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本編
24 シアの我がまま
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――逃げ出した日から、ひと月近くが過ぎた頃。
試合後に呼び出しを受けたリィは、風のように通路を駆け抜けて特別席の部屋へと向かった。
「シア!」
扉を開けて名を叫ぶと、窓際に立っていた赤毛の青年が振り返る。
「やあリィ! 直ぐに会いに来たかったけど忙しくてね。元気そうでなにより!」
無邪気な笑みを浮かべるシアの姿は、ひと月前と何の変りもない。その様子に安堵しつつも、神妙な面持ちで口を開く。
「……この前は、逃げちまって悪かった」
逃げ出した自分の姿は、彼の目にどう映っただろう。情けない奴だと思われていないだろうか。じくじくと胸の深い部分が痛む。眉間に皺を寄せながら痛みに耐えて、何とか言葉を絞り出した。
「急に一人で行ってしまうから驚いたよ。あの後大変だったなぁ……。一緒に食事しましょうってしつこくて! 下手に断ると後が厄介だから、仕方なくあの子と食事をしたのだけどね……」
シアはつまらなかったよと拗ねた口調で言って、頭をくしゃくしゃと派手に撫で回してきた。
「うわっ! おい、止めろっ!」
「どうせなら、僕を連れて逃げてくれたら良かったのに! 自分だけ逃げちゃうなんて、ずるいよ!」
「わ、詫びにアンタの我がまま聞いてやるから……っ! 撫でるのは止せっ!」
たまらず長躯をぐいと押し除けて叫ぶと、シアはええっと驚いて目を瞬かせた。
「良いの? 凄い我がまま言うかもしれないよ?」
「いいさ。詫びだからな。この後暇なら、幾らでも付き合ってやる」
撫で回されたのには驚いたが、どうやら情けない奴だと思われていないらしい。胸の痛みもたちまち消えていき、ほっとしながら強く頷く。次に会えたのなら我がままを聞いてやろう決めていたし、絶対に昼飯も一緒に食べに行きたい。
「わぁ。太っ腹だねぇ! それならあれをお願いしようかな……」
「あれってなんだよ」
怪訝そうな顔をしたリィに向けて、シアが人畜無害そうな笑顔で微笑む。
「痣に触らせて」
「……はぁっ? なんでだっ!」
「触ったらどんな感じかなって、気になっていたから!」
……物好きにもほどがある!
今まで散々に汚い、気持ち悪いと言われてきた痣。
自分でさえも嫌っているそれに、どうして触りたがるのか。シアの綺麗な手に、忌々しい赤い痣が染み付いてしまうのではないだろうか。……実際にはそんなことはないと分かっているが、寒気がするほどの恐怖が腹の底から湧き上がってきた。
「リーィ? どうしてそんなに泣きそうな顔するの」
「アンタが汚れちまう」
悪気など微塵も感じさせない甘く優しい微笑みを向けられても恐怖は消えていかず、視線を合わせていられない。俯いて小さくか細い声で答えると、クスリと笑われて頭をそっと撫でられた。
「それじゃあ、汚れるかどうかちょっと触って試そうか。うん、そうしよう」
軽い雰囲気の声と共に、ぐにっと痣のある方の頬を遠慮のない力加減でつねってくる。
「いっ……!」
「ほーら。何も汚れないよ! よし、汚れないからもっと触って良いよね!」
地味に頬が痛い。「見て見て!」と、目の前でひらひら手を振る姿に苛つく。
「このっ! ヘリクツ言うんじゃねぇ! なにしやがんだコラァ!」
「はいはい。暴れないでじっとしていてね」
滑らかで柔らかい手の平で頬を包まれて、目元を親指の腹でするりと撫でるその感触が、どうにも気持ちよくてたまらない。
……猛犬の如く吠えたリィだったが、あっという間に優しい手に骨抜きにされ大人しくなった。
試合後に呼び出しを受けたリィは、風のように通路を駆け抜けて特別席の部屋へと向かった。
「シア!」
扉を開けて名を叫ぶと、窓際に立っていた赤毛の青年が振り返る。
「やあリィ! 直ぐに会いに来たかったけど忙しくてね。元気そうでなにより!」
無邪気な笑みを浮かべるシアの姿は、ひと月前と何の変りもない。その様子に安堵しつつも、神妙な面持ちで口を開く。
「……この前は、逃げちまって悪かった」
逃げ出した自分の姿は、彼の目にどう映っただろう。情けない奴だと思われていないだろうか。じくじくと胸の深い部分が痛む。眉間に皺を寄せながら痛みに耐えて、何とか言葉を絞り出した。
「急に一人で行ってしまうから驚いたよ。あの後大変だったなぁ……。一緒に食事しましょうってしつこくて! 下手に断ると後が厄介だから、仕方なくあの子と食事をしたのだけどね……」
シアはつまらなかったよと拗ねた口調で言って、頭をくしゃくしゃと派手に撫で回してきた。
「うわっ! おい、止めろっ!」
「どうせなら、僕を連れて逃げてくれたら良かったのに! 自分だけ逃げちゃうなんて、ずるいよ!」
「わ、詫びにアンタの我がまま聞いてやるから……っ! 撫でるのは止せっ!」
たまらず長躯をぐいと押し除けて叫ぶと、シアはええっと驚いて目を瞬かせた。
「良いの? 凄い我がまま言うかもしれないよ?」
「いいさ。詫びだからな。この後暇なら、幾らでも付き合ってやる」
撫で回されたのには驚いたが、どうやら情けない奴だと思われていないらしい。胸の痛みもたちまち消えていき、ほっとしながら強く頷く。次に会えたのなら我がままを聞いてやろう決めていたし、絶対に昼飯も一緒に食べに行きたい。
「わぁ。太っ腹だねぇ! それならあれをお願いしようかな……」
「あれってなんだよ」
怪訝そうな顔をしたリィに向けて、シアが人畜無害そうな笑顔で微笑む。
「痣に触らせて」
「……はぁっ? なんでだっ!」
「触ったらどんな感じかなって、気になっていたから!」
……物好きにもほどがある!
今まで散々に汚い、気持ち悪いと言われてきた痣。
自分でさえも嫌っているそれに、どうして触りたがるのか。シアの綺麗な手に、忌々しい赤い痣が染み付いてしまうのではないだろうか。……実際にはそんなことはないと分かっているが、寒気がするほどの恐怖が腹の底から湧き上がってきた。
「リーィ? どうしてそんなに泣きそうな顔するの」
「アンタが汚れちまう」
悪気など微塵も感じさせない甘く優しい微笑みを向けられても恐怖は消えていかず、視線を合わせていられない。俯いて小さくか細い声で答えると、クスリと笑われて頭をそっと撫でられた。
「それじゃあ、汚れるかどうかちょっと触って試そうか。うん、そうしよう」
軽い雰囲気の声と共に、ぐにっと痣のある方の頬を遠慮のない力加減でつねってくる。
「いっ……!」
「ほーら。何も汚れないよ! よし、汚れないからもっと触って良いよね!」
地味に頬が痛い。「見て見て!」と、目の前でひらひら手を振る姿に苛つく。
「このっ! ヘリクツ言うんじゃねぇ! なにしやがんだコラァ!」
「はいはい。暴れないでじっとしていてね」
滑らかで柔らかい手の平で頬を包まれて、目元を親指の腹でするりと撫でるその感触が、どうにも気持ちよくてたまらない。
……猛犬の如く吠えたリィだったが、あっという間に優しい手に骨抜きにされ大人しくなった。
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