【完結】赤痣の闘士は、好きになった彼が王弟殿下だと知らなかった

ゆらり

文字の大きさ
70 / 91
本編

69 公爵邸での食事

しおりを挟む
 ――官職が多く住む東地区に立ち並ぶ屋敷の中でも王城に最も近い場所にあるのが、王弟殿下であるイグルシアスが住む公爵邸だ。

 小さな雑木林が点々と配された広い庭を抜けて、屋敷の扉に上がる短い階段の前で馬車が停まる。ヒラリと先に馬車から降りたリィが周囲を見回してから振り返ると、御者の手で出された踏み台を使ってイグルシアスがゆっくりと下りてきた。

「まるで君に護衛されてるみたいだね。この前も、僕を庇って前に立ってくれたし」
「いつだってそのつもりだ。それに、俺はもうアンタの闘士なんだ。当然だろ」
 
 嬉し気な言葉に対して「いまさらなに言ってんだよ」と、鼻で笑って不遜な態度で返してやると、彼はだらしないまでに顔を緩めて頭を撫で回してくる。

「リィはいい子だね! 僕、凄く嬉しいよ! 可愛くて恰好良い! 言うことなしだよ!」
「なっ! 撫で回すんじゃねぇし! やっ、やめろぉっ!」

 そうして散々撫でたり抱き締めたりしたあとで、屋敷の扉に鼻歌混じりに手を掛けた。

 「――ただいま!」

 良く通る陽気な声が、玄関口の大広間に響き渡る。

「おかえりなさいませ、イグルシアス様。お食事の準備は出来ておりますよ」
「ああ、ありがとう。良い匂いがここまで届いてるね」

 主人の声を聞き付けて出迎えに現れたのは、リィの母親より年上に見える年齢の侍女だった。
 
「この子が闘士のリィだよ。僕の大切な人だ。良くしてあげて」
「はい。かしこまりました」

 リィの肩を抱き寄せて言うのに対して丁寧な了承の返事をし、「ようこそおいでくださいましたね」と、愛想の良い笑みを浮かべた。恰幅の良い侍女の表情には、我が子に向ける愛情じみたものが多分に含まれていた。
 
「あ、ああ……」

 大切な人という言葉と侍女の母性に満ちた眼差しに、むず痒くて落ち着かない気分になった。抱き寄せられた腕の中で身を竦ませて、ぎこちない返事をしてしまう。

「あら、可愛らしい」
「そうでしょ! ちょっと乱暴なとこはあるけど、凄く可愛いんだよ」
 
 微笑ましいものを見る目をされ、 たまらなく恥ずかしくなり肩を抱く手を引き剥がした。

「シアっ! 余計なこと言うなっ!」
「だって本当に可愛いんだもの」
「恥ずかしい野郎だなアンタ!」

 再び肩を抱こうとする手を、何度も払い退けてやった。その騒がしく子供じみた争いを目の当たりにした侍女が、口元を押さえて笑いを堪えながら「食堂へご案内致しましょうか」と、伺いを立ててくる。

「うん。よろしく!」

 笑われて決まりが悪くなったリィが抵抗を止めたところで、すかさずイグルシアスの腕に抱き寄せられてしまう。眉間に皺を寄せて舌打ちをしながらも、大人しく連れて行かれる形で案内されたのは大きく長いテーブルの置かれた広い食堂だった。

「客を招く時もあるから食堂は必要なのだけれど、君と僕だけだと広すぎるね」
「いつもは一人なんだろ? 余計に広くねぇかこれ」
「引っ越してきた時にはそう思ったけれど、今は慣れてしまったよ」
  
 ――笑いながらテーブルの端で対面に座り、二人だけの昼餉が始まる。

 愛想よく微笑む侍女らによって、卓上に湯気の立つ料理が置かれていく。

 香草と小魚の出汁が利いた具沢山のスープは、くどくなく幾らでも飲めそうだ。香ばしく焼かれ濃い目のソースで味付けされた薄切り肉に、芋で作った淡泊な茹で団子や新鮮で瑞々しい青菜や根菜の細切りの添え物が良く合う。

 それらは特別贅沢な品では無かったが、新鮮な食材を選び丁寧に仕上げられたのが分かる優しい味だった。

「美味い。これなら毎日でも食いてぇ……」
「それは良かった。僕と味の好みは近いみたいだね!」
「前に食べた高い店の料理みたいなのは、好きじゃねぇのか」

 出逢った頃に招待された料理店での食事を思い出して言うと、微笑しながら「そうではないけれど」と、前置きをしてこう答えた。

「あの店の料理は、純粋に食べることを楽しむ食事だね。美食っていうものだよ。生きるために食べる食事とは少し違うからねぇ……」
「そういうもんか」
「毎日あれを食べていたら、間違いなく太るよ」

 食後に出された果物を薄焼きの生地に包んだ菓子は口当たりの良い甘さで、たっぷりと皿に盛られていた物を全て平らげてもまだ食べたいと思うくらいだった。

「すげぇ美味かった。ごちそうさん」

 腹が満たされぎこちなさが取れたリィが侍女に笑顔で声を掛けると、彼女は茶のお代わりを手際よく供しながら実に嬉しそうな笑みを浮かべた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】たとえ彼の身代わりだとしても貴方が僕を見てくれるのならば… 〜初恋のαは双子の弟の婚約者でした〜

葉月
BL
《あらすじ》  カトラレル家の長男であるレオナルドは双子の弟のミカエルがいる。天真爛漫な弟のミカエルはレオナルドとは真逆の性格だ。  カトラレル家は懇意にしているオリバー家のサイモンとミカエルが結婚する予定だったが、ミカエルが流行病で亡くなってしまい、親の言いつけによりレオナルドはミカエルの身代わりとして、サイモンに嫁ぐ。  愛している人を騙し続ける罪悪感と、弟への想いを抱き続ける主人公が幸せを掴み取る、オメガバースストーリー。 《番外編 無垢な身体が貴方色に染まるとき 〜運命の番は濃厚な愛と蜜で僕の身体を溺れさせる〜》 番になったレオとサイモン。 エマの里帰り出産に合わせて、他の使用人達全員にまとまった休暇を与えた。 数日、邸宅にはレオとサイモンとの2人っきり。 ずっとくっついていたい2人は……。 エチで甘々な数日間。 ー登場人物紹介ー ーレオナルド・カトラレル(受け オメガ)18歳ー  長男で一卵性双生児の弟、ミカエルがいる。  カトラレル家の次期城主。  性格:内気で周りを気にしすぎるあまり、自分の気持ちを言えないないだが、頑張り屋で努力家。人の気持ちを考え行動できる。行動や言葉遣いは穏やか。ミカエルのことが好きだが、ミカエルがみんなに可愛がられていることが羨ましい。  外見:白肌に腰まである茶色の髪、エメラルドグリーンの瞳。中世的な外見に少し幼さを残しつつも。行為の時、幼さの中にも妖艶さがある。  体質:健康体   ーサイモン・オリバー(攻め アルファ)25歳ー  オリバー家の長男で次期城主。レオナルドとミカエルの7歳年上。  レオナルドとミカエルとサイモンの父親が仲がよく、レオナルドとミカエルが幼い頃からの付き合い。  性格:優しく穏やか。ほとんど怒らないが、怒ると怖い。好きな人には尽くし甘やかし甘える。時々不器用。  外見:黒髪に黒い瞳。健康的な肌に鍛えられた肉体。高身長。  乗馬、剣術が得意。貴族令嬢からの人気がすごい。 BL大賞参加作品です。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

君さえ笑ってくれれば最高

大根
BL
ダリオ・ジュレの悩みは1つ。「氷の貴公子」の異名を持つ婚約者、ロベルト・トンプソンがただ1度も笑顔を見せてくれないことだ。感情が顔に出やすいダリオとは対照的な彼の態度に不安を覚えたダリオは、どうにかロベルトの笑顔を引き出そうと毎週様々な作戦を仕掛けるが。 (クーデレ?溺愛美形攻め × 顔に出やすい素直平凡受け) 異世界BLです。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(2024.10.21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい

夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れています。ニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが…… ◆いつもハート、エール、しおりをありがとうございます。冒頭暗いのに耐えて読んでくれてありがとうございました。いつもながら感謝です。 ◆お友達の花々緒(https://x.com/cacaotic)さんが、表紙絵描いて下さりました。可愛いニャリスと、悩ましげなラクロア様。 ◆これもいつか続きを書きたいです、猫の日にちょっとだけ続きを書いたのだけど、また直して投稿します。

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

処理中です...