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チェレステ
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香が苦笑いをしながら椅子ごと引っ張った。
「ちょっと、邪魔しないでよ」
羽交い絞めにされているママちゃんは、バタバタともがいた。
「邪魔はママちゃんでしょう。僕というものがいて、ほかの男に興味とか失礼でしょう?」
「ほかの男って、いやいや、息子だろう。香、外してくれ、そうじゃないとこっちから外すぞ」
そう口で言うものの、決して力ずくでは外しにはいかない。樹は、存外香に弱い。
この家の力関係は樹>香と思いきや、何を言う。逆である。
「樹さんは力強い癖に、パパちゃんにだけはされるがままだよね。口は素直じゃないんだから、もうかわいいんだか可愛くないんだか」
高雄はそう言うと、フライパンから最後のクロックムッシュを出すと、置いてある皿に出した。
高雄が肩を上下にゆすり、それでも顔はポーカーフェイスだった。
さっきのは見間違いか、と思うくらいには既に平常運転だ。
「高ちゃん、ママちゃんは世界一可愛い」
「はいはい、バカップル。出来ましたよ。せっかくですから、生方先生もそっちに座って、樹さんはいつもの場所にどうぞ」
せっかくだからと美味しいエスプレッソも入れてくれた。
あけ放たれた窓からは、心地よい風が入る。
春の気候は過ごしやすい。
この家もご多分に漏れず、こんな時期にエアコンなんかかかっていない。
彼シャツを脱ぎ、他人のいる前で下着一枚で目的の服を探す母親に香は目を白黒させた。
「樹さん、はしたない」
慌てて近場の服を投げつけた。
「暑いんだ。半袖がよくて脱いだんだ。だったら、これじゃないものをくれればいいだろう」
乙女のたしなみなんか皆無な樹はその辺にある半袖に袖を通し、いやいやながら言われた席に座った。
◇
「高雄ー、遅刻するよー」
ふぁー。カーテンから差し込む光で目が覚めた。
「やば、今何時だよ。頭痛い、また変な夢を見た」
「ちょっと、あんた遅刻するわよー。今日初出勤日でしょー。昨日の今日で遅刻とか生方先生に合わせる顔がないじゃない」
下から樹の声が聞こえる。
「ごめん、すぐ降りる」
階段をバタバタと走る降りる。
「これ、お弁当。折角教師に受かったんだから頑張っていらっしゃい」
「お弁当? 樹さんが?」
受け取り拒否の姿勢を見せる高尾に、キッチンから声がかかる。
「大丈夫だよ。みやびちゃんのと一緒に俺が作ったから」
「良かった。僕、まだ死にたくないから」
失礼だと喚く樹さんを無視して、パパの作った弁当を有難く頂戴して、靴を履いた。
「明日からは自分の自分で作るよ」
そう言うと、靴箱から新品の革靴を下ろす。真新しい靴からは、それこそ真新しい人生のにおいがした。
三和土に置いてあるチャリにチュッと口づけると、愛車から行って来いの声がかかる気がする。
背筋がピンと張り、緊張感で気分が高揚した。
玄関を出て走り出そうとすると後ろから、野太い声がする。
樹さんだ。
Tシャツしか着ていない樹さんを羽交い絞めにしたまま、父さんの必死な顔が見える。
「高雄、忘れ物ー」
運動神経の良さで、勢い良く投げられる小さな四角い物体。
スポンと手に納まるそれに目をやった。
定期だ。
「やっべー。母さんサンキュー」
空は青い、まさにチェレステカラーだ。
駅までの土手沿いには花が咲き乱れ、昨日の生方先生の匂いを思い出す。
そう言えば、あんなにいい匂いがするのに、みやびは感じないと言っていたっけ。
ベータにはわからないのかもしれないと思いながら、花に鼻を近づけた。
今度の休みはこの道をチャリで走ろう。
そう思いながら、足早に駅に向かった。
「ちょっと、邪魔しないでよ」
羽交い絞めにされているママちゃんは、バタバタともがいた。
「邪魔はママちゃんでしょう。僕というものがいて、ほかの男に興味とか失礼でしょう?」
「ほかの男って、いやいや、息子だろう。香、外してくれ、そうじゃないとこっちから外すぞ」
そう口で言うものの、決して力ずくでは外しにはいかない。樹は、存外香に弱い。
この家の力関係は樹>香と思いきや、何を言う。逆である。
「樹さんは力強い癖に、パパちゃんにだけはされるがままだよね。口は素直じゃないんだから、もうかわいいんだか可愛くないんだか」
高雄はそう言うと、フライパンから最後のクロックムッシュを出すと、置いてある皿に出した。
高雄が肩を上下にゆすり、それでも顔はポーカーフェイスだった。
さっきのは見間違いか、と思うくらいには既に平常運転だ。
「高ちゃん、ママちゃんは世界一可愛い」
「はいはい、バカップル。出来ましたよ。せっかくですから、生方先生もそっちに座って、樹さんはいつもの場所にどうぞ」
せっかくだからと美味しいエスプレッソも入れてくれた。
あけ放たれた窓からは、心地よい風が入る。
春の気候は過ごしやすい。
この家もご多分に漏れず、こんな時期にエアコンなんかかかっていない。
彼シャツを脱ぎ、他人のいる前で下着一枚で目的の服を探す母親に香は目を白黒させた。
「樹さん、はしたない」
慌てて近場の服を投げつけた。
「暑いんだ。半袖がよくて脱いだんだ。だったら、これじゃないものをくれればいいだろう」
乙女のたしなみなんか皆無な樹はその辺にある半袖に袖を通し、いやいやながら言われた席に座った。
◇
「高雄ー、遅刻するよー」
ふぁー。カーテンから差し込む光で目が覚めた。
「やば、今何時だよ。頭痛い、また変な夢を見た」
「ちょっと、あんた遅刻するわよー。今日初出勤日でしょー。昨日の今日で遅刻とか生方先生に合わせる顔がないじゃない」
下から樹の声が聞こえる。
「ごめん、すぐ降りる」
階段をバタバタと走る降りる。
「これ、お弁当。折角教師に受かったんだから頑張っていらっしゃい」
「お弁当? 樹さんが?」
受け取り拒否の姿勢を見せる高尾に、キッチンから声がかかる。
「大丈夫だよ。みやびちゃんのと一緒に俺が作ったから」
「良かった。僕、まだ死にたくないから」
失礼だと喚く樹さんを無視して、パパの作った弁当を有難く頂戴して、靴を履いた。
「明日からは自分の自分で作るよ」
そう言うと、靴箱から新品の革靴を下ろす。真新しい靴からは、それこそ真新しい人生のにおいがした。
三和土に置いてあるチャリにチュッと口づけると、愛車から行って来いの声がかかる気がする。
背筋がピンと張り、緊張感で気分が高揚した。
玄関を出て走り出そうとすると後ろから、野太い声がする。
樹さんだ。
Tシャツしか着ていない樹さんを羽交い絞めにしたまま、父さんの必死な顔が見える。
「高雄、忘れ物ー」
運動神経の良さで、勢い良く投げられる小さな四角い物体。
スポンと手に納まるそれに目をやった。
定期だ。
「やっべー。母さんサンキュー」
空は青い、まさにチェレステカラーだ。
駅までの土手沿いには花が咲き乱れ、昨日の生方先生の匂いを思い出す。
そう言えば、あんなにいい匂いがするのに、みやびは感じないと言っていたっけ。
ベータにはわからないのかもしれないと思いながら、花に鼻を近づけた。
今度の休みはこの道をチャリで走ろう。
そう思いながら、足早に駅に向かった。
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