んだ卑屈ささえ漂う眼差しと、恐れに震える声。

 こんな態度を、シタンから向けられたことはなかった。それに対して……身勝手なものとは理解していながらも焼けつくような怒りを覚えた。

「所詮はその程度か」

 気付けば、そんな刺々しい言葉が口から零れていた。

 もしも、女に生まれていたのなら、父も母もあんな仕打ちをしなかっただろう。そしてシタンにも、こんな態度を取られることなどなかったのだろう。

 天からは麗らかな陽射しが射しているというのに、体が冷たくなっていく。

 男であったがゆえに、そして少女めいた軟弱な姿を失ったがゆえに、愛されたいと望んだ相手に、こんな態度を取られるとは。今ここでラズであることを告げたら、シタンはどんな顔をするだろうか。以前のように笑いかけてくれるだろうか。

 淡い期待が頭をもたげるが、告げてしまうことはためらわれた。いや、恐れたといってもいい。告げてしまってどうなるのだろう。もしかしたら、あの頃の思い出さえも壊れてしまうのではないのか。昔のように抱き締めて欲しいと望んでも、果たして受け入れてもらえるのか。

 シタンが伴侶にと望むのは女性だ。昔の……シタンが「可愛い」と言っていた姿とはかけ離れた、こんな姿になってしまった男の自分など、到底受け入れようとはしないだろう。ラズとしての自分を拒絶されるのが、なによりも怖い。それならばいっそ、知らせないままの方がいい。憎まれようと、恐れられようと……、それは領主であるラズラウディアであって、かつての自分ではない。

 ――単なる自己欺瞞だ。

 あざむいたところで、現実は変わらない。だが、それ以外に道を見出せなかったのだ。

「誰の許しを得て、この小川で釣りをしている」

 ずっと、ずっと欲しかった。少年の頃から、シタンだけを求め続けていた。

 やっとこうして会えたというのに、どうして手をこまねいて耐えなければならないのか。いまだに独り身だという調べはついている。所帯を持っていたのならためらいもしただろうが……二度と女など抱けないように、ラズラウディアの与える快楽なしではいられない体にしてしまえばいい。

 ――十数年に渡り募らせてきた想いは、最悪の形でもって発露した。

「貴様に、罰を与えてやろう。この小川で私の許しなく釣りをした罪だ」
「罰って、なに言ってるんだよ! 釣りの許しなら領主様が下さってるのに!」
「騒ぐな」

 腰の剣に手を掛けてゆっくりと抜き、シタンへと切っ先を向けると「ひぃっ!」と、顔色をなくしてシタンが小さく悲鳴を上げた。

「今日から私が領主になった。その私が許していないと言っているのだ。貴様が罰を受けねばならんのは当然のことだ」
「そ、そんな急に!」
「これ以上の問答は無意味だ」

 ――皮肉にも憎んだ父と同じ……否、更に劣る卑劣な行為。

 ありもしない罪を着せ、罰を与える言葉を口にした。己の歪んだ欲望のままに、欲するものを手に入れるために。こんなことをしてよいはずがないのだ。シタンを辱め、苦しめることになるだろう。

 だがそれであっても、成さずにはいられなかった。

 憎まれても、恐れられても、彼が欲しいのだ。逃げ出さないように縛り付けて、余すことなく貪り尽くしたい。長年の飢えを満たそうと、胸の奥に開いた奈落の底のような暗闇が蠢くのを感じた。

「――この腕を斬り落とすか、それとも別の対価を払うか、選べ」

 それは、後戻りのできない欲望の深みへと足を踏み入れた瞬間だった。
 
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