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社交という名の営業活動

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 あ、クリストハルト様だ。やっと見つけた。
 もしかしたら前回みたいにさっさとバルコニーに出てしまっているのかな、と思ったけれど、会場内にいた。会場内の片隅で一点を見詰めてじっとしている。
 何を見ているんだろう? やっぱりヒロインかな?
 バルコニーに出そうな雰囲気があれば私も一緒に出ようかなと思ったんだけど、今のところ動きそうな気配はない。
 話しかけたいけど、婚約者がいる手前、しかもフランシス・ヴィージンガーが婚約者以外の女といちゃついていることに関してこそこそ悪口言ってる人たちもいる中で堂々と男に話しかけるのは気が引ける。
 話したいことは山ほどあるのにな。私が先にバルコニーに出たら、クリストハルト様が来てくれたりするかな?

「あの」
「え、あ、はい」

 バルコニーに出よう、そう思った瞬間、女の子に声を掛けられた。超美人の女の子に。
 え、めちゃくちゃかわいい! って思わず口を衝いて出そうになるくらい超美人だ。……っていうかあれだ、この子あれだ、漫画にもいた! 社交界美人カルテットのうちの一人だ!
 漫画本編にはそんなに出番はなかったのだが、コミックス書き下ろしのおまけにいたのだ。
 うわぁー! 美人が四人集まってイイ男とダメな男の品評会みたいな面白コーナーの人たちだ。カルテットの恋愛相談めちゃくちゃ好きだったー!
 ……え!? なぜカルテットの一人から声掛けられた!?
 一瞬懐かしさで意識が逸れたが、よく考えたら社交界美人カルテットとルーシャ・マキオンに接点などない。

「そのドレス、とっても美しいですね」

 うわぁー! 美人にドレス褒められたー! と、有頂天になりかけたところで、彼女の視線がコサージュに向いていることに気が付いた。

「あ、これ」
「そう、そちらの」
「そうなんです、これ、私もお気に入りで」
「そんな美しい飾り、初めて見ましたわ」
「オーバン家のご令嬢に作っていただいたのです。これ、布で出来ているんですよ」
「まぁ。まぁまぁ綺麗。少し触れても?」
「大丈夫です」

 美人が私の胸元に近付いてきた。
 遠目に見ても美人だけど、近くで見ても超美人だなぁ。まつ毛長いし、あといい匂いがする。

「こちらは……真珠?」
「マキオンパールです」
「マキオンパールというと、マキオン家の領地でのみ採れるというあの? あ、ドレスについているこのキラキラ全てがマキオンパール?」
「はい」
「まぁ綺麗。マキオンパールという物があるということは知っていたけれど、こんなに綺麗なのね」

 めちゃくちゃ褒められている。めちゃくちゃ嬉しい。

「まぁハンネローレさん、何をしていらっしゃるの?」
「恐喝?」
「カツアゲ?」

 うわぁー! 社交界美人カルテットの残りの三人がわらわらと集まって来たー! しかも恐喝とかカツアゲとか面白ワードとともにやって来たー!

「恐喝でもカツアゲでもありませんわ。ほらごらんなさいよこの綺麗な飾りと綺麗な真珠。皆様知ってました? マキオンパールですって」
「知ってますわ。というかそちら、マキオン家のご令嬢でしょう?」
「え、そうでしたの?」
「あの、はい、ルーシャ・マキオンと申します」

 社交界美人カルテットの一人から認知されていたという驚きを必死で隠しながら、私は精一杯優雅に礼をした。
 内心驚き半分アイドルファン気分半分、みたいな状態ではあるのだけど、彼女たちにこのコサージュを売り込めば流行らせてくれるかもしれない。
 なぜなら社交界美人カルテットはこの社交界のファッションリーダー的存在だし、彼女たちの影響力は強い。
 彼女たちがこのコサージュを流行らせてくれれば、コサージュが売れる、マリカさんが沢山つまみ細工を作れる、売り場が拡大する、マキオンパールを買えるようになる、マキオンパールの大口取引先になる、という好循環が生まれる、気がする!
 心の中で盛大な計算を繰り広げていると、クリストハルト様が近付いて来ているのが見えた。
 美女たちに囲まれている私を見付けて来たのか? と少しだけ期待したけれど、そうではなかったらしい。

「ハンネローレ嬢」

 クリストハルト様が声を掛けたのは、一番に声をかけて来てくれたハンネローレ様だった。
 クリストハルト様はハンネローレ様をそっと呼び出して、少し離れたところで何かお話をしている。

「これはドレスから作ったのかしら?」

 そんな私にはもちろん、クリストハルト様やハンネローレ様に構うことなく話を続けている社交界美人カルテットの残りのお三方。

「いえ、ドレスは普通に買ったものです。それにいただいたこのコサージュとマキオンパールを縫い付けたんです。私と我が家のお針子とで」
「まぁ! 自分で縫い付けたのね!」
「この飾りをお帽子に縫い付けるのも素敵じゃない?」
「わたくしはこの大粒のマキオンパールだけを使ったシンプルなイヤリングが欲しいわ」
「絶対可愛い~!」

 めちゃくちゃ盛り上がっている! これは、売れるぞ……!

「この飾りは買えるのかしら?」
「オーバン家のご令嬢が領地で売っているそうなのでそちらに行けば買えると思います。私も先日教えてもらったばかりなのでまだ行ったことはないのですが」
「見てみたいわね」
「あなた、お店ごと買い占めそうね」

 私を挟んでめちゃくちゃ盛り上がってる!
 三人が次から次に、しかも矢継ぎ早に喋るから誰が喋ってるのか分からなくなるけど、つまみ細工もマキオンパールも気に入ってくれてるみたいだからこの際その辺はどうでもいいとしよう。
 あ、でもいつか名前を教えてもらってもっと仲良くなれたら嬉しいけど。

「あら、呼ばれているわ」

 少し離れたところで、カルテットの中の誰かを呼んでる男がいる。どなたかの婚約者だろうか。

「そろそろ私たちも行かなくちゃ。それじゃあルーシャさん、ごきげんよう」
「あ、はい」
「今度またマキオンパールを見せてね」
「はい!」

 そう言って、社交界美人カルテットの皆さんは去っていった。嵐のような人たちだった。
 嵐が去った後、その場に残っていたのは私とクリストハルト様。

「久しぶり、ルーシャ」
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
「ちょっと忙しかったけど元気だったよ」

 忙しかったんだなぁ、なんて思いながらクリストハルト様を見上げたところ、彼は何かに気が付いたらしく、どこか遠くをキラキラした瞳で見ていた。とても真っ直ぐ。
 その視線を追うと、そこにはヒロインの姿が……。

「あれだ」
「え?」
「やっと見つけた」

 ……ヒロインを?

「ちょっと行ってくる! 待ってて」

 ワインをかけられて立ち去る姿ではないけれど、やっぱりクリストハルト様はあのヒロインに……ん?

「え、待ってて? って、え?」

 待っててって、何を……?




 
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