【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり

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本編 

抱き締めたい

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 ――これはもしかすると、ネウクレアが私に好意を抱いているということか。



 それにしては無表情がすぎる。

 もし告白されているのだとしたら、どう受け止めたらいいのだろうか。

「この要求は、貴方に受けてもらえるのだろうか。今ここでの、返答を願う」

 純白の睫毛に縁どられた神秘的な漆黒の瞳が、セディウスをじっと見詰めている。

 まったくぶれることのない、ひた向きで純粋な眼差し。

 当の本人は意識していないだろうが、こんな瞳に見詰められようものならば、男女を問わず庇護欲を掻き立てられてしまうはずだ。

 実際、生死に関わる戦いにすら怯まない、強靭な精神を持つセディウスをして、心を揺さぶられてしまっている。……恐ろしい若者だ。

 辛うじて表情を崩さなかったものの、動揺と混乱で黙ってしまったセディウスの返答を、微動だにせず待っている。厳つい全身鎧も相まって、ある種の異様さを醸し出しているというのに、どこか健気さすら感じさせた。


 ――ああ、健気だ。撫でてやりたい。


 そんな気持ちが、湧き上がってきた。この気持ちのままに、彼の頭を撫でてやればいいのだ。彼の無垢な要求に応えない選択肢などない。

 そう思う半面で、後戻りのできない深淵に足を踏み入れるような恐れを感じた。

 ただ頭を撫でるだけだというのに、なにを恐れているセディウス! と、自分自身の腰の引けた心を叱咤しながら、重くなってしまった口をどうにかこじ開ける。


「……いいだろう。こちらに来てくれ」


 恐れや動揺など感じさせない穏やかな声で、セディウスは手招きをした。

「了解した。感謝する」

 ネウクレアが歩み寄ってきて、椅子に座したセディウスの前に片膝を突いて頭を垂れた。

 忠誠を誓う騎士そのものの、洗練された姿に苦笑する。

「大袈裟な感謝は要らない。ただ頭を撫でるだけのことだ」

「即答ではなかった。躊躇ちゅうちょがあったと推察する」

 図星を突かれて、一瞬だが声を詰まらせそうになる。

「……それは否定しない」

 ネウクレアは、率直にものを言いすぎるきらいがある。

「これは、難易度が高い要求か」

 セディウスの心の内など、なにも理解できてないのだろうか。無表情のまま問いかけてくるのにまた苦笑してしまった。


「いや、高くはない。高くはないが、時と場合による」

「時と場合とは」

「こういう場合だ。上司に対して、頭を撫でてほしいと要求する騎士は普通にいない」

「そういうものか」

「そういうものだと覚えておいてくれ。親しくなった相手であれば、また違う。これから少しずつ学ぶことが、お前には必要だ」

「了解した。学習する」

 これはかなり『指導』に苦労しそうだ。

 どうしたら、このような人格に育つのか。初めて頭を撫でたときに感じた違和感が、蘇ってくる。

「……では、撫でるぞ」

 ゆっくりと、純白の髪に覆われた頭蓋を包み込むようにして、撫でる。

「……貴方の手が触れると、やはり少し脈拍が速くなる。だが、逆に鎮静効果もある。心地いい、というのか、温い湯に浸かっているような……」

 ぽつぽつと零れる言葉が、どうにも胸を突く。


 このとき、セディウスは違和感の正体に気付き始めていた。

 魔力保有量の多い武家貴族の長子として生まれ、将来を期待され厳しい教育を受けながらも、家族の愛情をたっぷりと与えられて育ったセディウスとは違い、ネウクレアはなにも与えられなかったのだろう。

 魔導研究機関トウルムントでの扱いは、恐らく人道的とは言い難いものだ。

 美しくはあるが不自然な純白の髪や漆黒の瞳は、きっと実験による影響だ。

 違和感すら覚える情緒の乏しさは、頭を撫でられたことだけでなく、そもそもが子どもらしく愛されることが、なかったからだと考えて間違いない。

 彼がこの駐屯地に着任する前に、リュディ―ドが話ていたことを思い出した。

 ……トウルムント公が、過去に何人かの戦災孤児を研究機関名義で引き取ったことがあるという噂だ。


 ――単なる噂だと思っていた。憶測の域を出ないとも言った。


 しかし、ネウクレアの違和感を覚える言動と、奇異な容貌を前にして、それをただの噂と否定することなど、セディウスにはできなかった。


 ――ネウクレアは公によって、愛されずに育てられた戦災孤児だ。


 そう結論付けてしまうと、彼への庇護欲が急速に膨れ上がっていった。

「なにか感じられるか」

「貴方に頭をなでられるのは、好ましい」

 ――好ましいのか。

 境遇への哀れみとは違った感情が、胸中に満ちていく。

 大人しく頭を撫でられ続けているネウクレアは、あどけなく無防備そのものだ。セディウスは内心で悶えていた。こんな論理的で無表情だというのに、なんというか……可愛い。とても。

 撫でるどころか抱き締めて、いくらでも甘やかしてやりたい。お前は、もっと甘えていいんだぞと叫びたい。そんな衝動に駆られてしまう。

 ――落ち着け、セディウス・アーリル・レゲンスヴァルト!

 ネウクレア・クエンティンは、狂暴なまでの戦闘能力を誇る騎士で、私の直属の部下だ。皇国のために苦痛を厭わず限界まで力を振るってくれた、勇猛で、健気で、まさに騎士の鑑のような若者だ。

 抱き締めて甘やかす? 

 一体彼をなんだと思っているのか。そんなことをする関係ではないし、彼には彼の矜持や尊厳があるだろう。子供を甘やかすのとは訳が違う! そして、これは解析だ。撫でる以外は要求されていない。

 ――早まるな!


「……そろそろ自分の天幕に戻れ」

 危うく抱き締めそうになったが、どうにか正気を取り戻せた。

 代わりに軽くぽんと頭を叩いて、もう一度だけ優しく撫でてやってから手を離す。

 これ以上なでていると、本当に抱き締めてしまいそうだ。そんなことをして万が一、ネウクレアに嫌がられでもしたら、立ち直れない予感しかしない。

「了解した。要求を受けて入れてくれたことを深く感謝する」

 ネウクレアは無表情のまま立ち上がると、軽く拳を胸に当てて見本のような騎士の礼をした。

「今後も行為の継続を要求する。解析を続けたい」

「……検討しておこう……」

 ……次が、あるのか。もう要求しないでくれた方が、心穏やかに部下として可愛がれるのだが。

 だが、『なでてほしい』と漆黒の瞳で見詰められて、健気に待機などされようものなら拒める気がしない。そして、いつか甘やかしたいという感情を抑え切れずに、ネウクレアを抱き締めてしまうだろう。


 ……今夜はもう、なにも考えずに眠ってしまいたいと切実に思った。
 

 散々にセディウスの心をかき乱した本人は、小脇に抱えていた兜を被ると、「では、失礼する」と、言って足音ひとつ立てずに天幕から立ち去って行ってしまった。


「……私は一体……、なにをさせられたのか……」


 しんとした静けさの戻った天幕内に一人残された途端、胸の奥をわし掴みにされたような苦しさを感じた。思わず片手でぐしゃりと前髪を掴みながら強く目を瞑り、言葉にならない苦悶の呻き声を上げてしまう。









 ――セディウスの切実な思いも虚しく、この夜は彼にとって眠れない夜となった。





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