【完結・加筆修正中】横暴領主が平民狩人の俺に執着してくるんだけど、どうしたらいいと思う?

ゆらり

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番外編「とある狩人を愛した、横暴領主の話」

22 敵わない

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――城へシタンを連れてきてから、三日が過ぎた。

 気を失わせるほど執拗に貪ったというのに、もう飢えを感じ始めている。

 彼はやっと、体調を取り戻したところだ。衝動的に襲った最初のように手酷い真似はしないつもりだが、負担を強いてはならないのは確かだ。

 堪えずに交われば、貪り尽くして衰弱させてしまうだろう。それでは元も子もない。すぐそばに愛しい者がいるというのに会いに行くのがためらわれて、日中は一度も寝室へは足を向けないでいた。

 ……抱かないまでもせめて、眠る前に少しだけ顔を見たい。

 ことさら念入りに身を清めて、藍染めの夜着を纏った。昼間はうしろに撫で付けている黒髪を解き、侍従に櫛削らせる。初夜に臨む生娘めいた己の行動に自嘲しながら時間を掛け支度を終えて、足早に寝室へと向かった。

 白絹の夜着に身を包んだ姿で寝台に腰かけていたシタンは、こちらを見て少しばかり目を丸くしたが、特に顔色を変えずにふいと視線を逸らしてしまった。
 
 侍従が恭しく退室の挨拶をしていなくなるのを見計らって、寝台に近付く。視線が欲しくて、つい指先で彼の頬に触れてしまった。

 そうしてこちらを見上げた彼の瞳には、怯えの色が強くにじんでいた。やや血の気を失った唇が、震えをともないながら開かれると「――あ、あのさ、家に帰りたい……ん、だけど、だ、駄目かな……」という、耳を覆いたくなる懇願がつむがれた。

「……なぜだ」

 なぜ、などと問うのは愚かだ。それだけのことをした。彼がここに居る必要はない。

「か、狩り、して、稼がなくちゃ、蓄えもなくなるし、お、俺やもめ暮らしだから家もほっとらかしはちょっと、まずいし……、やっぱり帰りたいんだよぉ……」

 ……ごくごく当たり前の、狩人らしい返答だった。哀れなほどに身を震わせ、顔を背けながらのそれに「怯えるな。なにもしない」と、溜息混じりに言葉を返す。

 ただ顔を見たいだけだったというのに、会えばこうまで怯えられる結果になるとは。自分自身の浅慮さにも苛立ち、また想い人の手に入れるのがままならない心の在りようにも苛立ちを覚えた。

「そ、そんなこと言っても、あ、あんた、怖いんだよぉ」 

 今にも泣きそうなほどに怯えている。蜂蜜色の瞳が、涙が零れんばかりに潤んでいた。ここで許さなければ、ますます怯えさせてしまうだろう。

「明日には帰らせよう。それでよいな」
「へっ? いいの?」
「留まれと言えば、留まるのか? 貴様は」
「とっ、留まりたくないっ!」

 憎らしいことに帰ることを許せば急に顔色が良くなり、更にはあからさまにきっぱりと拒絶された。愛しいが、憎らしい。相反する感情がせめぎ合い、それは鋭い刃のように放たれた。

「他所へ逃げようなどと考えるな。もし逃げるのなら、腕を斬り落とす。狩りなど出来ない体にしてやる」

 弓を射る彼が好きだ。腕など切り落としたくはない。それなのに、なぜこんなことを言ってしまうのか。喉を掻きむしりたくなるような焦燥がせり上がり、悔恨となって我が身を苛む。

「にっ、逃げないっ! 逃げないからっ! そういうのやめてくれよぉ……!」
「逃げなければいいだけのことだ」

 ここに居ればいい。不自由はさせないし、愛でて優しくもしよう。逃げようとするから、捕らえておきたくもなるのだ。見下ろす先で、シタンは恐怖の余りにか身を守るように頭を抱え込む。

 ――固く閉じた目蓋の合間から、とうとう涙が零れた。

 膝の上で弾けて砕けながら衣に染み込んでいくそれに、ふつふつと湧き上がりせめぎ合っていた感情が、急速に鳴りを潜めていく。

「……それほど私が恐ろしいか」
「アンタみたいな貴族が怖くない平民なんて、い、いるわけないだろっ……」

 吐き捨てるように言われて、ぎしりと痛んだ胸が悲鳴を上げる。

 ――このままでは駄目だ。

 例え捕らえ閉じ込めたとしても、シタンの心は手に入らないだろう。虚ろな亡骸のような彼の姿を幻視した気がして、抗い難い恐れを抱いた。

 傷つけたいわけではないのだ。幼い頃よりの渇望を満たすばかりでは、なにも残らない。

「――そうか。もう、貴様が何をしたとしても、腕を斬るつもりはない。約束しよう」

 いずれまた肌を重ねるとしても、今しばらくは堪えるべきだ。望み通り、彼を家に帰らせよう。

「今夜は、対価は払わせない。……心配せずに眠れ」
「えっ」

 また抱かれると思っていたのは、明らかな反応だった。拍子抜けしたのか、シタンは不思議な生き物を見るような目を向けてくる。あどけなささえ漂う気の抜けた表情を見ていると、先ほどまでの葛藤が莫迦らしいものに思えた。

 ――どうやら自分は、シタンには敵わないようだ。権力を得ようが、剣術に優れていようが、そんなことなど無関係に……。

 心の中で苦笑しながら、ラズラウディアは彼に背を向けた。
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