【完結】赤痣の闘士は、好きになった彼が王弟殿下だと知らなかった

ゆらり

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本編

41 打たれた痛みよりも

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「――あの方はとてもお優しい方だから、お前が勘違いしてしまうのは良く解るわ。でも……」
  
 力なく俯いたリィの姿を眺めてクスクスと愉快そうに笑った令嬢は、広げていた銀細工の扇を畳んで椅子から立ち上がり悠々とした足取りで近付いてきた。

「野良犬風情の汚らわしい存在が、イグルシアス様のお傍に侍るなんて許されないわ」 

 ――バシッ! と、鋭い音が室内に響いた。

「……くっ!」

 痣のある側の頬を、扇子で強かに打たれたのだ。

 力仕事など無縁な細腕で打たれたくらいで倒れはしなかったが、それでも強い痛みが走った。突然の暴挙に驚いて見開かれたリィの瞳に、嘲りの表情を浮かべた令嬢の顔が映る。

「醜い下賤の者が図々しい! 少し見目が珍しいだけの玩具の癖に、調子に乗り過ぎなのよ! 夢を見ていないでさっさと目を覚ましなさい!」
 
 鋭い声で情け容赦なく浴びせられる悪意に満ちた言葉が、胸に深く刺さる。心と体に広がる猛毒のような痛みと苦しさに、無意識のうちにひゅっと音を立てて息を大きく吸い込んでいた。

「気持ちの悪い痣……。卑しく図々しい貴方に、とても良くお似合いよ」

 嫌な笑みを浮かべて身を翻し、項垂れたリィから離れていく。打たれた頬に触れると濡れた感触がして、驚いて咄嗟に手を離して指を見やるとべたりと赤い色に染まっていた。

「……あら。血の色と同じだなんて、本当に気持ち悪くて不吉な痣だこと」

 血を流させた当の本人は、慌てもせずになお心無い言葉を吐き続ける。

「……この女っ……!」

 屈辱的な仕打ちに激しい怒りを覚えて、殴り掛かる勢いで拳を振り上げるも……、そこまでだった。

 ……いくら腹が立ったとはいえ、非力な女を殴りつけることなど出来はしない。わなわなと身を震わせながら拳を下ろし、歯を食い縛って恐ろしい形相で娘を睨み据えながら怒りを抑え込む。

「まぁ怖い! やはり野蛮ね。あの方の傍には相応しくないわ」

 娘はわざとらしい悲鳴を上げてから、虫けらを見るような目つきでもって嗤った。

「お前になにが……、分かるってんだよ……っ!」

 罵られ打たれたことよりも、シアの傍に相応しくないと言われたのが悔しくて泣き叫びたい。
      
「分かっていないのはお前の方。私は身の程知らずの闘士に、少し躾をしてあげただけ。逆に感謝して欲しいくらいよ。……有意義な時間を過ごさせ頂いて有難う」

 勝ち誇った顔で出て行けと言わんばかりに扇子を振るった令嬢を前にして、リィにできた事は逃げるように立ち去ることだけだった

一人になりたい。胸の奥が痛い。どうにかなってしまいそうだ。打たれた痛みよりも、胸の痛みの方がはるかに辛かった。
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