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代理人、脅される
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私たちが大輪の乙女の生まれ変わりの噂をなんとなく耳にしてから三日が経った。
最初こそそんな現実的でない噂なんかすぐに立ち消えるだろうと思っていた。
しかし、今のところ噂は消えていない。消えていない上にどうにかして探そうとする生徒まで出始めた。
過激な奴らなんかは怪我をしていたらそれを見兼ねて治癒してくれるんじゃないか、とか言い出す始末。
そんなことをされても王子殿下とノアの目もあるし、私は何をすることも出来ないのだ。だからそういう面倒……いや、危ないことはやめてほしい。
過激な奴らが増長する前にこの噂が消えてほしいものだが、世界が変われど人の噂も七十五日ってやつなのだろうか?
長いなぁ、七十五日。私が聞いてから三日でしょ? その前から流れてた可能性も考えてあと七十日くらい? いやぁ長い。
噂が消えない限り王子殿下とノアの「大丈夫か?」みたいな視線が続くのかと思うと、ちょっと申し訳なさもある。心配をかけているわけだから。
そして話す相手もいないことだし大丈夫だとは思うんだけど、こう毎度毎度大丈夫かと問われたらさすがの私もちょっと不安になる。
いや、いやいやいや大丈夫だけどね。話す相手がいないってことは独り言に気を付ければいいわけだし。私独り言なんて言わないタイプだし。
ただ大丈夫か大丈夫かって何度も言われたら、大丈夫……かな? ってなっちゃうっていうか。
大丈夫なんだけど。まぁ大丈夫なんだけどね。
最近は全力でそう自分に言い聞かせながら、ポーカーフェイスで学園生活をやり過ごしている。
そんな私の耳にちょっとした朗報が滑り込んできた。
それは移動教室の途中で隣のクラスの前を通っていた時のこと。知らない男子生徒の声で「大輪の乙女の生まれ変わりは男」だと聞こえてきたのだ。
不自然にならない程度に立ち止まってその会話をちらっと聞いてみたところ、どうやら治癒魔法が使える人間なのだからアルムガルトとその弟の仕業なのではないか、という話らしい。
そもそも治癒魔法が使える人間ってのは少ないし、身体のどこかに紫色を持っている。
あの兄弟はあからさまに紫色の髪をしているから怪しい、ということなのだろう。
もう少しその噂話を聞いていたかったけれど、長時間廊下に突っ立っていたら目立つので諦めて移動先へと向かった。
そのままアルムガルトかその弟が怪しいって噂がどんどん広まってくれれば私も安心出来るんだけどな。っていうかアルムガルトが「実は大輪の乙女の生まれ変わりは俺です」とか適当に言ってくれないかな。
普段私がわざわざ助けてやってるんだからたまにはアルムガルトが助けてくれたってよくない? でもあいつは面倒だからな、助けてくれたら助けてくれたで助けてやっただろうって恩着せがましく言ってきそうで、それはそれで嫌だな。
アルムガルトに助けを求めない形でどうにか噂を操作して……いや友達もいない私が何をどうやって噂を操作するって言うんだ……と、そんなことを考えていたらいつの間にか授業が終わっていた。
授業の内容は頭に入っているので問題はない。
そうしてこの日のお昼休み。私は急いで昼食を済ませて図書室へと向かった。
読みたい本が山ほどあるので本来なら昼休みではなく放課後に来てゆっくり読みたいのだけれど、例のクソめんどくせぇ要望書の仕分け作業がまだまだあるのでこうして昼食の時間を削って昼休みに来ている。
皆がさっさとあの要望書に飽きてくれないかなぁなんて思いながら。
「そもそも大輪の乙女とはなんなんですの?」
私の耳が、そんな言葉にぴくりと反応した。極々小さな声だったのに、今はその言葉に敏感に反応してしまう。
「童話でしょう?」
どこぞの女子生徒たちがこそこそと話しながら物語のコーナーを物色している。
大輪の乙女については私も気になるのだが、どちらかというと脚色された物語ではなく史実が知りたい。しかし噂のせいで皆が興味を持っているのか、人が集まっているか借りられているかのどちらかで全く読めていない。
それに王子殿下やノアが心配しているというのに、私が大輪の乙女の本を読むのは少し迂闊な気もする。
先生さえ戻ってきてくれればあの資料館で探すこともできるのに、あの先生ときたらいつまで経っても戻ってきやしない。まぁトート・ウィステリア・アンガーミュラーについても知りたいのでしっかり調べてきてほしいけれども。
「魔力量……」
ごちゃごちゃと考えていた私の目の前にあった本は「誰でも簡単、グングン伸びる魔力の伸ばし方」というなんとも胡散臭い本だった。胡散臭いけど、魔力量って伸ばそうと思えば伸ばせるんだ。
もしも私が今以上に魔力量を伸ばせば……近い未来で王子殿下を掻っ攫おうとしているあの女に匹敵する魔力量を持てば、魔法と魔法のぶつかり合いで、魔力大戦争……的な?
そうなるとしたら、やはり攻撃魔法は会得しておくべきだよなぁ。素手でならある程度は戦えるけれど、魔法での遠距離攻撃を使われたら、今の私では対処不可能だもの。
と、攻撃魔法入門の本に手を伸ばした時だった。
「あら、侯爵家のご令嬢が攻撃魔法だなんてとっても物騒ね、大輪の乙女の生まれ変わりさん」
背後からそう声をかけられた。
驚いて勢いよく振り返れば、そこには見知らぬ女子生徒がいた。さらっさらの金髪に、緑色の瞳をした美少女だ。
「……まさか、図星でして?」
私のリアクションが過剰過ぎたのだろう。見知らぬ女子生徒は目を何度か瞬かせながらそう言った。
「……いえ。私に声をかけてくる人がいるだなんて思わなくて、驚いただけですわ」
誤魔化すようにふふふ、と笑って見せたけれど、見知らぬ女子生徒は訝し気に私を見ている。
私の周囲に女子生徒がいないことはわりと周知の事実だから、そこまで苦し紛れの言い訳ではないと思うんだけどな。
「どんなご令嬢から声をかけられてもただ愛想笑いを浮かべるだけだったあなたがそんなに驚いた顔をするなんて思いませんでした」
「……まぁ、不意に背後から声をかけられたら私だって驚きもしますわ」
彼女の言う通り、確かにどんな女から声をかけられても適当に営業スマイルで流していた。だって、どの女も私ではなく私の地位を見てただ取り巻きになろうとしていただけだったから。
だから彼女の言う通りなのだが、なぜ彼女は私の行動にそこまで詳しいのか。
「図星だったから驚いたのでしょう?」
「いや、だから」
私よりも背の高い彼女からの視線が、私の顔面に降り注ぐ。
「最近『大輪の乙女の生まれ変わり』の話で持ち切りでしょう? さきほどもご令嬢達がその話題で盛り上がっていましたよね。その辺で」
「……あぁ、まぁ」
なんなんだろう、この子。
「その話題が聞こえるたびに、ちょっとそわそわしていますよね? あなたも、王子殿下も、ノアベルト・ティール様も」
やべぇやつかもしれない。
「何が言いたいの?」
私は、顔から営業スマイルを消し、取り繕っていた口調も崩した。
すると、彼女はにこりと笑いながら小首を傾げて見せた。
「あなたに少しお話がありますの。ここではなんですので、カフェの個室ででも」
確実に人がいないところであればどこでもいい。誰にも聞かれない場所ならば。
「分かった」
私は、下手に騒がれる前に彼女に従うことにしたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「話って、何?」
個室に入るなり本題に入る。
本当にやべぇやつなら長時間二人でいるべきではない。なぜなら何かあったら王子殿下とノアに怒られるから。
「まぁ、あなたが大輪の乙女の生まれ変わりかどうかなんてどうでもよくて」
「は?」
「私はあなたに協力をしてほしいのです」
明らかに脅しみたいな手を使って来ておいて協力を頼もうとしている。なかなかの大物だ。
「王子殿下やノアの名前まで出しておいて……」
「事実だったものですから」
「……そわそわ?」
「そわそわ」
「王子殿下もノアも私も?」
「三名とも」
そうかぁ事実だったかぁ。
「あ、でも他に気付いていらっしゃる人はいないと思います」
「……そわそわしてるのに?」
「そわそわはしていらっしゃるけれど、普段の皆様を深く観察していない人たちには分からない程度ですので」
「……ふーん」
ということは、こいつは普段の私たちを深く観察しているってことなんだろうなぁ。と、私は少し眉間に皺を寄せる。
すると、それを見た彼女は何かを否定するように、顔の前でふりふりと両手を振って見せる。
「あなたがたを観察していたのもこうして協力をお願いしたかったからであり、声をかける機会を窺っていただけなのです! 決して悪意を持って見ていたわけではなくて!」
「ふーん?」
「あなたはどこのご令嬢が声をかけてもただ愛想笑いを浮かべるだけで取り付く島もないようでしたから、こうして脅すような形で声をかけるしかなかったのです……」
私が悪いみてぇな言いぐさである。
「……まぁ、本当に悪意がないのなら別にいいよ。今のところはね。で? 何に協力してほしいの?」
とりあえず内容だけでも聞いてみてやろう。
もっと姑息な手を使ってきていたのなら、ここでも適当な営業スマイルを浮かべて離席していたところだが、私を脅す大物だもの。面白い内容かもしれない。
「あの、アルムガルト様のことなのです」
面白くない内容かもしれない。聞いて損するやつかもしれない。だってアルムガルトだもの。
「アルムガルト……様が?」
「彼に、婚約者はいらっしゃらないのですよね?」
「いないんじゃない?」
婚約者の存在を確認するってことは、いつもアルムガルトに群がっている女たちの中の一人か。
なーんだ、期待して損した。もっと面白い話かと思ったのに。
「彼に、想い人は……?」
「あー……うーん?」
「トリーナ様は、アルムガルト様と仲がよろしいのですよね!?」
「いいや?」
あの群れの中にいるのなら、私がアルムガルトに突っかかっていって、アルムガルトがそんな私にうんざりしている様子を見たことがあるはずだろうに。
あれを見てどうして仲がよろしいなどと思うのか。
「よろしくないのですか? で、でも、お二人が並んで歩いているところを何度かお見かけしたことがあるのですが……」
「並んで歩くからと言って仲がいいとは限らないでしょ。目的地が同じだっただけだし、多分」
完全に呆れかえってしまった私は、もう面倒になって侯爵家のご令嬢としてのふるまいを完全に捨てている。アルムガルトの名を聞いて取り繕う気力も失ってしまったのだ。
さっきまでちょっと脅されてて気を張っていたし。
「ところでアルムガルト……様のどこが好きなの? 地位? 顔面?」
私はアルムガルトのいいところをまったくもって見たことがないので分からない。あれの良さが。
「その、元々遠くから拝見していて、お顔が好みではあったのですが、先日のお茶会で仕草がとても可愛らしかったと言いますか」
先日の茶会って、アルムガルトも言ってたな。なんかそこで好きな人が出来たみたいなことも。
貴族たちのお茶会って結婚のお相手探しみたいなもんらしいし、そこで誰かに目を付けるのが当たり前なんだろうな。
私はそもそも婚約者がいるからあまり関係ないのだけれど。
「成績優秀で眉目秀麗、完全無欠のかただと思っていたのですが、可愛らしいところもあるなんて」
成績は優秀かもしれないけど基本的になんとなく頭悪いよなぁ。
眉目秀麗かどうかは毎日綺麗な顔の王子殿下やノアを見ている私の目には分からん。
そして別に完全無欠ではないと思う。結構隙だらけでしょ。
「それで私、どうしてもアルムガルト様とお近づきになりたいのです」
「アルムガルト……様って、わりと高確率でご令嬢たちに囲まれてるし、そのご令嬢たちに紛れて近付いてみたらいいのでは?」
「私、あんなはしたない真似など出来ません」
「分かる」
はしたないよね、あれ。うんうん。
「トリーナ様は生徒会でアルムガルト様にお会いしますよね?」
「うん。でも生徒会室は関係者以外立ち入り禁止だから連れて行くことは出来ない」
「そう、ですよね」
彼女は残念そうに俯いた。よほどアルムガルトとお近づきになりたいんだな。
遠くから見て顔がいいと思っていたのであれば、近くで見た時にあまりのアホっぷりにドン引きしないかが気になるところではあるが、まぁその辺は私には関係ない。
そう考えていたところで、お昼休みの終わりを告げる鐘が鳴る。
「あ、あの、トリーナ様、協力……いえ、またお話を聞いてくださるだけで構いません、だから」
「話聞いてもどうすることも出来ないかもしれないけど、それでいいなら」
「ありがとうございます! あ、私の名前はロザリー・ミローネと申します。ミローネ男爵家の娘です」
「……うん? あぁ……」
聞き覚えがあるような?
「そ、それと、脅すような真似をしてすみませんでした」
「いいよ、別に」
恋する乙女の大胆行動ってことにしておいてやるから。
まぁ男爵家の令嬢が侯爵家の令嬢を脅すなんておそらく前代未聞だろうけど。私が騒げば消されるかもしれないのに、大胆で済むのかどうかは別として。
そして、それはともかくとして、私はこの子の名を聞いたことがある。しかも他ならぬアルムガルトの口からごく最近聞いた気がする。
だから、結局、私が協力する必要はなくて、こいつら普通に両想いじゃね……?
最初こそそんな現実的でない噂なんかすぐに立ち消えるだろうと思っていた。
しかし、今のところ噂は消えていない。消えていない上にどうにかして探そうとする生徒まで出始めた。
過激な奴らなんかは怪我をしていたらそれを見兼ねて治癒してくれるんじゃないか、とか言い出す始末。
そんなことをされても王子殿下とノアの目もあるし、私は何をすることも出来ないのだ。だからそういう面倒……いや、危ないことはやめてほしい。
過激な奴らが増長する前にこの噂が消えてほしいものだが、世界が変われど人の噂も七十五日ってやつなのだろうか?
長いなぁ、七十五日。私が聞いてから三日でしょ? その前から流れてた可能性も考えてあと七十日くらい? いやぁ長い。
噂が消えない限り王子殿下とノアの「大丈夫か?」みたいな視線が続くのかと思うと、ちょっと申し訳なさもある。心配をかけているわけだから。
そして話す相手もいないことだし大丈夫だとは思うんだけど、こう毎度毎度大丈夫かと問われたらさすがの私もちょっと不安になる。
いや、いやいやいや大丈夫だけどね。話す相手がいないってことは独り言に気を付ければいいわけだし。私独り言なんて言わないタイプだし。
ただ大丈夫か大丈夫かって何度も言われたら、大丈夫……かな? ってなっちゃうっていうか。
大丈夫なんだけど。まぁ大丈夫なんだけどね。
最近は全力でそう自分に言い聞かせながら、ポーカーフェイスで学園生活をやり過ごしている。
そんな私の耳にちょっとした朗報が滑り込んできた。
それは移動教室の途中で隣のクラスの前を通っていた時のこと。知らない男子生徒の声で「大輪の乙女の生まれ変わりは男」だと聞こえてきたのだ。
不自然にならない程度に立ち止まってその会話をちらっと聞いてみたところ、どうやら治癒魔法が使える人間なのだからアルムガルトとその弟の仕業なのではないか、という話らしい。
そもそも治癒魔法が使える人間ってのは少ないし、身体のどこかに紫色を持っている。
あの兄弟はあからさまに紫色の髪をしているから怪しい、ということなのだろう。
もう少しその噂話を聞いていたかったけれど、長時間廊下に突っ立っていたら目立つので諦めて移動先へと向かった。
そのままアルムガルトかその弟が怪しいって噂がどんどん広まってくれれば私も安心出来るんだけどな。っていうかアルムガルトが「実は大輪の乙女の生まれ変わりは俺です」とか適当に言ってくれないかな。
普段私がわざわざ助けてやってるんだからたまにはアルムガルトが助けてくれたってよくない? でもあいつは面倒だからな、助けてくれたら助けてくれたで助けてやっただろうって恩着せがましく言ってきそうで、それはそれで嫌だな。
アルムガルトに助けを求めない形でどうにか噂を操作して……いや友達もいない私が何をどうやって噂を操作するって言うんだ……と、そんなことを考えていたらいつの間にか授業が終わっていた。
授業の内容は頭に入っているので問題はない。
そうしてこの日のお昼休み。私は急いで昼食を済ませて図書室へと向かった。
読みたい本が山ほどあるので本来なら昼休みではなく放課後に来てゆっくり読みたいのだけれど、例のクソめんどくせぇ要望書の仕分け作業がまだまだあるのでこうして昼食の時間を削って昼休みに来ている。
皆がさっさとあの要望書に飽きてくれないかなぁなんて思いながら。
「そもそも大輪の乙女とはなんなんですの?」
私の耳が、そんな言葉にぴくりと反応した。極々小さな声だったのに、今はその言葉に敏感に反応してしまう。
「童話でしょう?」
どこぞの女子生徒たちがこそこそと話しながら物語のコーナーを物色している。
大輪の乙女については私も気になるのだが、どちらかというと脚色された物語ではなく史実が知りたい。しかし噂のせいで皆が興味を持っているのか、人が集まっているか借りられているかのどちらかで全く読めていない。
それに王子殿下やノアが心配しているというのに、私が大輪の乙女の本を読むのは少し迂闊な気もする。
先生さえ戻ってきてくれればあの資料館で探すこともできるのに、あの先生ときたらいつまで経っても戻ってきやしない。まぁトート・ウィステリア・アンガーミュラーについても知りたいのでしっかり調べてきてほしいけれども。
「魔力量……」
ごちゃごちゃと考えていた私の目の前にあった本は「誰でも簡単、グングン伸びる魔力の伸ばし方」というなんとも胡散臭い本だった。胡散臭いけど、魔力量って伸ばそうと思えば伸ばせるんだ。
もしも私が今以上に魔力量を伸ばせば……近い未来で王子殿下を掻っ攫おうとしているあの女に匹敵する魔力量を持てば、魔法と魔法のぶつかり合いで、魔力大戦争……的な?
そうなるとしたら、やはり攻撃魔法は会得しておくべきだよなぁ。素手でならある程度は戦えるけれど、魔法での遠距離攻撃を使われたら、今の私では対処不可能だもの。
と、攻撃魔法入門の本に手を伸ばした時だった。
「あら、侯爵家のご令嬢が攻撃魔法だなんてとっても物騒ね、大輪の乙女の生まれ変わりさん」
背後からそう声をかけられた。
驚いて勢いよく振り返れば、そこには見知らぬ女子生徒がいた。さらっさらの金髪に、緑色の瞳をした美少女だ。
「……まさか、図星でして?」
私のリアクションが過剰過ぎたのだろう。見知らぬ女子生徒は目を何度か瞬かせながらそう言った。
「……いえ。私に声をかけてくる人がいるだなんて思わなくて、驚いただけですわ」
誤魔化すようにふふふ、と笑って見せたけれど、見知らぬ女子生徒は訝し気に私を見ている。
私の周囲に女子生徒がいないことはわりと周知の事実だから、そこまで苦し紛れの言い訳ではないと思うんだけどな。
「どんなご令嬢から声をかけられてもただ愛想笑いを浮かべるだけだったあなたがそんなに驚いた顔をするなんて思いませんでした」
「……まぁ、不意に背後から声をかけられたら私だって驚きもしますわ」
彼女の言う通り、確かにどんな女から声をかけられても適当に営業スマイルで流していた。だって、どの女も私ではなく私の地位を見てただ取り巻きになろうとしていただけだったから。
だから彼女の言う通りなのだが、なぜ彼女は私の行動にそこまで詳しいのか。
「図星だったから驚いたのでしょう?」
「いや、だから」
私よりも背の高い彼女からの視線が、私の顔面に降り注ぐ。
「最近『大輪の乙女の生まれ変わり』の話で持ち切りでしょう? さきほどもご令嬢達がその話題で盛り上がっていましたよね。その辺で」
「……あぁ、まぁ」
なんなんだろう、この子。
「その話題が聞こえるたびに、ちょっとそわそわしていますよね? あなたも、王子殿下も、ノアベルト・ティール様も」
やべぇやつかもしれない。
「何が言いたいの?」
私は、顔から営業スマイルを消し、取り繕っていた口調も崩した。
すると、彼女はにこりと笑いながら小首を傾げて見せた。
「あなたに少しお話がありますの。ここではなんですので、カフェの個室ででも」
確実に人がいないところであればどこでもいい。誰にも聞かれない場所ならば。
「分かった」
私は、下手に騒がれる前に彼女に従うことにしたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「話って、何?」
個室に入るなり本題に入る。
本当にやべぇやつなら長時間二人でいるべきではない。なぜなら何かあったら王子殿下とノアに怒られるから。
「まぁ、あなたが大輪の乙女の生まれ変わりかどうかなんてどうでもよくて」
「は?」
「私はあなたに協力をしてほしいのです」
明らかに脅しみたいな手を使って来ておいて協力を頼もうとしている。なかなかの大物だ。
「王子殿下やノアの名前まで出しておいて……」
「事実だったものですから」
「……そわそわ?」
「そわそわ」
「王子殿下もノアも私も?」
「三名とも」
そうかぁ事実だったかぁ。
「あ、でも他に気付いていらっしゃる人はいないと思います」
「……そわそわしてるのに?」
「そわそわはしていらっしゃるけれど、普段の皆様を深く観察していない人たちには分からない程度ですので」
「……ふーん」
ということは、こいつは普段の私たちを深く観察しているってことなんだろうなぁ。と、私は少し眉間に皺を寄せる。
すると、それを見た彼女は何かを否定するように、顔の前でふりふりと両手を振って見せる。
「あなたがたを観察していたのもこうして協力をお願いしたかったからであり、声をかける機会を窺っていただけなのです! 決して悪意を持って見ていたわけではなくて!」
「ふーん?」
「あなたはどこのご令嬢が声をかけてもただ愛想笑いを浮かべるだけで取り付く島もないようでしたから、こうして脅すような形で声をかけるしかなかったのです……」
私が悪いみてぇな言いぐさである。
「……まぁ、本当に悪意がないのなら別にいいよ。今のところはね。で? 何に協力してほしいの?」
とりあえず内容だけでも聞いてみてやろう。
もっと姑息な手を使ってきていたのなら、ここでも適当な営業スマイルを浮かべて離席していたところだが、私を脅す大物だもの。面白い内容かもしれない。
「あの、アルムガルト様のことなのです」
面白くない内容かもしれない。聞いて損するやつかもしれない。だってアルムガルトだもの。
「アルムガルト……様が?」
「彼に、婚約者はいらっしゃらないのですよね?」
「いないんじゃない?」
婚約者の存在を確認するってことは、いつもアルムガルトに群がっている女たちの中の一人か。
なーんだ、期待して損した。もっと面白い話かと思ったのに。
「彼に、想い人は……?」
「あー……うーん?」
「トリーナ様は、アルムガルト様と仲がよろしいのですよね!?」
「いいや?」
あの群れの中にいるのなら、私がアルムガルトに突っかかっていって、アルムガルトがそんな私にうんざりしている様子を見たことがあるはずだろうに。
あれを見てどうして仲がよろしいなどと思うのか。
「よろしくないのですか? で、でも、お二人が並んで歩いているところを何度かお見かけしたことがあるのですが……」
「並んで歩くからと言って仲がいいとは限らないでしょ。目的地が同じだっただけだし、多分」
完全に呆れかえってしまった私は、もう面倒になって侯爵家のご令嬢としてのふるまいを完全に捨てている。アルムガルトの名を聞いて取り繕う気力も失ってしまったのだ。
さっきまでちょっと脅されてて気を張っていたし。
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私はアルムガルトのいいところをまったくもって見たことがないので分からない。あれの良さが。
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先日の茶会って、アルムガルトも言ってたな。なんかそこで好きな人が出来たみたいなことも。
貴族たちのお茶会って結婚のお相手探しみたいなもんらしいし、そこで誰かに目を付けるのが当たり前なんだろうな。
私はそもそも婚約者がいるからあまり関係ないのだけれど。
「成績優秀で眉目秀麗、完全無欠のかただと思っていたのですが、可愛らしいところもあるなんて」
成績は優秀かもしれないけど基本的になんとなく頭悪いよなぁ。
眉目秀麗かどうかは毎日綺麗な顔の王子殿下やノアを見ている私の目には分からん。
そして別に完全無欠ではないと思う。結構隙だらけでしょ。
「それで私、どうしてもアルムガルト様とお近づきになりたいのです」
「アルムガルト……様って、わりと高確率でご令嬢たちに囲まれてるし、そのご令嬢たちに紛れて近付いてみたらいいのでは?」
「私、あんなはしたない真似など出来ません」
「分かる」
はしたないよね、あれ。うんうん。
「トリーナ様は生徒会でアルムガルト様にお会いしますよね?」
「うん。でも生徒会室は関係者以外立ち入り禁止だから連れて行くことは出来ない」
「そう、ですよね」
彼女は残念そうに俯いた。よほどアルムガルトとお近づきになりたいんだな。
遠くから見て顔がいいと思っていたのであれば、近くで見た時にあまりのアホっぷりにドン引きしないかが気になるところではあるが、まぁその辺は私には関係ない。
そう考えていたところで、お昼休みの終わりを告げる鐘が鳴る。
「あ、あの、トリーナ様、協力……いえ、またお話を聞いてくださるだけで構いません、だから」
「話聞いてもどうすることも出来ないかもしれないけど、それでいいなら」
「ありがとうございます! あ、私の名前はロザリー・ミローネと申します。ミローネ男爵家の娘です」
「……うん? あぁ……」
聞き覚えがあるような?
「そ、それと、脅すような真似をしてすみませんでした」
「いいよ、別に」
恋する乙女の大胆行動ってことにしておいてやるから。
まぁ男爵家の令嬢が侯爵家の令嬢を脅すなんておそらく前代未聞だろうけど。私が騒げば消されるかもしれないのに、大胆で済むのかどうかは別として。
そして、それはともかくとして、私はこの子の名を聞いたことがある。しかも他ならぬアルムガルトの口からごく最近聞いた気がする。
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