3 / 91
本編
3 お願い
しおりを挟む
「ちっ……。助けてやったのに、礼も無しに驚くなよ」
血の気の引いた顔をして怯える彼を前に、リィは苦々しい表情で舌打ちをしてしまう。
こういった反応をされるのは初めてではない。もっと酷い反応をされたこともある。驚かれたくらいならマシな方だ。それだというのに、美しい瞳に浮かんだ怯えに、常よりも強い苛立ちと落胆を覚えた。
「えっ、あれ……?」
リィの不機嫌さの滲む声音によって正気を取り戻したらしき青年は、きょろきょろと周囲を見回す。
「うう、痛い……。あっ、えっと、ごめんね……。少し驚いて、しまって……っ、はぁ……っ」
痛みに呻きながら半身を起こし、ぎこちなく緩い笑みを浮かべる。端正な顔に見合った甘い響きを含む声は、耳障りが良かった。
「はは。心臓が凄くドキドキしているよ……」
そう言いながら青年は胸に片手を当て、瞳を閉じて何度か深呼吸をした。次いでその長身をぐらつかせながら壁を支えにどうにか立ち上がる。
思っていたよりも背が高い。視線を合わせるのが少し億劫なくらいだった。
「ふん。肝がちいせぇな」
棘のある態度を崩さず憎まれ口を叩きながらも、見上げた先にある空色の瞳から怯えが消えているのを見て取って、内心で少なからず安堵した。こんな綺麗な瞳をした青年に、怯えた顔をされるのは堪える。
「……あはは。うん、小心者なのは、認めるよ。とにかく、助けてくれて有難う」
「ガキどもが目障りだったから追い払っただけだ。アンタ、歩けるか」
「あちこち痛いけど、大丈夫みたい。いやぁ、この辺の店で食事がしたくて来たのだけど、こんな明るい時に襲われるなんて思わなかったよ。用心が足りなかったようだね……」
「これでも変装したのだけれどね」と、言って深々と溜息をつく青年に、リィは心底呆れた。下町の庶民が着ているのとは全く違う、ひと目で上等だと分かる服など着ていて、なにが変装なのか。
「……変装になってねぇよ」
「そうかい? これでも、それなりに別人に見えるように化けているよ」
「大体ここいらは、お育ちの良い甘ちゃん坊やが来る所じゃねぇし」
嫌味ったらしく鼻で笑って莫迦にしてやると、むうっと悔しそうな顔をした。
「育ちは確かに良いけど! 甘ちゃん坊やって! 酷いよ!」
ぎゃんぎゃんとやかましく文句を言う青年は、襲われたというのに実に元気だ。どうにか自力で立ち上がることはできているし打撲程度なら歩いて帰れるだろう。
これなら、後の心配などする必要ない。そろそろ立ち去りたいところだ。
「うるせぇな。さっさと帰れ」
雑に手を払って帰宅を促せば、彼はぴたりと口を閉ざして瞬きひとつせずにじっと見詰めてきた。
口を開けば騒がしく面倒な青年だが、静かにしていれば吸い寄せられそうなほどに端正で作り物めいた顔立ちが際立つ。気品……とでもいうのだろうか。子供っぽくて弱いくせに格が違うと思わせる雰囲気があった。
……雑な物言いに怒ったのだろうか。それとも、何か企んでいるのか。
どちらにしても、これ以上構ってやる気などない。腹も減っているし、面倒だ。
「あぁ? なんか文句でもあんのかよ」
雰囲気に気圧されてなるものかと、リィはぐっと顎を引いて睨みつけた。すると青年は、薄く形の良い唇を綻ばせて「お願いがあるのだけれど」と、言った。
「お願いって、なんだよ。面倒なこと言ってんじゃねぇよ」
「僕の護衛になって」
「はぁっ? なんで俺が!」
ろくでもない頼みに、リィは甲高い声で叫んでしまった。
血の気の引いた顔をして怯える彼を前に、リィは苦々しい表情で舌打ちをしてしまう。
こういった反応をされるのは初めてではない。もっと酷い反応をされたこともある。驚かれたくらいならマシな方だ。それだというのに、美しい瞳に浮かんだ怯えに、常よりも強い苛立ちと落胆を覚えた。
「えっ、あれ……?」
リィの不機嫌さの滲む声音によって正気を取り戻したらしき青年は、きょろきょろと周囲を見回す。
「うう、痛い……。あっ、えっと、ごめんね……。少し驚いて、しまって……っ、はぁ……っ」
痛みに呻きながら半身を起こし、ぎこちなく緩い笑みを浮かべる。端正な顔に見合った甘い響きを含む声は、耳障りが良かった。
「はは。心臓が凄くドキドキしているよ……」
そう言いながら青年は胸に片手を当て、瞳を閉じて何度か深呼吸をした。次いでその長身をぐらつかせながら壁を支えにどうにか立ち上がる。
思っていたよりも背が高い。視線を合わせるのが少し億劫なくらいだった。
「ふん。肝がちいせぇな」
棘のある態度を崩さず憎まれ口を叩きながらも、見上げた先にある空色の瞳から怯えが消えているのを見て取って、内心で少なからず安堵した。こんな綺麗な瞳をした青年に、怯えた顔をされるのは堪える。
「……あはは。うん、小心者なのは、認めるよ。とにかく、助けてくれて有難う」
「ガキどもが目障りだったから追い払っただけだ。アンタ、歩けるか」
「あちこち痛いけど、大丈夫みたい。いやぁ、この辺の店で食事がしたくて来たのだけど、こんな明るい時に襲われるなんて思わなかったよ。用心が足りなかったようだね……」
「これでも変装したのだけれどね」と、言って深々と溜息をつく青年に、リィは心底呆れた。下町の庶民が着ているのとは全く違う、ひと目で上等だと分かる服など着ていて、なにが変装なのか。
「……変装になってねぇよ」
「そうかい? これでも、それなりに別人に見えるように化けているよ」
「大体ここいらは、お育ちの良い甘ちゃん坊やが来る所じゃねぇし」
嫌味ったらしく鼻で笑って莫迦にしてやると、むうっと悔しそうな顔をした。
「育ちは確かに良いけど! 甘ちゃん坊やって! 酷いよ!」
ぎゃんぎゃんとやかましく文句を言う青年は、襲われたというのに実に元気だ。どうにか自力で立ち上がることはできているし打撲程度なら歩いて帰れるだろう。
これなら、後の心配などする必要ない。そろそろ立ち去りたいところだ。
「うるせぇな。さっさと帰れ」
雑に手を払って帰宅を促せば、彼はぴたりと口を閉ざして瞬きひとつせずにじっと見詰めてきた。
口を開けば騒がしく面倒な青年だが、静かにしていれば吸い寄せられそうなほどに端正で作り物めいた顔立ちが際立つ。気品……とでもいうのだろうか。子供っぽくて弱いくせに格が違うと思わせる雰囲気があった。
……雑な物言いに怒ったのだろうか。それとも、何か企んでいるのか。
どちらにしても、これ以上構ってやる気などない。腹も減っているし、面倒だ。
「あぁ? なんか文句でもあんのかよ」
雰囲気に気圧されてなるものかと、リィはぐっと顎を引いて睨みつけた。すると青年は、薄く形の良い唇を綻ばせて「お願いがあるのだけれど」と、言った。
「お願いって、なんだよ。面倒なこと言ってんじゃねぇよ」
「僕の護衛になって」
「はぁっ? なんで俺が!」
ろくでもない頼みに、リィは甲高い声で叫んでしまった。
18
あなたにおすすめの小説
白い結婚を夢見る伯爵令息の、眠れない初夜
西沢きさと
BL
天使と謳われるほど美しく可憐な伯爵令息モーリスは、見た目の印象を裏切らないよう中身のがさつさを隠して生きていた。
だが、その美貌のせいで身の安全が脅かされることも多く、いつしか自分に執着や欲を持たない相手との政略結婚を望むようになっていく。
そんなとき、騎士の仕事一筋と名高い王弟殿下から求婚され──。
◆
白い結婚を手に入れたと喜んでいた伯爵令息が、初夜、結婚相手にぺろりと食べられてしまう話です。
氷の騎士と呼ばれている王弟×可憐な容姿に反した性格の伯爵令息。
サブCPの軽い匂わせがあります。
ゆるゆるなーろっぱ設定ですので、細かいところにはあまりつっこまず、気軽に読んでもらえると助かります。
◆
2025.9.13
別のところでおまけとして書いていた掌編を追加しました。モーリスの兄視点の短い話です。
窓のない部屋の、陽だまりみたいな君
MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。
そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。
そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。
完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。
「五分だけ、ここにいさせてくれないか」
一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。
次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。
住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。
愛しの妻は黒の魔王!?
ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」
――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。
皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。
身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。
魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。
表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます!
11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!
ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。
その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。
しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。
何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。
聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)
【完結】言えない言葉
未希かずは(Miki)
BL
双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。
同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。
ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。
兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。
すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。
第1回青春BLカップ参加作品です。
1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。
2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる