【完結】赤痣の闘士は、好きになった彼が王弟殿下だと知らなかった

ゆらり

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本編

52 挿話:驚くほど急速に

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 ――そうして出かけた先の下町の裏路地で、運悪く襲われて気を失ったあと。

「――ひっ! うわぁっ!」
「ちっ……。助けてやったのに、礼もなしに驚くなよ」

 誰かに体を揺すられ意識を取り戻し、最初に視界に入ったリィの顔に驚いてしまったのは、怪我でもして血塗れになったのかと勘違いしたからだった。見慣れてからは、痣がなければリィではないと思うほどになったが、このときは本気で怯えた。

「……小心者なのは、認めるよ。とにかく、助けてくれて有難う」
「ガキどもが目障りだったから追い払っただけだ。アンタ、歩けるか」

 驚かれて気分を害した様子だったが、大したことをしたという素振りもなく気遣ってくれる彼に好感を持った。

「君は、闘士だよね。赤痣っていう二つ名持ちの子でしょ?」
「……ああ。そうだ」
「わあ! やっぱりそうなんだ! 君がリィなんだね!」

 リィの試合を観たのは当時まだ一度だけ。それでも自分より大柄な相手を軽やかな身のこなしで翻弄し、打ち負かす彼の闘い振りはとても痛快で、強く印象に残っていた。

 ――そんな闘士の彼が、偶然にもイグルシアスを助けてくれたのだ。

 新しく楽しい出会いだ。痛い目には遭ったにしても、期待が現実になったことに歓喜した。嬉し過ぎて、かなりはしゃいでしまった。帰りの護衛を依頼したのは、襲われた直後の一人歩きが心細かったというのもあるが、彼からすぐに離れたくなかったのが本音だった。

「明後日の夕刻に会えるかな。このペンダントを見せれば入れるように店の人に言っておくから」

 礼を兼ねて食事に誘う際、ペンダントを渡したのには彼を試す意味もあった。

「――これ返すわ。礼なんざいらねぇ」

 ひと目で身分の高い者が持つ物と判るペンダントを手にしても、リィは目の色を変えなかった。あの時、少しでも邪な素振りを見せていたとしたら即座に彼に対する興味を失っていただろう。
 
「リィ、お願いだよ。……もしかして、凄く嫌なの?」
「嫌とかじゃ、ねぇけど」

 粗雑ではあるが無欲で善い心根を持ち、二つ名持ちの闘士である若者となんとしても親しくなりたい。その一心で手を握って強引に懇願すると、彼は顔を赤らめて戸惑いの表情を浮かべた。

 予想外の弱々しい反応に顔を覗き込むと、男にしては華奢な顎の線が目に留まった。険しい表情や乱れた髪で分かり辛いが、よくよく見れば目鼻立ちが整っていてどこか女性的な美しさがある。

「わかったから……、手を、離して……、くれよ」

 か細い声で訴えて僅かに身を引く姿に垣間見えた、百戦錬磨の勇猛な闘士という印象とは裏腹の繊細さ。意外な素顔に強く胸の奥を掴まれた心地がして、彼のことをもっと知りたくなった。

 ――この日を境に、彼は自分にとって最も身近でお気に入りの闘士になったのだった。

「……俺なんかの話、聞いてくれてありがとな。嬉しくて、楽しかった」

 怒りっぽくて乱暴で実に素直ではないが、こちらが嬉しくなる言葉を柔らかな笑みと共に投げてくれた彼がとても可愛くて、つい抱き締めてしまった。確りと鍛えられている細身を腕に納めると、大切なものを手に入れられた気分になれた。

 年齢も身分も関係なく大声で言い合いをして騒いだり、我がままを言って困らせたりするのは楽しかった。何気に押しに弱い彼は嫌そうな顔をして荒く突き放す態度を取りながらも、結局は駄々をこねるイグルシアスに折れて、子供じみた願いを叶えてくれたりもした。

「……アンタが観てる気がしてたんだ」
「えっ? そうなの?」
「そう思ったら、なんか……、いい気分で闘えた。勝てたのは、アンタのお陰かもしれねぇな」

 リィが与えてくれる飾らない言動のひとつひとつが胸の奥を温かくしてくれる。

 繊細で傷付きやすい心を秘めながら、強く雄々しくあろうとひた向きに努力する姿勢は健気だ。乱暴な物言いでも、確かにイグルシアスを気遣って向けてくれている不器用な優しさも好ましい。

 知れば知るほどに彼を形作る全てが、なにものにも代え難く愛おしい。驚くほど急速に魅了され、もっと多くの時間をともに過ごしたいと日々渇望するまでになった。
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