元歌い手悪役令嬢、うっかりラスボスに懐かれる

蔵崎とら

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進化したマラカス

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 そーっと横目でヒロインのほうを見てみると、青い顔をしてこちらから離れていく姿が見えた。
 社交界美人カルテットの皆さんが言ってたことを自分のことだと思ったのかもしれない。
 私も彼女たちはヒロインのことを言っているのか? と思ったけれど、私はヒロインに婚約者を奪われそうだなんてこと彼女たちには言っていない。彼女たちどころか誰にも言っていない。
 でもタイミングがあまりにも絶妙過ぎた。ということは、私が何も言わなくとも傍から見て分かるくらいヒロインがフランシス・ヴィージンガーにべったりだってこと?
 まぁ私が邪魔をしていないから二人が一緒にいる確率は上がっているみたいだけれども。とはいえそもそも私も邪魔する気がないからな。最終的にはあの二人がくっつけばいいと思っているわけだし。
 そもそも最初からフランシス・ヴィージンガーと結婚する気はなかったんだから、フランシス・ヴィージンガーがもっとフレンドリーであればヒロインとくっつけるために協力をすることも辞さないくらいだったのだ。だがしかし、なぜかフランシス・ヴィージンガーが私と接する時、常に半ギレだからそんな話を言い出すタイミングもなく。

「あぁ、あとそれからね、婚約者がいる相手にうっかり恋をしてしまった間抜けな男もいるそうよ」

 間抜けな男ってことはフランシス・ヴィージンガーのこと……じゃないな? ヒロインに婚約者なんかいないはず。ということは、さっきのもヒロインじゃなくて別の人? わかんねぇ!

「婚約者がいる相手なんだから結ばれない可能性のほうが高いのにねぇ」

 と、ハンネローレ様が可哀想なものを見るような目で私のほうを見ている。なぜ私を見る、と思いつつも私は中途半端な愛想笑いを零すことしか出来なかった。

「でも恋は障害があるほど燃えるって言いますよね」

 のほほんとした笑顔でそう言い放ったアウローラ様の声に美人カルテットの残りの三名とマリカさんまで同調していた。禁断の恋的なものに心をときめかせているらしい。
 私は、私という障害がなくても燃えてる二人もいるけどな……と、横目でフランシス・ヴィージンガーに泣きつきに行ったヒロインを見た。

「だからね、私、その間抜けな男に助言をしてあげたの」
「助言?」
「そう。婚約者からその女の子を奪い取るんじゃなくて、女の子の婚約者が自滅していくのを待ちなさい、って」

 助言が怖い。

「早い話、誘拐でもしてしまえば奪い取ることも可能でしょうけれど、それだと女の子が不幸になりかねませんもの」

 物騒だな。誘拐て。
 しかし婚約者が自滅するのを待つってことは、自滅する可能性があるということだろうか? 可能性もないのに待てるか?

「自滅……」

 そんな私の小さな小さな呟きをハンネローレ様が拾って、そして笑った。

「自滅させる方法なんて、結構たくさんあるものよ」

 なんて言いながら。
 この人を敵に回してはいけない。そう悟った。
 しかしわざわざアドバイスをしてあげるってことは、知り合いだったり友達だったりする人なのだろうか?
 貴族の婚約だの結婚だのって下手したら拗れて家同士の大問題に発展しかねないし、口を挟むと自分まで巻き込まれる可能性もあるだろう。
 ただの顔見知り程度なら口なんか挟むもんじゃないよなぁ。
 ……あ、もしかして、ハンネローレ様に片想いをしている男とかなんじゃないだろうか? ハンネローレ様には婚約者がいるし。
 婚約者がいるハンネローレ様に恋をした男がいて、ハンネローレ様は「私を奪う気があるなら頑張りなさい」的なアドバイスをした感じ?
 ハンネローレ様にそんなこと言われたら、私なら死ぬ気で頑張っちゃうなぁ。

 その後、マリカさんはお仕事の話でどこかのご夫人に、社交界美人カルテットの皆さんはそれぞれの婚約者に回収されていった。
 私だけ特に何もなく、ぽつんと一人になる。
 そこでやっと思い出した。そういやどっかでフランシス・ヴィージンガーとクリストハルト・クロウリーが小競り合いを起こすんじゃなかったか? と。
 一応私には関係ないけれど、と思いつつ周囲を見渡したが、フランシス・ヴィージンガーとヒロインが一緒にいる姿しか見当たらなかった。
 あの二人が普通にいちゃついているなら私がここでぽつんと一人ぼっちだと陰口を叩かれかねない。逃げるか。
 私が逃げる場所といえば、もちろんバルコニー。誰もいなければいいのだけれど、と思いながらそーっとバルコニーに足を踏み入れる。
 良かった、誰もいない。

「はぁぁぁー……」

 今回はマリカさんや社交界美人カルテットの皆さんがいてくれたおかげで楽しいことも多かった夜会だが、やはりこういう貴族の集まりは息が詰まる。
 バルコニーに出た途端大きなため息が出た。

「……あーあ」

 ついにはため息交じりの独り言まで出た。もうだめだ。もうやだ。歌うしかない。
 バルコニーに人がいないのをいいことに、今日もまたバルコニーの欄干に身体を預けながら鼻歌を零す。
 見上げた星空があんまりにも綺麗だったから、星空の歌を。私の唇から零れ落ちた歌が、星空に溶けていくように。

 ――シャン、シャン。

 ……うん?
 めちゃくちゃ綺麗な音の合いの手が入った? と思って振り返れば、そこにはクリストハルト様がいた。

「見て見て」

 クリストハルト様が何かを持っている?

「なんですか、それ……ん? え? それ、マキオンパールマラカス……?」
「そう! 王都のガラス職人に頼んで回って一番いい音がするガラスの小瓶を作ってもらったんだ。マラカスっつっても通じなかったから普通に小瓶なんだけど」

 ただの質素な瓶に入れただけのマキオンパールマラカスが進化している。
 手のひらサイズのころんとした激かわ小瓶にマキオンパールが入っていて見た目も綺麗だし音も段違いだ。
 これは……売れるのでは? ……いやいやいや折角クリストハルト様が作ってくれた物を売ろうとしてはいけない。

「で、こっちはルーシャにあげる」
「え、でも」

 こんなお高そうな物ほいほい貰ってもいいのか?

「まぁ中身はこないだ貰ったやつだから偉そうにあげるなんて言えたもんじゃないんだけどね」

 クリストハルト様の照れ笑いがあまりにも可愛くて、完全に見とれてしまった私は無意識のうちに新マキオンパールマラカスを受け取っていたのだった。

「……最近忙しそうだったのってもしかして」
「一番綺麗な音がする瓶を作ってくれる職人を探してた」

 マジか。

「その手の怪我は?」
「あぁ、これは別件だし怪我でもないよ」

 全てが予想外だし予想外過ぎて自分で瓶を作ろうとして怪我したのかと思ったわ。さすがにそれはないか。




 
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