【完結】赤痣の闘士は、好きになった彼が王弟殿下だと知らなかった

ゆらり

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本編

69 公爵邸での食事

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 ――官職が多く住む東地区に立ち並ぶ屋敷の中でも王城に最も近い場所にあるのが、王弟殿下であるイグルシアスが住む公爵邸だ。

 小さな雑木林が点々と配された広い庭を抜けて、屋敷の扉に上がる短い階段の前で馬車が停まる。ヒラリと先に馬車から降りたリィが周囲を見回してから振り返ると、御者の手で出された踏み台を使ってイグルシアスがゆっくりと下りてきた。

「まるで君に護衛されてるみたいだね。この前も、僕を庇って前に立ってくれたし」
「いつだってそのつもりだ。それに、俺はもうアンタの闘士なんだ。当然だろ」
 
 嬉し気な言葉に対して「いまさらなに言ってんだよ」と、鼻で笑って不遜な態度で返してやると、彼はだらしないまでに顔を緩めて頭を撫で回してくる。

「リィはいい子だね! 僕、凄く嬉しいよ! 可愛くて恰好良い! 言うことなしだよ!」
「なっ! 撫で回すんじゃねぇし! やっ、やめろぉっ!」

 そうして散々撫でたり抱き締めたりしたあとで、屋敷の扉に鼻歌混じりに手を掛けた。

 「――ただいま!」

 良く通る陽気な声が、玄関口の大広間に響き渡る。

「おかえりなさいませ、イグルシアス様。お食事の準備は出来ておりますよ」
「ああ、ありがとう。良い匂いがここまで届いてるね」

 主人の声を聞き付けて出迎えに現れたのは、リィの母親より年上に見える年齢の侍女だった。
 
「この子が闘士のリィだよ。僕の大切な人だ。良くしてあげて」
「はい。かしこまりました」

 リィの肩を抱き寄せて言うのに対して丁寧な了承の返事をし、「ようこそおいでくださいましたね」と、愛想の良い笑みを浮かべた。恰幅の良い侍女の表情には、我が子に向ける愛情じみたものが多分に含まれていた。
 
「あ、ああ……」

 大切な人という言葉と侍女の母性に満ちた眼差しに、むず痒くて落ち着かない気分になった。抱き寄せられた腕の中で身を竦ませて、ぎこちない返事をしてしまう。

「あら、可愛らしい」
「そうでしょ! ちょっと乱暴なとこはあるけど、凄く可愛いんだよ」
 
 微笑ましいものを見る目をされ、 たまらなく恥ずかしくなり肩を抱く手を引き剥がした。

「シアっ! 余計なこと言うなっ!」
「だって本当に可愛いんだもの」
「恥ずかしい野郎だなアンタ!」

 再び肩を抱こうとする手を、何度も払い退けてやった。その騒がしく子供じみた争いを目の当たりにした侍女が、口元を押さえて笑いを堪えながら「食堂へご案内致しましょうか」と、伺いを立ててくる。

「うん。よろしく!」

 笑われて決まりが悪くなったリィが抵抗を止めたところで、すかさずイグルシアスの腕に抱き寄せられてしまう。眉間に皺を寄せて舌打ちをしながらも、大人しく連れて行かれる形で案内されたのは大きく長いテーブルの置かれた広い食堂だった。

「客を招く時もあるから食堂は必要なのだけれど、君と僕だけだと広すぎるね」
「いつもは一人なんだろ? 余計に広くねぇかこれ」
「引っ越してきた時にはそう思ったけれど、今は慣れてしまったよ」
  
 ――笑いながらテーブルの端で対面に座り、二人だけの昼餉が始まる。

 愛想よく微笑む侍女らによって、卓上に湯気の立つ料理が置かれていく。

 香草と小魚の出汁が利いた具沢山のスープは、くどくなく幾らでも飲めそうだ。香ばしく焼かれ濃い目のソースで味付けされた薄切り肉に、芋で作った淡泊な茹で団子や新鮮で瑞々しい青菜や根菜の細切りの添え物が良く合う。

 それらは特別贅沢な品では無かったが、新鮮な食材を選び丁寧に仕上げられたのが分かる優しい味だった。

「美味い。これなら毎日でも食いてぇ……」
「それは良かった。僕と味の好みは近いみたいだね!」
「前に食べた高い店の料理みたいなのは、好きじゃねぇのか」

 出逢った頃に招待された料理店での食事を思い出して言うと、微笑しながら「そうではないけれど」と、前置きをしてこう答えた。

「あの店の料理は、純粋に食べることを楽しむ食事だね。美食っていうものだよ。生きるために食べる食事とは少し違うからねぇ……」
「そういうもんか」
「毎日あれを食べていたら、間違いなく太るよ」

 食後に出された果物を薄焼きの生地に包んだ菓子は口当たりの良い甘さで、たっぷりと皿に盛られていた物を全て平らげてもまだ食べたいと思うくらいだった。

「すげぇ美味かった。ごちそうさん」

 腹が満たされぎこちなさが取れたリィが侍女に笑顔で声を掛けると、彼女は茶のお代わりを手際よく供しながら実に嬉しそうな笑みを浮かべた。
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