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本編
67 挿話:卑小な男※
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――こんな強引で、一方的な行為をするつもりではなかった。
男の物を口に含むなど元来であれば考えられないことだが、リィへのそれには抵抗感などなかった。それどころか色事に不慣れな様子であどけなく喘ぎ鳴く姿に興奮を覚えて、己の欲が高ぶりさえしている。
口の中に広がる青臭さに咽返りそうになったが、意地で精を飲み込んだ。
「のっ、飲むなバカッ! 信じらんねぇ!」
罵声と共に髪を引っ張られ、仕置きをされた。瞳に涙を溜めて低い声で唸る彼の顔色から、さして怒っていないのを感じ取り内心で盛大に安堵した。
幸いにも嫌悪されなかったとはいえ、合意を得ずに色に溺れさせ嬲ってしまった。愛撫に蕩けて弱々しい抵抗しか成せない姿に富に征服欲を満たされ、ここまで初心に恥じらい乱れる姿を見られるは自分だけだという、下らない優越感に酔ってもいた。
――リィは、イグルシアスが跡取りを遺すことを望んで女性の伴侶を求めるのならば、闘士として仕えずに身を引くつもりだったのだ。
真顔で「アンタのものにはならない」と、言い放たれた刹那、心臓が凍り付くような恐怖を覚えた。
体に教えてあげるなどと陳腐な台詞を吐きはしたが、実際は余裕などまるでなかった。いじらしいまでに一途で潔い彼の在り方に比べて、自分はなんと卑小な男なのだろうか。
胸の奥で、ひっそりと自らの卑小さを嘆いた。とてもできはしないが、身を引くべきなのはこちらだろう。
「リィのことになると、僕は凄くバカになるみたい」
……バカどころではないが、緩い態度で苦笑するしかない。ここで下手に謝ってしまうと、いい加減にしろと噛み付かれるだけだ。
「……はぁ。仕方ねぇからそばにいてやる」
「ちっともうれしそうじゃない! 僕の所為だけど辛い!」
「うるせぇよバカ」
腰に抱き付くと、「くくっ」と喉の奥で笑われて労わるように頭を撫でられた。柔らかさの欠片もない鍛えられた無骨な男の手だが、それが酷く心地良いのだから不思議なものだ。
「ふふ、人に頭を撫でられるなんていつぶりかな。気持ちいい……」
「そうかよ」
恍惚としながら彼を見上げて言うと、なぜか不機嫌な顔になり、また髪を引っ張られた。
これは照れ隠しなのだろう。こういう不機嫌な顔も仕草も可愛くて、たまらない気持ちになる。乱暴だが優しく、素直ではないが真っすぐな彼とのやり取りがとても楽しい。いつまでもこうして、彼とじゃれ合いながら笑っていたい。
「ずっとそばに居て、こんなバカな僕を叱ってね」
「はは。俺のせいでバカになるなら、そばに居ねぇ方がいいかもな」
「そっ、そんなないよっ!」
リィがいない日々など、考えられない。抱き付く腕に力を込めて、引き締まった腹に頭をぐりぐりと擦り付けて甘えると、腹の虫が豪快に鳴いた。
「あははは! 君のお腹は元気が良いね!」
大声で笑うと「いい加減に離れろよ」と、軽く頭を叩かれた。
「飯食いに行きてぇけど、今日はどうするんだ?」
「僕の家に招待するよ!」
腰に抱き付くのを止めて告げると、意外そうに目を瞬いた。
「アンタのとこで昼飯にすんのか」
「うん! 君を連れて行くって言ったら、侍女達が張り切っていたよ! 外で食事をするのもいいけれど、これから家でも食事をしようね!」
「ああ、アンタとなら俺はどこでもいい」
身軽な動きで長椅子から立ち上がった彼は、柔らかい笑みを浮かべた。この笑みに、いつも心を強く惹き付けられる。その唇がつむぐ言葉にもだ。
……彼が一番欲しいのは、豪華な食事ではない。ふたりで過ごす時間なのだ。純粋に己の存在を求められている喜びを感じて心が満たされる。
「君は、とても男前でタラシだね」
自分よりは幾らか小柄で細身だが、しなやかで逞しい彼の体を強く抱き締める。
「は? なに意味わかんねぇこと言ってんだよ」
「意味なんて分からなくて良い。大好きだよリィ!」
「……ったく、ほんと意味わかんねぇし」
文句を言いながらも大人しく身を預けてくれたことにまた、溢れんばかりに心を満たされながら、愛しい温もりを時間の許す限り堪能した。
男の物を口に含むなど元来であれば考えられないことだが、リィへのそれには抵抗感などなかった。それどころか色事に不慣れな様子であどけなく喘ぎ鳴く姿に興奮を覚えて、己の欲が高ぶりさえしている。
口の中に広がる青臭さに咽返りそうになったが、意地で精を飲み込んだ。
「のっ、飲むなバカッ! 信じらんねぇ!」
罵声と共に髪を引っ張られ、仕置きをされた。瞳に涙を溜めて低い声で唸る彼の顔色から、さして怒っていないのを感じ取り内心で盛大に安堵した。
幸いにも嫌悪されなかったとはいえ、合意を得ずに色に溺れさせ嬲ってしまった。愛撫に蕩けて弱々しい抵抗しか成せない姿に富に征服欲を満たされ、ここまで初心に恥じらい乱れる姿を見られるは自分だけだという、下らない優越感に酔ってもいた。
――リィは、イグルシアスが跡取りを遺すことを望んで女性の伴侶を求めるのならば、闘士として仕えずに身を引くつもりだったのだ。
真顔で「アンタのものにはならない」と、言い放たれた刹那、心臓が凍り付くような恐怖を覚えた。
体に教えてあげるなどと陳腐な台詞を吐きはしたが、実際は余裕などまるでなかった。いじらしいまでに一途で潔い彼の在り方に比べて、自分はなんと卑小な男なのだろうか。
胸の奥で、ひっそりと自らの卑小さを嘆いた。とてもできはしないが、身を引くべきなのはこちらだろう。
「リィのことになると、僕は凄くバカになるみたい」
……バカどころではないが、緩い態度で苦笑するしかない。ここで下手に謝ってしまうと、いい加減にしろと噛み付かれるだけだ。
「……はぁ。仕方ねぇからそばにいてやる」
「ちっともうれしそうじゃない! 僕の所為だけど辛い!」
「うるせぇよバカ」
腰に抱き付くと、「くくっ」と喉の奥で笑われて労わるように頭を撫でられた。柔らかさの欠片もない鍛えられた無骨な男の手だが、それが酷く心地良いのだから不思議なものだ。
「ふふ、人に頭を撫でられるなんていつぶりかな。気持ちいい……」
「そうかよ」
恍惚としながら彼を見上げて言うと、なぜか不機嫌な顔になり、また髪を引っ張られた。
これは照れ隠しなのだろう。こういう不機嫌な顔も仕草も可愛くて、たまらない気持ちになる。乱暴だが優しく、素直ではないが真っすぐな彼とのやり取りがとても楽しい。いつまでもこうして、彼とじゃれ合いながら笑っていたい。
「ずっとそばに居て、こんなバカな僕を叱ってね」
「はは。俺のせいでバカになるなら、そばに居ねぇ方がいいかもな」
「そっ、そんなないよっ!」
リィがいない日々など、考えられない。抱き付く腕に力を込めて、引き締まった腹に頭をぐりぐりと擦り付けて甘えると、腹の虫が豪快に鳴いた。
「あははは! 君のお腹は元気が良いね!」
大声で笑うと「いい加減に離れろよ」と、軽く頭を叩かれた。
「飯食いに行きてぇけど、今日はどうするんだ?」
「僕の家に招待するよ!」
腰に抱き付くのを止めて告げると、意外そうに目を瞬いた。
「アンタのとこで昼飯にすんのか」
「うん! 君を連れて行くって言ったら、侍女達が張り切っていたよ! 外で食事をするのもいいけれど、これから家でも食事をしようね!」
「ああ、アンタとなら俺はどこでもいい」
身軽な動きで長椅子から立ち上がった彼は、柔らかい笑みを浮かべた。この笑みに、いつも心を強く惹き付けられる。その唇がつむぐ言葉にもだ。
……彼が一番欲しいのは、豪華な食事ではない。ふたりで過ごす時間なのだ。純粋に己の存在を求められている喜びを感じて心が満たされる。
「君は、とても男前でタラシだね」
自分よりは幾らか小柄で細身だが、しなやかで逞しい彼の体を強く抱き締める。
「は? なに意味わかんねぇこと言ってんだよ」
「意味なんて分からなくて良い。大好きだよリィ!」
「……ったく、ほんと意味わかんねぇし」
文句を言いながらも大人しく身を預けてくれたことにまた、溢れんばかりに心を満たされながら、愛しい温もりを時間の許す限り堪能した。
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