モンスターコア

ざっくん

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vs秘密結社クロノス

シルビア.2崩壊

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 ここは80年ほど前のガルビア王国の首都シルク。今、この都市は国が始まって以来の活気に満ちていた。人々の眼は未来への希望で満ち満ちていた。

”今日は歴史的な日だ””人類にとって大いなる日だ”

 参加者かれらは口々に言った。歌い、踊り、大いに祭りを楽しんだ。
 行われたのは国を上げ大々的に行われた戦勝パーティ。それも65の11年間に渡る世界を二分する世界大戦のである。国の大々的な出資もあって祭りは人類の歴史上類の無いほど豪勢になった。

 真夜中にも関わらず昼のように明るく賑やかだ。日数多くの屋台が並び立ち、この時だけは幼子達も夜遊びが許された。

 シルクはこの5年間に大規模な改修が成された。新技術を使用し“水道”“電車”“高速道路”を始めとしたインフラ建設されている。数年前まで騎獣と魔石師がインフラの最先端とされていたが、この街では人を使わず簡単にそれらと同等の効果を得られている。

 そして、今日は7日にわたる祭の最終日である。皆、終わりを惜しみながらも生きる明日を意識し始めていた。
 だが、それは少々早計と言える。夜は始まったばかり、まだまだ長いのだから。

 それはある少女も例外では無かった。彼女は未来に希望を持ち心躍らせていた。

 平和になったこの世界、今日の挨拶回りが終わればご主人様もお姉様も時間が取れる。そしたら…

 彼女の頭の中では明日から一年先までやりたい事リストがびっしりと埋まっている。一刻でも早く時間が過ぎるのを願っていた。

 ここは都市の中央に聳え立つ場違いな西洋風の城のホールである。城下町とは違い戦争にて多大な功績をあげた者のみが入場を許されている。

 内装の大広間は近代に近い作りになっている。床は鏡面加工された石材、明かりは電球の付けられたシャンデリア。城の外装と内装で技術に差異が大きくなっている。
 豪華な食事、美しい芸術品、巧妙なカラクリまで人類の文化の集大成と言える品々によるもてなしがされていた。多様性という言葉では表しきれないほどの文明の産物であった。これは主催の趣味である。

「シルーっ!ちょっとこっち来なさーい!」

 茶髪の女性が少女に呼びかけた。彼女は声は大きく綽綽とした静かな雰囲気をぶち壊していた。
 だが、彼女を不快に思う者や嗜めようとする者はいなかった。むしろ、会場の雰囲気が彼女に合わせて盛り上がった。

 それもそのはず、彼女はこの祭りを主催した二王の一人、”久遠 真奈”である。この国の王である。つまり、彼女が規則ルールだ。

「はい、お姉様!」

 呼ばれた少女は小走りでマナの元に向かう。

 彼女の名は"久遠 シルビア"ガルビア皇国二人の王の一人娘である。大災害にて滅びた都市からその美貌と慧眼を買われ掬い上げられた。彼女は戦争においても王の側近として二人を支えていたとされている。

「彼はザラトスさん、同盟相手の一人よ。一応挨拶しておきなさい。」

 女性は隣に立つ巨躯の男を指して言った。
 彼の体は女性の2倍、少女の2.5倍。腕は少女の腰ほどあり、とても人のものとは思えない。

「おいおい、雰囲気ぶち壊すんじゃねえよ。しっかり決めてきた俺がバカみてえじゃねえか」

 彼は少し屈み女性の耳元に口を近づける。呆れ声のようにも聞こえるが、後悔の比率の方が大きいように見える。現に彼の右手はワインボトルを鷲掴みにしている。案の定、彼は向かってくるシルビアをよそ目に酒を喉へと流し込んだ。

「久遠 シルビアです。よろしくお願いします」

 緊張で無難な言葉以外に何も思い浮かばなかった。間違った事をしていないかどうか不安になり、そっと顔色を伺う。

「おう、なんかあれば頼れや」

 彼は酒を飲みながら横目にシルビアを見る。とても、美味しそうに酒を飲んでいる。シルビアの対応は二の次のようだ。

 私より酒…

 イラッとした。自身の魅力が酒以下であると告げられたようなものである。目にものを見せてやりたくなった。

「ザラトスさん…あぁ、脳筋国家の」

「おい、おい、俺は考えた上での突撃だ。馬鹿にすんじゃねえよ…」

 彼はシルビアを宥めるように頭に手を伸ばす。彼女の侮辱はまるで効いていない。しかし、シルビアを見た途端に彼の手が止まった。口がボトルから離れる。不思議と彼女から目が離せなくなったのだ。

「こんな美少女を前にお酒にうつつを抜かしているのが悪いのです!」

 シルビアはザラトスだけを対象に誘惑した。優しげな瞳、自身の顎に手をあて上目遣いで彼を見る。幼い顔つきであるにも関わらず見紛うほどの妖艶な魅力を放つ。魔法は使っていない。その仕草は光の角度、身長差までもを考慮し頭の先からつま先まで計算され尽くされていた。

「…ッ!」

 彼は『うわぁ!』と情け無い声を上げて腰を抜かしそうになる。だが、大人としてのプライドと気合いでなんとか踏みとどまった。
 彼の目には目の前の少女が理想の女性を超えた存在に見えた。魔法は使っていない。ただ、仕草のみで彼を揺さぶったのだ。このままでは幼児趣味ロリコンになりかねない。

 何だこれは…幻覚か!?いや、まさかコイツ…!

「ふふふ、どうですか?これが私の魅…ふにゅ!」

 シルビアが狼狽えるザラトスを煽ろうとした。だが、その直前に彼女は頭をマナによって押さえつけられた。

「分をわきまえなさい!」

 彼女はそのままシルビアをザラトスから引き離す。彼以外の人間からは痛い幼女にしか見えなかったのである。

「んー!やめてください!」

 シルは必死に抵抗するが彼女との力の差は大きくどうすることもできなかった。

「ま、まぁ、子供のした事やし、そんな気にせんって」

 彼にも意地がある平静を繕う。そして、その大きな手を少女の頭に伸ばした。

「…子供扱いしないでください!」

 少女は小さな手で力一杯押し返した。かなり気に食わなかったようだ。先程と違い所作は見た目相応になり、顔を真っ赤にして頬を膨らませている。世の中の男性全員をロリコンにしかねない魅力はもう無い。

「むむ…!抵抗するかっ!」

 少女を撫でようと両腕を広げ左右から頭を狙う。彼は完全に活力を取り戻しており、その姿は孫と遊ぶおじいちゃんを彷彿とさせる。

「させません!」

 それに対して少女は体を大きく使って迎え撃つ。彼女も存外楽しんでいるようだ。笑みが溢れている。
 会場に男の笑い声と少女の地団駄が響き渡る。しかし、彼らが注目を集めることはなかった。何故なら、いつの間にか始めのようなキラキラとした雰囲気が崩壊しており、その程度の小競り合いはそこら中で起きていたからだ。

 その時、ホールの照明が落ちた。それと同時にY字に分かれた大きな階段をスポットライトが照らす。

「お前らー!誰の開いた会だと思ってやがる!雰囲気ぶち壊しやがって!この自由人共め!」

 拡声器によって増幅された男性の声が会場中に響き渡る。
 そこには正装に身を包みマイクを持った黒髪黒目の男性が立っていた。彼の名は“久遠 龍樹”であり、マナと同じく二王の一人、である。『隻腕の賢王』と呼ばれ、文字通り片腕で左腕が義手になっている。だが、その義手はバランスを取るためのものであり、袖の中で揺れるだけでさしたる機能はない。

「何だこのカオス空間はッ!」

 彼は参加者を見下ろし叫んだ。
 確かにざっと見渡すだけでも会場は混沌を極めていた。酔い崩れ地面に寝そべっている酒カス、勝手にオークションを始めるバカ、角のボッチ、人の娘に手を出すロリコン。収集をつけるのもバカらしくなる。

「実は今日お前らを喜ばすため、裏でコツコツ作業をしていたのだ。俺が最も素晴らしいと思うものだ。それを今から感じてもらう!」

 そう言うと彼は自身の後ろ斜め上を指し示した。

 笛のような音が響き線のような光が空に登る。その後、空に光の花が咲いた。“花火”である。遅れて大きな爆発音が届き、それを皮切りに次々と打ち上がる。次第に量は増えていき、遂には大量の花が星一つない暗い空を埋め尽くした。
 会場の人々は魅入っていたのか会話が止まる。そして、花火の音だけがこだました。

「どうだロリコン。兵器かやくの無駄遣いは」

 タツキをひとっ飛びで降り3人の前にと着地した。

「おいおいおい、何から話せばええんだか」

 ザラトスは微妙な顔をする。話すべきことが渋滞して言葉が出ないようだ。

 会話が詰まっているようなら、今言ってしまおう。

「ご主人様!今度ザラトスさんと一緒に…」

 元々は家族だけで遊びまくるつもりだった。二人以外の人間は必要ないと思う。ノイズにしかならない。けれど、ザラトスかれには?みたいなものを感じる。類は友を呼ぶとも言う。彼から交友関係を広めるのもありだ。

バン!

「あれ…?」

 彼女はあまりの非現実さに現実の認識が遅れた。気づいたのは『あれ?』と言葉を口にしてから数秒後のことだった。

 遠くで聞こえる花火の音に混じりすぐ横から少し高いが聞こえた。そして、ザラトスの眉間に鉛の弾が撃ち込まれていた。

 倒れるザラトスがとてもゆっくりに見えた。しかし、それは途中でピタリと止まった。

「…ヴオォーー!!」

 ザラトスは体を腹筋に力を入れて無理やり起こしたのだ。そして、天に向かって耳が割れるほどの咆哮をした。

「…ッ!今だ」

 咆哮が収まるとタツキは一言呟くと、狙いを額から下に下げる。この状況を想定していたのだろうか、取り乱す様子はない。

バリン!

 天井や壁の窓やステンドグラスが同時に割れ、シャンデリアが落下する。

「小癪な!」

 ザラトスは右腕をさせ振り下ろす。

 バン!

 タツキは飛ばされ、ザラトスの喉には風穴が空いた。

「…なぜお前らはそう生き急ぐ」

 全てが終わった時立っていたのはタツキだった。
 その出来事は一瞬にも満たない。しかし、濃密な攻防があったことがその痕跡から見てとれた。

 ザラトスの体はうつ伏せに倒れている。銃弾を受けた額からは血が流れ出ていない。しかし、同じく弾を受けた喉には風穴が空いている。そして、いつ撃たれたのか右肩を除く四肢には銃弾を撃ち込まれた跡がある。
 タツキには義手の左腕と頭を除き左半身に大量のガラス片が刺さっていた。

「俺の思うの最も素晴らしいともの感じてもらえたか?俺の世界ではホモ・サピエンスという人間の種が…まぁ、どうでも良いか」

 彼はリボルバーのシリンダーを一つ回しザラトスの頭に突きつける。じっと見つめ何かを待っているようだ。

「俺は■■■戦いに負けたのか?それとも復讐か?俺としてはそっちの方がありがたいが」

 彼の喉には穴が空いている。当然声はいこえないのだが、彼の目と口がそう言っていた。ただ、気になるのは彼がこの状況においても楽観的な感覚をしているのだ。

「…そうか、ガルクは俺が殺した」

「まさか…!」

 驚愕を受け顔を上げる。

 ありえない!いや、現にそうなっている。しかし、そんなことがあるのか!?…ッ!

 彼は最後に自身の内へ意識を向け何かの確信を得る。そして、シルビアに意識を向け…

 バン!

 銃弾が眉間をした。

「計画に変更は無い。…正義を執行しろ」

 タツキも何かの確信を得たらしい。胸ポケットから長方形の箱に何か棒が付いたものを取り出して話しかけた。

「正義のために。」

 箱から返しの言葉が聞こえて来る。ただ、何やらジジジとノイズが入り感情が読み取りにくい。

「ど、どうして?」

 頭が回らない。何が起きているのかは分かっているのに、見たままなのに、脳が理解を拒む。
 焦げた火薬の匂いと広がる血溜まりに吐き気を覚える。空に花火が打ち上がっているはずなのに酷く静寂でモノクロに思えた。

「あぁ、誤解しないでほしい。“正義”っのは俺の嫌いな言葉の一つだ」

 彼は箱をその場に落とし、シリンダーに弾を二つ装填した。その行動は淡々としており、一切の精神の乱れを感じない。嘘だとしても間違いだと言ってほしい。

「そうじゃ…」

 ザラトスを撃った銃口が自身に向けられた。この後どうなるかは想像に難く無い。だが、頭がこんがらがって動けない。恐怖を感じられるほど状況を整理できていない。

「逃げなさい!」

 肩が引っ張られる。バランスを崩して後ろに倒れ…

 バン!

 額の左側に小さな痛みが走る。感じたことのない痛みだ。転んで擦りむいた時の方がまだ痛い。が、徐々に熱を帯びてきた。

「うぅ、あ゛ぁ…あ゛ぁぁぁ!!」 

 熱が際限なく膨れ上がる。心臓が脈打つたびに傷を焼かれ、頭全体が割れるように痛い。

 熱い!熱い熱い熱いアツい!!

 傷跡を押さえてうずくまる。感覚が麻痺しているのだろうか、傷に触られた感覚が無い。溢れた血が目に入り視界を真っ赤に染めるが何も感じない。ただただ頭が痛くて熱い!

「う゛ぇっ!!」

 腹に強烈な衝撃が入る。恐らく蹴り上げられたのだろう。胃の内容物が外に出そうになる。
 犯人はマナだった。

「死にたいの!?殺すわよ!!」

 マナはシルに殺意を向けた。恐らくシルビアが反射的に動くほど強い言葉と迫力が必要だったのだろう。ものすごい剣幕だった。
「は、はいぃ!」

 腰のぬけかけた醜い四つん這いの姿で出口を目指す。言葉の矛盾に気をかける余裕など無かった。

 その後は走り続けた。駆けつける軍人の合間を縫いながら、人混みに紛れながら、とにかく走った。
 その道中、ザラトスを含む遺体が魔法の様に霧散しているのを見た。
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