【完結】赤痣の闘士は、好きになった彼が王弟殿下だと知らなかった

ゆらり

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本編

51 挿話:運命に導かれて

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 ――裏路地で初めてリィに出逢ったときには、彼がこんなにも愛しくて誰よりも欲しい存在になるとは思ってもみなかったのだ。ただ純粋に無欲で繊細な心を持つ彼のことを、もっと知って親しくなりたいという気持ちばかりが勝っていた。

 あの日、イグルシアスは公務の予定がずれて出来た暇を持て余していた。

 こういう暇なときに先触れもせずに住処である離れ家を訪れても、嫌な顔ひとつせずに迎えてくれる異国生まれの青年は、食客として仕えている兄に連れ出されていて不在だった。

「残念だなぁ。また今度来るよ」
「お伝えしておきます」
「これ、渡しておいて」
「かしこまりました」

 青年に仕えている……というか、兄の直属でありながら彼に忠誠を誓って傅いている……きりりとした凄腕の侍女に、土産にと持ってきた書物を渡しておいた。もとは流浪の旅人でありながら博識で読書好きな青年は、イグルシアスにとって気の置けない友人だ。

 そんな彼がどうして王城の離れ家などに住んでいるのかというと、彼が兄の……愛妾だからだ。

 兄が身分を隠して通っていた市井の酒場で、偶然にも同席して親しくなったのが彼らの馴れ初めだった。恋愛のそれの意味で想いを募らせた兄が他国へ旅に出ようとした青年を捕らえ城内の離れ家に軟禁したのは、およそ二年ほど前のこと。

 多少のすれ違いはあったが、もともと兄を憎からず想っていた青年が離れ家に留まることを決めて、今日に至った。剣術の達人であり美しく聡明な青年を兄はこよなく寵愛しているし、青年もまた兄を心から愛している。

 いまだに軟禁は完全に解かれてはおらず、どこかしら歪さを感じさせる関係だが、二人の間にある強い結び付きを見るたびに羨望めいたものをイグルシアスは感じていた。

 ――暇潰しのあてが外れ仕方なく屋敷へ戻ったイグルシアスは、ふと下町に出かけてみようと思い立った。
 
 自宅からほど近い王都中央通りには変装をしてよく遊びに行っている。だが、真逆の位置にある下町となると視察や慰問といった務めの絡みで行く事はありはしても、個人的に足を運んだ記憶がない。

 ……町の中を一人で自由に歩くのは、悪くない暇潰しになりそうだ。今から行けば昼時になるだろうから、下町の店で食事をしてみるのも良いだろう。兄達の様に強烈な出逢いではないにせよ、何か新しく楽しい出会いが待っているかもしれない。

 そう思うと何が何でも、下町に行きたくて仕方がなくなった。

 浮足立ちながら侍女に頼んで王族の徴である金の――兄の純粋な金色と比べると赤みのある――髪を目立たない色に染めてもらい、普段纏っている物よりやや質の低い衣に着替えて、いつも通りの変装をする。

 ――治安が悪いのは聞き知っているが、大の男が真昼に一人で歩いたところで滅多なはないだろう。……などという、あとから振り返れば随分と軽率かつ気楽な考えで、イグルシアスは供も連れずに下町へと繰り出したのだった。

 思えばそれは、運命に導かれて彼に出逢うためにとった行動だったと今ならば断言できる。
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