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本編
66 幸せな心地がした※
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……口でいかされた衝撃に呆然としていると、温かい口内から自身が解放されるのを感じ、こくりと小さく喉を鳴らしてなにかを飲み込む音が聞こえた。
「ぐっ、んっ……! ……美味しいものでは、ないね」
「のっ、飲むなバカッ! し、信じらんねぇ!」
よりにもよって精を飲み込んだのだと気付いた瞬間に、カッと顔に血が上って考えるよりも先に目の前のまばゆい金髪を鷲掴みにした。
「いっ、痛っ! やめて! 禿げちゃうよ!」
「禿げちまえよバカ」
怒りと呆れを通り越して、また泣きたくなった。どうしてこの男は、こうもバカなのか。いくら分からせたかったとはいっても、こんな……恥ずかしい真似を真昼間からしでかすとは。いや、昼間でなくても考えものだろうが。
「酷い! 痛っ! 髪が抜けるからもう止めて!」
「何本かむしってやる」
「本気にしか聞こえない!」
半ば本気で引き千切ってやろうかと思ったが、さすがに王族の徴をむしるのはマズい気がした。はたと、自分があられもない恰好をしていることを思い出し、髪から手を離して溜息をつきながら乱された下衣を直す。
「うう、痛い」
「当たり前だ。痛くしてやったんだからなっ!」
きつく腰帯を締めてから、のろのろと身を起こす。体が怠い。短い時間でかなり体力を消耗してしまったらしい。
「アンタ、堪え性がない上に大バカだな」
「はは。そうだね……。また止まらなくなてしまったよ」
「俺にこんなことしなくても、言葉でいいってのに……」と、眉間に皺を寄せると、イグルシアスは「リィのことになると、僕は凄くバカになるみたい」と、言って緩く苦笑いをした。
つくづく聞いて呆れる。……だが、嫌な気分ではない。
「……はぁ。仕方ねぇからそばにいてやる」
「ちっともうれしそうじゃない! 僕のせいだけど辛い!」
「うるせぇよバカ」
がばりと腰に抱き付いてくるのが妙に可愛い。
「くくっ」と、忍び笑いを漏らしながらやんわりと頭を撫でてやると、膝を枕に少し顔を上に傾けて「ふふ、頭を撫でられるなんていつぶりかな。気持ちいい……」と、幸せそうに目を細めて顔をとろけさせた。
人を振り回しておいて呑気なものだ。反省が足りない気がする。腹いせ混じりに再び彼の金髪を掴んで、少し強めに引っ張る。
「わっ、ちょ、イタッ! やめてよ!」
「なんかムカつく」
「理不尽!」
「アンタにはこのくらいが丁度いいだろ」
さらりと髪を整えるように撫でてやると、すぐにうっとりと頬を緩ませる。こんなごつごつした男の手でも、いいのだろうか。疑問に思いながらも、手触りの良い頭をまた撫でてやった。
「ずっとそばに居て、こんなバカな僕を叱ってね」
「はは。俺のせいでバカになるなら、そばに居ねぇ方がいいかもな」
甘い声を軽く笑い飛ばして、冗談をぶつける。離れる気はもうないが自分が気を付けなければ、イグルシアスが恥をかきそうだ。
「そっ、そんなことないよっ!」
慌てた様子で腰に抱き付く力を強くして、腹に頭を摺り寄せてくる。その拍子に、大きな音を立てて腹が鳴った。安心したせいか、腹が減ってきたらしい。
「あははは! 君のお腹は元気が良いね!」
大声で笑われたので仕返しに「いい加減に離れろよ」と、軽く頭を叩く。
「飯食いに行きてぇけど、今日はどうするんだ?」
「僕の家に招待するよ!」
腰に抱き付くのを止めて身を起こすと、彼はにこやかに告げた。イグルシアスの住む屋敷には一度も行ったことがなかっただけに、その言葉は意外に思えた。
「アンタのとこで昼飯にすんのか」
「うん! 君を連れて行くって言ったら、侍女達が張り切っていたよ! 外で食事をするのも良いけれど、これから家でも食事をしようね!」
「ああ、アンタとなら俺はどこでもいい」
気怠さのやや薄れた体を長椅子から起こし、口元を緩めて頷く。
するとイグルシアスは眩しい物でも見たような顔をして、「君は、とても男前でタラシだね」と、言いながらリィを強く抱き締めてきた。
「は? なに意味わかんねぇこと言ってんだよ」
タラシなのはイグルシアスの方だ。こんな――いつもなにかに怒りを感じていて、他人を信じず棘を逆立てていた――どうしようもない闘士の自分をここまで変えて惚れさせたのだから。
「意味なんて分からなくていい。大好きだよリィ!」
「……ったく、ほんと意味わかんねぇし」
はしゃぐイグルシアスに文句を言いながらも、温かく広い胸に頬を寄せると酷く幸せな心地がした。
「ぐっ、んっ……! ……美味しいものでは、ないね」
「のっ、飲むなバカッ! し、信じらんねぇ!」
よりにもよって精を飲み込んだのだと気付いた瞬間に、カッと顔に血が上って考えるよりも先に目の前のまばゆい金髪を鷲掴みにした。
「いっ、痛っ! やめて! 禿げちゃうよ!」
「禿げちまえよバカ」
怒りと呆れを通り越して、また泣きたくなった。どうしてこの男は、こうもバカなのか。いくら分からせたかったとはいっても、こんな……恥ずかしい真似を真昼間からしでかすとは。いや、昼間でなくても考えものだろうが。
「酷い! 痛っ! 髪が抜けるからもう止めて!」
「何本かむしってやる」
「本気にしか聞こえない!」
半ば本気で引き千切ってやろうかと思ったが、さすがに王族の徴をむしるのはマズい気がした。はたと、自分があられもない恰好をしていることを思い出し、髪から手を離して溜息をつきながら乱された下衣を直す。
「うう、痛い」
「当たり前だ。痛くしてやったんだからなっ!」
きつく腰帯を締めてから、のろのろと身を起こす。体が怠い。短い時間でかなり体力を消耗してしまったらしい。
「アンタ、堪え性がない上に大バカだな」
「はは。そうだね……。また止まらなくなてしまったよ」
「俺にこんなことしなくても、言葉でいいってのに……」と、眉間に皺を寄せると、イグルシアスは「リィのことになると、僕は凄くバカになるみたい」と、言って緩く苦笑いをした。
つくづく聞いて呆れる。……だが、嫌な気分ではない。
「……はぁ。仕方ねぇからそばにいてやる」
「ちっともうれしそうじゃない! 僕のせいだけど辛い!」
「うるせぇよバカ」
がばりと腰に抱き付いてくるのが妙に可愛い。
「くくっ」と、忍び笑いを漏らしながらやんわりと頭を撫でてやると、膝を枕に少し顔を上に傾けて「ふふ、頭を撫でられるなんていつぶりかな。気持ちいい……」と、幸せそうに目を細めて顔をとろけさせた。
人を振り回しておいて呑気なものだ。反省が足りない気がする。腹いせ混じりに再び彼の金髪を掴んで、少し強めに引っ張る。
「わっ、ちょ、イタッ! やめてよ!」
「なんかムカつく」
「理不尽!」
「アンタにはこのくらいが丁度いいだろ」
さらりと髪を整えるように撫でてやると、すぐにうっとりと頬を緩ませる。こんなごつごつした男の手でも、いいのだろうか。疑問に思いながらも、手触りの良い頭をまた撫でてやった。
「ずっとそばに居て、こんなバカな僕を叱ってね」
「はは。俺のせいでバカになるなら、そばに居ねぇ方がいいかもな」
甘い声を軽く笑い飛ばして、冗談をぶつける。離れる気はもうないが自分が気を付けなければ、イグルシアスが恥をかきそうだ。
「そっ、そんなことないよっ!」
慌てた様子で腰に抱き付く力を強くして、腹に頭を摺り寄せてくる。その拍子に、大きな音を立てて腹が鳴った。安心したせいか、腹が減ってきたらしい。
「あははは! 君のお腹は元気が良いね!」
大声で笑われたので仕返しに「いい加減に離れろよ」と、軽く頭を叩く。
「飯食いに行きてぇけど、今日はどうするんだ?」
「僕の家に招待するよ!」
腰に抱き付くのを止めて身を起こすと、彼はにこやかに告げた。イグルシアスの住む屋敷には一度も行ったことがなかっただけに、その言葉は意外に思えた。
「アンタのとこで昼飯にすんのか」
「うん! 君を連れて行くって言ったら、侍女達が張り切っていたよ! 外で食事をするのも良いけれど、これから家でも食事をしようね!」
「ああ、アンタとなら俺はどこでもいい」
気怠さのやや薄れた体を長椅子から起こし、口元を緩めて頷く。
するとイグルシアスは眩しい物でも見たような顔をして、「君は、とても男前でタラシだね」と、言いながらリィを強く抱き締めてきた。
「は? なに意味わかんねぇこと言ってんだよ」
タラシなのはイグルシアスの方だ。こんな――いつもなにかに怒りを感じていて、他人を信じず棘を逆立てていた――どうしようもない闘士の自分をここまで変えて惚れさせたのだから。
「意味なんて分からなくていい。大好きだよリィ!」
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