【完結】赤痣の闘士は、好きになった彼が王弟殿下だと知らなかった

ゆらり

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本編

36 悪意を孕んだ香り

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  ……今すぐにでも会いたいのに、特別席への扉を開けられない。

 リィは苦悩の表情を浮かべて、扉の前に立ち尽くしていた。 

 呼び出しで特別席を使う時間には制限がある。いつも通りの態度を取れる気がしないが、いつまでもこうしてはいられない。瞳に滲んだ涙を装束の袖で拭い、キッと扉を見据える。

「――くそっ。全部アイツの所為だ」

 好敵手に惚れているのかと聞かれなければ、こんなふうにならなかった。今度は急所に蹴りを入れてやろうかと八つ当たり気味に物騒なことを考えながら、勢い良く扉を開けた。

 ――ようやく足を踏み入れた室内で、リィは眉間にこれ以上ないほどの深い皺を寄せることになった。

 シアの傍らに、あの嫌な貴族の娘がいたのだ。

「なんで……、ここにいるんだ」

 敵意を剥き出しにして、娘を睨み据える。
  
「特別席へ来る途中で彼女と会ってね。一緒に観戦していたんだよ」

 唸り声を上げんばかりの獰猛な顔つきで娘を威嚇するリィに、シアが苦笑を浮かべながら答えた。彼女は見せつけるように彼に身を寄せ、銀細工の扇で口元を隠しながら嘲りの視線をこちらへ向けてくる。

 そうしていると仲睦まじくも見える二人の姿に、嫌なものを感じてリィは装束の胸元を強く握り締めた。どうしてお前なんかがシアの横に居るのかと罵りたくなったが、それを言える立場にはない。

「……そうかよ」

 好敵手が、娘もシアを好いていると言っていた。好きな相手に、嫌な奴がそういう意味で纏わり付いているのは気に喰わない。今すぐ引き離して放り出してやりたくなる。

「――では、私はこれで失礼させて頂きますわ。茶会の約束がありますので……」

 娘がさっと扇を閉じ衣を翻してシアから離れ、たおやかな仕草で会釈をした。

「楽しゅうございましたわ。機会がありましたらまた、ご一緒させて下さいませ」
「ああ。機会があればね」
    
 隙のない優美な会釈を返したシアに艶やかな笑みを浮かべてから、娘は優雅な足取りで扉へと向かってきた。

 「――少し目を掛けて頂いたくらいで、調子に乗らないことね」

 すれ違い際に娘が冷たく棘のある声音でリィに囁いて、扉を開け放って去って行く。いかにも貴族の娘らしい甘く上品な香りがふわりと漂ってその場に残ったが、良い匂いだと思えるはずのそれにリィは軽く吐き気を覚えた。

 まるで、その香りでさえも娘の敵意を濃密に孕んでいる様だった。

「――誰が調子に乗るってんだよ……」

 不快さに顔をしかめ腹立ち紛れに呟いて、廊下の向こうに娘が立ち去るのを見届けてから扉を閉じた。
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