【完結】赤痣の闘士は、好きになった彼が王弟殿下だと知らなかった

ゆらり

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本編

56 して欲しくないわけじゃない

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「――やめろって、言っただろうがコラァ!」

 だらしなく緩んでも端正なイグルシアスの顔の横合いを、片手でぐいっと押して唇を逸らす。続いて、素早く背中へ腕を回し長躯を締め上げる。

「ぎゃ! ちょ、いたたたた!」 
「ふざけんざねぇぞバカ! 恥かかせんな!」
「あうっ! も、もう止めるから、許して! 背骨が折れちゃう!」
「いっそ折れろ! 出禁にされてぇか!」
「ひぃ! あ、駄目! それ以上はやめて! 変な音がしそう!」

 ドスの利いた低い声と情けない喚き声とで、甘い雰囲気は塵も残さずに散らされていく。

「この辺にしといてやる」
「……うう、酷いよ、リィったら乱暴なんだから」

 締め上げられた辺りをさすりながら、涙目でぶつぶつと文句を言うイグルシアス。

 ……質の悪い悪戯をしたという自覚があるのか、ないのか。

「うるせぇなへし折るぞ」

 リィは顔を赤らめながらも、凄まじい形相で睨み付けて黙らせた。抵抗せずにいたらどうなっていたか。危なかった。大体、特別席は淫らなことをしていい場所ではない。管理側にでもバレたら、赤っ恥もいいところだ。

 イグルシアスの配慮のなさが、リィにとっては酷く意地悪なものに思えた。再び会えた嬉しさも、蕩けるような口付けの熱も引いてしまい、心の高ぶりはすっかり萎えてしまっている。

「なにも、こんな場所でこんなにすることねぇだろ。ちょっとは考えろよ……」

 小さく溜息をつきながら眉間に皺を寄せてぼやくと、イグルシアスがそっと頭を撫でてきた。
 
「悪かったよ。つい止まらなくなってしまって」
「アンタ、割と堪え性がねぇな……」
「あはは! 下半身のゆるい男だって言われてる気がする!」
「潰すぞアホ!」

 反省の欠片もないおどけた返しに、軽く腹に拳を入れてやった。

「ぐっ、……リ、リィ、もう少し優しくして! 僕はか弱いんだよ!」
「なら大人しくしろよ」

 リィとてイグルシアスを想って、切ない夜を過ごしたのだ。

 ……して欲しくないわけじゃない。

 大きく温かい掌で撫でられるのはもちろん、柔らかい唇や熱い舌でもって巧みに与えられる優しい口付けは、それこそ無意識でも求めてしまうほどに気持ちがいい。本当に体が溶けてしまっても構わないから、もっとたくさんして欲しいと思う。

 それはともかくとして、装束を着て見せる約束を果たしに行く方が先だ。

 贈られた装束がどんな仕上がりになったのかも気にはなるし、腹も減っている。装束の礼も兼ねて今日は自分の奢りで、いつもより少しばかり豪勢な昼飯を食べるのも良いだろう。

「……ったく、もう行くぜ」
「え、あっ、まって! 置いてかないで!」

 拳で突かれた腹に手を当てて痛がっているイグルシアスに敢えて構わずに、リィは大股で歩いて先に特別席を出て行った。
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