高度10キロメートルの告白・完全版

赤井ちひろ

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第一章・イージスの盾・

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そして俺はこの男を世界のてっぺんまでのし上げたいと思っている。そしてそれを涼は知っている。
悠にとって三枝 涼という男は、誰にも侮辱されていい存在じゃなかったのだ。
だから『お前は主人に恥をかかせるのか? お前に痛みと快楽の快感を与えてやる主人に。姫抱き等そもそもMを従えさせられない、出来損ないの主人の苦渋の選択だぞ』と言われた時、ビクンと体が反応した。
三枝涼を、例えお気楽な気持ちで入った畑違いの場所であれ、侮辱される事は自分自身が許せなかったのだ。
中には本当に相手を辱しめる為だけに衣服を脱がせ、切れても関係ないとばかりに尻尾を刺し、鞭で叩く男もいるだろう。
しかし詩音という紳士はそうではなかったし、あの高塔という男も、あの少年を愛している。何となく俺はそんな気がした。
安心して恥ずかしい秘部を晒そう。自分を守る衣服の一枚すら持たない俺を、この横にいる男は、守れる力を持っているんだと、周りに認めさせる為に。
恍惚の表情で歩く事は、そんな崇高な奴隷を持てる主人は素晴らしいと見せつける行為と、おそらく等価なのだと歪んだ愛を、俺はやっと理解した。
「悠さん……」
「良く書けたね。君は詩音さんに愛されるべき素敵な子だよ」
「僕のために……こんな書面にサインまで……」
天音はそう言って詩音の足元にすがりつく。
「本当に何と言って良いのか、お友達まで巻き込んでしまいました」
 アランはそれを聞き腹を抱えて笑った。
「悠君もラファエルも別に巻き込まれたわけではないと思うぞ。そもそも悠君だけならいざ知らず、氷のエンジェルと異名をもつこいつが、そんなことに心を持っていかれる訳はないだろう。他人にめっきり興味が無いんだ」
「では……なぜ」
詩音は自分の不甲斐なさから見ず知らずの方の恋人まで巻き込んだと思っている。
「悠君は人の心を知ることが本当に得意なのだよ。知らなければ君は傷つかないのに、と我々が心配してしまうくらいに」
 ボディーガード兼フロアマネージャーである男は書類に印鑑を押し、持って帰って来て言った。
「では再度、説明いたします。まずいつ何時であれ、ここ夜間飛行に入る際には、Mはここで衣類を脱ぎ、まず四つん這いにならなければなりません。ここからは更に重要です」
まずここまで出来るかと問われ、俺達はなんの戸惑いもなく、靴下の一枚にいたるまで脱いだ。
「おやおや、お二人とも綺麗な顔に似合わない程立派なものをお持ちだ。もう少し小ぶりの方が可愛らしくて良いのですがねぇ」
「さらせっ」
「今からSM部屋に行くまでに幾つかの関門があります。一度だけノーという権利を持っている事を覚えていて下さい」
悠もラファエルも決めたら引かない。男くさいって意味では、涼やアランより遥かに上だ。
「今さらだと思うけど、とりあえず一度の拒否権があるんだね。理解した」
それを確認した男は続きを読み上げた。
「では今からクリアしなければならない事をお伝えします」
まず衣服をいれるロッカーの鍵は匂いです。
「匂い?」
「ええこの尻尾のさす部分に付着した粘液と匂いがロッカーの番号のパスワードです」
よくわからないというの顔をした天音に対し、悠もラファエルもなんとなく事態は理解した。 
 もじもじする天音を、見ていられなくて悠は詳しく話してくれといった。
高塔が少年を呼ぶ。
四つん這いで歩きながら尻をこちらにむけ高くあげた。
ズポッという音がし尻尾が抜かれる。
「ア————ンンハァン」
「このバルブには徐々に膨らむシリコン製のイボが付いていましてね、十五分もいれていたらそれはくっきりとすがたをあらわす。抜く時が、快楽の地獄なのですよ」
 その尻尾をロッカーに近づける。
どのロッカーの前に当てても開かないものが、少年のNo.2の前でカチャリとあいた。
「わかりましたか?」
フロアマネージャーは聞いた。
天音はきょとんとする。
「やればわかります。天音君此方へどうぞ」
男に言われ、恐怖にチンコも縮こまりガタガタ震えている。
見るにみかねて悠が言った。
「俺がやります」
 横を見るとラファエルがおまえはばかかという顔をしている。
「練習用のロッカーですから、今やっても貴方はもう一度やる事になりますよ? 見たところ貴方は理解したように思うのですが」
「大丈夫です。二度やりますから」
 フロアマネージャーは主人である涼に了解をとるように顔をみた。
 涼は悠がなぜ立候補したのかが分かるだけに、ノーとは言えなかった。
「どうぞ、悠の尻で試して下さい」
 許可を出す様に涼が俺の尻をむんずとつかんだ。
「ほんとにいいのですか? かなりの苦痛ですが……」
「構わんよ。自分で言いだしたんだから」
さすがは涼だぜ。俺の愛する男……。
涼は天音に向かって一声言いはなった。
「絶対に目を閉じるな。悠が何を叫んでもお前は目を背けるな! それがお前のやるべき事だ」
痛みと快楽の狭間で、穏やかな波に揺られている様な感覚に陥りながら、俺は幸せと言う名前のボートにのっていた。
そのボートは俺を優しく抱きしめ小さなキスを降らせた。
「悠……悠……世界一カッコいい俺の男……。誰よりも優しい大切な恋人」
最後の力をふり絞って自身に突き刺した瞬間……痛みに失神していたのか……少しばかりの記憶がない。
「もう一度……出来るか? まだお前の分があるのだが……」
うっすらと目を開けると、心配そうに覗き込む顔があった。
「失神していたのか? 情けねぇーな」
俺が自嘲気味にいうと、フロアマネージャーと呼ばれる人物は俺をみて言った。
「そんな事はありませんよ。長くこの仕事していますが……最期まで許しを乞うでもなく、自分でラストのショーまでやりきられました。何故そこまで出来たのですか? 先程も申しましたが、貴方は理解されていたでしょう?」
何故サンプルをかって出たのかということか?
「泣きそうな子羊がいたから……」
 俺がそういうとラファエルが小さな声で笑った。
「アルピニストかお前……」
「いや、山はもう制覇した。世界一高いカッコいい山を俺は制覇しているから……だから山はもういらないよ」
「エベレストは俺の男アランだし」
ラファエルは鞭で叩かれないように小さな声でいった。
 目の前で既に尻尾の生えたメス豹は、アランの横に寄り添い顎や頭をスリスリしながら四つん這いになっていた。
「俺待ちか……」
 若干の痛みが下半身を襲う。俺のそこは少し切れて血が流れていた。ちらりと見た涼の顔が苦悩に歪んでいる。
 ————それだけで俺には十分だ。
俺はそう思うと、無言でケツを高くあげると自分で尻尾を抜いた。
「ンンンン————グフッ」
もう一度、あれをやるのか……。心臓がドクンと跳ねた。
これは恐怖か、それとも……歓喜なのか。この時の俺にはもうそれすら分からなかった。
「始めて下さい」
いうと素直に尻を高く持ち上げた。フロアマネージャーは一歩も動く気配がなく、不思議そうに見ると、おもむろに言った。
「貴方の尻に尻尾を刺して下さるご主人様はあちらです」
俺が振り返ったその先には、俺の宇宙より高いプライドより、もっと大切な男がたっていた。
「来い!」
唾を飲み込み、喉が上下に嚥下した。言われるまま涼の側まで四つん這いであるいていく。切れている穴が風に当たり痛みが増していく……。沢山の聴衆の真ん中で、捕食者の目をしたアイツに、今からお前の物だという楔を打ち込まれるのだ。
「悠、尻を高くあげて顔を床につけろ」
 俺を凌辱するバリトンボイスはそう命令した。
 その声に反応するように俺は言われるまま冷たい床に頬を付けた。
「自分の手で穴を広げろ。あいつらにしっかり見て貰え。できたら後でご褒美を沢山あげるよ」
もう涼の声だけで俺は逝けるから……。あいつの尾てい骨に響く声に心が反応する。どんなあり得ない命令も、アイツがくだすものならば、俺は全てを受け入れられる。
「そうだ、お前は可愛いな」
 クプリと柔らかい感触がアヌスを襲う。
 ————指だ。
 ンハァ。
つい出てしまった声にさらにペニスが反応したのを、俺のご主人様は見逃さなかった。
「気持ちい? 良い子。ご褒美におしゃぶりさせてやるよ」
 涼は腹の底から響く声でイヤらしい程甘く笑った。
「こっちへおいで」
前が開いたズボンから覗く、ボクサーパンツがくっきりとペニスの形をかたどっている。
普通のものより大きいそれに、感嘆の声が漏れた。
「おー! 超ビックだね」
「あんなので突かれたら裂けてしまうよ」
「涼————」
唯一反応するアイツの声に、無意識に唇を舐めた。そのいやらしい情景に、周りで見ていたS達も生唾を飲んだのがわかる。
「穴を自分で広げたまま口で俺のパンツをずらせ」
手が使えないのがじれったい。
でもご主人様の言いつけだ。一生懸命口でパンツをずらした。その途端『ブルン』っと勢い良く涼のペニスが俺のほほを打った。
「ァンッ」
「ほらご主人様のペニスだ。好きだろう? 咥えろ」
「ゔぉえ————」
涼は喉奥まで入れても口に入りきらないペニスを、口腔の奥を犯すように、無理矢理奥まで突き刺した。
「舐め続けろ。歯を立てたら許さないからな」
悠はコクコクと目に涙を浮かべて頷いた。
「ではここからは最後までノンストップで行かせていただきます。この淫乱ドスケベの雌猫が、絶叫を我慢して俺を逝かせられたら、どうか褒めてあげてくださいね」
会場からは生唾の音だけが響いた。
「お前の口で……俺を逝かせて。俺の与える痛みと快楽で……、よがり狂うお前が……見たい……ごめんな」
誰にも聞こえなかった甘いささやきは、極上の告白だった。
「ほら、気持ちいいか? 奥まで入れないと手前のいいとこに当たるだろぉ? 何だ、自分で奥まで咥えようとしてるのか? 淫乱ドスケベだな。そんな奴にはご褒美だよ」
いつ用意していたのだろうか。洗面器に太めの注射が入っている。俺がちらりと見ると、グリセリンだと涼がさらりと言った。
 一気に注入されたグリセリンに腹の中が熱くなる。
 ————痛い、出ちゃう……漏れちゃう。
懇願したい。出させてもらいたい。あぁ、でも、ご主人様が。
「駄目だ。きちんとできたらご褒美だよ」
涙が止まらない俺はどうやら涼支配欲に火をつけてしまったらしい。
腹が膨れ上がりパンパンだ。尻尾を蓋代わりにかき混ぜた。ジュポジュポ、ぐちゃぐちゃ、びちょびちょと卑猥な音のオンパレード。
  ————アイツ……五回どころかゆうに十回は出し入れを繰り返しやがって。
ガチャ。なんと重い音だったろうか。77番のキーは無事に登録された。
意識がもうろうとしている悠に、友人としての役割も捨てていないラファエルは、尻尾を嵌めたまま近寄った。
ここは共有スペースだったから、俺たちMに会話の権利はない。
アランに迷惑……かけるから、言いたくても言えない。ラファエルはそんな顔をしていた。
ラファエルの目からは大粒の涙が止まらない。
「悠……、悠……お願い目を開けて。涼、あいつ、ここ出たら殺してやる」
誰にも聞こえない小さな声が、俺にはしっかりと届いた。
「ラフ、涼を怒んないで」
「なんで? こんな目にあってんのに、お前……なんであんな奴の心配してんだよぉ」 
「三枝様?」
フロアマネージャーが呼んだ。
「なんだ?」
「ロペス様がお呼びでしたので」
「なんだ、アラン」
 いつの間にかワーグナーはすでに次の曲に代わっていた。
「カルミナ・ブラーナか。良い趣味だ」
「そんなこと今はどうでもいいだろう。なんだじゃないだろう、お前やりすぎだ」
涼は黙って悠のところに行き、悠を見下ろして言った。
 ゾクゾクする程いやらし響きがフロアーに木魂(こだま)する。
既に1人で立つにはとうに限界の悠に向かって……更なる命令を下した。
「立て、ちんちんだ。二足歩行は出来ないか?」
さすがの高塔もそこにいた全ての主人が、驚愕の表情をもって三枝を見た。
「なっ」
ラファエルの感情を持たないような綺麗な目が、悔し涙を伴い涼を睨んだ。
「殺してやる」
四つん這いの命令も忘れ、ラファエルはゆらゆらと立ち上がる。その拳は固く握られていた。
命令違反は鞭の対象だ。
ラファエルが立ち上がるのを確認したアランは、悔しさから椅子を蹴り上げた。
「くそっ、ばかが」
舌打ちをしたアランは、他の主人の鞭がラファエルに入る前に自身の鞭を振り上げた。正当な主人に鞭を振り上げられたとなっては、他の主人は手を出すわけにはいかない。Mである事も忘れ、ここ【夜間飛行】のトップに位置するご主人様に手を上げようというのだ、罰則も覚悟の上なのだろう。
「……やめて、ラフ」
 ヒートアップしたラファエルに悠の声は届かない。
「折檻も調教も覚悟の上さ。でもテメェだけは許さねぇ」
ラファエルが涼の胸ぐらを掴んだ。
アランが振り上げた鞭がラファエルを射程圏内に捉えたその瞬間、ラファエルを庇う様に回り込んだのは意識も朦朧としていた悠だった。
「悠君どけ! 間に合わん」
ラファエルを庇う様に自身の真っ白い背中をさらすと、これから来る痛みに耐えるように歯を食いしばった。
背後を庇われたラファエルの目が大きく見開かれた。
————静かだ……
オルフのカルミナ・ブラーナだけが荘厳なまでに鳴り響き、無声映画のコマ送りの様にアランの鞭が悠を襲った。悠もラファエルもギュッと目を瞑った。
十秒はゆうに経っただろうか。
鞭が振り下ろされるには十分な時間が経過している。悠とラファエルはそっと目を開けると、不思議そうに背後を見た。
そこに居たのは、アランの鞭を自身の腕に巻き付けるように悠を守る涼の姿だった。
アランは涼が手を出すとは思わなかった。
いやそこにいた誰もが、まさにそう思ったに違いない。
涼は、自身の手に巻き付いている鞭を無造作に外すと、ミミズ腫れの様になっている左腕を舐めた。
「マネージャー、下の部屋に行きたいのだが、もう行けるのではないのか?」
何事も無かったかの様に話す涼に、慌ててマネージャーは声を掛けた。
「それは勿論ですが、腕は大丈夫でしょうか。責任の所在を明らかにせねば」
「責任? 主人側にルールはないだろう? 制約もないはずだ。とすればこれは勝手に手を出した俺の責任という事になる」
涼は淡々と言い放つ。
「三枝様が宜しいのであれば……私共が何も言う事は御座いません」
 涼はラファエルの手を外すと言った。
「殺しそうな勢いで睨むな。まだ殺されてはやれんよ」
「てめぇ。どういうつもりだよ」
ラファエルの口を大きな手が覆う。
「アラン、お前のだろう? 返すぞ」
アランは足早にラファエルの近くによると、涼の代わりに口を覆い耳元で囁いた。
「お願いだから、鞭で打ちたくはない。いい子にしておくれ」
アランに頼まれれば嫌とは言えない。そのくらいにはあの男のことを愛しているし、それに俺が何かをすればまたきっと悠が俺を庇うんだ。
「守りたかったのに……結局、いつも俺の方が守られている」
 体の内部から洩れるような声に、俺はそんなことないよ。と心の中で答えた。
「なぁマネージャー」
「はい、何でございましょうか」
「Mは部屋までは発言する自由意思も無いと言ったよな」
「はい、申しました。絶叫と嬌声以外の発言権は御座いません。【夜間飛行】のルールでございます」
「では命令なら口は聞けるのか?」
「はい? ————はい。さようでございます」
アランとラファエルは涼の意思がくみ取れず、また何か起きなければいいと思わずにはいられなかった。
「悠」
悠は涼を見上げてにっこりと笑った。なんて綺麗に笑う青年なんだろう。周囲からは羨望のまなざしが上がった。
「はい、ご主人様」
涼はかがむと悠の両の乳首を親指と人差し指でくりくりと弄った。そしてそのままギュッと摘まみ、「たて」と引っ張った。
「ぁんっ……ぅぅ————ぅん……あは————」
アランは無意識のうちにラファエルの足の裏を靴で抑えていた。
それに気が付いたラファエルはアランを見上げると、大丈夫だという顔をした。
乳首をひっぱりあげられている痛みの中で、あんなに優しい顔をする悠に周りは何も言うことが出来ない。
誰もが三枝の次の一言が気になり耳をそばだてた。
————本当に静かだ。
————さっきから流れているカルミナ・ブラーナ、ラファエルと良く歌った歌だ。
「歌を歌え」 
「三枝様?」
「悠、カルミナ・ブラーナのForlune plango vulneraだ」
「三枝様……」
「悠、歌だ。俺の腕にしがみつき、俺の為に歌え。歌っている間、俺から絶対に離れるな。命令だ」
悠の愛すべきバリトンボイスは、悠を守る盾であった。
部屋につくまでの五分ほどではあったが、【夜間飛行】の廊下には世界で一番美しい女神の歌声が響いた。 
「ここからは治外法権ですので我々は手を出しません。ですがMの放つセーフティワードだけは、何があっても必ず守ってください」 
フロアマネージャーは二組の主従関係を確認すると言った。
「いや、あなた達に限ってそんなことは起こりえないのでしょうね。あなた達の様な人を私は今迄見たことがありません。絶叫を隠すために防音ですから、少々手荒なプレイも大丈夫です」
フロアマネージャーは、それだけ言うと音楽のボリュームをあげて出ていった。この館の中は夜中になると、カルミナ・ブラーナがかかるらしい。確かに館にはぴったりのイメージだ。
鍵を開けると中はみだらな器具で埋め尽くされたSMルームだった。
「あとは話も自由ですよ。では良い夜を……」
パタンと音がして、扉は閉まり自動でガチャリと鍵がかかった。
「悠、大丈夫?」
 一番先に声を出したのはラファエルだった。
「ラファエル、あんなとこで飛び出したら危ないでしょう。鞭を振り上げなきゃならないアランの事を考えて!」 
「だって……」
 ラファエルは涼をみて、今度こそ本気で掴みかかった。
「だいたいお前が……」
掴みかかる手を今度は払いもせず真っ直ぐにラファエルを見た。「殴りたければ殴ればいい。俺はそれだけの事をした」
「良くもぬけぬけと! こいつは本当に優しいんだ! お前なんかには勿体ないと、あの結婚式の日にも言っただろう?」
ラファエルは三枝が悠にプロポーズしたあの日の事を想い出していた。
悠はあの日諦めようと覚悟を決めた。
「『二十年以上も黙ってきたんだぞ!? 今更…いえるかよ』って言っていたんだ。折角伊達メガネで本心をひた隠していたんだから、そのまま邪魔して諦めさせたら良かったよ 」
ラファエルは悔しそうに涙を拭きながら、悠にしがみつく。
「ラファエル……そんな事を言わないで。俺はあの日……背中を押してくれた君や靖二に、感謝しているのだから……」 
あんな気が狂う様な痛みや、プライドをズタズタにされるような事があったと言うのに、存外綺麗に笑うもんだから、ラファエルは胸に言葉が詰まり黙ってしまう。
「まずは尻尾を抜かないか?」
悠は四つん這いになって、三枝の脚に頬を擦り付け、服従の姿勢をとった。
「息を抜けよ、悠」
「ああ、大丈夫……とってくれるかい?」 
「このままプレイは危険だからな……仕方がない」
「クスクス……ならまた帰りに嵌めてね。ご主人様」
「ああお前がそう望むなら。さぁ、ここにおいで」 
 言うと尻尾を三回転させ悠の絶叫とも嬌声ともとれる声と共に、勢いよく抜き去られた。
「ラファエルもお尻見せて……アランに抜いて貰わないと、また帰りにいれて頂くんだから、大切にしなきゃでしょう?」
「入れて頂く……? んだよそれ。お前……今望んでこのプレイの中にいんのかよ……」
それにはただの一言も答えなかった。
「さぁ悠……お前は、どれからしたい?」
涼の内から滲み出る甘美な声と、狂気の命令は…………俺を地獄の快楽へ誘った。
ラファエルはアランの近くに行き軽く尻をあげる。
アランも何も言わず、頭を撫でながらゆっくりと抜いている。
こんな浮気ばかりする男でさえ、恋人の痛みには最新の注意を払うのかと、アランへの新しい発見に俺は不思議な気持ちに陥った。
別々の部屋に消える前、風に流れてラファエルの声が耳に入った。
「俺には何故悠があそこまで出来るのか、わからない。仮に先程のフロアでは仕方がないかも知れなくても、今はもう関係なくないか? 聴衆の中でのあの態度……羞恥心の塊のような悠には、存外恥ずかしいもののはずだろう。なんであいつはあそこまで涼のすることに従うんだ」
 従う。ラファエルの言いたいことは理解できる。しかし何となく違う気がした。

【アラン・ラファエルサイド】
「なぁ、アラン」
「なんだ?」
「あなたは何故……悠が涼の為なんかにあんな酷い事まで我慢できるのかわかる?」
ラファエルはおよそ理解不能と言わんばかりの顔をして、アランに意見を求めた。
「お前はわからないのか?」
アランは膝に愛しい恋人を乗せ、痛みが酷いだろうアナルに当たらないように配慮した。
「なんだよ! 解るのかよ! なら教えてくれよ。俺は涼を殺してしまうかと思ったんだ」
スピーカーから流れてくる曲調が変わった。二時間くらいで入れ替わっていたから、入室してもう四時間以上にはなる算段だ。
今は何時だろうかとラファエルはあたりを見渡す。
いくら探しても、時計らしきものは一つもない。
時間を感じさせない趣向なのだろう。
 入り口が一つだった二組用のプレイルームは左右に小部屋が離れている。防音もしっかりしているし、仮に悠が絶叫していてもこれだけ音楽がかかっていれば、多分ラファエルには聞こえない。
「望んでいるからだよ」
「何が?」
さっきの答えさ。とアランは言った。
「涼が望むから、悠はいやいや付き合うのか?」
 悲しそうに笑う。
「ひでぇ……」
ラファエルは涙を止めなかった。
「逆だよ」
「…………?」
「逆……なんだ」
 アランの膝に逆向きに乗り、首に手を掛けながら、匂いに安心するようにスンスンした。
「アラン……意味がわかんないっ」
「ん……そうだろうね。お前さんはそんなタイプじゃないからな」
理解が出来ずに、腹立ち間際に胸に拳をガンガンあてた。
ラファエルの手首を掴み、愛おしむようにぎゅっと抱き寄せた。
「愛なんだ……」
「だから……なにが?」
「あ————————っ」
「今の声……まさか……悠の絶叫……?」
俺は勢いよく膝からおりると、悠のもとに走り寄ろうとした。
 パシッッッ。
「アラン待って、悠が……」
 部屋の中は各部屋で音量調整が効くらしく、アランはバックミュージックの音をことさら大きく響かせた。
「放っておけ」
「だって悠に何かあったら……、涼の奴、酷すぎる……」
「お前が気にすることじゃない」
「そんな……」
 目からぽろぽろと純度の高い宝石のような雫が零れてきた。
「何を泣くことがある。さっきも言っただろう?」
 乳首をクリップが摘まみ、チェーンが繋がるその先は首輪になっていた。
「あんまり痛くないよ、アラン」
「当然だ。俺はお前を愛している。痛くしたい訳じゃない」
「じゃあさ、涼は悠を玩具だと思っているのか?」
「玩具か……ラファエル、お前はどう感じるんだ?」
流石に十一歳も年上となると……甘やかし方も半端なく、ゆっくりと鎖骨や背中といった痛みを伴わない性感帯をじっくりねっとりと攻めていく。
「ァンッ 二人の ンハ 事?」
「ああ」
「愛し合ってると……ンハァァンッ……信じていたよ。でも……」
「あれは望んでいるんだ。認めたくないなら見に行くか? 俺の言っている意味がよくわかるだろうよ」
————ただし……。
「なに?」
「さっきも言ったな。俺はお前を鞭で打ったりしたくない……。お前だって嫌だろ? だからいい子にする為に少ーしだけ……拘束しよう」
盛大にかかるタンゴをゆりかごの様にして、ラファエルの耳元で囁く静かな声に、身体の中心はビクンビクンと……生き物のように動いていく。
「ねぇ、アラン、痛いのイヤ……」
するわけないだろう。チュっと軽い音がするように沢山のキスを体に降らし、そのどれもがうっすらと赤いバラの花弁に変わっていった。
「あっちの部屋にも拘束する椅子があるから、お前はそれに座ろうね」
「うん」
「あと……」
「まだあんのかよ……」
「あと一個だけ、向こうで椅子に座って拘束されるまでは、目隠しとヘッドホンはしていくよ。いいね」
「一個じゃないじゃない」
「天邪鬼だな。ごめんごめん、二個な」
手、繋いでいてくれる? 小刻みに震えている手が不安を表していた。
「抱っこしていってあげるさ」
 ————アランは……悠がひどい目に合ってるんじゃないって教えてくれると言った。
「本当に? 俺は悠が大好きなんだ……」
約束通り、ラファエルを抱いて歩いたアランは、あいつにヘッドホンと目隠しをさせていて、良かったと心底思った。
(悠……お前は本当に不安なんだな……。何をそんなに不安に思う。涼ほどお前に執着している男は、いないというのに。)
約束通り、アランはラファエルを抱きしめたまま隣の部屋に行った。
そのまま椅子に座らせ手足に枷をはめた。ただ動きを封じるための、真綿のようなやんわりとしたものだ。
「なんだアラン? ごねられたか。わざわざ目隠しにヘッドフォンまで、随分と用意がいいな」
「想像以上だな、さすがに悠がかわいそうになる」
「かわいそう? コイツが望んでいるのにか?」
「やはりそうか……」
 アランは悲しそうな表情を浮かべた。
悠は大きく開脚した椅子に脚を広げ……乗せられていた。宙に浮かぶその椅子はピストン運動のSM器具で、揺らされることにより、深くまで串刺しに出来るというものだった。
既にされた後なのか……穴は大きく広がり……抜いてある今でさえ、ヒクついて ぱっくり開きっぱなしの穴が存外いやらしくうつった。
悠の側により、声をかけた。
「ここ……ぱっくりあいてイヤらしいね……」
軽く指が振れると、びくびくっと身体が強ばるのがわかった。
「アラン?」
なるほど、飛んでいたわけか。
「アラン、指をいれてみろよ。ぱっくり空いたまま内臓見えそうだ」
「涼……お前……」 
 涼の目は覚悟の決まった男の目だった。悠が望むなら、どこまでも共に堕ちるというのかと、アランは何も言うのをやめた。
 それほどにその男が大切か……。狂気の沙汰としか思えない。
「何故、そこまで付き合うんだ。ほかの男に触らせて、挿れさせて、汚された自分をそれでも涼が愛してるって言うのを、望んでいるとしか映らんよ。お前ひとりじゃ満足できないのか」
「ちげぇよ」
「だってお前はそんなこと望んでないじゃねぇか。ふつうにコイツと恋愛したい、違うか?」
「よく見てるんだな。ちょっとびっくりした」
「茶化すな」
「なぁ本音はどうなんだよ」
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