19 / 91
本編
19 貴族の令嬢
しおりを挟む
――シアと再会した日から数カ月が過ぎた。
この頃には、彼とはすっかり顔馴染みとなっていた。なぜなら、頻繁ではないが彼が試合を観戦した際には、必ず特別席へリィを呼ぶからだ。そして、時間が許せば下町や闘技場の近くの食事処で、昼飯を食べながら過ごすのが当たり前の流れになっていた。
「今日はどこに行こうかな。ねぇ、リィはなにが食べたい?」
「麺物がいい」
「そう。それならあっちかな。麺料理が美味しい店が新しくできたのだけれども、どうかな」
「へぇ。いいなそれ。行ってみたい」
などと話し合いながら数度目になる食事に行こうと足を向けた先の路際に、立派な馬車が停まっていた。
馬車の横にはリィが今日の試合で負かした闘士……リィが好敵手とみなしている男……と、貴族の令嬢がいた。気位の高そうなきつい顔立ちをした令嬢は、自らの前に片膝を付きかしこまっている闘士に向けて、銀細工の施された扇子を畳んで教鞭のように振りながらなにかを言っている。
「まいったな……」
ぼそりと小さくシアが呟いたのが耳に入って、リィは彼の顔を見上げた。
「どうしたんだよ」
「あの子、苦手なんだよねぇ……。あ、気付かれちゃった」
視線を戻すと、令嬢が微笑みながらこちらへ歩いて来ていた。
「奇遇ですわね。貴方様にお会いできるなんて」
「ああ、本当に奇遇だ。君も試合を観に来ていたのかな」
明るく砕けた態度は鳴りを潜め、やや硬い口調でもってシアは娘に応じる。
「ええ、今日は我が家で抱えている闘士の試合を観ていましたの。そういうときに限って、負けてしまいましたけれど」
令嬢がちらとリィの方を見て、憎らし気に目を細める。
嫌な視線に気分が悪くなり目を逸らすと、馬車の方で片膝を付いた姿勢から立ち上がりこちらを見ている好敵手の闘士と目が合った。リィの心中を知ってか知らずか苦笑しながら手を振ってきたので、軽く手を上げて応えておく。
そうしたやり取りを闘士の二人がしている間に、令嬢がシアに身を寄せて話を続ける。
「以前に見たときにも思いましたけれど、その御髪の色もシア様によくお似合いですわ」
「そう? それは嬉しいね。有難う」
「うふふ。例えどの様な色に変えていらしても、私はきっと貴方様だとひと目で判ります」
「君には適わないな……」
親し気に話し掛けてくる彼女に対して、シアは品良く微笑んだ。端正で甘い容貌に浮かべられたその微笑みは美しかったが、リィに見せていた感情豊かで無邪気な様とは明らかに違っている。
「シア様とお会いできるのを楽しみにしていましたのに、夜会などにお姿をお見かけ致しませんでしたし、お声も掛けて頂けなくて私、寂しく思っていましたの。こうして奇遇にもお会いできて、とても嬉しゅうございますわ」
「いや、なかなかに忙しくてね」
熱の籠った視線で見詰めながら延々と喋り続ける令嬢に、シアが品のいい微笑みを貼りつけた顔で型に嵌った言葉を返すという会話が繰り広げられた。
粘着質な視線を送りながら話し掛けてくる娘のことを、シアは相当に好きではないらしい。態度の違いと言葉選びからそれに気付いて、リィは思わず眉間に皺を寄せてしまった。
この頃には、彼とはすっかり顔馴染みとなっていた。なぜなら、頻繁ではないが彼が試合を観戦した際には、必ず特別席へリィを呼ぶからだ。そして、時間が許せば下町や闘技場の近くの食事処で、昼飯を食べながら過ごすのが当たり前の流れになっていた。
「今日はどこに行こうかな。ねぇ、リィはなにが食べたい?」
「麺物がいい」
「そう。それならあっちかな。麺料理が美味しい店が新しくできたのだけれども、どうかな」
「へぇ。いいなそれ。行ってみたい」
などと話し合いながら数度目になる食事に行こうと足を向けた先の路際に、立派な馬車が停まっていた。
馬車の横にはリィが今日の試合で負かした闘士……リィが好敵手とみなしている男……と、貴族の令嬢がいた。気位の高そうなきつい顔立ちをした令嬢は、自らの前に片膝を付きかしこまっている闘士に向けて、銀細工の施された扇子を畳んで教鞭のように振りながらなにかを言っている。
「まいったな……」
ぼそりと小さくシアが呟いたのが耳に入って、リィは彼の顔を見上げた。
「どうしたんだよ」
「あの子、苦手なんだよねぇ……。あ、気付かれちゃった」
視線を戻すと、令嬢が微笑みながらこちらへ歩いて来ていた。
「奇遇ですわね。貴方様にお会いできるなんて」
「ああ、本当に奇遇だ。君も試合を観に来ていたのかな」
明るく砕けた態度は鳴りを潜め、やや硬い口調でもってシアは娘に応じる。
「ええ、今日は我が家で抱えている闘士の試合を観ていましたの。そういうときに限って、負けてしまいましたけれど」
令嬢がちらとリィの方を見て、憎らし気に目を細める。
嫌な視線に気分が悪くなり目を逸らすと、馬車の方で片膝を付いた姿勢から立ち上がりこちらを見ている好敵手の闘士と目が合った。リィの心中を知ってか知らずか苦笑しながら手を振ってきたので、軽く手を上げて応えておく。
そうしたやり取りを闘士の二人がしている間に、令嬢がシアに身を寄せて話を続ける。
「以前に見たときにも思いましたけれど、その御髪の色もシア様によくお似合いですわ」
「そう? それは嬉しいね。有難う」
「うふふ。例えどの様な色に変えていらしても、私はきっと貴方様だとひと目で判ります」
「君には適わないな……」
親し気に話し掛けてくる彼女に対して、シアは品良く微笑んだ。端正で甘い容貌に浮かべられたその微笑みは美しかったが、リィに見せていた感情豊かで無邪気な様とは明らかに違っている。
「シア様とお会いできるのを楽しみにしていましたのに、夜会などにお姿をお見かけ致しませんでしたし、お声も掛けて頂けなくて私、寂しく思っていましたの。こうして奇遇にもお会いできて、とても嬉しゅうございますわ」
「いや、なかなかに忙しくてね」
熱の籠った視線で見詰めながら延々と喋り続ける令嬢に、シアが品のいい微笑みを貼りつけた顔で型に嵌った言葉を返すという会話が繰り広げられた。
粘着質な視線を送りながら話し掛けてくる娘のことを、シアは相当に好きではないらしい。態度の違いと言葉選びからそれに気付いて、リィは思わず眉間に皺を寄せてしまった。
15
あなたにおすすめの小説
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい
夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れています。ニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが……
◆いつもハート、エール、しおりをありがとうございます。冒頭暗いのに耐えて読んでくれてありがとうございました。いつもながら感謝です。
◆お友達の花々緒(https://x.com/cacaotic)さんが、表紙絵描いて下さりました。可愛いニャリスと、悩ましげなラクロア様。
◆これもいつか続きを書きたいです、猫の日にちょっとだけ続きを書いたのだけど、また直して投稿します。
【完結】たとえ彼の身代わりだとしても貴方が僕を見てくれるのならば… 〜初恋のαは双子の弟の婚約者でした〜
葉月
BL
《あらすじ》
カトラレル家の長男であるレオナルドは双子の弟のミカエルがいる。天真爛漫な弟のミカエルはレオナルドとは真逆の性格だ。
カトラレル家は懇意にしているオリバー家のサイモンとミカエルが結婚する予定だったが、ミカエルが流行病で亡くなってしまい、親の言いつけによりレオナルドはミカエルの身代わりとして、サイモンに嫁ぐ。
愛している人を騙し続ける罪悪感と、弟への想いを抱き続ける主人公が幸せを掴み取る、オメガバースストーリー。
《番外編 無垢な身体が貴方色に染まるとき 〜運命の番は濃厚な愛と蜜で僕の身体を溺れさせる〜》
番になったレオとサイモン。
エマの里帰り出産に合わせて、他の使用人達全員にまとまった休暇を与えた。
数日、邸宅にはレオとサイモンとの2人っきり。
ずっとくっついていたい2人は……。
エチで甘々な数日間。
ー登場人物紹介ー
ーレオナルド・カトラレル(受け オメガ)18歳ー
長男で一卵性双生児の弟、ミカエルがいる。
カトラレル家の次期城主。
性格:内気で周りを気にしすぎるあまり、自分の気持ちを言えないないだが、頑張り屋で努力家。人の気持ちを考え行動できる。行動や言葉遣いは穏やか。ミカエルのことが好きだが、ミカエルがみんなに可愛がられていることが羨ましい。
外見:白肌に腰まである茶色の髪、エメラルドグリーンの瞳。中世的な外見に少し幼さを残しつつも。行為の時、幼さの中にも妖艶さがある。
体質:健康体
ーサイモン・オリバー(攻め アルファ)25歳ー
オリバー家の長男で次期城主。レオナルドとミカエルの7歳年上。
レオナルドとミカエルとサイモンの父親が仲がよく、レオナルドとミカエルが幼い頃からの付き合い。
性格:優しく穏やか。ほとんど怒らないが、怒ると怖い。好きな人には尽くし甘やかし甘える。時々不器用。
外見:黒髪に黒い瞳。健康的な肌に鍛えられた肉体。高身長。
乗馬、剣術が得意。貴族令嬢からの人気がすごい。
BL大賞参加作品です。
君さえ笑ってくれれば最高
大根
BL
ダリオ・ジュレの悩みは1つ。「氷の貴公子」の異名を持つ婚約者、ロベルト・トンプソンがただ1度も笑顔を見せてくれないことだ。感情が顔に出やすいダリオとは対照的な彼の態度に不安を覚えたダリオは、どうにかロベルトの笑顔を引き出そうと毎週様々な作戦を仕掛けるが。
(クーデレ?溺愛美形攻め × 顔に出やすい素直平凡受け)
異世界BLです。
【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。
抹茶砂糖
BL
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い
<あらすじ>
魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。
見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。
いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。
ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。
親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。
第13回BL大賞にエントリーしています。
応援いただけるとうれしいです!
※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。
└性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。
【完結】異世界はなんでも美味しい!
鏑木 うりこ
BL
作者疲れてるのよシリーズ
異世界転生したリクトさんがなにやら色々な物をŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”(๑´ㅂ`๑)ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”うめー!する話。
頭は良くない。
完結しました!ありがとうございますーーーーー!
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる