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本編
31 あのバカがっ!
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「――あ。……ご、ごめん!」
声もなく涙を零したリィに、シアが動揺した声を上げる。まさかこんなに追い込まれるとは、思っていなかったのだろう。身を離して普段の軽い口調で謝りながら慌てる姿に、緊張の糸が切れて涙が零れるのを止められなくなった。
「くそっ! こんなの……、情けねぇ……」
目元を乱暴に拭い涙を堪えようと歯を食い縛っていると、正面から抱き締めてきてそっと背中を撫でられた。泣かされたのが悔しくて仕方がないが、それでもその手を拒めない。
「ごめん。ちょっと悪乗りし過ぎちゃった……。許して。本当にごめんね……」
こんなことをされても、彼の大きな手で撫でられるのは気持ちが良くて、苦しさも直ぐに消えていく。ずっと触れられていたいという気持ちは変わりはしない。
「うるせぇ黙れアホが……。黙らねぇと背骨へし折るぞ」
「ひぃ……!」
背中に腕を回して力を込めて抱き付き、脅しながら涙で濡れた顔を衣に擦りつけて拭ってから、直ぐに身体を押しのけて離れた。
「白けちまったから、これで帰るぜ。アンタが選んだのは全部買う」
「……え。ああ、うん……。ごめんね……」
「もう謝るな。余計に情けねぇだろうが!」
険のある声音で言いながら姿見を見ると、鋭い目付きをした自分と目が合った。弱々しさなど微塵も感じさせない顔つきに深く安堵しながら、シアと視線を合わせずに脱ぎ散らかした装束を拾って試着室を出た。
――それから装束を買って店から出るまでの間、まともにシアの顔を見ることができなかった。
「リィ、その装束これから試合で着てみてね。楽しみにしてるから」
「ああ……」
心なしか大人しい調子で声を掛けられたが、視線を合わせられず俯いたまま小さく返事をする。そうして、じゃあねと去って行くシアの後ろ姿を見送るときになって、やっと顔を上げられた。
ふわふわと浮ついた足取りで平屋に帰り、備え付けの棚に装束を放り込む。雑な動作で寝床に座り込んで、やっと腰を落ちつけられた瞬間に強い疲労感が襲ってきた。
「何なんだ……、アイツは……っ!」
リィは、大きな溜息をついて赤らんだ顔を両手で覆った。
抱きすくめられても頬をくっつけられても、まったく嫌ではなかった。
……微かに唇が触れたのでさえもだ。
「ううっ」
……ただただ苦しいくらいに恥ずかしくて、軟弱な青年に良いようにされたのが怖くもあった。非力だった小さな頃とは違う。並みの人間など太刀打ちできない力を持つ闘士が、あんなふうにされるのはおかしいのだ。
繰り返し思い出してしまうのは、頬や唇の感触と耳元で囁かれる甘く色気のある声。顔が茹で上がりそうに熱くなり、心臓が痛い程に脈打って胸が苦しくて切ない。
一体、自分はどうしてしまったのか。変な病気にでもなったのか。
「くそっ! あのバカがっ!」
――この日の夜。
昼間のことを思い出しては羞恥に身悶えして悪態をつくという行動を繰り返し、遅くまで寝付けなかった。
声もなく涙を零したリィに、シアが動揺した声を上げる。まさかこんなに追い込まれるとは、思っていなかったのだろう。身を離して普段の軽い口調で謝りながら慌てる姿に、緊張の糸が切れて涙が零れるのを止められなくなった。
「くそっ! こんなの……、情けねぇ……」
目元を乱暴に拭い涙を堪えようと歯を食い縛っていると、正面から抱き締めてきてそっと背中を撫でられた。泣かされたのが悔しくて仕方がないが、それでもその手を拒めない。
「ごめん。ちょっと悪乗りし過ぎちゃった……。許して。本当にごめんね……」
こんなことをされても、彼の大きな手で撫でられるのは気持ちが良くて、苦しさも直ぐに消えていく。ずっと触れられていたいという気持ちは変わりはしない。
「うるせぇ黙れアホが……。黙らねぇと背骨へし折るぞ」
「ひぃ……!」
背中に腕を回して力を込めて抱き付き、脅しながら涙で濡れた顔を衣に擦りつけて拭ってから、直ぐに身体を押しのけて離れた。
「白けちまったから、これで帰るぜ。アンタが選んだのは全部買う」
「……え。ああ、うん……。ごめんね……」
「もう謝るな。余計に情けねぇだろうが!」
険のある声音で言いながら姿見を見ると、鋭い目付きをした自分と目が合った。弱々しさなど微塵も感じさせない顔つきに深く安堵しながら、シアと視線を合わせずに脱ぎ散らかした装束を拾って試着室を出た。
――それから装束を買って店から出るまでの間、まともにシアの顔を見ることができなかった。
「リィ、その装束これから試合で着てみてね。楽しみにしてるから」
「ああ……」
心なしか大人しい調子で声を掛けられたが、視線を合わせられず俯いたまま小さく返事をする。そうして、じゃあねと去って行くシアの後ろ姿を見送るときになって、やっと顔を上げられた。
ふわふわと浮ついた足取りで平屋に帰り、備え付けの棚に装束を放り込む。雑な動作で寝床に座り込んで、やっと腰を落ちつけられた瞬間に強い疲労感が襲ってきた。
「何なんだ……、アイツは……っ!」
リィは、大きな溜息をついて赤らんだ顔を両手で覆った。
抱きすくめられても頬をくっつけられても、まったく嫌ではなかった。
……微かに唇が触れたのでさえもだ。
「ううっ」
……ただただ苦しいくらいに恥ずかしくて、軟弱な青年に良いようにされたのが怖くもあった。非力だった小さな頃とは違う。並みの人間など太刀打ちできない力を持つ闘士が、あんなふうにされるのはおかしいのだ。
繰り返し思い出してしまうのは、頬や唇の感触と耳元で囁かれる甘く色気のある声。顔が茹で上がりそうに熱くなり、心臓が痛い程に脈打って胸が苦しくて切ない。
一体、自分はどうしてしまったのか。変な病気にでもなったのか。
「くそっ! あのバカがっ!」
――この日の夜。
昼間のことを思い出しては羞恥に身悶えして悪態をつくという行動を繰り返し、遅くまで寝付けなかった。
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