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最終章
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「紬というのは誰だ」
三淵葵の話をしていてほかの男の名前が出れば、その反応も当たり前だろう。
「俺の恋人だった男だ」
無言でじっと見つめる秋先が何か言うより先に、俺はもう過去のことだ。と言い放った。
窓には雨が強く殴るように打ち付け、雷はまだ遠くで光っていた。
「過去の事なぁ。でその紬とやらと白い服が怖いとどう繋がる」
「紬は心臓が弱くてな。俺の幼馴染みたいなものだったんだが、何せ家族愛には恵まれていなかった」
「ほう」
「すぐ心臓が弱るから、学校も大していけなくて、良く泣いていたんだ」
「で」
「心臓が悪ければ病院とはお友達にもなるだろう」
「成程」
「白い服が怖いは、ドクターが怖いという事か」
「当時は洗濯しやすいのと清潔感とで、病院の部屋着はほぼ白だったから、それも嫌だったのだろう」
「なるほど」
しかしそれを当事者以外の誰が、いったいどこで知る。
「紬はお金持ちのお坊ちゃんではない」
「何の関係が?」
「個室に入れるほどの金は無いという意味だ。だから同室だった奴なら知っていてもおかしくはない」
「その中に覚えている人はいないのか。あの頃の俺には紬以外は見えていなかった」
東條は何度も首を左右に振った。
「そうか。で、入院は長かったのか」
「少し良くなっては俺の部屋に転がり込んで、悪くなっては入院を繰り返した」
「東條の家にいる間に体調が悪くなる原因はなんだ」
「セックス」
ブホッとコーヒーを吹き出しそうになって、慌ててそれを飲み込んだ。
「汚いぞ」
「体の弱い男に、まさかSМまがいの事をしたわけではあるまいな」
「そのまさかだ」
「最低だな」
「自覚はある」
秋先は呆れた顔をして、無理矢理いやらしいセックスをしただろう男に、チッと舌打ちをした。
「で、心臓が弱って……というお決まりのオチか」
「最低な奴だろう」
「そうだな。でも、もう終わった事だろう。きついようだが過去は変えられん」
「ああ……、罰は受けねばな」
「いや、それは違うだろう」
そういう秋先の言葉に、東條は面食らったように佇んだ。
「恋や愛に罰や褒美は無い。お前、そういうところだぞ」
「わからん。どういう所だというのだよ」
唇をかみしめ切れた唇から、じんわりと血の味がした。
「何というか、いつまでもうじうじ、そんなんじゃその紬とやらもうかばれまい」
「ほっといてくれ」
「ほっとけない。三淵葵は私たちにとってもオアシスみたいなものだ。泣いていい存在じゃない。それに今、東條、お前は三淵が好きなんだろう。そんな気持ちじゃ、三淵だって、自分ではお前を救うことすら出来ないと、自分のことを責めるのではないのか」
そう言われて、ああと納得し、過去、三淵に言われた言葉を思い出した。
「もしだ、もし三淵が過去のお前さんを知っていたとして、あくまで仮定の一つとしてきけよ。もしそうだとして、今でも紬の呪縛から逃げられていないお前を救いたかったとしたら、三淵ならどこに行くと思う」
「葵なら……」
そういったまま東條はただ黙って、考えをめぐらしそれを否定した。
「一人で頷いたり、否定したりせわしいやつだな」
「なあ、東條」
「ん?」
「三淵はその同室の奴ってことは無いか」
「まさか……」
秋先の言葉に、俺は走馬灯のように当時のことを思い出していた。
三淵葵の話をしていてほかの男の名前が出れば、その反応も当たり前だろう。
「俺の恋人だった男だ」
無言でじっと見つめる秋先が何か言うより先に、俺はもう過去のことだ。と言い放った。
窓には雨が強く殴るように打ち付け、雷はまだ遠くで光っていた。
「過去の事なぁ。でその紬とやらと白い服が怖いとどう繋がる」
「紬は心臓が弱くてな。俺の幼馴染みたいなものだったんだが、何せ家族愛には恵まれていなかった」
「ほう」
「すぐ心臓が弱るから、学校も大していけなくて、良く泣いていたんだ」
「で」
「心臓が悪ければ病院とはお友達にもなるだろう」
「成程」
「白い服が怖いは、ドクターが怖いという事か」
「当時は洗濯しやすいのと清潔感とで、病院の部屋着はほぼ白だったから、それも嫌だったのだろう」
「なるほど」
しかしそれを当事者以外の誰が、いったいどこで知る。
「紬はお金持ちのお坊ちゃんではない」
「何の関係が?」
「個室に入れるほどの金は無いという意味だ。だから同室だった奴なら知っていてもおかしくはない」
「その中に覚えている人はいないのか。あの頃の俺には紬以外は見えていなかった」
東條は何度も首を左右に振った。
「そうか。で、入院は長かったのか」
「少し良くなっては俺の部屋に転がり込んで、悪くなっては入院を繰り返した」
「東條の家にいる間に体調が悪くなる原因はなんだ」
「セックス」
ブホッとコーヒーを吹き出しそうになって、慌ててそれを飲み込んだ。
「汚いぞ」
「体の弱い男に、まさかSМまがいの事をしたわけではあるまいな」
「そのまさかだ」
「最低だな」
「自覚はある」
秋先は呆れた顔をして、無理矢理いやらしいセックスをしただろう男に、チッと舌打ちをした。
「で、心臓が弱って……というお決まりのオチか」
「最低な奴だろう」
「そうだな。でも、もう終わった事だろう。きついようだが過去は変えられん」
「ああ……、罰は受けねばな」
「いや、それは違うだろう」
そういう秋先の言葉に、東條は面食らったように佇んだ。
「恋や愛に罰や褒美は無い。お前、そういうところだぞ」
「わからん。どういう所だというのだよ」
唇をかみしめ切れた唇から、じんわりと血の味がした。
「何というか、いつまでもうじうじ、そんなんじゃその紬とやらもうかばれまい」
「ほっといてくれ」
「ほっとけない。三淵葵は私たちにとってもオアシスみたいなものだ。泣いていい存在じゃない。それに今、東條、お前は三淵が好きなんだろう。そんな気持ちじゃ、三淵だって、自分ではお前を救うことすら出来ないと、自分のことを責めるのではないのか」
そう言われて、ああと納得し、過去、三淵に言われた言葉を思い出した。
「もしだ、もし三淵が過去のお前さんを知っていたとして、あくまで仮定の一つとしてきけよ。もしそうだとして、今でも紬の呪縛から逃げられていないお前を救いたかったとしたら、三淵ならどこに行くと思う」
「葵なら……」
そういったまま東條はただ黙って、考えをめぐらしそれを否定した。
「一人で頷いたり、否定したりせわしいやつだな」
「なあ、東條」
「ん?」
「三淵はその同室の奴ってことは無いか」
「まさか……」
秋先の言葉に、俺は走馬灯のように当時のことを思い出していた。
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