42 / 91
本編
41 打たれた痛みよりも
しおりを挟む
「――あの方はとてもお優しい方だから、お前が勘違いしてしまうのは良く解るわ。でも……」
力なく俯いたリィの姿を眺めてクスクスと愉快そうに笑った令嬢は、広げていた銀細工の扇を畳んで椅子から立ち上がり悠々とした足取りで近付いてきた。
「野良犬風情の汚らわしい存在が、イグルシアス様のお傍に侍るなんて許されないわ」
――バシッ! と、鋭い音が室内に響いた。
「……くっ!」
痣のある側の頬を、扇子で強かに打たれたのだ。
力仕事など無縁な細腕で打たれたくらいで倒れはしなかったが、それでも強い痛みが走った。突然の暴挙に驚いて見開かれたリィの瞳に、嘲りの表情を浮かべた令嬢の顔が映る。
「醜い下賤の者が図々しい! 少し見目が珍しいだけの玩具の癖に、調子に乗り過ぎなのよ! 夢を見ていないでさっさと目を覚ましなさい!」
鋭い声で情け容赦なく浴びせられる悪意に満ちた言葉が、胸に深く刺さる。心と体に広がる猛毒のような痛みと苦しさに、無意識のうちにひゅっと音を立てて息を大きく吸い込んでいた。
「気持ちの悪い痣……。卑しく図々しい貴方に、とても良くお似合いよ」
嫌な笑みを浮かべて身を翻し、項垂れたリィから離れていく。打たれた頬に触れると濡れた感触がして、驚いて咄嗟に手を離して指を見やるとべたりと赤い色に染まっていた。
「……あら。血の色と同じだなんて、本当に気持ち悪くて不吉な痣だこと」
血を流させた当の本人は、慌てもせずになお心無い言葉を吐き続ける。
「……この女っ……!」
屈辱的な仕打ちに激しい怒りを覚えて、殴り掛かる勢いで拳を振り上げるも……、そこまでだった。
……いくら腹が立ったとはいえ、非力な女を殴りつけることなど出来はしない。わなわなと身を震わせながら拳を下ろし、歯を食い縛って恐ろしい形相で娘を睨み据えながら怒りを抑え込む。
「まぁ怖い! やはり野蛮ね。あの方の傍には相応しくないわ」
娘はわざとらしい悲鳴を上げてから、虫けらを見るような目つきでもって嗤った。
「お前になにが……、分かるってんだよ……っ!」
罵られ打たれたことよりも、シアの傍に相応しくないと言われたのが悔しくて泣き叫びたい。
「分かっていないのはお前の方。私は身の程知らずの闘士に、少し躾をしてあげただけ。逆に感謝して欲しいくらいよ。……有意義な時間を過ごさせ頂いて有難う」
勝ち誇った顔で出て行けと言わんばかりに扇子を振るった令嬢を前にして、リィにできた事は逃げるように立ち去ることだけだった
一人になりたい。胸の奥が痛い。どうにかなってしまいそうだ。打たれた痛みよりも、胸の痛みの方がはるかに辛かった。
力なく俯いたリィの姿を眺めてクスクスと愉快そうに笑った令嬢は、広げていた銀細工の扇を畳んで椅子から立ち上がり悠々とした足取りで近付いてきた。
「野良犬風情の汚らわしい存在が、イグルシアス様のお傍に侍るなんて許されないわ」
――バシッ! と、鋭い音が室内に響いた。
「……くっ!」
痣のある側の頬を、扇子で強かに打たれたのだ。
力仕事など無縁な細腕で打たれたくらいで倒れはしなかったが、それでも強い痛みが走った。突然の暴挙に驚いて見開かれたリィの瞳に、嘲りの表情を浮かべた令嬢の顔が映る。
「醜い下賤の者が図々しい! 少し見目が珍しいだけの玩具の癖に、調子に乗り過ぎなのよ! 夢を見ていないでさっさと目を覚ましなさい!」
鋭い声で情け容赦なく浴びせられる悪意に満ちた言葉が、胸に深く刺さる。心と体に広がる猛毒のような痛みと苦しさに、無意識のうちにひゅっと音を立てて息を大きく吸い込んでいた。
「気持ちの悪い痣……。卑しく図々しい貴方に、とても良くお似合いよ」
嫌な笑みを浮かべて身を翻し、項垂れたリィから離れていく。打たれた頬に触れると濡れた感触がして、驚いて咄嗟に手を離して指を見やるとべたりと赤い色に染まっていた。
「……あら。血の色と同じだなんて、本当に気持ち悪くて不吉な痣だこと」
血を流させた当の本人は、慌てもせずになお心無い言葉を吐き続ける。
「……この女っ……!」
屈辱的な仕打ちに激しい怒りを覚えて、殴り掛かる勢いで拳を振り上げるも……、そこまでだった。
……いくら腹が立ったとはいえ、非力な女を殴りつけることなど出来はしない。わなわなと身を震わせながら拳を下ろし、歯を食い縛って恐ろしい形相で娘を睨み据えながら怒りを抑え込む。
「まぁ怖い! やはり野蛮ね。あの方の傍には相応しくないわ」
娘はわざとらしい悲鳴を上げてから、虫けらを見るような目つきでもって嗤った。
「お前になにが……、分かるってんだよ……っ!」
罵られ打たれたことよりも、シアの傍に相応しくないと言われたのが悔しくて泣き叫びたい。
「分かっていないのはお前の方。私は身の程知らずの闘士に、少し躾をしてあげただけ。逆に感謝して欲しいくらいよ。……有意義な時間を過ごさせ頂いて有難う」
勝ち誇った顔で出て行けと言わんばかりに扇子を振るった令嬢を前にして、リィにできた事は逃げるように立ち去ることだけだった
一人になりたい。胸の奥が痛い。どうにかなってしまいそうだ。打たれた痛みよりも、胸の痛みの方がはるかに辛かった。
16
あなたにおすすめの小説
白い結婚を夢見る伯爵令息の、眠れない初夜
西沢きさと
BL
天使と謳われるほど美しく可憐な伯爵令息モーリスは、見た目の印象を裏切らないよう中身のがさつさを隠して生きていた。
だが、その美貌のせいで身の安全が脅かされることも多く、いつしか自分に執着や欲を持たない相手との政略結婚を望むようになっていく。
そんなとき、騎士の仕事一筋と名高い王弟殿下から求婚され──。
◆
白い結婚を手に入れたと喜んでいた伯爵令息が、初夜、結婚相手にぺろりと食べられてしまう話です。
氷の騎士と呼ばれている王弟×可憐な容姿に反した性格の伯爵令息。
サブCPの軽い匂わせがあります。
ゆるゆるなーろっぱ設定ですので、細かいところにはあまりつっこまず、気軽に読んでもらえると助かります。
◆
2025.9.13
別のところでおまけとして書いていた掌編を追加しました。モーリスの兄視点の短い話です。
窓のない部屋の、陽だまりみたいな君
MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。
そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。
そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。
完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。
「五分だけ、ここにいさせてくれないか」
一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。
次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。
住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。
愛しの妻は黒の魔王!?
ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」
――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。
皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。
身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。
魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。
表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます!
11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!
ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。
その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。
しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。
何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。
聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる