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第五章
6 月下香の夜花
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翌日の新聞に、小さなニュースになって載っていた。
「――俺が追い詰め、俺が殺したようなもんだ。兄貴を性欲の対象にし……血が滲む兄貴に興奮し、太陽がなければ輝けない月から太陽を奪ったのは、他でもない、俺だよ。
あれ以来――相手の苦しそうに悶える顔やじんわりと浮かぶ血の痕を見ないと感じないんだ。興奮すればするほど記憶が無くなるなんて、鬼畜以外の何者でもないじゃないか……」
「そんなことないよ」
「それなのに、そんな状態に追い詰めた相手が……俺を残して一人でいかないでくれる事を望んでる。追い詰めて痛めつけて、快楽の深淵に落として尚、俺の為に生きろと思っているんだ。
最低な男だよ。愛したい、ただ優しく……それなのに、俺の愛は大切な人を追い詰めていく」
「そんなことないってば」
「オモチャで体験者を募集するのだって、なるべく深みにはまらない為だ。こんな男、普通の人なら二回はしたがらない。でもこちらもそれは自衛なんだよ。だからお願い……逃げて、葵……。俺がお前を追い詰めないうちに……頼むよ」
「月は太陽が居ないと輝けないんだっけ?」
月の光を再度演奏しながら東條の冷たく固まった心をほぐしていく。
「天文学的にもそうだよね。でもさ大和さん、逆もしかりだと思わない?」
葵は色んな事に達観している。
知識や経験からいろいろな角度でものを見る。
これは葵の特技と言っていい。
沈むソファに背中を預け、心なしか小さく見える東條に、ピアノの前から大和さんと声をかけると、不安そうに顔を上げた東條と目が合った。
「困った人……」
「……………………」
ふんわり、そんな雰囲気が本当に良く似合う。葵は誰と居ても幸せになれると東條は思った。皆が葵を愛してあげたいって思うはずなんだと、自分を戒めた。
――俺なんかじゃなくて……。
「聞いてる?」
覗き込むように顔を近づける。
「ああ、ごめんよ。聞いているのだよ」
「太陽だって月が居なきゃきっと幸せじゃないんだよ。光輝やかせるその物体そのものがなければ……太陽の存在意義も揺らぐかもしれないじゃないか」
「葵?」
「俺の太陽はどうしようもない男でさ……声と顔以外良いとこない」
「それ、俺のことか?」
「自分の恋人にそれ俺かとか、貞操を疑うような最低野郎でさ」
「そういう意味じゃない……」
大の大人が、泣きそうな顔をして、縋るように見つめてくる。
葵にとって、東條のその顔は、幸せ以外の何物でもなかった。
「本当に声と顔以外良いところない」
「葵、ひでーな」
「ほんと凄い技術をもつオモチャやのくせに、大人のオモチャでアンアン泣かせることしか考えないし、もっと建設的にその技術使えよ! って思ったりするよ。しかも人を傷つけて興奮感じるような鬼畜な野郎でさ、なのに人を傷つけておいて、さも自分が傷ついた様な顔をするんだぜ。最悪すぎ」
「葵……そう、だよな」
「だからね、そんな最悪なやつ……他のやつに押し付けたら世界が困っちゃうんだよ」
東條のまわりがふんわりと暖かくなった。
「僕は僕の意思で自分の太陽の側に来たんだ。いくら大和さんでも僕の大切な人の悪口は許さない」
東條の目頭が熱くなった。
「あ……あおい……」
「だいたいさ、あんたバカなの? あんたみたいな鬼畜の相手、僕以外に誰が出来るっていうのさ。僕のドMなめんなよ」
こんなに吠えたのはいったいいつぶりだろう。
「ドMなめんなよってなんだよ、葵……」
鼻水でぐしゃぐしゃの顔はイケメンなんかどこ吹く風で、葵は自身の羽織っていたシャツを東條に投げつけ肢体を露にした。
掴まれて打ち身になっている痣が身体中について歯形も3個や4個じゃ飽きたらない。良くみれば脚の間から白い液体が漏れていた。
「良くみろよ。こんなに無惨な痕が沢山ついてる。汚いですか? 大和さんはこんな風にされる事に喜びを見出だす男は汚くて抱きたくないですか?」
――逃がしてなんかやらない。僕は捕まったんじゃない。捕まえられてやったんだ! なめんなよ。
『ヤッチ、月と太陽は離れちゃいけない。もし見つけたなら……何があっても決して放しちゃいけない。これは兄さんの後悔だ。俺のせいでお前をそんな風にしちゃって、ごめんね』
「――俺が追い詰め、俺が殺したようなもんだ。兄貴を性欲の対象にし……血が滲む兄貴に興奮し、太陽がなければ輝けない月から太陽を奪ったのは、他でもない、俺だよ。
あれ以来――相手の苦しそうに悶える顔やじんわりと浮かぶ血の痕を見ないと感じないんだ。興奮すればするほど記憶が無くなるなんて、鬼畜以外の何者でもないじゃないか……」
「そんなことないよ」
「それなのに、そんな状態に追い詰めた相手が……俺を残して一人でいかないでくれる事を望んでる。追い詰めて痛めつけて、快楽の深淵に落として尚、俺の為に生きろと思っているんだ。
最低な男だよ。愛したい、ただ優しく……それなのに、俺の愛は大切な人を追い詰めていく」
「そんなことないってば」
「オモチャで体験者を募集するのだって、なるべく深みにはまらない為だ。こんな男、普通の人なら二回はしたがらない。でもこちらもそれは自衛なんだよ。だからお願い……逃げて、葵……。俺がお前を追い詰めないうちに……頼むよ」
「月は太陽が居ないと輝けないんだっけ?」
月の光を再度演奏しながら東條の冷たく固まった心をほぐしていく。
「天文学的にもそうだよね。でもさ大和さん、逆もしかりだと思わない?」
葵は色んな事に達観している。
知識や経験からいろいろな角度でものを見る。
これは葵の特技と言っていい。
沈むソファに背中を預け、心なしか小さく見える東條に、ピアノの前から大和さんと声をかけると、不安そうに顔を上げた東條と目が合った。
「困った人……」
「……………………」
ふんわり、そんな雰囲気が本当に良く似合う。葵は誰と居ても幸せになれると東條は思った。皆が葵を愛してあげたいって思うはずなんだと、自分を戒めた。
――俺なんかじゃなくて……。
「聞いてる?」
覗き込むように顔を近づける。
「ああ、ごめんよ。聞いているのだよ」
「太陽だって月が居なきゃきっと幸せじゃないんだよ。光輝やかせるその物体そのものがなければ……太陽の存在意義も揺らぐかもしれないじゃないか」
「葵?」
「俺の太陽はどうしようもない男でさ……声と顔以外良いとこない」
「それ、俺のことか?」
「自分の恋人にそれ俺かとか、貞操を疑うような最低野郎でさ」
「そういう意味じゃない……」
大の大人が、泣きそうな顔をして、縋るように見つめてくる。
葵にとって、東條のその顔は、幸せ以外の何物でもなかった。
「本当に声と顔以外良いところない」
「葵、ひでーな」
「ほんと凄い技術をもつオモチャやのくせに、大人のオモチャでアンアン泣かせることしか考えないし、もっと建設的にその技術使えよ! って思ったりするよ。しかも人を傷つけて興奮感じるような鬼畜な野郎でさ、なのに人を傷つけておいて、さも自分が傷ついた様な顔をするんだぜ。最悪すぎ」
「葵……そう、だよな」
「だからね、そんな最悪なやつ……他のやつに押し付けたら世界が困っちゃうんだよ」
東條のまわりがふんわりと暖かくなった。
「僕は僕の意思で自分の太陽の側に来たんだ。いくら大和さんでも僕の大切な人の悪口は許さない」
東條の目頭が熱くなった。
「あ……あおい……」
「だいたいさ、あんたバカなの? あんたみたいな鬼畜の相手、僕以外に誰が出来るっていうのさ。僕のドMなめんなよ」
こんなに吠えたのはいったいいつぶりだろう。
「ドMなめんなよってなんだよ、葵……」
鼻水でぐしゃぐしゃの顔はイケメンなんかどこ吹く風で、葵は自身の羽織っていたシャツを東條に投げつけ肢体を露にした。
掴まれて打ち身になっている痣が身体中について歯形も3個や4個じゃ飽きたらない。良くみれば脚の間から白い液体が漏れていた。
「良くみろよ。こんなに無惨な痕が沢山ついてる。汚いですか? 大和さんはこんな風にされる事に喜びを見出だす男は汚くて抱きたくないですか?」
――逃がしてなんかやらない。僕は捕まったんじゃない。捕まえられてやったんだ! なめんなよ。
『ヤッチ、月と太陽は離れちゃいけない。もし見つけたなら……何があっても決して放しちゃいけない。これは兄さんの後悔だ。俺のせいでお前をそんな風にしちゃって、ごめんね』
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