断罪上等!悪役令嬢代理人

蔵崎とら

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代理人、集中する

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 ぞろぞろと連れ立って本を返しに行くと、驚いたような表情の先生がいた。
 わざわざ皆で来たの? という驚きだろう。でも一人で行動するなってことはこういうことなので仕方がない。

「これ、ありがとうございました」

「あぁ、うん。どうだった?」

「疑問が山ほど」

 そう短く答えると、先生はにこりと笑った。
 彼は先生兼研究者だからか、質問をされると喜んでしまうらしい。

「答えられる範囲でならいくらでも答えるよ。今からでは時間がないから、放課後だね」

 そんな先生の返答を聞いて、なぜだかノアやアルムガルトの弟が喜んでいる。
 アルムガルトの弟は大輪の乙女の生まれ変わりだとか言われて消されかけたわりには楽しそうである。不思議な奴だな。
 嫌じゃないのなら別にいいけど……。

 「それじゃあ先生、また放課後に。ありがとうございました」

 私のその言葉で、全員が教室に戻る流れとなった。
 私より先に歩き出したアルムガルトの隣に、私の隣に並んで歩き出そうとしていたロザリーを押しやりながら歩き出すと、先生がそっとバッグを差し出してきた。
 差し出されたので手を出して受け取ると、クッッッッッソ重い。
 何が入っているんだとちらりと覗き込んでみると、トートの文字が見えたので、トート・ウィステリア・アンガーミュラー関連の文献の束なのだろう。
 今渡されたってことは午後の授業中に読めってこと? この量を? 子ども向けの童話とはわけが違いますけど? と、先生に向けて視線を送ると、にっこりとした笑顔だけで返された。
 ……とりあえず軽く目は通すけれども。授業中なら他の人に見られることも声をかけられることもないし。それにしてもクッッッッッソ重い。

「トリーナ様、それは?」

「ちょっとした調べ物のやつ」

 全然ちょっとした量ではないけれども。
 そんなこんなで軽い雑談を交わしながら、皆それぞれの教室へと散っていった。
 そうして午後の授業も課題さえクリアすれば残りは自習だったので、さくっと課題を終わらせて先生から渡された紙の束をいくつか机の上に取り出した。
 ちなみにこの授業での課題というのは、水魔法の取り扱いかた。水で濡らすと文字が浮き出てくるという紙を貰い、水魔法を使って文字が浮かび上がればクリアだ。
 魔法の取り扱いかたは能力に結構な個人差が出るので、早く終わる人は本当に早く終わるし、時間がかかる人は本当に時間がかかる。特性がないと判断されることももちろんある。
 私は今のところどの魔法もわりと平均的に使えている。得意なのは風。苦手、というか相性が悪いのは火。そんな評価を貰っている。
 机の上に視線を落とし、一枚目の紙をぺらりと捲ると、トート・ウィステリア・アンガーミュラーについての調書と書かれていた。
 まぁクソ長いけど読んでみるかぁ。

 トート・ウィステリア・アンガーミュラーは、我が国の貴族であった。
 類い稀なる魔力を持ち、その応用力は群を抜いて秀でていた。
 あまりにも秀でていたため、あらゆる魔法を生み出し、いつしかこの世界で一番の魔術師となっていた。

 ……ざっくりと読んでみたが、とりあえずすげぇ魔法使いだったらしい。
 先日遭遇した本も、なんというか、他と魔法の種類が違う感じがしたもんな。
 そんですげぇ魔法が使えたばっかりに、そのすげぇ魔法を政治利用されそうになっていた。
 この国の利となるようにその魔法を使え。この国が未来永劫繫栄し続けるようにその魔法を使え。と、そこまではまだ良かったのだが、人間とは欲深いもので。
 その魔法を使って他国を潰せ。その魔法を使って世界を掌握しろ。その魔法を使ってこの世の全てを支配しろ。と、王宮中枢部からの要求はどんどんエスカレートしていったわけだ。
 しかし、時の国王はそれを良しとしなかった。
 このままでは本当に世界征服をしろという命令を出してしまうかもしれない。そう思った国王は、アンガーミュラー家を取り潰した。あれこれ罪をでっちあげて、罪人に仕立てあげて。
 罪状は横領だの所得隠しだのといった金銭絡みのもの。その他は民に知られるわけにはいかない、国王のみが知っているとんでもなく悪い罪。
 そして罪人となったトート・ウィステリア・アンガーミュラーはどこか遠い遠い国へと追放された。だから二度とこの国に戻ってくることはない。
 そうして彼の魔法を悪い方向へと利用しようとしていた人々を強制的に黙らせたわけだ。
 無実の彼を罪人にしてしまった時の国王は、もちろん彼にきちんと謝罪をしたし、トート・ウィステリア・アンガーミュラーも納得していた。トート・ウィステリア・アンガーミュラーだって世界征服なんか望んでいなかったから。
 年表を見た感じ、トート・ウィステリア・アンガーミュラーがこの国を出るまでにそこそこの年数を要しているから、この一悶着もそんなに簡単に解決したわけじゃないんだろうなぁ。

「んー……」

 ちょっと目が疲れたので、ぱらぱらと年表を眺める。結構長い。
 追放、というか隔離された感じになったトート・ウィステリア・アンガーミュラーが向かったのは、例の帝国だ。
 そこでミュラー子爵として生きたらしい。帝国で魔法の研究をして、結婚して子どもにも恵まれて、案外幸せそうな人生を送ったみたい。
 結局トート・ウィステリア・アンガーミュラーという人は、すげぇ魔法が使えたゆえに他国に隔離された人ってことで良さそうだな。

 ……問題は、彼自身じゃない。

 年表の次のページにあったのは、アンガーミュラー家の家系図だった。二人ほど赤いインクで印がつけられている人物がいる。
 印をつけたのはもちろん先生で、印がついているのは、おそらく問題児。
 まず印がついていたのは、トート・ウィステリア・アンガーミュラーの息子。四人兄弟の三男だ。
 他の資料を漁ってみると、三男は父親の本当の名前を知ってしまったらしい。
 トート・ミュラー子爵ではなく、トート・ウィステリア・アンガーミュラーという本当の名を。
 当然トート・ウィステリア・アンガーミュラーと時の国王とのやり取りを知らない彼は、父親は不当に扱われている。そう思い至る。
 思い至るだけであればもちろん問題はなかったのだけれど、彼はとても行動力に溢れていたらしい。
 なぜ父親が不当に扱われているのか、その謎を解くため、この国にやってきたのだ。
 そこで運悪くずる賢いタイプの貴族に目を付けられて、悪の道へと引きずり込まれる、と。
 ずる賢いタイプの貴族、当時の伯爵はトート・ウィステリア・アンガーミュラーの功績などはどうでも良かった。ただただ彼の血筋に興味があっただけ。自分の家から優秀な魔法使いが生まれれば将来安泰だと思っただけ。
 今も昔も大して変わらないけれど、貴族というのは己の家さえ繁栄すればそれでいいと思っている節がある。彼もそういうタイプの貴族だったわけだ。
 そんなこと考えつきもしない例の三男を悪い道へと引きずり込んで、ぐずぐずにしたところで己の娘と結婚させて子を産ませた。
 しかし産めども産めども優秀な子は出てこない。
 子どもが五人ほどになった頃、残念ながらぐずぐずにされた例の三男は想定以上にぐずぐずになって、酒を浴びるほど飲んだ帰り道、川に転落して亡くなった。
 ちなみにずる賢い伯爵もそれから数年後には別の悪事がバレて没落している、と注釈が入っていた。
 そして、もう一つの赤い印が目に入る。見た感じここから突然先生の走り書きのメモが増えている。
 そんな次の赤い印は、例の三男の娘から伸びた線の先にいる女性。しかし例の三男の娘と言っても、ずる賢い伯爵の娘との間に産まれた娘ではない。伯爵家の使用人との間に出来た娘だ。悪い道に引きずり込まれる途中で使用人に手を出していたらしい。
 その娘の子どもの子どもの子ども……、と、家系図を右手の人差し指でなぞりながら左手で己のこめかみを揉む。ごちゃごちゃしてきたから。
 ……で、例の三男の娘の子どもの子どもの子どもの……その女性は藤色の髪に黒と見間違うほどの紫の瞳を持っていた。
 これこそが大輪の乙女なのだそうだ。
 経緯は詳しく分かっていないけれど、おそらくこの色に目を付けたかの帝国の貴族が平民として生きていた彼女を引き取って育てた……いや、駒にした。
 国は違えど発想は多分ずる賢い伯爵と同じ。己の家から偉大な魔法使いを生み出したい。その一心だった。
 引き取った貴族は彼女に命令魔法を叩き込み、強制的に魔法使いになるように育て上げていった。
 そうして凄惨な戦場に駆り出されたり、望まぬ結婚を強いられたり、強制的に子を産まされたり、その結婚相手に売られて見知らぬ貴族との子を産まされたり。最終的には子が出来なくなったところで不要だと切り捨てられるような、本当に散々な人生だったようだ。
 呪われたって文句言えなくない? だって、悪いのは誰だ? 一人の人間を駒にした貴族では?
 これは、誰に肩入れすべきか分からなくなってきたな。
 いやもちろんあの可哀想な少女のために、全てを奪い去ったあの女に復讐を、とは思っているけれど。
 しかしあの女が大輪の乙女の生まれ変わりだったら……?
 なんて考えていたら、資料の最後に先生の走り書きのメモがあった。

『あの子が大輪の乙女の生まれ変わりである可能性もあるかもしれない。しかし戦場に赴いていた時の大輪の乙女は、女神のような人だったという文献もある。彼女があんなことをするとは思えない。いや、思いたくない』

 だそうだ。
 思いたくないかもしれないけれど、無理矢理子どもを産まされる気持ちを考えれば、やっぱり呪いたくなる気持ちも分かる。っていうか呪われろと思う。

「あの子って、誰ですか?」

「うわっビックリした! ロザリー、背後から急に声掛けてくるのやめてくれない?」

「ごめんなさい。でも何度呼び掛けても気付いてもらえなかったから」

 そう言われてふと顔を上げると、いつの間にか授業は終わっていた。
 資料を読むのに集中し過ぎていたようだ。

「それで、あの子って?」

「えーっと」

 答えられない私は言い逃れる方法を探そうと、資料をぱらぱらと捲る。
 どこかになにかがあったかのように装って。

「トリーナ様でも、ベルク様でもない誰かがいらっしゃる感じで?」

「……この書きかただと、それっぽく見えるよねぇ。私はちょっとよくわかんないけど」

 はぐらかすの下手くそかな、と思いつつそんな言葉しか出てこなかった。
 とにかく早く先生に助けてもらおう。それがいい。
 というか、ロザリーって気配消すの異様に上手すぎない?




 
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