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代理人、最終手段に出る
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呼び出された話を聞いたときから怪しい怪しいとは思っていたけれど、ここまで怪しいといっそ清々しい。
「思ったより早く来ちまったな」
私とアルムガルトの弟を防御魔法科第三準備室に押し込んだ男が言う。
そりゃあ早かっただろうな。アルムガルトの弟が止まらないばっかりに、ほぼ走るような速度で来たのだから。
男はどこか焦っているようだから、隙をついて外に出るのも可能かもしれない。
二人一緒に脱出出来なくともアルムガルトの弟だけでも外に出すことが出来れば、私は一人でなんとでもなる。
あとアルムガルトの弟、なんかちょっと震えてるから早くアルムガルトに返さなければ。
「お前らここで待ってろ」
男がそう言ってドアを閉めようとする。
「お待ちください」
男の焦り具合を見た感じ、明らかに小者臭い。
上の奴が来る前に隙を作らなければならないし、出来ればその上の奴がどこの誰なのかを、最低でもヒントくらいは吐かせねば。
そう思った私は急いで男を引き留める。
「なんだ?」
「どうしてこのようなことをするのですか?」
か弱い令嬢を演じるために精一杯眉を下げ、お嬢様口調で尋ねる。
それはもう隣にいるアルムガルトの弟がちょっと引くくらい、か弱い令嬢を演じている。大丈夫。私はか弱い。
「どうしてって言われても、俺はお前たちをここに連れてくるよう頼まれただけだからな」
やっぱりこの男は首謀者が金で雇った小者だ。
魔力はそれほど感じないが、筋骨隆々で手の平には沢山の肉刺が出来ている。要するに日々肉体労働で生計を立てているタイプの人だろう。
私は高位貴族に生まれて王族貴族に囲まれて、キラキラした世界を見ているけれど、王都から一歩外に出ればこんな人は山のようにいるんだろうな。これが格差社会……。
「どなたに、頼まれたのですか?」
アルムガルトの弟の視線が痛いが、大丈夫。私はか弱い。
「そいつは教えられねぇな。ただ……あんたを連れてきてほしいって言ってたのは小娘だったなぁ」
思ってたより早く吐いたな。
「小娘?」
「あぁ。貴族のお嬢さんはあんな大金をほいほい使えるんだな。いやぁ恐ろしい恐ろしい」
貴族のお嬢さんってことは、私をここに呼び出した真っ青な子で確定ではないだろうか。
しかし、金を積むほど私に消えてほしかったんだな。目的は知らないけれど。
「とにかく! お前たちはしばらくここにいろ! 分かったな!」
「お断りですわ」
「おっと逃げようったって無駄だ! ここには魔力吸収装置が置いてあるからな魔法は使えないぞ!」
男はそう言い捨て、盛大な音を立ててドアを閉めた。バタバタとやかましい足音が遠ざかっていったのでどこかに雇い主を呼びに行ったのかもしれない。
そもそもなぜあんなに堂々と部外者が入り込んでいるのかも気になるところではあるが、まずはここからの脱出方法を考えなければ。
「はぁ……魔力吸収装置ってなんだよ」
室内を見渡すが、準備室なだけあっていろんなものが置いてある。そして大きな窓がないため薄暗い。
「魔力吸収装置を探してどうする?」
アルムガルトの弟が言う。
「壊せばなんとかなるでしょ」
「野蛮だな……さっきのお前とは大違いじゃないか」
「大人しくしとけば隙が出来る。現に今こうして自由なまま放置されたじゃないの」
「は?」
「あの場面で下手に暴れてみろよ。両手両足縛られる可能性だってある」
「な、なるほど……」
ビクビクしながら納得しているアルムガルトの弟を放っておいて、私はドアへと近付く。
うっかり鍵を閉め忘れているんじゃないかと期待したが、さすがにそこまでアホではなかった。吐くスピードが速かったから基本的な性格がうっかりさんだったらいいなと思ったのに。
窓からの脱出は窓が小さすぎるから無理だとして、ドアを破壊すれば出られるはず。
魔力吸収装置を探すとともに、なんか適当な……バールのようなものも探すか。
「な、なにをしてるんだ」
「魔力吸収装置かドアを壊して脱出しようと思って」
そう答えると、アルムガルトの弟は小さな声で「えぇ」と零してドン引きしている。さっきからドン引きばっかしてないで手伝ってほしい。
「っつーか脱出しなきゃ何されるか分かったもんじゃないだろ」
「そ、そうだけど」
「あんたまさかこの期に及んでまだ告白される気でいる?」
「違うっ! そもそも告白されると思って来たわけじゃない」
あ、違ったんだ。
「じゃあヤバいって分かってて来たの?」
「……そういうことになる」
ドMなのかな。
「なんか対処法考えて来た?」
現在ぼけーっと突っ立ってるだけだから何も考えてなさそうだし聞くだけ無駄かもしれないけれど。
「……いや」
アホなのかな。
「私は怪しいから来る気なかったんだけど、私がいなかったらあんた一人でここに閉じ込められるわけじゃん」
「そうだな」
「さっきの奴の雇い主次第じゃ簡単に殺されるよ、あんた」
「そ……れは」
殺されてもいいのかよ、という気持ちを込めた視線をおくれば、そっと視線を逸らされた。
まさかとは思うが、自殺願望がおありでいらっしゃる?
魔力吸収装置とバールのようなものを探す手を止めて、そっとアルムガルトの弟に近付いた。
「あんた何考えてるの?」
私よりも高い位置にある赤い瞳をじっと見る。
「何も……考えてない」
やっぱりアホなのかな。
「もう、何も考えたくない」
自暴自棄だった。
「なんでよ」
そんな私の問いかけを聞いたアルムガルトの弟は、手近にあった棚にもたれかかるようにして座り込んだ。
仕方がないので、私も隣に並んで座る。正直座ってる暇なんかないんだけどな。
「ここに呼び出される前から、嫌がらせみたいなことは度々あったんだ」
いじめかな。
「誰もかれも、俺を『アルムガルトの弟』だとしか言わない」
私もだわ。なんかごめん。
「兄が優秀なのは分かるけど、お前は兄のオマケだとか、兄の後ろにくっついているだけだとか、言いたい放題だ」
「なるほどね」
私の相槌に、少しだけ黙ったアルムガルトの弟だったが、彼はもう一度口を開く。意を決したように。
「実はお前が覗いたあの紙のほかにもう一枚あったんだ。お前は兄がいなければ何も出来ない、って書かれてた」
「あ、そうだったんだ」
「そう。お前が大輪の乙女の生まれ変わりなわけがないとも書かれていた。まぁ身に覚えがないからその通りなんだけど」
でしょうね。
「生まれ変わりであると証明出来るのなら防御魔法科第三準備室に、って内容だったんだよ」
「証明出来ないでしょ」
「決めつけるな。お前も俺を無能だって言いたいのか」
「いや、だって噂の元凶になった魔法を使ったのはあんたじゃないじゃん」
「……誰が使ったのか知っ」
「それは知らん」
知ってるみたいな言いかたをしてしまった。私は知らない。何も知らない。私は何も知らないか弱い令嬢だった。
これ以上ボロが出るとマズい、そう思った私は魔力吸収装置とバールのようなものを探す作業に戻ることにした。
「……しかし証明出来るかどうかが知りたいわりには魔法を封じようとしてるんだなぁ」
ガチャガチャと棚の中を探りながら呟けば、アルムガルトの弟のほうから「確かに」と相槌が飛んできた。
「証明するとかしないとかはどうでもよくて、ただ消したいだけかもな」
「消されるのか……」
アルムガルトの弟の声がどんどん暗くなっていく。
自殺願望があるわけじゃなくて、単なる自暴自棄なんだろうな。後先は特に考えていない。
反抗期みたいなもんか。
巻き込まれてるこっちの身にもなってほしいところだけど、奴に大輪の乙女の生まれ変わりの濡れ衣を着せたのが自分だという負い目があるので強くは責められない。
「とにかく、もしもさっきの男とかその雇い主とかが来たら、私が隙を作るからあんただけでも逃げてよ」
「は? そんなこと」
「あんたがまず逃げて助けを呼びに行って。私が助けを呼ぶより効率がいいと思う」
私は学園内の女子のほとんどが敵みたいな状態なのである。
そんな私が助けを呼ぶより敵の少ないアルムガルトの弟が助けを呼んだほうがいい。絶対に。
あと私のせいでアルムガルトの弟が消されたとなれば寝覚めが悪い。
「でも、俺は……」
「大丈夫。お前はお前だ。アルムガルトがいなくたってなんでもできる。いや、まぁ隙あらば私も一緒に逃げるけどね」
別に私だけが犠牲になろうとしているわけではない。
一人だけでも逃げられれば助けが呼べるという話であって。
「……分かった」
「色々言われてて、気にするなとは言わないけど、あんまり深く考えて気に病まないようにはしときなよ」
「え……?」
「そういう面倒なのって大体一過性のものだし。一生ねちねち言い続ける根気強い奴はほとんどいないよ。そもそもいくら兄弟だっつったってそのうち別々の道を歩き始めるわけだから、そうなればアルムガルトのオマケでもなくなるでしょ」
「それはまぁ……確かに」
クソ、バールのようなものどころか武器になりそうなものすらないじゃん。
あの男がどこかに行ってから結構な時間が経ったはずだし、そろそろ見付けておきたかったのに。
魔力吸収装置らしきものもないし、そもそも装置的なものどころか硬いものもあまりない。紙類ばっかりだ。
魔法が使えたらいつか使った紙を飛ばす魔法が使えるんだけど、ここは本当に魔法が使えない。
魔力吸収装置ってのもただのはったりじゃなかったらしい。
「ねえ、とりあえずさっきの男とかその雇い主が来たら私より前に出ないでね」
「なんで」
「ドアが開いたところで私がどうにかして囮になるから、隙を見て私の背後から飛び出すように部屋の外に出て。気絶でもさせられればいいんだけど、相手が何人来るかも分からない上に武器もない」
「あ、あぁ……」
もう少し逃げる時の流れを詰めておきたかったけれど、外から足音がする。
足音は二つ。さっきの男とその雇い主だろうか?
急いでいる様子はないので誰かが助けに来てくれた可能性には期待すべきではない。
「さっきのお嬢様みたいな対応をするのか?」
「は?」
「あれをやるなら先に言っていてほしい。恐れおののいて身動きが取れなくなる」
「失礼では?」
驚くのは仕方ないかもしれないが恐れおののくことはなくない?
そんなことを考えていたが、そこまで反論する余裕はなかった。
なぜならドアが開いたから。私の予想通り、さっきの男ともう一人の男。
「この女は?」
ドアを開けたのはさっきの男だったが、先に入ってきたのはもう一人の知らない男だ。さっきの男がへこへこしているのでおそらく雇い主だろう。
「どこぞのお嬢様が、ついでに消してほしいと。何か問題でもあったでしょうか?」
まさかのついで。
私が精一杯ツッコミを我慢していたら、さっきの男がバタンとドアを閉めた。
「別に。一人消すのも二人消すのも一緒だ」
やっぱり消す気なんだなぁ。
私はそっとアルムガルトの弟の前に立つ。
武器はないし魔法はない。そうなると、男たちも油断するかもしれない。隙は作りやすいはずだ。
「お前はともかく、そいつには消えてもらう」
推定雇い主が私に言う。そいつ、というのはもちろんアルムガルトの弟のことだ。
「なぜですか?」
私が問いかけると、推定雇い主がにたりと笑った。
「大輪の乙女の生まれ変わりに生きていてもらっては困るからだ」
「困る?」
「大輪の乙女が最期に残した呪いが、我々に害をなす」
呪い? 童話に出てくるような人が呪いを残す?
これは先生に聞いてみなければなるまい。
そんなことを考えていると、推定雇い主が一歩こちらに近付いてくる。
「大輪の乙女の生まれ変わりであるという証拠もないのに消すのですか?」
私の言葉を聞いた推定雇い主がくつくつと喉の奥で笑う。
「証拠などどうでもいい。その可能性があるものは全て消す」
とんでもない暴挙では。よほどヤバい呪いを残したってことなんだろうか?
あの少女の人生映像にはそんな話一切出てこなかったけど。
「どけ。お前もついでに消すが、まずはそっちが先だ」
そう言われたものの、私はアルムガルトの弟の前から一歩も動かない。動くわけにはいかない。
「先に消されたいのか?」
「そう簡単に消されるつもりはありませんわ」
さっきアルムガルトの弟と言っていたように、私が囮になってアルムガルトの弟を先に逃がす。
……はずだった。
まだ冷静だった私の耳に、推定雇い主の高笑いが飛び込んできた。
「見たところ武器も持っていない、ここでは魔法も使えない。消される以外の道があるとでも言うのか? 抵抗する気があるのならどこからでも来いよ!」
「お言葉に甘えて!!」
だって、こいつがどこからでも来いって言うんだもん。
「ぐっ、かは……がはっ」
悶え苦しむ推定雇い主を見たさっきの男が絵に描いたように狼狽え始めた。
「な、ななな、なにをしたんだ?」
「同じ目に遭いたいならやってやるけど?」
「ひぃっ!」
狼狽え怯える男に、私は静かに詰め寄った。
「このこと、誰にも言うなよ。このことが他に漏れてるって分かった瞬間お前を探し出して消してやるからな。お前らは消す側じゃなくて消される側だ」
男の胸倉を掴みながらそう言えば、男は脂汗を滲ませながら何度も何度も頷いた。
そんな男のみぞおちに、なんの迷いもない真っ直ぐな右ストレートを打ち込んだ。ついさっき推定雇い主に打ち込んだのとまったく同じ右ストレートを。
「うぐっ!? な、ん……」
なんでって、逃げられないためにだよ。
「武器がないなら拳を使えばいいじゃない」
私は苦しむ男達を室内に残して、急いで外に出る。私より先に逃げる手筈になっていたアルムガルトの弟の手を引っ張りながら。
そして内側から開かないようにドアに細工を施す。奴らを捕まえるのは先生の仕事だろう。
「先に逃げろって言ったじゃん」
「……は、話が違う」
ドン引きじゃん。
「思ったより早く来ちまったな」
私とアルムガルトの弟を防御魔法科第三準備室に押し込んだ男が言う。
そりゃあ早かっただろうな。アルムガルトの弟が止まらないばっかりに、ほぼ走るような速度で来たのだから。
男はどこか焦っているようだから、隙をついて外に出るのも可能かもしれない。
二人一緒に脱出出来なくともアルムガルトの弟だけでも外に出すことが出来れば、私は一人でなんとでもなる。
あとアルムガルトの弟、なんかちょっと震えてるから早くアルムガルトに返さなければ。
「お前らここで待ってろ」
男がそう言ってドアを閉めようとする。
「お待ちください」
男の焦り具合を見た感じ、明らかに小者臭い。
上の奴が来る前に隙を作らなければならないし、出来ればその上の奴がどこの誰なのかを、最低でもヒントくらいは吐かせねば。
そう思った私は急いで男を引き留める。
「なんだ?」
「どうしてこのようなことをするのですか?」
か弱い令嬢を演じるために精一杯眉を下げ、お嬢様口調で尋ねる。
それはもう隣にいるアルムガルトの弟がちょっと引くくらい、か弱い令嬢を演じている。大丈夫。私はか弱い。
「どうしてって言われても、俺はお前たちをここに連れてくるよう頼まれただけだからな」
やっぱりこの男は首謀者が金で雇った小者だ。
魔力はそれほど感じないが、筋骨隆々で手の平には沢山の肉刺が出来ている。要するに日々肉体労働で生計を立てているタイプの人だろう。
私は高位貴族に生まれて王族貴族に囲まれて、キラキラした世界を見ているけれど、王都から一歩外に出ればこんな人は山のようにいるんだろうな。これが格差社会……。
「どなたに、頼まれたのですか?」
アルムガルトの弟の視線が痛いが、大丈夫。私はか弱い。
「そいつは教えられねぇな。ただ……あんたを連れてきてほしいって言ってたのは小娘だったなぁ」
思ってたより早く吐いたな。
「小娘?」
「あぁ。貴族のお嬢さんはあんな大金をほいほい使えるんだな。いやぁ恐ろしい恐ろしい」
貴族のお嬢さんってことは、私をここに呼び出した真っ青な子で確定ではないだろうか。
しかし、金を積むほど私に消えてほしかったんだな。目的は知らないけれど。
「とにかく! お前たちはしばらくここにいろ! 分かったな!」
「お断りですわ」
「おっと逃げようったって無駄だ! ここには魔力吸収装置が置いてあるからな魔法は使えないぞ!」
男はそう言い捨て、盛大な音を立ててドアを閉めた。バタバタとやかましい足音が遠ざかっていったのでどこかに雇い主を呼びに行ったのかもしれない。
そもそもなぜあんなに堂々と部外者が入り込んでいるのかも気になるところではあるが、まずはここからの脱出方法を考えなければ。
「はぁ……魔力吸収装置ってなんだよ」
室内を見渡すが、準備室なだけあっていろんなものが置いてある。そして大きな窓がないため薄暗い。
「魔力吸収装置を探してどうする?」
アルムガルトの弟が言う。
「壊せばなんとかなるでしょ」
「野蛮だな……さっきのお前とは大違いじゃないか」
「大人しくしとけば隙が出来る。現に今こうして自由なまま放置されたじゃないの」
「は?」
「あの場面で下手に暴れてみろよ。両手両足縛られる可能性だってある」
「な、なるほど……」
ビクビクしながら納得しているアルムガルトの弟を放っておいて、私はドアへと近付く。
うっかり鍵を閉め忘れているんじゃないかと期待したが、さすがにそこまでアホではなかった。吐くスピードが速かったから基本的な性格がうっかりさんだったらいいなと思ったのに。
窓からの脱出は窓が小さすぎるから無理だとして、ドアを破壊すれば出られるはず。
魔力吸収装置を探すとともに、なんか適当な……バールのようなものも探すか。
「な、なにをしてるんだ」
「魔力吸収装置かドアを壊して脱出しようと思って」
そう答えると、アルムガルトの弟は小さな声で「えぇ」と零してドン引きしている。さっきからドン引きばっかしてないで手伝ってほしい。
「っつーか脱出しなきゃ何されるか分かったもんじゃないだろ」
「そ、そうだけど」
「あんたまさかこの期に及んでまだ告白される気でいる?」
「違うっ! そもそも告白されると思って来たわけじゃない」
あ、違ったんだ。
「じゃあヤバいって分かってて来たの?」
「……そういうことになる」
ドMなのかな。
「なんか対処法考えて来た?」
現在ぼけーっと突っ立ってるだけだから何も考えてなさそうだし聞くだけ無駄かもしれないけれど。
「……いや」
アホなのかな。
「私は怪しいから来る気なかったんだけど、私がいなかったらあんた一人でここに閉じ込められるわけじゃん」
「そうだな」
「さっきの奴の雇い主次第じゃ簡単に殺されるよ、あんた」
「そ……れは」
殺されてもいいのかよ、という気持ちを込めた視線をおくれば、そっと視線を逸らされた。
まさかとは思うが、自殺願望がおありでいらっしゃる?
魔力吸収装置とバールのようなものを探す手を止めて、そっとアルムガルトの弟に近付いた。
「あんた何考えてるの?」
私よりも高い位置にある赤い瞳をじっと見る。
「何も……考えてない」
やっぱりアホなのかな。
「もう、何も考えたくない」
自暴自棄だった。
「なんでよ」
そんな私の問いかけを聞いたアルムガルトの弟は、手近にあった棚にもたれかかるようにして座り込んだ。
仕方がないので、私も隣に並んで座る。正直座ってる暇なんかないんだけどな。
「ここに呼び出される前から、嫌がらせみたいなことは度々あったんだ」
いじめかな。
「誰もかれも、俺を『アルムガルトの弟』だとしか言わない」
私もだわ。なんかごめん。
「兄が優秀なのは分かるけど、お前は兄のオマケだとか、兄の後ろにくっついているだけだとか、言いたい放題だ」
「なるほどね」
私の相槌に、少しだけ黙ったアルムガルトの弟だったが、彼はもう一度口を開く。意を決したように。
「実はお前が覗いたあの紙のほかにもう一枚あったんだ。お前は兄がいなければ何も出来ない、って書かれてた」
「あ、そうだったんだ」
「そう。お前が大輪の乙女の生まれ変わりなわけがないとも書かれていた。まぁ身に覚えがないからその通りなんだけど」
でしょうね。
「生まれ変わりであると証明出来るのなら防御魔法科第三準備室に、って内容だったんだよ」
「証明出来ないでしょ」
「決めつけるな。お前も俺を無能だって言いたいのか」
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「……しかし証明出来るかどうかが知りたいわりには魔法を封じようとしてるんだなぁ」
ガチャガチャと棚の中を探りながら呟けば、アルムガルトの弟のほうから「確かに」と相槌が飛んできた。
「証明するとかしないとかはどうでもよくて、ただ消したいだけかもな」
「消されるのか……」
アルムガルトの弟の声がどんどん暗くなっていく。
自殺願望があるわけじゃなくて、単なる自暴自棄なんだろうな。後先は特に考えていない。
反抗期みたいなもんか。
巻き込まれてるこっちの身にもなってほしいところだけど、奴に大輪の乙女の生まれ変わりの濡れ衣を着せたのが自分だという負い目があるので強くは責められない。
「とにかく、もしもさっきの男とかその雇い主とかが来たら、私が隙を作るからあんただけでも逃げてよ」
「は? そんなこと」
「あんたがまず逃げて助けを呼びに行って。私が助けを呼ぶより効率がいいと思う」
私は学園内の女子のほとんどが敵みたいな状態なのである。
そんな私が助けを呼ぶより敵の少ないアルムガルトの弟が助けを呼んだほうがいい。絶対に。
あと私のせいでアルムガルトの弟が消されたとなれば寝覚めが悪い。
「でも、俺は……」
「大丈夫。お前はお前だ。アルムガルトがいなくたってなんでもできる。いや、まぁ隙あらば私も一緒に逃げるけどね」
別に私だけが犠牲になろうとしているわけではない。
一人だけでも逃げられれば助けが呼べるという話であって。
「……分かった」
「色々言われてて、気にするなとは言わないけど、あんまり深く考えて気に病まないようにはしときなよ」
「え……?」
「そういう面倒なのって大体一過性のものだし。一生ねちねち言い続ける根気強い奴はほとんどいないよ。そもそもいくら兄弟だっつったってそのうち別々の道を歩き始めるわけだから、そうなればアルムガルトのオマケでもなくなるでしょ」
「それはまぁ……確かに」
クソ、バールのようなものどころか武器になりそうなものすらないじゃん。
あの男がどこかに行ってから結構な時間が経ったはずだし、そろそろ見付けておきたかったのに。
魔力吸収装置らしきものもないし、そもそも装置的なものどころか硬いものもあまりない。紙類ばっかりだ。
魔法が使えたらいつか使った紙を飛ばす魔法が使えるんだけど、ここは本当に魔法が使えない。
魔力吸収装置ってのもただのはったりじゃなかったらしい。
「ねえ、とりあえずさっきの男とかその雇い主が来たら私より前に出ないでね」
「なんで」
「ドアが開いたところで私がどうにかして囮になるから、隙を見て私の背後から飛び出すように部屋の外に出て。気絶でもさせられればいいんだけど、相手が何人来るかも分からない上に武器もない」
「あ、あぁ……」
もう少し逃げる時の流れを詰めておきたかったけれど、外から足音がする。
足音は二つ。さっきの男とその雇い主だろうか?
急いでいる様子はないので誰かが助けに来てくれた可能性には期待すべきではない。
「さっきのお嬢様みたいな対応をするのか?」
「は?」
「あれをやるなら先に言っていてほしい。恐れおののいて身動きが取れなくなる」
「失礼では?」
驚くのは仕方ないかもしれないが恐れおののくことはなくない?
そんなことを考えていたが、そこまで反論する余裕はなかった。
なぜならドアが開いたから。私の予想通り、さっきの男ともう一人の男。
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ドアを開けたのはさっきの男だったが、先に入ってきたのはもう一人の知らない男だ。さっきの男がへこへこしているのでおそらく雇い主だろう。
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やっぱり消す気なんだなぁ。
私はそっとアルムガルトの弟の前に立つ。
武器はないし魔法はない。そうなると、男たちも油断するかもしれない。隙は作りやすいはずだ。
「お前はともかく、そいつには消えてもらう」
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「なぜですか?」
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「大輪の乙女の生まれ変わりに生きていてもらっては困るからだ」
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呪い? 童話に出てくるような人が呪いを残す?
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そんなことを考えていると、推定雇い主が一歩こちらに近付いてくる。
「大輪の乙女の生まれ変わりであるという証拠もないのに消すのですか?」
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とんでもない暴挙では。よほどヤバい呪いを残したってことなんだろうか?
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「どけ。お前もついでに消すが、まずはそっちが先だ」
そう言われたものの、私はアルムガルトの弟の前から一歩も動かない。動くわけにはいかない。
「先に消されたいのか?」
「そう簡単に消されるつもりはありませんわ」
さっきアルムガルトの弟と言っていたように、私が囮になってアルムガルトの弟を先に逃がす。
……はずだった。
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「お言葉に甘えて!!」
だって、こいつがどこからでも来いって言うんだもん。
「ぐっ、かは……がはっ」
悶え苦しむ推定雇い主を見たさっきの男が絵に描いたように狼狽え始めた。
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「同じ目に遭いたいならやってやるけど?」
「ひぃっ!」
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男の胸倉を掴みながらそう言えば、男は脂汗を滲ませながら何度も何度も頷いた。
そんな男のみぞおちに、なんの迷いもない真っ直ぐな右ストレートを打ち込んだ。ついさっき推定雇い主に打ち込んだのとまったく同じ右ストレートを。
「うぐっ!? な、ん……」
なんでって、逃げられないためにだよ。
「武器がないなら拳を使えばいいじゃない」
私は苦しむ男達を室内に残して、急いで外に出る。私より先に逃げる手筈になっていたアルムガルトの弟の手を引っ張りながら。
そして内側から開かないようにドアに細工を施す。奴らを捕まえるのは先生の仕事だろう。
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