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本編
頭をなでてほしい
しおりを挟む「――頭をなでてほしい」
天幕内に、割れ鐘のような声が響いた。
聞こえたその声だけで、誰が来たのかは分かった。こんな特徴のある声を、聞き間違えるはずがない。
……ネウクレアだ。
しかし、頭を撫でてほしいとは……、どういう意味だ。いや、どういう意図かと問うべきか。
発言があまりにも唐突すぎる。脈絡がないにもほどがあるだろうに。短期間の間に交わした、いくつかのやり取りから感じた違和感からして、彼らしい言動ではあるが。
「……なぜ、そのような発言をするに至ったのだ……」
読んでいた書類を簡素な机の上に置いて、セディウスは声の主へと体を向けた。
ぎしりと、木組みの机と同じく簡素な造りをした木組みの椅子が、音を立ててきしんだ。首や肩も同じようにきしんでいる。酷い固まり具合だ。
――砲撃防衛戦から日も浅く、諸々の事後処理は山のようにある。
部下たちが多くを捌いてくれているとはいえ、セディウスが目を通さなければならない書類の量は、少なくはない。できるだけ早めに片付けようと、ここのところ深夜にも処理をしていた。
それをリュディードに見抜かれ、夜間に仕事を詰め込むのは控えるようにと、クドクドと小言をお見舞いされたのは今朝がたのことだ。
小言を見舞うリュディードの顔にも、なかなかの疲労が滲んでいたのが気になった。そこで、お前こそ無理をしていないかと返したが、小言が倍になっただけだった。
――こんな調子ではまた小言をいわれそうだなと思いながら、少し首を捻って解したところで、目が少し霞んでいることに気付いて目頭を揉み込む。手のひらをまぶたに当てて温めると、ようやく視界が鮮明さを取り戻した。
「理由を教えてくれ」
なんとか鮮明になった視界に映るのは、青みを帯びて鈍く光る全身鎧。
机上のみを照らす小さな灯りが、その輪郭を幽鬼のように怪しく浮かび上がらせていた。
彼がついと兜に両手を掛けると、留め金の外れる甲高い金属音がした。
おもむろに、兜が頭から抜かれる。
防衛戦のあとに見た、あの色のない世界にいるような錯覚を覚える、奇異な……しかし美しいと誰もが評するであろう容貌が……薄闇の中で露わになった。
混じりけのない純白の髪が、夜目にも眩しい。同じく純白をした長い睫毛を震わせ軽く何度か瞬きをした後、彼の深みのある漆黒の瞳がひたとセディウスを捉える。
「貴方に頭をなでられたとき、脈拍の速度が上がり、胸の奥に熱を感じた」
その風貌に見合う整った淡い色の唇を開いて、彼は表情ひとつ変えず単調な調子で理由を言い始める。
「……あれは、今までに感じたことのない感覚だった。なぜその現象が起こるのかが、理解不能だ。理解可能になるまで解析したい。そのためには、貴方に行為の再現を要求するのが最善と判断した」
論理的でまったく軟らかさのない口調でも、まるで詩を吟じているような優雅さがあった。浮世離れした容姿と、涼やかな声質のせいだろう。
しかし、その内容は詩として吟じられたとしても、セディウスにしてみれば呑気に聞き惚れていられないものだったが。
「なるほど……」
セディウスは再び目頭を揉み込んだ。ほんのりと頭痛がする……ような気がする。やはり、早く寝たほうがいい。ここのところ、疲れが溜まっている感じはしていたのだ。
「あのときの……、あれか。私が頭を撫でたのが、気になっていたのか」
「そうだ」
感情の読めない顔の裏で、まさかこんな考えを抱えていたとは。まったく気づけなかった。
「――要は、頭をなでられて胸がざわめいた……しかも、そのことが頭から離れなくて気になる。また撫でられたらどうなるのか知りたい。だから、もう一度私に頭をなでてほしいと」
一体、なにを言わされて……いや、言っているのだろうかと自分でも思う。
彼の述べた理由に関して、自分の認識に食い違いがないかを確かめるために、噛み砕いて言い直してみた結果がこれだ。まるで告白のようではないか。これは、なにかの間違いだろう。
「相違ない」
ネウクレアは顔色ひとつ変えず平然とした態度で、はっきりと返事をした。
――なんということだ。
認識が一致している。
一体、ネウクレアはなにを考えているのだろうか。セディウスは無表情でとんでもないことを言い出した新人の部下を前にして、内心で頭を抱えた。
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