断罪上等!悪役令嬢代理人

蔵崎とら

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代理人、弟子入り志願される

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「魔法は……使ってないんだよな?」

 内側から絶対に開けられないように細工を施したドアを眺めながら、アルムガルトの弟が言う。

「使ってないよ。使えなかったじゃん」

「……でも、二人とも見事に倒れたよな? 悶え苦しみながら……」

 そりゃあみぞおち殴ったんだから苦しむに決まってるよね。身動き取れないようにするつもりでそこを狙ったわけだし。
 しかしどうやらアルムガルトの弟は私の真後ろにいたからちゃんと見えなかったらしい。
 だから私があの瞬間に何をしたのかがいまいち分からないようだ。
 分からないと言われても、口で説明するには「殴っただけ」と言うしかないし、実際私の右ストレートを受けてみれば理解出来るんだろうけど、受けてみる? とも言えないしなぁ。
 ノアの鎖骨事件みたいになってしまう。

「本当は何か武器を隠し持ってたんじゃないのか?」

「持ってない。拳を使っただけだって。本当に」

 信じてくれないなぁ。

「……そもそも侯爵家の令嬢が拳を使うって」

 耳の痛い正論だなぁ。

「……先生遅いね」

 話がおかしな方向へ向かう前に、話を変えることにする。
 なぜ我々が未だに防御魔法科第三準備室前にいるのかというと、私がドアに細工を施している最中にアルムガルトの弟が先生を呼びに行き、ここで起きた話を聞いた先生が学園内で一番屈強な先生を連れてくると言ってどこかに行ってしまったらしいのだ。
 だから万が一ドアを蹴破って出てきてしまった時のために、我々が見張っているわけで。

「いや、足音が聞こえる。そろそろ来るだろう」

 よーく耳を澄ましてみれば、ぱたぱたと廊下を走る足音が聞こえた。徐々に近付いてきているので、アルムガルトの弟の言う通りすぐに来るだろう。
 学園内で一番屈強な先生のわりには足音が小さい気もするけれど。

「トリーナ様!」

「あれっ?」

 遠くから、名前を呼ばれた。一ミリたりとも屈強ではない、可憐な乙女に。

「どうしてここにいらっしゃるのですか!」

「いや、いろいろあって」

「だから教えないって言ったのに!」

 ここに走ってきてめちゃくちゃ怒っている可憐な乙女、それはロザリーだった。
 後ろからもう一人走ってきてるな、と思っていたらどうやらそっちはライネリオ先生だった。日ごろの運動不足のせいか女子生徒に置いていかれている。可哀想に。

「ロザリーが先生を呼んできてくれたの?」

「そうです。心配で、放課後になった瞬間にトリーナ様の様子を見に行ったらもういなかったから、相談するなら生徒会顧問のライネリオ先生かなと思って」

「ありがとうロザリー。助かる」

「何を、やらかしたの……」

 ロザリーにお礼を述べていると、ぜえぜえと肩で息をしながら膝から崩れ落ちようとしている先生に声をかけられた。

「やらかしたっていうか、監禁されそうになったところを躱して、実行犯と雇い主みたいな人たちをその中に閉じ込めたところです」

「なんで、そんなことに……なるかなぁ」

 ぜえぜえげほげほと、先生はとても忙しそうである。
 そんな中、アルムガルトの弟がぽつりと零す。

「トリーナは悪くない」

 と。まぁ止める私を引き摺るようにしてここに来たのはアルムガルトの弟のほうだもんな。どっちが悪いかっつーとアルムガルトの弟だわな。
 でも、止められなかった私にも、責任はあるだろう。ほんの少しだけ。

「その、犯人たちの、目的は?」

 あ、先生息が整い始めたんですね。

「大輪の乙女の生まれ変わりを消したいそうですよ」

「消す?」

 私の言葉を聞いて一番に反応を示したのはロザリーだった。いや先生も同じように反応はしていたけど整いきってない息のせいで言葉になっていなかった。

「大輪の乙女の生まれ変わりだって噂が立っていたベルクくんは分かるとして、なぜトリーナさんまで?」

 ベルクくん……?

「私のほうはただのついでみたいでしたよ。奴らが話してたことを聞いて勝手に推測すると、コイツを消す話が出た時になんらかの形でそれを聞きつけたどこぞの令嬢が『ついでにトリーナ・キキョウ・ブラットフォーゲルも消して』って頼んだ感じで」

 あ、ベルクってアルムガルトの弟の名前か。忘れてた。つい最近も聞いたわ。

「なんでまたそんな」

「これも推測なんですけど、脅迫文の犯人じゃないかなって思ってます。推測ですけどね」

 廊下の先に人影が見えた気がするけど、青い髪だった気がするけど、私の推測を聞いてどこかに消えたようだけど、今のところは気のせいだということにしておこう。次は絶対に許さない。
 そう心に決めていたところ、本当に屈強な先生がやってきた。攻撃魔法の先生かな。背丈は2メートルくらいありそうだし胴まわりや腕まわり、太ももまわりもとても太い。赤毛に赤茶色の瞳、顎にたくわえられたヒゲがなんとも……クマのような人だ。

「不審者が出たと聞いたのですが」

 見た目に反して声は優し気で、言葉遣いも丁寧だった。もっと爆音で「不審者はどこだァっ!!」とか言い出すのかと思った。

「中に閉じ込めています」

 私はそう答えながらドアに施していた細工を外していく。

「ただ私たちも咄嗟に動きを止めて逃げただけで捕縛はしていないので、あっちが逃げる算段を立てている可能性もあります」

 ドアを開けた瞬間に逃げられる可能性もあるので、覚悟して開けてほしいと言いたかったのだが、クマさんのような先生はちょっとびっくりした様子で私を見ている。
 何か? と首を傾げると、クマさんのような先生は「ご令嬢から捕縛という発想が」と零していた。いや発想くらいはあるでしょ。

「開けますよ!」

 クマさんのような先生がそう言ってドアを開けた。
 飛び出してくるか、棚を動かして籠城するつもりでいるか、いくつかの可能性を考えていたけれど、どれでもなかった。
 一人は私たちが部屋の外に出た時と同じ場所で未だに倒れているし、もう一人は部屋の隅で蹲っていただけだったから。

「気を、失ってる……?」

 推定雇い主、まだ伸びてたわ。
 部屋の隅で蹲っているもう一人は私の顔を見て怯えたように「ひぃ!」と零していた。
 逃げる様子がないようで助かる。

「防御魔法科……第三準備室というと魔力制御装置が置いてあるはずなのに、大の男一人の気を失わせて、もう一人は戦意喪失……」

 クマさんのような先生よ、世の中深く考えないほうがいいこともあるんだよ。
 クマさんのような先生は頭上に大量の疑問符を並べ立てながらもてきぱきと男たちの手を縛っていく。
 男たちはこのまま騎士団に引き渡すらしい。
 被害届を出すかどうかを尋ねられたけれど、私もアルムガルトの弟も事を荒立てたくないという理由で保留とすることにした。
 しかし次があれば容赦はしない。
 クマさんのような先生も騎士団の人たちも監禁犯たちも去ったところで、ふとライネリオ先生が口を開く。

「なぜ大輪の乙女の生まれ変わりを消そうとしたんだろう?」

 と。そこでやっと思い出した。推定雇い主が言っていた言葉を。

「呪いがどうとか言ってましたよ。大輪の乙女の生まれ変わりが最期に残した呪い? だっけ?」

 私の言葉を聞いた先生は、顎に手を当てながらうーんと呻っている。「最期の呪いっていうと……」とぶつぶつ呟いたりもしている。
 こうなった先生は話しかけても適当な返事しか返ってこないので、しばし放置するしかない。

「最期の呪いっていうと『帝国の人間を滅ぼす』みたいな話じゃありませんでした?」

 ロザリーの小さな声が、耳に滑り込む。

「滅ぼす?」

「本で読んだことがあります」

「童話……ではないよね?」

「はい。歴史書です」

 ロザリーってば歴史書とか読むんだなぁ。頭良さそうだもんなぁ。

「あ」

 ロザリーにもうちょっと詳しく話を聞かせてもらおうとしていたところ、先生が口をぱくぱくさせ始めた。
 何かを思い出したのか、私に何か言いたいのか……あ、私に何か言いたいけど今ここにはロザリーとアルムガルトの弟がいるから言えないって顔だな。

「あぁ、外も暗くなり始めていることだし、そろそろ帰らなきゃね」

 二人を帰した後でちょろっと話を聞くくらいなら出来るだろうかと、帰る方向へと話を向かわせる。
 外を見ると本当に暗くなり始めていたことだし。

「トリーナ」

「うん?」

 私に声をかけてきたのは、アルムガルトの弟。なんだかふくれっ面で唇を尖らせているようだが、何か怒っているのだろうか?

「今日は、悪かった」

 謝罪だった。そのツラでお前。

「別に。結果的に無事だったし大丈夫」

 私の返答を聞いていたロザリーが「無事と言うんですかね?」と疑問を口にしているが、大きな危害を加えられたわけではないので、現状無事と言っても問題ないだろう。私は。アルムガルトの弟のメンタルは分からないけれど。

「……そ、その」

「何? あ、一人で帰るの怖い? 送って行こうか?」

「違う!」

 違った。

「弟子にしてくれ!」

「はぁ?」

 一人で帰るのが怖いと言い出してくれたほうがマシだった。

「拳一つで男二人の動きを瞬時に止める技を、俺にも教えてほしい」

「……お断りいたしますわ」

 丁重にお断りしていると、ちょっと引いた様子の先生が「何をしたの……」と呟いている。

「あの技だけでもいいんだ」

 他の技もあるみたいな言いかたをしやがる。

「お断りいたしますわ。あれは一朝一夕で出来るような技ではございません」

 お貴族様の息子さんに暴力を覚えさせるなんて真似、するわけないじゃん。さすがの私もそれがやべぇことくらい分かってるわ。
 どうしても、どうしてもと縋りつくアルムガルトの弟をどうやって躱そうかと思案していると、ばたばたといくつかの足音が近付いて来ていることに気が付いた。

「トリーナが変なお嬢様言葉使ってるからなんか面倒なことになってるみたい」

 その声はノア! そして変なお嬢様言葉は失礼!

「ベルク! 大丈夫だったのか!?」

 ノアと共に曲がり角から現れたのはアルムガルトと王子殿下だった。どこからか噂でも聞きつけてやってきたのだろうか。

「騎士団のほうから学園内に不審者が出たと報告を受けたんだよ。まぁ報告っていうか被害に遭ったのがアルムガルトの弟だったからって教えに来てくれた感じでもあったけど」

 アルムガルトの心底心配した様子を眺めていたら、王子殿下が教えてくれた。
 騎士団の中にアルムガルトの知り合いかなにかがいたんだとか。

「ふぅん」

「それで? トリーナは何をやらかしたの?」

 王子殿下が面白がってクスクスと笑いながら首を傾げる。

「別に何も」

 面白がられるのは気に食わないので、私はそっとロザリーの後ろに身を隠した。

「さぁ、皆で帰ろうか」

 そんな先生の一声で、今度こそ帰る流れになった。
 先生は未だに何か言いたげな顔をしているし、早く皆を帰らせなければ。

「明日からノアベルトがベルクの護衛をやってくれるそうだ」

 帰ろう帰ろうと足を進めていたところ、そんなアルムガルトの声が聞こえてきた。
 騎士に護衛を頼んでもいいが仰々しくなりすぎるからという理由でノアに白羽の矢が立ったようだ。

「ありがとう、ノア。……でも、出来ればトリーナにも護衛をやってほしい」

「……それは、トリーナにも護衛を付けるってこと?」

 アルムガルトの弟の言葉に、ノアが混乱しそうになっている。

「いや、トリーナに、護衛をやってほしい。俺の」

「なんでだよ」

「そしてあの技を教えてほしい」

 諦めろよ。

「ノアのほうが上手に教えてくれるんじゃない?」

 アルムガルトの弟の縋るような瞳がノアのほうに向く。

「な、なにを?」

 ノアの視線が私を見たりアルムガルトの弟を見たりと忙しなく動いている。

「みぞおちの殴りかた」

「み、はぁ? 何をしたのトリーナ」

「いや、だから監禁犯のみぞおちを殴ったの」

 一瞬、場の空気が止まった気がした。
 しかし次の瞬間、その場にいた全員が笑い出した。それはもうゲラゲラと。
 ちなみにノアだけは鎖骨を抑えながら笑っていた。さすがは鎖骨にトラウマを抱える男。
 学園内に出た不審者とそれに監禁されかけた私たちとでどことなく緊張感が漂い続けていたのだけれど、この笑いでそれは少しだけ薄れていった。

「また明日ね」

 アルムガルトとその弟を見送り、王子殿下を見送り、ロザリーを見送って、私はくるりと振り返って背後にいた先生のほうを見る。

「童話で語られることはないけれど、大輪の乙女は非業の死を遂げた。だから、最期に呪いともとれるような言葉を残したんだ」

「非業の死……。帝国を滅ぼす、みたいなことだったんですよね?」

「そう。……だから、もしかして、あの時あの本で君と見たあの子は」

 あの少女からすべてを奪い取ったあの女は、この国を滅ぼした後で、確か……帝国も傾け始めていた。

「あの女が、大輪の乙女の生まれ変わり……ってこと?」




 
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