【完結】赤痣の闘士は、好きになった彼が王弟殿下だと知らなかった

ゆらり

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本編

17 質が悪い奴だ

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 ――突然の抱擁に驚いて体が硬直してしまった。

 別れ際に抱き締められた時は驚きばかりが勝っていたが、夢も合わせれば三度目の抱擁だ。嫌でも意識してしまい、カッと顔に熱が集まっていく。

「わぁ、凄い殺し文句だね! 照れてしまうよ!」
「なっ、なにがだっ? 訳わかんねぇっ!」
「ああ、自覚が無いのが怖いな……」

「とんでもなく人たらしだね」と。言いながら大きな掌がリィの髪と背中をそっと撫でる。

 夢の比ではなくしっかりと衣越しに伝わってくる熱と、仄かな香の匂いに自然と体の強ばりが解けていく。悪意などなにも感じさせず、ひたすらに温かい優しさを与えられて、その心地良さに知らぬ間に引き込まれ、リィは深く酔った。

 ……これがもっと欲しい。

 無意識に強く求めて、相手の背中に自らも腕を回して抱き返そうとしたその刹那――。

「うーん、髪質が割と硬いねぇ。もう少し柔らかいと思っていたけれど」 

 なんの気もない口調の声に急激に酔いから醒めたリィは、背中に回した腕をびしりと硬直させた。

 なんでこっちから抱き付こうとしている? おかしい! 駄目だ、こんなのはマズい! そんな混乱した思考で頭の中が埋め尽くされる。なにがどう駄目なのかマズいのかも良く分からないのだが、とにかく抱き締められていては危ない気がして囲い込まれた腕の中から抜け出そうともがく。

「は、離せ! 暑苦しい!」

 うろたえながらそんな事を口走り、強く胸板を押しやり腕を解かせて距離を取る。

「えええ! 暑苦しいってそんな!」
「うるせぇ! 近寄るな!」
「あ、顔が赤いね。もしかしてリィも照れてるのかな」
「あぁ? 誰が照れてるだとっ? アンタもう帰れ!」
 
 あからさまな指摘に恥ずかしさが爆発して怒鳴ると、シアは「君って結構恥ずかしがり屋なんだね」と、言いながら両腕を広げて近付いてきて、楽しそうに笑いながら再び抱き締めようとする。

「やっ、止めろぉ……っ! ほんとにもう、帰れよバカぁ!」
「ごめんごめん。もうしないから、そんなに怒らないで」
「このっ、殴られてぇかっ!」

 撫でようとしてか頭に伸ばされた手から飛び退いて逃れ、壁際に追い詰められながら威嚇をするも張り上げた声は裏返っていて弱々しい。これでは迫力などまるで出ない。拳を振り上げてもどうにも恰好が付かない状態に途方に暮れて、リィはがっくりと肩を落として溜息をついた。

「アンタを相手にしてると、何か疲れるな……。殴る気が失せる」
「殴られるのはちょっと遠慮したいね。それよりも、この後時間はある?」
「は? 帰らねぇのか」

 リィが目を剥いて眉を吊り上げると、何を言っているんだいと肩をすくめながらシアが甘く微笑む。

「帰らないよ! せっかくリィと会えたのだから、直ぐ帰ったら勿体ない。ねぇ、下町で一緒に食事をしようよ! もしもそれが駄目なら諦めて帰るよ……」
 
 しおらしい口調で締めくくっているがシアの瞳は期待にきらきらと輝いていて、断られるつもりなどさらさらないのが丸分かりの笑顔をしていた。

 自分のことながら理解できない行動と羞恥とで混乱している最中のリィからすれば、原因であるシアは早く帰って欲しい。だが、今ここで断れば絶対に駄々をこねて、冷たい! 酷い! と騒ぎ出すだろう。料理店で食事をした後の言動を思い出すと簡単に予想できる。

「ちっ、仕方ねぇな……、付き合ってやる。ただし騒ぐなよ。アンタは下町じゃ目立つからな」
「やった! それじゃあ、早く行こう」

 わぁっと、声を上げんばかりに喜ぶシアは無邪気というか、アホっぽくて無害な青年に見えた。だが、苦々しく舌打ちをしながらリィはこう思った。

 ――こいつ、すげぇ質が悪い奴だ……と。
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