断罪上等!悪役令嬢代理人

蔵崎とら

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代理人、逆襲を誓う

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「うーん……」

 親に決められた相手と婚約をした。
 好きな人ではなかったけれど。
 親の言いつけを守って控え目でおしとやかな淑女になった。
 本当は元気よく庭を駆け回りたかったけれど。
 婚約者を心から愛そうとした。
 報われることはなかったけれど。
 我慢して、我慢して、我慢して、壊れてしまった。

「……なんていうか、クソじゃない?」

 私は今、一人の少女の人生を映像化したものを見せられている。
 映像化と言っても人間が撮ったドラマや映画などではなく、世界の創造主が記録したもの……らしい。

『この少女を救ってほしいのです』

 私の目の前には不思議な光の玉がふよふよと浮いていて、それが私に語り掛けてくる。口は見当たらないけれど。
 玉が言うには、この少女は貴族の娘で、婚約者がいたらしい。親に決められた婚約者が。
 親に失望されないため、そして婚約者に気に入られるため自分を殺して従順に尽くしたのだが、それが報われることはなかった。
 婚約者を、別の少女に奪われてしまったから。
 さらにそれだけに留まらず、婚約者を奪っていった少女に嫌がらせを働いただとか陰で婚約者を冒涜しただとか、ほぼ難癖をつけられる形で断罪されてしまう。
 婚約がダメになったことで親には見放され、婚約者がいたからこそ周囲に群がっていた取り巻きも去っていき、最終的には一人ぼっちになって自らの命を絶ってしまった。
 嫉妬、憎悪、落胆、悲哀、絶望、そして後悔。
 己の中でこの世のありとあらゆる負の感情を混ぜて混ぜてじっくりことこと煮込んだ少女の魂は、暴走に暴走を重ねてしまった。
 婚約破棄をされて、断罪されて、自殺して。そしてまた、全く同じ人生を何度も何度も繰り返す。
 過去を覚えておく力もなく未来を変える力もなく、ただただ負の感情に縛り付けられ呪縛のように同じ人生を繰り返すうちに魂をすり減らしてしまったのだ。

『これが少女の魂です』

 そう言った玉の隣に、小さな光が現れる。それはそれは小さな光だ。

「消える寸前のろうそくの火みたい」

 私が今ここでうっかりくしゃみでもしようものなら一瞬で吹き消せそう。

『この魂がまた転生をして同じ過ちを繰り返してしまったら、もう消えてしまうでしょう』

 負の感情に苛まれたまま消えてしまうのは、きっととても悲しいことだろう。

「転生させなければいいのでは」

 この目の前の光の玉が世界の創造主だというのなら、少女の転生を止めてしまえばいい。無理やりにでも。

『私が強引に止めることは出来ます。しかし、そうすると、世界にあるべき魂の数が一つ減ってしまいます』

 世界に存在する魂の絶対数は決まっていて、一つでも欠けてはならないのだそうだ。
 創造主が少女の魂を無理矢理引き留めるとなると、世界から外れた場所で保護するしか術がない。そうなれば、世界から魂が一つ欠けてしまう。

「と、いうことは?」

『少女の代わりにあなたが生きてください』

「……というと?」

『少女の魂が回復するまでの間、少女の代わりを務めてほしいのです』

「はぁ!? 私が婚約破棄されて断罪されて自殺しなきゃならないの!?」

『少女の人生をなぞる必要はありません。あなたは好きに生きてください。少女の魂が回復するまでの間だけでいいのです』

 なぞる必要はないのなら、まぁいいだろう。好きに生きるだけなら。

「うーん、まぁ分かった。だけど、なんで私なの?」

 少女の家族でも友人でも知人ですらない私がなぜ彼女の代わりなのか。

『地位や名誉に興味はありますか?』

「全然ない」

『お金に執着心はありますか?』

「普通に生活出来るくらいのお金があれば充分だし執着心はないかな」

『そもそも欲はありますか?』

「……うーん、まぁなくはない」

『その無欲さであなたを選びました』

 なくはないっつったじゃん今。それほど無欲ってわけでもないですけど?

『あの親の元に生まれ、あの者と婚約することは確定していますが、他はあなたの好きに生きてください。それではよろしくお願いします』

 あいつらは確定してんの!? と言ったつもりだったけれど、私の口から言葉が出ることはなかった。
 いつの間にか大きくなった光の玉に吸い込まれていたから。
 眩しさに目を閉じて、そのまま意識を失った気がする。
 そして次に気が付いた時、私は小さな赤ん坊だった。本当にあの子の代わりに、この世界に生まれ落ちたのだ。
 赤ん坊の段階で、親の姿を認識する。
 光の玉が見せてくれたあの少女の人生の中にいた両親がそのまま目の前にいる。
 あの少女にとっては大切な親だったのかもしれない。だからこそ言うことを聞くべきだと思ったのかもしれない。
 だけど、私からしてみればあの少女の人生を狂わせた張本人でしかない。
 要するに何が言いたいかというと、言うこと聞きたくねえなってこと。
 まぁ少女の人生をなぞる必要はないって言われたし、生まれた時から反抗期でも別に問題はないのだろう。多分。
 赤ん坊の私がそう心に決めて目を閉じる。
 次に目を開けた時、私は赤ん坊じゃなくなっていた。ぼんやりとした意識の中生きていたらいつの間にか成長していたから。
 いつの間にか過ぎて自分でも朧気だが、確か五歳頃のこと。この世界には娯楽がねぇなと思いながら屋敷をウロウロしていた時だった。
 父親の書斎からこそこそした話声が聞こえる。声の主は父親と母親だろう。

「第一王子と同じくらいの年齢の娘はうちにしかいない!」

「やりましたわね! 未来の王妃の座はほぼ貰ったようなもの」

「ああ、作っておいて良かった」

 要するにこの両親にとってあの少女は単なる駒に過ぎなかったということだ。
 クソじゃねえか。やっぱりクソじゃねえか。なんとなく知ってたけど。
 私はあの少女のように従順ではないからな。覚悟しとけよ。
 と、心の中で呟いて、私はその場を後にした。
 っつーかあの映像で見た浮気男、この国の王子だったのかよ。この国の未来真っ暗だな。
 その日、私はまだ見ぬ婚約者に対して盛大に呆れながら眠りについた。

 それからまたぼんやりとした意識の中、数年を過ごす。気付けばいつの間にか十歳になっていた。
 何度も何度もぼんやりしているうちに時が過ぎるので己の記憶力に不安を覚えていたけれど、どうやら幼少期は重要な部分以外早送りで進んでくれているらしい。きっとあの光の玉が何か手を加えてくれているのだろう。便利便利。
 意識がはっきりしている今日はどんな重要なことが起きるのだろう。なんて思いながら朝食を摂るために食堂へ行くと、不気味なほどにこやかな両親がいた。

「あなたに贈り物があるのよ」

 と、母親が言う。
 そもそもこの両親のイメージがあまり良くないので、きっとその贈り物とやらもろくなもんじゃないんだろうなと思っていた。
 あまり期待せずに朝食をいただいて、それから母親に連れられるままにこの屋敷の隅の部屋にやってきた。

「ほら、これよ。きちんと練習して立派な淑女になりなさいね」

「はい」

 思わず素直に頷いてしまった私の目に映ったのは、なんとピアノだった。
 これは素直に嬉しかった。なんの娯楽もなかったこの世界に、やっと楽しめるものが出来たのだから。
 まだ幼いせいで手が小さく、日本人だった時に比べると弾きづらいけれど毎日弾いていれば慣れるだろう。

「それからこれも。しっかりお勉強するのよ。侯爵家の名に泥を塗らないようにね」

 母親は胡散臭い笑顔でピアノの上に本のようなものを置いて部屋から出て行った。

「なにこれ」

 母親が置いていった本のようなものを手に取ると、魔法の使い方が書いてあった。
 どうやらこれは本ではなく教科書らしい。
 そういえばあの少女の人生映像にも魔法を使っている様子が映っていたっけ。っていうかあの母親、適当にこの教科書を置いていったけど、魔法って独学でなんとか出来るもんなのか? まぁ一応読むけど……。
 しかしまぁ「侯爵家の名に泥を塗らないようにね」って、十歳の我が子に言うかね、そんなこと。
 それと侯爵だなんて大層なご身分だな、と思ったけれど、どうやら侯爵とはいえあまり立場は強くないらしい。
 今、ドアの外で使用人たちがひそひそと言っている。「侯爵といってもご先祖様が武功を立てて賜った爵位なのにその上に胡坐をかいて」だとか「今では高位貴族の中でもほぼ末端」だとか、それはもう言いたい放題だ。
 私には聞こえていないと思っているのか、聞こえていたとしても理解出来ないと思っているのか、それとも、私も使用人になめられているのかは分からないが。
 まぁなめたきゃ勝手になめてればいいのよ。私はこの家がどうなろうと知ったこっちゃないんだもの。
 ただあの両親は立場の低さゆえ、娘を駒にしてでも上を目指そうとしたんだろうな、と理解は出来た。共感は出来ずとも理解だけなら出来た。
 この重圧の中、婚約破棄をされて断罪までされたとなれば……自殺も考えちゃうだろうなぁ。

「あっ」

 あの少女に同情していると、突然風が吹いた。その風で、手元の教科書のページがぱらぱらと開く。

「……ん? 特殊魔法……?」

 普通の魔法もまだ知らんのだが、と思いつつなんとなく興味を引かれたので読み進める。

「歌声に魔力を乗せる……」

 なんと、原理はよく分からないけれど、訓練さえすれば歌声に魔力を乗せることが出来るらしい。
 面白そうなのでこの教科書に書かれている方法で訓練だけやってみることにしよう。
 と、そう決めた日からというもの、ぼんやりしていると時が過ぎるというあの現象が少しずつ起こらなくなり始めた。そろそろぼんやりばかりしていられなくなるのかもしれない。
 ある日母親が一人の女性を連れてきた。「今日から彼女があなたの先生よ」というのでピアノか魔法の先生だろうと思っていたけれど、どうやらマナーや所作の先生らしい。立派な淑女になるために、とのことだった。
 母親は私を王子の婚約者にしたいんだもんな。まだ決まっていないからか人前では何も言わないけれど誰もいない時、たまに王妃教育がなんだかんだと口走ってるんだよな。
 残念ながらお前の娘、婚約破棄されるよ! なんて心の中で嘲笑っていた私だったが、すぐに笑えなくなっていた。

「ピシッとなさい!」

「はぁい」

「返事は短く!」

「はい!!」

 マナーの先生がめんどくさすぎてクソ。
 そもそもマナーだの所作だのではなく魔法の先生を付けてくれよ。
 どうせこの先親にも見放されて一人ぼっちになるんだから魔法のほうが役に立つのに。マナーで飯が食えるかっつーの。
 しかも悲しいことにこの先生、今のところ週に一度のペースで教えに来ている。
 いやマジでこんなことより魔法の先生が欲しい。ピアノは普通に弾けるから別にいいけど魔法はやっぱり独学じゃ難しい。使ってみたい気持ちはあるというのに。
 教科書に書いてあった訓練方法も試しているし、まぁまぁ出来るようになってきた気がするのだが、いかんせん正解がよく分からないからちゃんと出来ているのかが分からないのだ。
 ……しかし、だ。母親に魔法の先生を付けてほしいと頼んだ場合、マナーの先生みたいなタイプのめんどくさい奴を連れてこられる可能性がある。
 それは勘弁してほしいよな。
 まぁ、あと三年ほど我慢すれば学園とやらに通えるらしいからそれまで独学でなんとかするべきなのかもしれない。

 それから約二ヵ月が過ぎた頃のこと。
 マナーの先生がいつもの五倍くらいめんどくさい。初対面の時から常に厳しい口調ではあったけれど、今日の先生は厳しいなんてもんじゃない。なんかもう完全にキレ気味なのである。ヒステリックマナー教師。

「そんな調子でどうするの! 明日は王子殿下とお会いするのでしょう!?」

 初耳ですが?

「は?」

「なんですかその顔は!」

 顔にキレられちゃったわ。いや顔は関係ねえだろ。なんだこのヒステリックマナー教師。
 もう我慢の限界だった。
 私はこのヒステリックマナー教師が押し付けてきたマナーとはなんたるかみたいなことが書かれた紙の束を空中に投げる。
 そして小さな声で鼻歌を零した。
 するとその場に強い風が吹き、撒き上がった紙の束はカカカカカという音を立ててドアに突き刺さった。

「……ひ、ひぇ」

 ヒステリックマナー教師は突き刺さった紙を見て腰を抜かしたようだ。

「先生? 優しくマナーを教えてくださって本当にありがとう。さようなら」

 営業スマイルでそう言えば、ヒステリックマナー教師はバタバタと這いずるようにして部屋を出て行った。
 彼女とはもう二度と会うことはないだろう。そんなことを思いながらドアに刺さった紙を一枚ずつ引っこ抜く。
 歌声に魔力を乗せるって、これで合ってんのかなぁ。威力が強すぎるんだけど。教えてくれる人に出会うまでは使わないほうがいいのかもしれないな。うっかり人に当てたら死ぬもんな。好きに生きていいとは言われたけどさすがに罪人にはなりたくないし。

 ヒステリックマナー教師を追い払った翌日、彼女の言った通り王子殿下とやらに会うことになった。何のために会うのかは知らないけれど。
 両親に連れられてやってきたのは豪華なお城。真っ白な城壁に尖塔が聳え立つ、お伽噺にでも出てきそうなお城だった。
 通されたのは応接室のような部屋だった。中央にローテーブルがあって、その両側に四人掛けのソファが並んでいる。そのソファに、右に父親左に母親中央に私という並びで腰かける。両親ともに緊張しているのか一切喋らない。
 そんな中、応接室のドアが開いた。ドアが開く音と共に両親が立ち上がったので、私も渋々立ち上がる。
 入ってきたのは、あの少女の人生映像で見た浮気男の姿だった。これが王子殿下とやらか。
 背格好は私と大差なく、水色の髪に金色の瞳。いかにも人畜無害そうな顔でにこやかに微笑んでいる。
 両親に腕を小突かれたので、私は顔面に営業スマイルを貼り付けてそっと頭を下げた。

「初めまして、トリーナ・キキョウ・ブラットフォーゲルと申します。以後お見知りおきを」

「僕はアシェル・ブルーローズ・レグルス。どうぞよろしく」

 浮気男となどよろしくするつもりはない。
 しかしあの光の玉が婚約は確定だと言っていたし、破棄されるまでは我慢してあげましょう。
 でも、絶対にどっかであの少女の仇討ちをしてやるから覚悟しておけよ!




 
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