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本編

11 素直で柔らかな言葉

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 ――灯りに照らされた街並みは、昼間とは違った華と賑やかさがある。

「あそこの酒場の給仕娘達が可愛いよ」とか、「向こうの菓子店の焼き菓子が好物なんだよ」とか、「美味しいから是非食べてみると良いよ」だのと、取り留めも無い話をするシアの楽し気な顔を横目に、リィは不機嫌顔を崩す事なく彼の歩調に合わせてゆっくりと、活気ある夜の街を歩いた。

 料理店から更に東は、城や役所等に勤めている官職の者が多く住む地区だ。人通りが少なく閑静な東通りの入り口に辿りに着いた所で、シアは立ち止まってリィの方を向いて微笑む。

「この辺でお別れかな。色々話が出来て、楽しかったよ!」
「そいつは良かったな」
「リィは、楽しかった?」
 
 街灯が照らす路端で、夜闇を背にして空色の瞳がじっと此方を見つめていた。

 リィはどうしてか、直ぐに答えを返す事が出来なかった。

 食事をしながらシアと交わす会話は楽しく、両親にすらほとんど言えなかった幼い頃の辛い出来事でさえも、すんなりと口にできて胸の奥が軽くなった気がした。

 酒も料理も美味かった。ここまで歩いてくる間に取り留めのない話を聞きながら歩いたのも、別段嫌だったという訳ではなかったのだ。

 ……単純に俺も楽しかったと返事をするだけでは足りない。

 伝えたい事はそんな言葉ではないのに、想いが形にならずに喉の奥で引っ掛かっていて出て来ないのだ。険しい顔をして急に黙り込んでしまったリィに、シアが不安そうに眉根を寄せて騒ぎ始める。 

「え、もしかして、楽しくなかったの? ちょ、まって、顔が怖いよ! 僕、何か嫌な事したかな?」
「いや、違う。そうじゃねぇよ!」
「だって、急にそんな顔するから……! 薄暗い場所でそいう顔止めて! 本当に怖い!」
「怖い怖い言うんじゃねぇよバカ! うるせぇ! ああ、くそっ! そうじゃねぇって言ってんだろっ! アンタと話すの、悪くない気分だった! ……ただ、俺はっ、こんな事に、慣れてねぇから……、なんか、上手く言えねぇんだ。……嫌な事なんてひとつもなかった……っ!」
 
 焦りながら切れ切れに気持ちを伝えると、シアがほうっと安堵の溜息をついて満面の笑顔になる。その顔を見てようやく、一番言いたかった想いが自然と口から滑り出てきた。

「……俺なんかの話、聞いてくれてありがとな。嬉しくて、楽しかった」
 
 それは、リィ自身が驚くほどに素直で柔らかな言葉だった。
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