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本編
50 挿話:劣情と独占欲
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「――ふうっ」
下町外れの閑散とした路で待たせておいた馬車に乗り込んだイグルシアスは、座席に身を預けると深く息を吐いて大きく襟元を開いた。
普段なら、イグルシアスは襟元を開いて涼を取ることなど絶対にしない。公爵として恥ずかしくない振る舞いを心掛けているのもあるが、着崩すことを好まないからだ。
口付けの余韻が抜けていかない。舌を強く吸った際にリィが上げた甘い鳴き声が耳から離れず、自身が熱を持ちそうになるのを辛うじて堪える。
寡黙な御者の手によって扉が閉められ、静かに馬車が動き出す。
……抱けるものなら、抱いてしまいたかった。
脳裏を横切るのは、潤んだ緑の瞳と薄紅色に染まった頬。
盛った獣のごとき欲望が腹の底で渦巻くのを感じて、イグルシアスは苦笑した。荒く拙くも可愛らしい口付けに欲を煽られ、あんな無防備で色っぽい顔をした彼を目の前にして、喰らい付かなかった自分を褒めてやりたい。
男を抱いた経験はないが、女性相手とは違う準備が必要になることは知っている。
――傷つけないよう優しく体を解いて、ゆっくりと深くまで愛したい。
細身のしなやかな体が快楽に震えて、白に近い色をした肌が朱に染まっていく姿はさぞかし美しいだろう。何度も攻め立てて鳴き声を上げさせ、あどけなく泣きじゃくり許しを乞うまで蕩けさせてみたい。
どんな痴態を晒させても、きっとリィは可愛いに違いない――。
「――ああ、まいった」
片手で目頭を覆い、熱っぽい息を吐き出す。
なんの備えもないであろうあの場で欲望のままに肌を暴きたくはなくて、吹き飛ぶ寸前だった理性を必死になって引き戻して平屋を出た。己の欲望だけを優先させて彼を抱いてしまったら、それこそ後悔をしただろう。
……屋敷に着くまでには、この獣じみた気分を落ち着かせたい。
熱を散らすために心を空にしようと努めても、直ぐにリィのことで一杯になってしまう。
「……はは。本当にまいったなぁ」
しかし、単純に両想いだったのだと喜んでばかりもいられない。
無残な頬の傷を見た瞬間、背筋が凍る思いがした。怒りに冷静さを欠いたすえに、心身共に傷つけられて不安定になっていただろう彼を怯えさせてしまったのは不覚だった。
彼が呼び出しに応じなかった理由は体調不良などではなく、あの傷を見せたくなかったからだ。
少し考えを巡らせれば誰が彼を傷つけたかなど、調べずとも分かる。シアと名乗る青年が王弟殿下と知っていて、気に入りの闘士であるリィに害意を持って近付く人間は、一人しか思い浮かばない。
……あの気位ばかりが高い貴族の娘だろう。
夜会で幾度か言葉を交わしただけの間柄だが、闘技場で鉢合わせして変装を見破られてからしつこく纏わりついてくるようになった。年頃の娘を邪険に追い払うのも可愛そうかと相手をしていたが、まさか王族が目を掛けている者に手を下すほど、愚かだとは思わなかった。
……己の甘さが招いた結果だ。事を荒立てたくはないが、始末を付けるべきだ。
身分を知られたくないがために主候補に名乗りを上げられずにいたが、それは無意味になった。そして、予想しない経緯ではあるが彼の想いを知ってしまった今、ほかの誰かの名を背負って舞台に立つ彼の姿を見ることなど、耐えられそうもない。
……誰にも彼を渡したくない。
イグルシアスの中で、リィに対する独占欲が明確な形を伴いながら際限なく膨れ上がっていった。
下町外れの閑散とした路で待たせておいた馬車に乗り込んだイグルシアスは、座席に身を預けると深く息を吐いて大きく襟元を開いた。
普段なら、イグルシアスは襟元を開いて涼を取ることなど絶対にしない。公爵として恥ずかしくない振る舞いを心掛けているのもあるが、着崩すことを好まないからだ。
口付けの余韻が抜けていかない。舌を強く吸った際にリィが上げた甘い鳴き声が耳から離れず、自身が熱を持ちそうになるのを辛うじて堪える。
寡黙な御者の手によって扉が閉められ、静かに馬車が動き出す。
……抱けるものなら、抱いてしまいたかった。
脳裏を横切るのは、潤んだ緑の瞳と薄紅色に染まった頬。
盛った獣のごとき欲望が腹の底で渦巻くのを感じて、イグルシアスは苦笑した。荒く拙くも可愛らしい口付けに欲を煽られ、あんな無防備で色っぽい顔をした彼を目の前にして、喰らい付かなかった自分を褒めてやりたい。
男を抱いた経験はないが、女性相手とは違う準備が必要になることは知っている。
――傷つけないよう優しく体を解いて、ゆっくりと深くまで愛したい。
細身のしなやかな体が快楽に震えて、白に近い色をした肌が朱に染まっていく姿はさぞかし美しいだろう。何度も攻め立てて鳴き声を上げさせ、あどけなく泣きじゃくり許しを乞うまで蕩けさせてみたい。
どんな痴態を晒させても、きっとリィは可愛いに違いない――。
「――ああ、まいった」
片手で目頭を覆い、熱っぽい息を吐き出す。
なんの備えもないであろうあの場で欲望のままに肌を暴きたくはなくて、吹き飛ぶ寸前だった理性を必死になって引き戻して平屋を出た。己の欲望だけを優先させて彼を抱いてしまったら、それこそ後悔をしただろう。
……屋敷に着くまでには、この獣じみた気分を落ち着かせたい。
熱を散らすために心を空にしようと努めても、直ぐにリィのことで一杯になってしまう。
「……はは。本当にまいったなぁ」
しかし、単純に両想いだったのだと喜んでばかりもいられない。
無残な頬の傷を見た瞬間、背筋が凍る思いがした。怒りに冷静さを欠いたすえに、心身共に傷つけられて不安定になっていただろう彼を怯えさせてしまったのは不覚だった。
彼が呼び出しに応じなかった理由は体調不良などではなく、あの傷を見せたくなかったからだ。
少し考えを巡らせれば誰が彼を傷つけたかなど、調べずとも分かる。シアと名乗る青年が王弟殿下と知っていて、気に入りの闘士であるリィに害意を持って近付く人間は、一人しか思い浮かばない。
……あの気位ばかりが高い貴族の娘だろう。
夜会で幾度か言葉を交わしただけの間柄だが、闘技場で鉢合わせして変装を見破られてからしつこく纏わりついてくるようになった。年頃の娘を邪険に追い払うのも可愛そうかと相手をしていたが、まさか王族が目を掛けている者に手を下すほど、愚かだとは思わなかった。
……己の甘さが招いた結果だ。事を荒立てたくはないが、始末を付けるべきだ。
身分を知られたくないがために主候補に名乗りを上げられずにいたが、それは無意味になった。そして、予想しない経緯ではあるが彼の想いを知ってしまった今、ほかの誰かの名を背負って舞台に立つ彼の姿を見ることなど、耐えられそうもない。
……誰にも彼を渡したくない。
イグルシアスの中で、リィに対する独占欲が明確な形を伴いながら際限なく膨れ上がっていった。
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利用規約、出力した文章の著作権に関しては以下のURLをご参照ください。
■GPT
https://openai.com/policies/terms-of-use
■Claude
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