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本編
57 主候補の追加
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――リィがイグルシアスを連れて入ったのは、下町でも中央通りに近い位置にある店だった。
市井の外食としては少々高い料理が出されるが、値段に違わず美味いのは間違いない。それに加えて、席ごとに古風な調度品や衝立などで場が仕切られていて、周囲の人目を気にせずに食事を楽しめる工夫がされている。
「アンタには世話になってるから、今日は俺の奢りだ」と、言うとイグルシアスは瞳を輝かせて「ありがとう!」と、喜んでくれた。
「この店のお勧めってあるのかな」
「鳥肉料理が美味い」
「ふうん。それじゃ、それを頼むよ」
はしゃぎながら料理を頼み調度品などを眺めてはあれこれと話すのに聞き入って、相づちを打っているうちに幾つかの品がテーブルに並んだ。
「――ねぇ、主はまだ決めていないのだよね? 公式では伝えられていないし」
食事を始めて暫くして聞かれたので、噛んでいた肉を飲み込んでから口を開いた。
「決めていない」
「そう。結構な人数だと聞いているから、選ぶのも大変だよね」
「まあな。月が変わるまでには選べって言われてる。けど俺は、貴族とか商人は良く分かんねぇし」
「うーん、会ってみた感じで、仕えても良いかなって思える人はやっぱりいなかったの?」
「……特にはいなかったな。なあ、アンタが名簿を見て選んでみてくれないか」
装束の隠しから名簿を取り出し渡そうとしたが「君にその気がないのなら、僕が選んでも同じではないかな」
と、言って苦笑するばかりで受け取る素振りを見せない。
「そうは言うけどな、このままじゃ決まる気がしねぇんだ」
本当はアンタに仕えたいんだ! と、大声で叫んでやりたくなったが、そんな我がままを言っては見苦しいだろう。名簿を引っ込めてパンを豪快に齧り、茜色をした豆の煮込みスープを大きな匙に山盛りすくって頬張る。
「……はは、困ったねぇ。ああそうだ、お勧めの人がいるから追加で顔合わせをしてみてくれないかな。それでも駄目なら、僕が相談に乗るよ」
「誰だよそれ」
「会ってからのお楽しみだよ。きっと君は気に入る」
「……アンタがそこまで言うなら、会ってみるか……」
なんとも釈然としなかったが了承の返事をすると、イグルシアスはニコリと笑った。そして、皮がこんがりと良い色に焼かれている鳥肉を丁寧に切り分け、添えられた小皿の塩を少しだけ付けて優雅な所作で口に運んだ。
「この鳥肉、凄く美味しいね! 臭みもないし焼き加減もいい感じ」
やけに上機嫌で料理に舌鼓を打つ姿に、少しばかり腹立たしいものを感じた。主を決められない一因は、目の前に居るこの青年なのだ。自分自身の気持ちの問題であるにしても……だ。
「ここいらで美味いって有名な店だ。アンタが気に入ってくれて、よかった」
「ふふ、しかもリィの奢りだもの。なおさら美味しいよ!」
「ほかに食いたいもんがあったら、遠慮なく頼んでくれ」
「うん!」
……それでも、無邪気な笑顔を浮かべるのを見ていると、自然と腹立たしさが薄れていく。二人で食べる飯は、やはり一人で食べるよりもずっと美味くて楽しい。
好きだという気持ちを受け入れて貰えて、一緒に過ごせるだけで十分に幸せだ。
イグルシアスと出逢わなければ、今もまだこの幸せを知らずにいただろう。これ以上、欲しがり過ぎてしまうと、この幸せがどこかへ逃げてしまう気がした。
主選びはひとまず頭の隅に追いやって、食事を楽しむことにした。
市井の外食としては少々高い料理が出されるが、値段に違わず美味いのは間違いない。それに加えて、席ごとに古風な調度品や衝立などで場が仕切られていて、周囲の人目を気にせずに食事を楽しめる工夫がされている。
「アンタには世話になってるから、今日は俺の奢りだ」と、言うとイグルシアスは瞳を輝かせて「ありがとう!」と、喜んでくれた。
「この店のお勧めってあるのかな」
「鳥肉料理が美味い」
「ふうん。それじゃ、それを頼むよ」
はしゃぎながら料理を頼み調度品などを眺めてはあれこれと話すのに聞き入って、相づちを打っているうちに幾つかの品がテーブルに並んだ。
「――ねぇ、主はまだ決めていないのだよね? 公式では伝えられていないし」
食事を始めて暫くして聞かれたので、噛んでいた肉を飲み込んでから口を開いた。
「決めていない」
「そう。結構な人数だと聞いているから、選ぶのも大変だよね」
「まあな。月が変わるまでには選べって言われてる。けど俺は、貴族とか商人は良く分かんねぇし」
「うーん、会ってみた感じで、仕えても良いかなって思える人はやっぱりいなかったの?」
「……特にはいなかったな。なあ、アンタが名簿を見て選んでみてくれないか」
装束の隠しから名簿を取り出し渡そうとしたが「君にその気がないのなら、僕が選んでも同じではないかな」
と、言って苦笑するばかりで受け取る素振りを見せない。
「そうは言うけどな、このままじゃ決まる気がしねぇんだ」
本当はアンタに仕えたいんだ! と、大声で叫んでやりたくなったが、そんな我がままを言っては見苦しいだろう。名簿を引っ込めてパンを豪快に齧り、茜色をした豆の煮込みスープを大きな匙に山盛りすくって頬張る。
「……はは、困ったねぇ。ああそうだ、お勧めの人がいるから追加で顔合わせをしてみてくれないかな。それでも駄目なら、僕が相談に乗るよ」
「誰だよそれ」
「会ってからのお楽しみだよ。きっと君は気に入る」
「……アンタがそこまで言うなら、会ってみるか……」
なんとも釈然としなかったが了承の返事をすると、イグルシアスはニコリと笑った。そして、皮がこんがりと良い色に焼かれている鳥肉を丁寧に切り分け、添えられた小皿の塩を少しだけ付けて優雅な所作で口に運んだ。
「この鳥肉、凄く美味しいね! 臭みもないし焼き加減もいい感じ」
やけに上機嫌で料理に舌鼓を打つ姿に、少しばかり腹立たしいものを感じた。主を決められない一因は、目の前に居るこの青年なのだ。自分自身の気持ちの問題であるにしても……だ。
「ここいらで美味いって有名な店だ。アンタが気に入ってくれて、よかった」
「ふふ、しかもリィの奢りだもの。なおさら美味しいよ!」
「ほかに食いたいもんがあったら、遠慮なく頼んでくれ」
「うん!」
……それでも、無邪気な笑顔を浮かべるのを見ていると、自然と腹立たしさが薄れていく。二人で食べる飯は、やはり一人で食べるよりもずっと美味くて楽しい。
好きだという気持ちを受け入れて貰えて、一緒に過ごせるだけで十分に幸せだ。
イグルシアスと出逢わなければ、今もまだこの幸せを知らずにいただろう。これ以上、欲しがり過ぎてしまうと、この幸せがどこかへ逃げてしまう気がした。
主選びはひとまず頭の隅に追いやって、食事を楽しむことにした。
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