【完結】赤痣の闘士は、好きになった彼が王弟殿下だと知らなかった

ゆらり

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「ちっ……。助けてやったのに、礼も無しに驚くなよ」

 血の気の引いた顔をして怯える彼を前に、リィは苦々しい表情で舌打ちをしてしまう。

 こういった反応をされるのは初めてではない。もっと酷い反応をされたこともある。驚かれたくらいならマシな方だ。それだというのに、美しい瞳に浮かんだ怯えに、常よりも強い苛立ちと落胆を覚えた。
 
「えっ、あれ……?」

 リィの不機嫌さの滲む声音によって正気を取り戻したらしき青年は、きょろきょろと周囲を見回す。

「うう、痛い……。あっ、えっと、ごめんね……。少し驚いて、しまって……っ、はぁ……っ」

 痛みに呻きながら半身を起こし、ぎこちなく緩い笑みを浮かべる。端正な顔に見合った甘い響きを含む声は、耳障りが良かった。

「はは。心臓が凄くドキドキしているよ……」

 そう言いながら青年は胸に片手を当て、瞳を閉じて何度か深呼吸をした。次いでその長身をぐらつかせながら壁を支えにどうにか立ち上がる。

 思っていたよりも背が高い。視線を合わせるのが少し億劫なくらいだった。

「ふん。肝がちいせぇな」

 棘のある態度を崩さず憎まれ口を叩きながらも、見上げた先にある空色の瞳から怯えが消えているのを見て取って、内心で少なからず安堵した。こんな綺麗な瞳をした青年に、怯えた顔をされるのは堪える。

「……あはは。うん、小心者なのは、認めるよ。とにかく、助けてくれて有難う」
「ガキどもが目障りだったから追い払っただけだ。アンタ、歩けるか」
「あちこち痛いけど、大丈夫みたい。いやぁ、この辺の店で食事がしたくて来たのだけど、こんな明るい時に襲われるなんて思わなかったよ。用心が足りなかったようだね……」 

「これでも変装したのだけれどね」と、言って深々と溜息をつく青年に、リィは心底呆れた。下町の庶民が着ているのとは全く違う、ひと目で上等だと分かる服など着ていて、なにが変装なのか。

「……変装になってねぇよ」
「そうかい? これでも、それなりに別人に見えるように化けているよ」
「大体ここいらは、お育ちの良い甘ちゃん坊やが来る所じゃねぇし」
 
 嫌味ったらしく鼻で笑って莫迦にしてやると、むうっと悔しそうな顔をした。

「育ちは確かに良いけど! 甘ちゃん坊やって! 酷いよ!」

 ぎゃんぎゃんとやかましく文句を言う青年は、襲われたというのに実に元気だ。どうにか自力で立ち上がることはできているし打撲程度なら歩いて帰れるだろう。

 これなら、後の心配などする必要ない。そろそろ立ち去りたいところだ。

「うるせぇな。さっさと帰れ」

 雑に手を払って帰宅を促せば、彼はぴたりと口を閉ざして瞬きひとつせずにじっと見詰めてきた。

 口を開けば騒がしく面倒な青年だが、静かにしていれば吸い寄せられそうなほどに端正で作り物めいた顔立ちが際立つ。気品……とでもいうのだろうか。子供っぽくて弱いくせに格が違うと思わせる雰囲気があった。

 ……雑な物言いに怒ったのだろうか。それとも、何か企んでいるのか。

 どちらにしても、これ以上構ってやる気などない。腹も減っているし、面倒だ。
 
「あぁ? なんか文句でもあんのかよ」

 雰囲気に気圧されてなるものかと、リィはぐっと顎を引いて睨みつけた。すると青年は、薄く形の良い唇を綻ばせて「お願いがあるのだけれど」と、言った。

「お願いって、なんだよ。面倒なこと言ってんじゃねぇよ」
「僕の護衛になって」
「はぁっ? なんで俺が!」

 ろくでもない頼みに、リィは甲高い声で叫んでしまった。
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