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番外編「とある狩人を愛した、横暴領主の話」
37 友に、深い感謝の念を抱く
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――憎らしい。だが、それは愛しさに落ちる一滴の雑味のようなもので、愛嬌とも感じられる。
「だ、だって、あの時のラズって凄く怖かったし。お、怒ってるみたいだったから」
恥ずかし気に言葉を濁すシタンに小さく苦笑していると、「君達、前から知り合いだったんだね。なんとなくそんな気がしていたけど……」という、ハイレリウスの呆れを含んだ声がした。
こちらを抱き締めたまま、身を捻り背後を見遣ったシタンとともに友を見れば、まさに呆れたと言わんばかりの顔つきで、その淡い青色をした瞳でこちらを見返してきた。否定はすまい。愛嬌ではあるが、過ぎたものであることは確かだ。
「……あ、ああ、うん……。えっと、子供の時に会えなくなってた、友達のラズだよ」
「君、本気で気付かなかったのかな」
「えっ。いや昔のラズって、すごく可愛くて小さかったから……」
「はは。ありがちな話だね。それでも、もっと早く気付いても良さそうなものだけど……。まあ何にせよ、そんな風に仲良く抱き合って話せるならもう安心かな。なんだか妬けてしまうよ」
「あ、いや、これは、嬉しくてつい……、ちょっとラズ、は、放してくれよ」
放すとでも思っているのか。腕の中から逃れようとする体を腕の中に閉じ込めて、しっかりと体を寄せる。今この腕から温もりが離れていっては欲しくない。
「あはは! 驚いたな。あの辺境伯がすっかり甘えたがりだね。後は二人でよく話し合ってきちんと仲直りするんだよ」
ハイレリウスは黒髪を揺らし、愉快でたまらないといった感情を隠しもせずに朗らかに笑った。幾ら笑われようと、何と言われようとも恥じることなどない。言われるまでもない忠告にを小さく鼻で笑って見せると、彼はひらひらと手を舞うように振って、少しばかり癖のある笑みを口元に浮かべて返した。
「えっ、帰っちゃうの? ま、待ってくださいよ。ちょ、ラズっ、ほんとに放してくれよ!」
ぐい、と乱雑に体を押し退けてくるシタン。さすがに、恩義のある相手との別れすらも阻むほど、狭量であるなどとは思われたくなく、仕方なく腕から彼を解放した。その途端に、自分以外の男の元へと走り寄っていくその、薄情な後ろ姿に、寂しさを感じてしまう。
「ハル様、また今度、辺境に来るようなら蜜酒でもご馳走するよ。あんまり高いのは無理だけど」
貴族であるハイレリウスに、子犬が尻尾を振るように懐き慕う姿は、見ていてあまり気分の良いものではなかった。同じ貴族であるというのに、なぜこうもハイレリウスはシタンに友として好かれているのか。私という者がありながら……と、いささか稚気のある嫉妬だと自覚しながらも、ラズラウディアは密かに歯噛みをした。
「君と飲めるのならば、どんな酒でも良い。奉納祭には必ず来るから、その時にでも一緒に飲もう。あと、森の散策なんかにも付き合ってもらえたら、嬉しいれけど……どうかな?」
「うん! 俺で良ければ」
ここまで素直に、少年のように頷くシタンなど、久しく見ていない。領主としてのラズラウディアにみせていた態度は、砕けた口調であっても、どこか腰の引けたものであったからだ。愛想を振りまき過ぎだ。堪え難くなり、背後からシタンを抱きすくめた。
「うわ。な、なにすんだよ。急に」
「散策は許すが、酒を飲むのは私とだけにしておけ」
「えっ、なんで」
「なにかあってからでは遅い」
「なにかって、なんだよ。酒飲むくらい別にいいだろ……」
「駄目だ」
「ぷっ、あははは!」
貴族らしからぬ騒がしさだが、心から楽し気な笑い声が響く。ハイレリウスがこんなふうに笑う姿を見るのは初めてではないが、久しく見ていなかったものでもある。これは、シタンの気質が引き出したものだろう。
「はぁっ、まったく君達ときたら面白過ぎるよ。君の狩人殿は、私にとっては大切な友だ。襲ったりはしないから安心してくれ」
当然だろう。もしもハイレリウスが、シタンに不埒な真似をするようならば、許しはしない。
「えっ、ハル様が俺を襲うと思ったのか? そんな訳ないだろ。なに考えてるんだよぉ……」
それよりも問題は、自分にはそういった相手に食指を動かされることなどないと、なんの根拠もなく思い込んでいるこの男だ。体を拓かれたことで艶を増した肌に、気付く者がいないとも限らない。
「ふん。お前に馴れ馴れしく触れるような男は油断ならん。用心に越したことはない」
「なっ、なんてこと言ってるんだよぉ!」
知らぬは当人ばかりだ。そんなシタンとラズラウディアのやり取りが余程に愉快だったのか、ハイレリウスは目に涙を浮かべてまで笑い転げている。
「ハル様、ラズの言うことなんて、気にしなくていいよ。俺、ハル様に友だって言ってもらえて嬉しいよ。また会えるの、楽しみにしてるから」
「ああ、気にしないよ。シタン、私も会えるのを楽しみにしている。……さて、それでは行くよ」
「うん、気を付けて。ハル様、ほんとにありがと!」
嵐のごとく吹きすさんだかと思えば、そよ風のような軽やかさでハイレリウスは立ち去って行った。こうして、腕の中にシタンを送り届けて……いや、送り届けたと言うよりも、返しに来たというべきか。どちらにしても、望みうる最高の関係にまで、二人の繋がりを結び直していった。
言葉にこそしなかったが、ハイレリウスの手荒くも親愛の籠った心遣いに、ラズラウディアもまたシタンと同様に深い感謝の念を抱いたのだった。
「だ、だって、あの時のラズって凄く怖かったし。お、怒ってるみたいだったから」
恥ずかし気に言葉を濁すシタンに小さく苦笑していると、「君達、前から知り合いだったんだね。なんとなくそんな気がしていたけど……」という、ハイレリウスの呆れを含んだ声がした。
こちらを抱き締めたまま、身を捻り背後を見遣ったシタンとともに友を見れば、まさに呆れたと言わんばかりの顔つきで、その淡い青色をした瞳でこちらを見返してきた。否定はすまい。愛嬌ではあるが、過ぎたものであることは確かだ。
「……あ、ああ、うん……。えっと、子供の時に会えなくなってた、友達のラズだよ」
「君、本気で気付かなかったのかな」
「えっ。いや昔のラズって、すごく可愛くて小さかったから……」
「はは。ありがちな話だね。それでも、もっと早く気付いても良さそうなものだけど……。まあ何にせよ、そんな風に仲良く抱き合って話せるならもう安心かな。なんだか妬けてしまうよ」
「あ、いや、これは、嬉しくてつい……、ちょっとラズ、は、放してくれよ」
放すとでも思っているのか。腕の中から逃れようとする体を腕の中に閉じ込めて、しっかりと体を寄せる。今この腕から温もりが離れていっては欲しくない。
「あはは! 驚いたな。あの辺境伯がすっかり甘えたがりだね。後は二人でよく話し合ってきちんと仲直りするんだよ」
ハイレリウスは黒髪を揺らし、愉快でたまらないといった感情を隠しもせずに朗らかに笑った。幾ら笑われようと、何と言われようとも恥じることなどない。言われるまでもない忠告にを小さく鼻で笑って見せると、彼はひらひらと手を舞うように振って、少しばかり癖のある笑みを口元に浮かべて返した。
「えっ、帰っちゃうの? ま、待ってくださいよ。ちょ、ラズっ、ほんとに放してくれよ!」
ぐい、と乱雑に体を押し退けてくるシタン。さすがに、恩義のある相手との別れすらも阻むほど、狭量であるなどとは思われたくなく、仕方なく腕から彼を解放した。その途端に、自分以外の男の元へと走り寄っていくその、薄情な後ろ姿に、寂しさを感じてしまう。
「ハル様、また今度、辺境に来るようなら蜜酒でもご馳走するよ。あんまり高いのは無理だけど」
貴族であるハイレリウスに、子犬が尻尾を振るように懐き慕う姿は、見ていてあまり気分の良いものではなかった。同じ貴族であるというのに、なぜこうもハイレリウスはシタンに友として好かれているのか。私という者がありながら……と、いささか稚気のある嫉妬だと自覚しながらも、ラズラウディアは密かに歯噛みをした。
「君と飲めるのならば、どんな酒でも良い。奉納祭には必ず来るから、その時にでも一緒に飲もう。あと、森の散策なんかにも付き合ってもらえたら、嬉しいれけど……どうかな?」
「うん! 俺で良ければ」
ここまで素直に、少年のように頷くシタンなど、久しく見ていない。領主としてのラズラウディアにみせていた態度は、砕けた口調であっても、どこか腰の引けたものであったからだ。愛想を振りまき過ぎだ。堪え難くなり、背後からシタンを抱きすくめた。
「うわ。な、なにすんだよ。急に」
「散策は許すが、酒を飲むのは私とだけにしておけ」
「えっ、なんで」
「なにかあってからでは遅い」
「なにかって、なんだよ。酒飲むくらい別にいいだろ……」
「駄目だ」
「ぷっ、あははは!」
貴族らしからぬ騒がしさだが、心から楽し気な笑い声が響く。ハイレリウスがこんなふうに笑う姿を見るのは初めてではないが、久しく見ていなかったものでもある。これは、シタンの気質が引き出したものだろう。
「はぁっ、まったく君達ときたら面白過ぎるよ。君の狩人殿は、私にとっては大切な友だ。襲ったりはしないから安心してくれ」
当然だろう。もしもハイレリウスが、シタンに不埒な真似をするようならば、許しはしない。
「えっ、ハル様が俺を襲うと思ったのか? そんな訳ないだろ。なに考えてるんだよぉ……」
それよりも問題は、自分にはそういった相手に食指を動かされることなどないと、なんの根拠もなく思い込んでいるこの男だ。体を拓かれたことで艶を増した肌に、気付く者がいないとも限らない。
「ふん。お前に馴れ馴れしく触れるような男は油断ならん。用心に越したことはない」
「なっ、なんてこと言ってるんだよぉ!」
知らぬは当人ばかりだ。そんなシタンとラズラウディアのやり取りが余程に愉快だったのか、ハイレリウスは目に涙を浮かべてまで笑い転げている。
「ハル様、ラズの言うことなんて、気にしなくていいよ。俺、ハル様に友だって言ってもらえて嬉しいよ。また会えるの、楽しみにしてるから」
「ああ、気にしないよ。シタン、私も会えるのを楽しみにしている。……さて、それでは行くよ」
「うん、気を付けて。ハル様、ほんとにありがと!」
嵐のごとく吹きすさんだかと思えば、そよ風のような軽やかさでハイレリウスは立ち去って行った。こうして、腕の中にシタンを送り届けて……いや、送り届けたと言うよりも、返しに来たというべきか。どちらにしても、望みうる最高の関係にまで、二人の繋がりを結び直していった。
言葉にこそしなかったが、ハイレリウスの手荒くも親愛の籠った心遣いに、ラズラウディアもまたシタンと同様に深い感謝の念を抱いたのだった。
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