断罪上等!悪役令嬢代理人

蔵崎とら

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代理人、童話を読む

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「トリーナ様! トリーナ様ー!」

「……あれ?」

 課題が終わったら自習と言われたので即終わらせて本を読みふけっていたら、授業が終わっていた。

「どうしたのロザリー」

 廊下から私の名を呼んでいたのはロザリーだった。
 今朝、今日のお昼休み一緒にご飯食べようって話をしていたのだ。

「何を読んでいたのですか?」

「ん? これ」

 カフェへ行くために並んで歩き出したところで問われたので、小脇に抱えていた本を見せる。

「これ、子ども向けの童話ですね」

「そう。ライネリオ先生が、これが一番史実をなぞってるって言って貸してくれた」

「ふぅん……読みながら昼食を?」

「いや、読み終わったから昼休み終わりに返そうと思って」

 童話なのですぐに読み終わったのだけど、分からないことだったり気になることだったりがちょこちょこあったので返すついでに聞いてみようとも思っている。まぁ別に今聞かなくても放課後になったらトート・ウィステリア・アンガーミュラーの話も教えてもらうんだけれども。
 本来なら昨日教えてもらえそうだったんだけど、拉致監禁事件が起きてしまったから教えてもらえなかったのだ。
 そして、こうしてロザリーと一緒にいるのも、極力一人にならないようにという生徒会の人たちからのお達しのせいなのである。
 一人で図書室に行きたい気持ちもあったのに。

「師匠、今から昼食ですか」

「誰が師匠だよ」

 私とロザリーの目の前に立ちはだかったのは、私に弟子入りをしようとしているアルムガルトの弟、そしてその護衛のノア、なんかついでにアルムガルトというメンツだった。
 アルムガルトの弟は私に弟子入りした気でいるらしく、同い年なのに敬語を使い始めている。非常に面倒である。
 そしてどうせ皆今から昼食だし、ということで全員でカフェへ行くことにした。
 その道中、何か言いたげなアルムガルトがこそこそと私の背後に回ってくる。

「おいトリーナ」

 ものすごい小声で話しかけられた。

「はい?」

「昨日から思っていたんだが、なぜおまえが彼女といるんだ!?」

 彼女、というのはロザリーのことだろう。

「知人だから? ですかね?」

「いつから!?」

「いつだっけ? ……っていうか、あー、そっか。そうでしたね」

 生徒会室じゃないから一応敬語使わなきゃいけないの面倒だなぁ、と思っていて気付くのが遅れたが、そういやアルムガルトってロザリーのこと好きなんだっけ。

「なんで昨日声掛けなかったんすか?」

 ひそひそとそう言えば、アルムガルトは不服そうに唇を尖らせる。

「弟の一大事なのに、女に現を抜かす兄だと思われたくはない」

 出たよアルムガルトの見栄っ張り。
 好きな子がすぐそこにいたんだから、どう見たって無事だった弟のことなんて一旦置いといて声掛ければ良かったのに。
 今だってわざわざ小声で私に話しかけに来ないで好きな子に声掛ければいいのに。シャイか? シャイなのか? 私には散々文句たれてるのに?

「……あれを見習えばいいのに」

 私はそう呟きながら、窓の外へと視線を送る。
 そこにいたのは女の群れを引き連れて中庭で優雅なランチタイムを過ごしているらしい銀髪兄だった。

「ああはなりたくないな」

 確かに。
 アルムガルトたち兄弟と銀髪兄弟の仲は良くもなければ悪くもない、くらいの関係を保っているらしいのだが、女絡みの件に関してはあまり良く思っていないようだった。とはいえ苦言を呈することはなく、ちょっと嫌な顔をするくらいみたいだけど。

「ちょっと揉めてないか?」

「あー……面倒臭そうっすね」

 窓もあるし、そもそも距離もあるので声は聞こえないけれど、銀髪兄を囲む女たちがなんとなく揉めている動きをしている。
 女が群れを成すとトラブルが発生したとき収集が付かなくなりそうだなぁ、なんて、この時の私は呑気なことを考えていただけだった。

「ト、トリーナ様、すごく今更ですが私がこの中にいてもいいんですかね?」

 カフェの個室についたところでロザリーが呟いた。

「いいんじゃない? ただ……やっかみで脅迫文が届くようになってしまう可能性もあるんだけど大丈夫?」

「大丈夫……ですかねぇ」

 大丈夫じゃなさそうだったらどうしよう。と、ロザリーをアルムガルトの隣に押しやりながら考える。
 しかし考えたって何が起こるかは分からないのだから、とりあえず私が注意して見ておくしかないだろう。

「まぁ私のことで何か言われるようなら遠慮なく呼んでね」

「……友達でもないのにですか?」

「まだ言ってるの」

 軽く拗ねてるよね、やっぱり。
 そんなこんなでなぜだかにぎやかな昼食タイムを過ごしたわけだけど、食べて即解散とはならず、現在個室内でだらだらしている。

「トリーナ、その本はなに?」

 ふと隣に座っていたノアに声をかけられた。

「あぁ、これね、ライネリオ先生おすすめの童話。話題の大輪の乙女のやつよ」

「大輪の乙女の童話の中でも一番古いやつでは? しかも超子ども向けの」

 ノアの向こう側から、本を覗き込んできたアルムガルトの弟が言う。

「一番古くて一番有名だって言われた」

 日本的に言えば、桃太郎的な感じなのかな。

「面白かったですか?」

 正面に座っているロザリーが首を傾げる。

「んー、まぁ」

 面白いか面白くないかと言うと、まぁ普通の童話だったのでどちらとも言いようがない。
 史実をなぞっていると聞いていたわりには、本当に普通の童話だった。
 この後彼女がどうして非業の死を遂げるのか、どうして最期に呪いなんかを残したのかは分からない。
 この童話は、端的に言えば大輪の乙女が魔王を退治する話だった。そのあとで最期の呪いを残すということは、桃太郎が鬼退治をしたあとに、村の人たちを呪う、みたいな感じなわけでしょう?
 魔王を退治したあとで、何か起きるのだろうが……非業の死を遂げる上に呪いを残すって結構重い話が待っているのでは……?

「昨日の今日でよくそんな本が読めるな」

 ふとアルムガルトの呆れた声が耳に滑り込む。

「なんで?」

「大輪の乙女の生まれ変わりを消すって言って拉致監禁されかけたんだろう?」

「うん」

 拉致監禁に関してはそう長い時間犯人と対峙したわけではないし、一発ぶん殴っただけで伸びてくれたから大した労力は使っていない。
 ただ、私はともかくとしてアルムガルトの弟は怖い思いをしたのかな? と思い「嫌だった?」と聞いてみたけれど、彼は首を横に振って「大丈夫」と答えた。

「でも気になるでしょ。なんでわざわざ学園内で拉致監禁事件を起こそうとしたのかとか、そうまでして大輪の乙女の生まれ変わりを消そうとするのかとか」

 と、もっともらしいことを言って誤魔化したけれど、私は単に大輪の乙女が残した呪いが気になっているだけなのである。

「確かになぁ。なんで消すんだろう?」

 私の言葉に乗ってきたのはノアだった。
 するとノアの言葉を聞いた皆はテーブルの上に乗せた本を覗き込む。

『一日中星が降り注ぐ日に、大輪の乙女は生まれました』

 物語はそんな一文から始まっている。
 一日中星が降り注ぐってどういうことなんだろう? 白夜的な? でもこの世界に生まれて14年くらい経ってるけど白夜になんか遭遇したことはない。ってことは、日食とかか?
 と、冒頭から謎だらけである。はやく先生に話を聞きたい。

『村の子どもたちがやってきて、大輪の乙女に言いました。村の皆の様子がおかしいから治してほしいんだ、と』

 魔王を退治する前に、様子がおかしくなった村の人々の治療をしたらしい。
 挿絵の大輪の乙女は紫色の髪の毛をしているので、治癒魔法で治療をしたのだろう。おそらくは。
 ただ村の人たちの様子がおかしいってどういうことだって話なんだよな。物語ではあっさり治ってるけど。

『村の皆がこうなったのは、山のてっぺんにいる魔王のせいだ!』

 挿絵には禍々しい山が描かれている。ものすごく高い山みたいに書かれているけど、最終的には山が消えるので……まさか大輪の乙女、山をえぐるくらいのパワーを秘めていたのか?

『準備を整えた大輪の乙女は、一人で山のてっぺんを目指します』

 一人で!? さすがの桃太郎だって犬雉猿をお供に連れて行ったというのに、一人で魔王に立ち向かうの!?

「どちらかというと、これは俺じゃなく師匠」

 ラストの『魔王を退治しましたとさ、めでたしめでたし』の部分を読んだアルムガルトの弟が呟く。

「一人で魔王を退治しちゃうあたり、確かにトリーナみたいだよね」

 ノアがアルムガルトの弟の呟きに乗っかる。
 いやいやさすがの私も魔王を一人で倒すなんてそんなまさか。

「紫も持ってるしな」

 と、アルムガルトまで続いた。

「でもこの人紫の髪の毛じゃん。私は瞳だよ」

 なんて反論をしてみせれば、ロザリーが私の瞳を覗き込んで「よーく見ないと分かりませんよねぇ」と零していた。

「しかしまぁ、読めば読むほど謎だな。なぜ魔王を退治してくれた人の生まれ変わりを消そうとしてるのか」

 アルムガルトが零す。

「これ読む限りただのすごい人だよね」

 ただ、前世がこうだったとしても、生まれ変わったら別人なんじゃないだろうか? 魔力を引き継ぐわけでもあるまいし。
 先生は記憶を持ったまま生まれ変わってる可能性もあるって言ってたけど、可能性の話なんだし、何も覚えてないかもしれない。
 何も覚えてなかったとしても消したい……ってことなんだとしたら、呪いってのはやっぱヤバいってことか。
 そもそも魔法と呪いの違いも分からないんだけど。一緒なのかな?

「もしも魔王が出たら、師匠の側にいよう」

「あ、俺も」

 アルムガルトの弟とノアが笑い合う。それに乗っかったアルムガルトも「じゃあ俺も」と言っているし、まさかのロザリーまでも「私も」と笑っていた。

「先生も史実をなぞってるって言ってただけだし、これが史実ってわけじゃないんでしょ? どの歴史の本にも魔王が出たなんて話載ってないよね」

 テーブルの真ん中に広げていた本を閉じながら私が言えば、皆それぞれ頷いている。
 かつて内戦があっただとかよその国と戦っただとか、人間同士の争いは何度もあったとの記述はあるけれど、魔王が出たなんて文言は見たことがない。
 だからその辺は創作物。ファンタジーなんだろう。
 でもなぞってるわけだから、魔王に相当する何かはあったのかもしれない。

「あ、そろそろ時間だ。私これ先生に返してくる」

 私がそう言って立ち上がると、全員一緒に立ち上がった。

「一人にはならないようにって言われてるんだから、俺も行くよ」

 と、ノアが言う。

「ノアは今俺の護衛だから、ノアが行くなら俺も行く」

 アルムガルトの弟も来るつもりらしい。

「え、いいよ。先生のとこだしそう遠いわけでもない」

「その油断が命取りだぞトリーナ」

 アルムガルトまで。

「私も付き添います。実はちょっと気になるので」

 ロザリーはそう言いながら本を指さしているけれど、実際は本に興味があるのかアルムガルトに興味があるのか、どっちなんだろう。
 この子、あんまりにも普通だから忘れそうになるけど、アルムガルトのこと好きなんだよね?
 いや私が他人の恋心に疎いから忘れそうになるだけかもしれないけど。

「……じゃあ、行こうか」

 結局全員でぞろぞろと行くことになってしまった。
 皆いるってことは、深い話は出来ないな。
 放課後は先生に迎えに来てもらったほうがいいかもしれない。
 大輪の乙女の話はともかく、トート・ウィステリア・アンガーミュラーの話を皆に聞かせるわけにはいかないと思うから。




 
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