【完結】赤痣の闘士は、好きになった彼が王弟殿下だと知らなかった

ゆらり

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番外編

イグルシアスの些細な悩み事

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 ――とある日の夜。 

 イグルシアスが顔繋ぎの為の夜会から帰り、書類仕事を粗方片付け終えたのは夜半を過ぎる頃だった。普段から寝る時間は遅いのだが、この日は特に遅かった。

「はぁ。やっと終わった……」

 手早く入浴を済ませ寝支度を終えて、急ぎ足で寝室へと向かう。

 月光に照らされた大きな寝台で眠るリィの横へ滑り込んで、体温の高い細身を抱き込んだ。夜着越しに伝わってくる温もりに、心が解けて癒されていく。

 愛する者が腕の中にいる喜びを噛み締めていると、小さく呻き声が聞こえて胸元に頭がすり寄せられてきた。暫くもそもそと身じろぎしていたが、落ち着ける位置を見つけたのか直ぐに動かなくなる。

 無防備で甘え切った仕草に、イグルシアスはにやけながらそっと頭を撫でてやって焦げ茶色の髪に口付けをした。

「ああ、可愛い……。いつもこのくらい素直に甘えてくれたら良いのに」

 ――両想いになり、やっと肌も重ねられた。主従としての契りを交わし、公私共にリィを手に入れることもできた。蜜月とも言えそうな時期だというのに、所々で妙に距離を置かれている気がする。

 「ねぇリィ、僕の屋敷においでよ。一緒に暮らそう」と、披露目式の日の夜に誘ったのだが、「あんな立派な屋敷で暮らすなんて、急に言われても無理だ。それに、世話されるのだって慣れてねぇし……」と、渋い顔をされて了承を得られなかった。その後も何度か誘ってはいるが、なんだかんだと断られ続けていて、数カ月が過ぎても同居には至っていない。

 できることなら毎日でも肌を重ねたいくらいだ。だが、そう簡単には肌を許してはくれない。つい先日も、軽い口付けだけで逃げられてしまった。

「――明日だって試合だ。アンタは底なしだからいいかも知んねぇけど、俺は体に障る」などと言われてしまっては、さすがになし崩しに行為に及ぶわけにもいかず、「わかったよ……。今度のお休みにでも泊まりに来て。待ってるから」と、涙を呑んで我慢をした。

 ……イグルシアスとしては、少しでも二人の時間を長く持ちたいと思っているが、リィはそうではないのだろうか。こうして泊まりに来る日もあるが、冷えた寝台で独り寝する日の方が多くて切ない。


 ――「うるせぇ! アンタと俺とでは、生きてる世界が違うんだ!」


 いつぞや、彼が泣きながら叫んだ言葉を思い出す。あれは少なからず胸に刺さるものだった。

 生まれた環境や習慣の違いから、なにがしかの問題が出てくるのは当然なのだ。好きなだけでは乗り越えられない溝がそこに在るのだとすれば、どうやって埋めていけばいいのだろう。

 リィが自分との関係に馴染めず、そばを離れていく日がくるのだろうか。

 漠然とした不安が無数に湧き出して、足元からぞわぞわと肌の上を這い上がってくる。おぞましい感覚に身震いをしながら、リィを抱く腕につい力を込めてしまう。

「ん……うっ。……シア? どうしたんだ。なにかあったのか」

 眠た気で掠れた声と共に伸びてきた手が、頬を優しく撫でてくれた。腕の中を見ると、薄っすらと瞳を開いたリィと目が合う。あどけないまでに柔らかい表情をしている。

「あ、ごめん。なんでもないよ」
「嫌なことがあったなら聞いてやる。難しい話はわかんねぇけど、聞くだけなら俺にだって、できる……」

「くぁ……」と、欠伸あくびをして、胸元に顔を押し付ける姿がなんとも愛らしい。夜半近くに就寝する自分とは違って、リィは早寝なのだ。眠いだろうに気遣って投げてくれた言葉に、イグルシアスは胸の中にぽっと優しい光が灯るのを感じた。

「ううん。嫌なことなんて、なにもないよ」

 行きつくとは限らない結末への不安や恐れが消えて、天へ舞い上がってしまいそうな気分になる。しなやかな背中を撫でながら頬を頭に押し付けて幸せに浸ると、恍惚とした吐息が我知らず唇の狭間から漏れた。

「ならいいけどよ。明日は休みだから……、アンタと一緒に居られる」
「えっ? 出張もあるけど一緒に付いて来てくれるの?」
「ああ……、護衛で付いてく。だから、もう寝ろよ……」
「うん! 凄く嬉しい! 大好き!」

 叫びながら強く抱き締めてぐいぐいと頭に頬擦りをすると、唸られて顎を押し上げられてしまう。

「うるせぇバカ……、大人しくしろ。……眠い」
「えへへ……。おやすみ」
「ん……」

 鏡を見なくても、自分の顔が今だらしなく緩んでいるのが分かる。我ながら現金なものだ。イグルシアスがそばにいて欲しいと望むように、リィもまたそれを望んでくれているのだ。それを知らされただけで、こんなにも幸せになれる。

 明日の出張が楽しみだと心を躍らせながら、思い通りにならないことばかりをあげつらって不満を感じていたことに気付いた。……そこから改めてリィの言動を振り返ると、すべてが腑に落ちた。

 彼なりに考えがあって、距離の取り方を測っているのだ。自身を取り巻く環境の急激な変化に戸惑いながらも、こうして少しずつこちらに歩み寄ってきてくれて、幸せを与えてくれている。

 そこにイグルシアスと同じような不安や恐怖があるのかどうかわ分からないが、これから先もずっと彼とともに在るためには、闇雲に不安がるよりも存分に触れ合って多くの言葉を交わす方が有意義だろう。

 ただ求めるばかりでなく、彼が息苦しさを感じない距離の取り方を自分も測っていくことにしよう。

「ほんと、僕って君のこととなると凄く駄目になるね……」

 イグルシアスは苦微笑を浮かべて小さく呟いてから、早くも健やかな眠りに落ちていったリィを優しく抱き直し、自らも眠りに就いたのだった。
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