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番外編「とある狩人を愛した、横暴領主の話」
38 偽りの幸福と、贖罪の日々を越えて
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――ハイレリウスが立ち去ると、その場はしんと静まり返った。
腕に抱いたシタンに、ラズラウディアは「……私が、どうしてお前を犯したか、知りたいのか」と、訊いた。シタンにとっては忌まわしい記憶だろう。
それは自らの罪を掘り起こす作業でもある。苦痛は伴うが、それでも訊かずに済ませることは許されないのだ。この先へ、シタンとの未来へと進むためには、この苦痛を乗り越えなければならない。
「う、うん……」
そろりと、シタンが腹に回した腕に触れてくる。たったそれだけのことで、勇気づけられる己を感じて、ラズラウディアは小さく嘆息した。
「……お前は、私が女であったのなら嫁にしたかったと言っていた。男の私など……、まして、こんな無骨な姿になった男など、到底受け入れてはくれないと思ったからだ」
「えっと、ラズを嫁にはできないだろ。女の子だったらって、お前だって俺に言ってたし」
「お前は私をそういう目では見ていなかったのは理解している。だが、私は違った」
「へっ?」
「男女のそれのように、お前が欲しいと思ってしまった……」
背中ごしだというのに、シタンの心臓が高鳴っているのを感じる。……果たしてどのような感情に起因するものなのかが、判然としない。不安に心を揺らされながら、さらに言葉を繋いでいく。
「どう足掻いても、お前が私を望んでくれないのならば、体だけでも手に入れてしまおうとした。お前を犯し、快楽に溺れさせて……、男である私に抱かれずにはいられない体にして、誰にも触れさせないように閉じ込めておきたかった」
「そ、そんな……」
「お前が嫁を貰っていたのなら諦めもついたが、今だに独り身だと知って手を出さずにいられなかった」
「だっ、だからって、強姦することないだろぉ……。こ、怖くて、苦しかったんだぞ……!」
痛みを覚える程に強く腕を掴まれた。その痛みなど無きに等しいほどに、引き絞られるような激痛が胸に走る。
「すまなかった……。お前が辺境から姿を消して、やっと目が醒めた」
失ってから気付くとは真に愚かだ。情けのない小さな声で謝罪をしながら、静かに腕を解いて距離を取る。
「私を好きなように裁け。腕を斬り落とせと言うのなら、この場で斬り落として見せよう」
本気だった。腕ひとつで許されるかどうかは判らないが、それで済むのなら斬り落とすのも否はない。そんな思いを込めて告げると、シタンは蜂蜜色の瞳を大きく見開いて「ばっ、ばかっ! そんなことして欲しくないよっ!」と、声高に叫んだ。
「それ程のことをしていた自覚はある。何もかも……私が悪い。どうすれば、お前に許しを得ることができるのか、わからない」
「ゆ、許すも何もないよ。もうとっくにお前のこと、き、嫌じゃ…ないから。ただ……、か……、体だけなのが嫌だったんだよ」
「本当にいいのか。こんな私を、許してくれるのなら、なんでもする」
「ほんとだよ。だから、そんなふうに言うなよ。なにもしなくていいったら……!」
頬に彼の片手が触れる。温かい。不相応に許され、優しさを与えられた嬉しさに思わず擦り寄ると、「ラズ、可愛い……」と、言われた。むず痒くも胸の温かくなるこの気分は懐かしい。
幼い頃。初めてシタンと出会った、あの日と同じ温かさだった。大樹の下で「可愛い……」と、彼に言われたあの時に、戻ったような心地だ。
誰に美しさをほめたたえられようとも、心など動かされなかった己が、たった一人の狩人には、心を射止められたのだ。今にしてみれば、出会ったそのとき既に、ラズラウディアのシタンに対する恋情は芽生え、育ち始めていたのだろう。長い時間を掛けてその情は体の隅々にまで根を張り、今こうして蕾を綻ばせようとしているのだ。
「ふ……。お前に言われると、悪い気はしないな……」
「泣いてる顔も綺麗だけど、ラズは笑ってる方がずっと良いよ。俺、もうそれだけで十分だから」
「そうか……。ありがとうシタン」
もう片方の手も頬に触れてきて、両手で包み込まれる。眩暈のするような多幸感が急激に湧き上がり、それを逃がすまいと彼の手に己のそれを重ねた。
「今更こんなことを言うのは遅いが、お前を愛している。ずっと一緒に、この辺境でお前と生きていきたい」
ラズラウディアが万感の思いを込めて告白をすると、シタンは、頬を染めて照れ臭そうに笑った。こんなにも、幸福を感じたことはかつてないことだ。無理矢理とはいえ体を重ねたときでさえも、ここまで満たされはしなかった。
偽りの幸福と、贖罪の日々を越えて、今ようやくにしてラズラウディアは本当に伝えたかった言葉を、最愛の狩人に告げることが出来たのだった。
腕に抱いたシタンに、ラズラウディアは「……私が、どうしてお前を犯したか、知りたいのか」と、訊いた。シタンにとっては忌まわしい記憶だろう。
それは自らの罪を掘り起こす作業でもある。苦痛は伴うが、それでも訊かずに済ませることは許されないのだ。この先へ、シタンとの未来へと進むためには、この苦痛を乗り越えなければならない。
「う、うん……」
そろりと、シタンが腹に回した腕に触れてくる。たったそれだけのことで、勇気づけられる己を感じて、ラズラウディアは小さく嘆息した。
「……お前は、私が女であったのなら嫁にしたかったと言っていた。男の私など……、まして、こんな無骨な姿になった男など、到底受け入れてはくれないと思ったからだ」
「えっと、ラズを嫁にはできないだろ。女の子だったらって、お前だって俺に言ってたし」
「お前は私をそういう目では見ていなかったのは理解している。だが、私は違った」
「へっ?」
「男女のそれのように、お前が欲しいと思ってしまった……」
背中ごしだというのに、シタンの心臓が高鳴っているのを感じる。……果たしてどのような感情に起因するものなのかが、判然としない。不安に心を揺らされながら、さらに言葉を繋いでいく。
「どう足掻いても、お前が私を望んでくれないのならば、体だけでも手に入れてしまおうとした。お前を犯し、快楽に溺れさせて……、男である私に抱かれずにはいられない体にして、誰にも触れさせないように閉じ込めておきたかった」
「そ、そんな……」
「お前が嫁を貰っていたのなら諦めもついたが、今だに独り身だと知って手を出さずにいられなかった」
「だっ、だからって、強姦することないだろぉ……。こ、怖くて、苦しかったんだぞ……!」
痛みを覚える程に強く腕を掴まれた。その痛みなど無きに等しいほどに、引き絞られるような激痛が胸に走る。
「すまなかった……。お前が辺境から姿を消して、やっと目が醒めた」
失ってから気付くとは真に愚かだ。情けのない小さな声で謝罪をしながら、静かに腕を解いて距離を取る。
「私を好きなように裁け。腕を斬り落とせと言うのなら、この場で斬り落として見せよう」
本気だった。腕ひとつで許されるかどうかは判らないが、それで済むのなら斬り落とすのも否はない。そんな思いを込めて告げると、シタンは蜂蜜色の瞳を大きく見開いて「ばっ、ばかっ! そんなことして欲しくないよっ!」と、声高に叫んだ。
「それ程のことをしていた自覚はある。何もかも……私が悪い。どうすれば、お前に許しを得ることができるのか、わからない」
「ゆ、許すも何もないよ。もうとっくにお前のこと、き、嫌じゃ…ないから。ただ……、か……、体だけなのが嫌だったんだよ」
「本当にいいのか。こんな私を、許してくれるのなら、なんでもする」
「ほんとだよ。だから、そんなふうに言うなよ。なにもしなくていいったら……!」
頬に彼の片手が触れる。温かい。不相応に許され、優しさを与えられた嬉しさに思わず擦り寄ると、「ラズ、可愛い……」と、言われた。むず痒くも胸の温かくなるこの気分は懐かしい。
幼い頃。初めてシタンと出会った、あの日と同じ温かさだった。大樹の下で「可愛い……」と、彼に言われたあの時に、戻ったような心地だ。
誰に美しさをほめたたえられようとも、心など動かされなかった己が、たった一人の狩人には、心を射止められたのだ。今にしてみれば、出会ったそのとき既に、ラズラウディアのシタンに対する恋情は芽生え、育ち始めていたのだろう。長い時間を掛けてその情は体の隅々にまで根を張り、今こうして蕾を綻ばせようとしているのだ。
「ふ……。お前に言われると、悪い気はしないな……」
「泣いてる顔も綺麗だけど、ラズは笑ってる方がずっと良いよ。俺、もうそれだけで十分だから」
「そうか……。ありがとうシタン」
もう片方の手も頬に触れてきて、両手で包み込まれる。眩暈のするような多幸感が急激に湧き上がり、それを逃がすまいと彼の手に己のそれを重ねた。
「今更こんなことを言うのは遅いが、お前を愛している。ずっと一緒に、この辺境でお前と生きていきたい」
ラズラウディアが万感の思いを込めて告白をすると、シタンは、頬を染めて照れ臭そうに笑った。こんなにも、幸福を感じたことはかつてないことだ。無理矢理とはいえ体を重ねたときでさえも、ここまで満たされはしなかった。
偽りの幸福と、贖罪の日々を越えて、今ようやくにしてラズラウディアは本当に伝えたかった言葉を、最愛の狩人に告げることが出来たのだった。
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