【完結】赤痣の闘士は、好きになった彼が王弟殿下だと知らなかった

ゆらり

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本編

68 馬車の中で

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 ――イグルシアスに連れられて、闘技場の外へと向かった。

 一般とは違う特別な通路を抜けると、生い茂る木々と壁に囲まれた庭に出た。

 中央には、地味で無骨な馬車が一台。御者台に座っていた黒ずくめの男が、物音を立てずに降りて扉を静かに開けて踏み台を設えた。

「真っすぐ屋敷に帰るよ。この子も一緒にね」
 
 イグルシアスがそう言いながらリィを見て微笑むと、男は無表情ではあったが恭しい動作で深々と頭を垂れて車内へと手を差し向ける。

「――さぁ、おいで」

 手招きをされて馬車へと乗り込むと、静かに扉が閉められた。外見と同じく飾り気のない車内は広々としていて窮屈さはなく、手入れの行き届いた皮張りの厚い座席は悪くない座り心地だ。壁際には簡易なテーブルと小物棚もあり、ちょっとした個室めいた造りになっていた。

 出発して良いよという声に応じて、馬車がゆったりと走り出す。
 
「あんまり揺れないな」 
 
 街を走る乗合馬車等とは違って随分と揺れが小さく、リィはその快適さに素直に驚いた。

「そうでしょ! かなりこだわって造って貰っているんだよ! 隣国に行く時なんかは凄く重宝してる。座席も広いからのんびりくつろげるし」 

 得意気な顔をして言った後に、イグルシアスは自らが座る席の脇を手で何度か叩いてからリィをじっと見つめた。

「どういう意味だよそれ」
「僕の横に座ってよ」
「あ? わざわざ狭くする必要がどこにあんだよ」

 横に座ることを求める意味が分からず半目で睨み付けると、彼は「分からないの? とても必要なことだよ」と、言った。

「だって、少しでも君とくっつきたいんだもの」
「甘えんじゃねぇし! アンタまたなにかしそうだし、俺はこっちで良い」

 ……疑いを含んだ眼差しを向けて威嚇すると「そんな目で見ないで!」と、大袈裟なまでに悲し気な顔をしてイグルシアスが騒ぎ出す。

「なっ、なもしないよ! しないから、こっちへ来てよ! リィったら冷たい!」
「うぜぇ! むしるぞコラァ!」
「ちょ! やめて! 髪を引っ張らないで!」

 騒々しくなり始めるのと同時に、甲高い馬のいななきが聞こえて馬車が急に速度を落とし始めた。

「うわっ!」
「おっと……!」
 
 座席から腰を浮かしてイグルシアスの髪を掴んでいたリィは、前のめりになって彼にしがみ付く形になる。どさくさに紛れて腰に腕が回されて強く抱き留められた。

「あはは。なんでもないよ。ちょっとじゃれていただけだから。気にせず走っていて」

 前方にある小窓から無表情でこちらを覗き込んできた御者へ向けて声を掛けると、さっと窓が閉じられて手綱を振るう音と共に馬車は再び元の速さで走り出した。
 
「屋敷に着くまで、こうしていたいよ」
「んっ、な、なに言ってんだ、冗談を……、ひっ! あっ……」

 密着した状態で尻から首筋までを両手で撫で上げられて、更に耳の裏を指先でくすぐられた。喘ぎ混じりの小さな悲鳴が、馬車の中に響く。

「やっ、んんっ!」

 淫らな行為を施されたばかりの体に繊細な愛撫を施されて、なにも感じないはずがない。耐えきれずに身を捩り、か細く声を漏らして震えてしまう。

「ん、敏感だね。良い反応……」
「うぁっ、……こ、このっ、マジで、むしるぞ……バカッ!」
「それは遠慮したいな」
「あっ……、んぁ……っ!」

 頭を撫でながら首筋に口付けされた後で、座っていた向かいの席に軽い力で押し戻しされる。

「――ううっ……。絶対に、そっちには座らないからな!」
「いまので満足したから、今日は良いよ」
「今日だけじゃねぇし!」
 
 キッと眉を吊り上げて言い放ち、座席に深く座り直して腕を組む。向かい側でニコニコと上機嫌で微笑んでいる青年が、無性に憎たらしく思えた。

「あはは! 照れなくても良いのに」
「照れてねぇよ! このバカがっ!」

 ……まともに相手をすると碌な事にならない。

 なにを言われても屋敷に着くまではもう二度と返事をするものかと、口を引き結んで黙り込むことにした。
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