【完結】赤痣の闘士は、好きになった彼が王弟殿下だと知らなかった

ゆらり

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本編

30 涙がひとしずく

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「――悪くねぇな」

 様変わりした鏡の中の自分の姿に、思わずそんな言葉が出てしまった。

「そうでしょ! 全部僕のお陰だよね! ありがとうシア! って言ってくれて良いんだよ?」

 散髪にしても装束選びにしても、一人ではここまでやらなかったのは間違いない。確かにシアのお陰な訳だが、さあ礼を言えとばかりに催促されると面白くない気分になる。 

「ふん。調子に乗るんじゃねぇよ」
「言い方が冷たい! まったく、素直じゃないんだから!」
 
 へその曲がった返事をした途端、後ろからがばりとシアが抱き付いてきた。

「いきなりなにしやがる!」
「あはは! 素直になったら離してあげるよ」

 頬に唇が触れんばかりに顔を寄せて楽しそうに笑うシアの姿と、後ろから抱きすくめられたことに眉根を寄せて戸惑う表情をした自分の姿が視界に飛び込んで来た。鏡越しにそれを見せられるのは、強烈に恥ずかしいものだった。

 あまりの恥ずかしさに身体を強張らせてしまい、身動きが取れなくなる。

「あ……っ、は、離せ……! おい、くっつくな!」
「リィったらほんと、恥ずかしがり屋だねぇ」

 ふざけながら抱きつく力を強めたシアの頬が、痣のある自分のそれに押し付けられた。

「……やっ、やめろっ! うぅ……っ」

 羞恥に頬を淡く朱に染めて、無防備な表情を晒す己自身と目が合った。動揺のあまりか険しさが消えた顔は幼く見えて、驚きに見開かれた緑の瞳はわずかに潤んですらいた。

  ――なんて顔をしているのか――。

 無邪気に笑う青年の腕に捕らわれて、こちらを見ている若者はとても弱々しい顔をしている。

「……君は、僕に触れられるの、嫌いじゃないよね。……ふふ、とても可愛い……」

 押し付けた頬はそのままに、空色の瞳で鏡の中からリィを見詰めながら低く甘い声音で囁いたシアの唇が、リィの頬に微かに触れた。その感触と光景が重なり合って、更に羞恥心を強く煽られる。

「あ、う……っ」

 こんな恥ずかしい思いをしたのは初めてだ。火が点いたように顔が熱くなる。

 もしかしなくても、撫でられるのが気持ちいいと思っているのを勘付かれているのだろうか。そう思うと増々恥ずかしくてたまらない。誰が可愛いだとバカがいい加減にしろと怒鳴りたくても、声が出ない。呼吸すら忘れそうで、なんとか喘ぐように息をするのがやっとだ。

 ……どうして、こんな恥ずかしい思いをさせられるのか。

 手酷く嬲られている様な感覚に襲われ、その苦しさに胸を締め付けられて涙がひとしずく零れた。
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