47 / 59
番外編
『好き』のもっと好きは『大好き』
しおりを挟む
――最近のネウクレアは、セディウスの天幕に同居している。
全面戦争で負傷した後、看護のために運び入れたときから、彼はここが自身の居場所だと認識してしまったようだ。
天幕の片隅に、ネウクレアの食料である固形物と飲料液の入った木箱がいつの間にか置かれているのを見たセディウスは、頭を抱えそうになった。
もともと、寝起きを共にしている状態だったのだから、今さらと言えば今さらではあるのだが。
結果、食堂ではなくこちらで昼食を済ませることの多いセディウスは、そのたびに彼の風変りな食事風景を目の当たりにすることになった。
「ネウクレア、その食事は変えないのか」
「変更の必要性を感じない」
テーブルの向かい側で、兜を外したネウクレアは小さく口を開けては両手で持った固形食をかじり、もぐもぐと咀嚼している。
その姿が、実にあどけなくて可愛い。
「この固形食は、効率的な栄養摂取に最適だ」
「……そう、か」
その言葉を聞いて、胸が軋むような思いがした。
ネウクレアは研究機関から離れて一年以上が過ぎた今でも、非人道的な育成の檻から抜け出せていないのだ。
固形食は手のひら程度の長さの細い棒状で、それほど量はない。飲料液と合わせても小腹を満たせる程度の量だ。
ファイスが彼を南街に連れて行った際に、串肉一本すら食べきれなかったと聞いた。
まるで小鳥のような小食ぶりだ。
それでいて痩せ衰えもせず、肌艶も保たれているのは、固形食と飲料液が栄養価に優れているからだろう。
固形食を食べ終え、飲料液の瓶を持ってこくこくと飲む姿も可愛い。
副官二人からの報告で恐ろしい不味さだと知っているだけに、ネウクレアが表情も変えずにいるのが不思議でならない。
幼少期からこうだとしたら、とうに味覚は壊れていると考えていい。
食事を終えたネウクレアは立ち上がって、空瓶と固形食を包んでいた油紙の袋を返却用の木箱に片付けた。
彼の体は特殊だ。
入れ墨だけの話ではない。色素が失われた髪や肌からして、別の施術や投薬もされている可能性がある。
安易な考えで常人の型に当てはめて、人並みの幸せを与えることは、難しいように思う。
だが、それでも、実験体ではなく……心を持つ生身の人間として、ネウクレアの日々に生きる上での楽しみを少しでも増やしてやりたい。
「ネウクレア、お前の好きなものはなんだ」
食事の手を止めて、布巾で口元を拭ってから問い掛けた。
「好きなもの……」
ネウクレアはじっとセディウスを見て何度か瞬きをした。そして、淡い色をした唇をゆっくりと開いた。
「砂糖菓子」
寝る前にねだられて与えている砂糖菓子。たった数粒のそれだけではあまりにも、ささやかだ。
「……他には?」
さらに問いかけると、彼は木箱のところから近寄ってきて「貴方だ」と答えた。
「わ、私……だと」
純白の長い睫毛に縁どられた漆黒の瞳が、逸らされることなくセディウスを見つめている。
その潤みを帯びた瞳は純粋な輝きを秘めていて、白く端正な顔はいつも通り無表情だ。
「大好き」
――涼やかな声が、天幕の空気を震わせた気がした。
どくどくと心臓が激しく脈打ち、顔に血の気が上がって火照るのを感じた。
「……ファイスが『好き』よりも、もっと『好き』は『大好き』だと言っていた。自分は、貴方が供給してくれる砂糖菓子が好きだが、それよりも、もっと好きなのは貴方だ。つまり、貴方のことが自分は大好きなのだと断定できる」
いつもと変わらない論理的な口調だが、なんとも可愛らしい結論だ。
純粋かつ明快。
飾り気のない言葉が、胸に強く刺さる。美辞麗句で飾られた言葉などでは届かない、心の奥深い場所まで貫かれたのをセディウスは感じた。
「ネ、ネウクレア……」
感極まりながら立ち上がり、頭を胸元に抱き寄せてそっと撫でてやると、ネウクレアは「ん……撫でられるのも、大好き」と、あどけない口調で言いながら背中に腕を回して抱き付いて甘えてくる。
「ぐっ、か、可愛い……っ!」
鎧越しなのがもどかしい。
華奢な体を直接抱き締めてやりたい衝動に駆られながら、額や頬に何度も口づけを落とし、しっかりと抱き締め返して純白の髪に鼻先を埋める。
「んっ、……貴方の口づけも、体温も、すべてが心地いい……大好き……」
なんの照れもなく、大好きと繰り返し伝えてくれる彼に、これ以上ない総毛立つほどの愛おしさを感じた。
「私も、お前が大好きだ」
ほのかな甘い体香を胸いっぱいに吸い込み、頭に頬擦りをする。
「ん……」
心地よさそうに吐息を漏らしたネウクレアが、背伸びをして頬を擦り寄せる仕草を返してきた。
「ああ、ネウクレア……」
とてつもない至福である。
セディウスは食事の途中だったことも忘れて、時間が許す限り彼を愛でた。
「ファイスは串肉が『大好き』だと言っていた」
「(一瞬で正気を取り戻した)……食べ物と人とでは『好き』の意味合いが違う。覚えておくといい」
「了解した(胸板に頬ずり中)」
全面戦争で負傷した後、看護のために運び入れたときから、彼はここが自身の居場所だと認識してしまったようだ。
天幕の片隅に、ネウクレアの食料である固形物と飲料液の入った木箱がいつの間にか置かれているのを見たセディウスは、頭を抱えそうになった。
もともと、寝起きを共にしている状態だったのだから、今さらと言えば今さらではあるのだが。
結果、食堂ではなくこちらで昼食を済ませることの多いセディウスは、そのたびに彼の風変りな食事風景を目の当たりにすることになった。
「ネウクレア、その食事は変えないのか」
「変更の必要性を感じない」
テーブルの向かい側で、兜を外したネウクレアは小さく口を開けては両手で持った固形食をかじり、もぐもぐと咀嚼している。
その姿が、実にあどけなくて可愛い。
「この固形食は、効率的な栄養摂取に最適だ」
「……そう、か」
その言葉を聞いて、胸が軋むような思いがした。
ネウクレアは研究機関から離れて一年以上が過ぎた今でも、非人道的な育成の檻から抜け出せていないのだ。
固形食は手のひら程度の長さの細い棒状で、それほど量はない。飲料液と合わせても小腹を満たせる程度の量だ。
ファイスが彼を南街に連れて行った際に、串肉一本すら食べきれなかったと聞いた。
まるで小鳥のような小食ぶりだ。
それでいて痩せ衰えもせず、肌艶も保たれているのは、固形食と飲料液が栄養価に優れているからだろう。
固形食を食べ終え、飲料液の瓶を持ってこくこくと飲む姿も可愛い。
副官二人からの報告で恐ろしい不味さだと知っているだけに、ネウクレアが表情も変えずにいるのが不思議でならない。
幼少期からこうだとしたら、とうに味覚は壊れていると考えていい。
食事を終えたネウクレアは立ち上がって、空瓶と固形食を包んでいた油紙の袋を返却用の木箱に片付けた。
彼の体は特殊だ。
入れ墨だけの話ではない。色素が失われた髪や肌からして、別の施術や投薬もされている可能性がある。
安易な考えで常人の型に当てはめて、人並みの幸せを与えることは、難しいように思う。
だが、それでも、実験体ではなく……心を持つ生身の人間として、ネウクレアの日々に生きる上での楽しみを少しでも増やしてやりたい。
「ネウクレア、お前の好きなものはなんだ」
食事の手を止めて、布巾で口元を拭ってから問い掛けた。
「好きなもの……」
ネウクレアはじっとセディウスを見て何度か瞬きをした。そして、淡い色をした唇をゆっくりと開いた。
「砂糖菓子」
寝る前にねだられて与えている砂糖菓子。たった数粒のそれだけではあまりにも、ささやかだ。
「……他には?」
さらに問いかけると、彼は木箱のところから近寄ってきて「貴方だ」と答えた。
「わ、私……だと」
純白の長い睫毛に縁どられた漆黒の瞳が、逸らされることなくセディウスを見つめている。
その潤みを帯びた瞳は純粋な輝きを秘めていて、白く端正な顔はいつも通り無表情だ。
「大好き」
――涼やかな声が、天幕の空気を震わせた気がした。
どくどくと心臓が激しく脈打ち、顔に血の気が上がって火照るのを感じた。
「……ファイスが『好き』よりも、もっと『好き』は『大好き』だと言っていた。自分は、貴方が供給してくれる砂糖菓子が好きだが、それよりも、もっと好きなのは貴方だ。つまり、貴方のことが自分は大好きなのだと断定できる」
いつもと変わらない論理的な口調だが、なんとも可愛らしい結論だ。
純粋かつ明快。
飾り気のない言葉が、胸に強く刺さる。美辞麗句で飾られた言葉などでは届かない、心の奥深い場所まで貫かれたのをセディウスは感じた。
「ネ、ネウクレア……」
感極まりながら立ち上がり、頭を胸元に抱き寄せてそっと撫でてやると、ネウクレアは「ん……撫でられるのも、大好き」と、あどけない口調で言いながら背中に腕を回して抱き付いて甘えてくる。
「ぐっ、か、可愛い……っ!」
鎧越しなのがもどかしい。
華奢な体を直接抱き締めてやりたい衝動に駆られながら、額や頬に何度も口づけを落とし、しっかりと抱き締め返して純白の髪に鼻先を埋める。
「んっ、……貴方の口づけも、体温も、すべてが心地いい……大好き……」
なんの照れもなく、大好きと繰り返し伝えてくれる彼に、これ以上ない総毛立つほどの愛おしさを感じた。
「私も、お前が大好きだ」
ほのかな甘い体香を胸いっぱいに吸い込み、頭に頬擦りをする。
「ん……」
心地よさそうに吐息を漏らしたネウクレアが、背伸びをして頬を擦り寄せる仕草を返してきた。
「ああ、ネウクレア……」
とてつもない至福である。
セディウスは食事の途中だったことも忘れて、時間が許す限り彼を愛でた。
「ファイスは串肉が『大好き』だと言っていた」
「(一瞬で正気を取り戻した)……食べ物と人とでは『好き』の意味合いが違う。覚えておくといい」
「了解した(胸板に頬ずり中)」
181
あなたにおすすめの小説
猫を追いかけて異世界に来たら、拾ってくれたのは優しい貴族様でした
水無瀬 蒼
BL
清石拓也はある日飼い猫の黒猫・ルナを追って古びた神社に紛れ込んだ。
そこで、御神木の根に足をひっかけて転んでしまう。
倒れる瞬間、大きな光に飲み込まれる。
そして目を覚ましたのは、遺跡の中だった。
体調の悪い拓也を助けてくれたのは貴族のレオニス・アーゼンハイツだった。
2026.1.5〜
異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた
k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。
言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。
小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。
しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。
湊の生活は以前のような日に戻った。
一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。
ただ、明らかに成長スピードが早い。
どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。
弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。
お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。
あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。
後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。
気づけば少年の住む異世界に来ていた。
二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。
序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。
【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。
明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。
新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。
しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…?
冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。
【連載版あり】「頭をなでてほしい」と、部下に要求された騎士団長の苦悩
ゆらり
BL
「頭をなでてほしい」と、人外レベルに強い無表情な新人騎士に要求されて、断り切れずに頭を撫で回したあげくに、深淵にはまり込んでしまう騎士団長のお話。リハビリ自家発電小説。一話完結です。
※加筆修正が加えられています。投稿初日とは誤差があります。ご了承ください。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜
キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」
(いえ、ただの生存戦略です!!)
【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】
生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。
ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。
のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。
「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。
「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。
「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」
なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!?
勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。
捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!?
「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」
ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます!
元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!
異世界で孵化したので全力で推しを守ります
のぶしげ
BL
ある日、聞いていたシチュエーションCDの世界に転生してしまった主人公。推しの幼少期に出会い、魔王化へのルートを回避して健やかな成長をサポートしよう!と奮闘していく異世界転生BL 執着最強×人外美人BL
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる