元歌い手悪役令嬢、うっかりラスボスに懐かれる

蔵崎とら

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憂鬱な夜会

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「はぁぁ……」

 憂鬱である。
 それはもう憂鬱である。
 なぜなら今日は、例の夜会が開かれる日だから。
 しかし今身にまとっているのは最強で最高に可愛いドレスなのでもっと嬉しい気持ちでいたい。
 ……あー、でもやっぱり憂鬱だ。
 結局あれからクリストハルト様とは会えなかった。それどころか連絡さえもとっていない。
 もうすでに忘れられてしまったのだろうか?
 ヒロインに一目惚れをしたらきっと私を忘れてしまう、なんて思っていたけれど、よくよく考えてみればその前に飽きられる可能性だって充分あるはずだ。
 私を気に入ってくれたのかも、なんてただの自惚れだったのかもしれない。
 まぁでもそれならそれで、悪魔に魂を売って大変になることを教えなかったことについて私があれこれ考えることもなくなるんだけど。
 教えるべきかどうかも悩ましいし、教えなかった場合後悔するんじゃないかと今から考えすぎて頭痛がするし。
 ……いや、でもやっぱ教えるか教えないか問題はどちらにせよ悩むか。

「はぁ……」

 何度目かのため息を零した私は、考えることを諦めて、のそのそと馬車に乗り込んだのだった。

「のろのろするな」

 馬車を降りたところでフランシス・ヴィージンガーと合流した。
 一応婚約者なのでコイツのエスコートで会場入りするためだ。
 私の装いは紫色で統一してあるが、フランシス・ヴィージンガーの衣装はシルバーだった。そしてところどころに差し色の黄色が入っている。
 その黄色は、本日ヒロインが着てくるドレスと同じ黄色である。
 ヒロインが着てくるドレスを選んだ時、フランシス・ヴィージンガーも一緒にいたわけだから、コイツが知らないわけがない。
 だから、要するに、コイツがヒロインに合わせにいったのだ。
 なぜわざわざ私のドレスについて文句を付けに来たのかは結局分からなかったけれど、あれは私が黄色を着ないかどうかの探りを入れに来ただけなのかもしれない。面倒な男だ。
 私はヒロインとのドレス選びからの流れを知ってるんだから黄色なんて絶対に着ないわ。っていうかそもそも黄色なんか似合わないわ。
 などと脳内で悪態をついている間に、いつも通り、形式通りのファーストダンスまでが終わっていた。
 それにしても運命の歯車が動き出す夜会だからか、いつもよりも妙に苛立ってしまうし、少し緊張もしてしまっているのだろう。
 やたらと喉が渇く。
 ファーストダンスが終わった瞬間フランシス・ヴィージンガーの側を離れて、手近なテーブルに置いてあったオレンジジュースに口を付ける。

「はぁ……」

 あまりにも自然に零れ落ちるものだから、もはやため息で呼吸をしているような気がしてきた。悲しい。
 ……クリストハルト様もいないし。
 ヒロインに一目惚れしちゃう前に、もう一度だけでも会いたいと思ってたのにな。

「まぁ見て、あのお二人。お似合いね」
「本当。ドレスと装飾品にお揃いの色を入れてらっしゃるわ……あら? でも、ヴィージンガー様の婚約者は……別の人よね?」

 おぉ、ヒロインとフランシス・ヴィージンガーが早速噂の的になっている。
 そうそうお嬢様がた。あの女はフランシス・ヴィージンガーの婚約者とは別人なんです。奴の婚約者はね、一応私なんですよ。今あなたたちの後ろにいるのだけれど。

「ヴィージンガー様の婚約者のかたはあんなに可憐な薄桃色の髪ではなかったわ」

 はい。燃えるような真紅です。

「あぁ、そういえば、噂を聞いたことがありますわ。人の婚約者を横取りしようとしてる女がいるって。あの人なのでは?」
「あらやだ、下品だわ」

 クスクスという笑い声が聞こえたと思ったら、そこからは悪口大会のようになっていた。怖い怖い。
 その悪口大会を聞き流していたところ、ヒロインの立場が猛烈に悪くなっているらしいことに気が付いた。
 私が一切関わらないようにしてるからか、野放し状態だもんな。
 本来ならば、前回のお茶会でいびり倒しているのでヒロインはルーシャ・マキオンに対して恐怖心を抱いている。
 だからこの夜会ではフランシス・ヴィージンガーに近付かないようにしようと心に誓ってくるはずなのだ。
 それがどうだろう?
 ドレスと装飾品にお揃いの色を入れたり、すでにイチャイチャしたりしている時点でルーシャ・マキオンに、いや私に対する恐怖心など一ミリも持ち合わせておらずやりたい放題。
 本来ならば、フランシス・ヴィージンガーに近付くつもりはなかったはずなのに、どうしても惹かれ合ってしまう。そして偶然近くにいたところをルーシャ・マキオンに見つかってブチ切れられる。
 ブチ切れたルーシャ・マキオンは、手にしていたワインをヒロインのドレスにぶっかけるのだ。フランシス・ヴィージンガーと選んだ大切なドレスに。
 それがどうだろう?
 今私はオレンジジュースを手にしている。ワイン好きじゃないし。
 しかしこういう揉め事の際、ぶっかけるのはワインと相場が決まっているのはなぜだろう?
 シミになったら取れにくいから? ステイン的なやつのせいで? ……ステインは歯の着色汚れだったっけ?
 でもぶっかけるならオレンジジュースでもよくない? 顔にかかったらワインよりも目に染みて痛そうだし。
 いやオレンジジュースもワインも目に入ったことなんかないからどっちがより痛いかなんて知らんけど。
 ……それはどうでもいいか。っていうか結局はどっちも痛いか。そもそもこの世の大体のものは目に入ると痛い。
 ちなみにクリストハルト・クロウリーはヒロインがルーシャ・マキオンからワインをぶっかけられる前にはもう一目惚れをしかけている。
 そしてワインをかけられてショックを受け、涙を堪えながらこの会場を出る姿を見た瞬間、庇護欲を掻き立てられて完全に落ちるのだ。
 だから……そろそろクリストハルト様の瞳にはヒロインが映ったはずなのだが……いない。どこにいるんだあの人。




 
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