王になりたかった男【不老不死伝説と明智光秀】

野松 彦秋

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第9章 世代交代への動き

17.輿入れ【後編】

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帰蝶たち一行が織田信秀の居城、古渡ふるわたり城へ到着したのは夕暮れ近い時刻であった。

帰蝶の籠を尾張の国へ届ける任務は、帰蝶と煕子の伯父、明智光安である。

道三の重臣であり、帰蝶の叔父でもある光安がその大任を任されたという事は、この時、道三が重臣の中で誰よりも信用しているという事の裏返しである。

侍女範子にとっても、心許せる叔父が尾張迄の道のりを同行してくれる事がとても心強かった。

美濃と尾張の国境を越え、どれくらい歩いた事だろう。

美濃を出る迄は、あっという間に感じたが、尾張に入ってからが長かった。

帰蝶は、駕籠に座っているだけなのだが、これが実は歩くよりも腰に負担がかかり、見た目よりも楽ではない。

『帰蝶様、喜んで下さいませ、やっとお城が見えてきました』

その声は、範子であった。範子は帰蝶の気持ちを察して、定期的に籠の外の状況を教えてくれていた。

『お城の前には、大勢の人が出迎えに待っております、それでは私もこれからは黙りますので・・』

『ありがとう・・範子』

帰蝶は、範子の報告を聞き、自分も心の準備をしようと、来ている着物の襟もとを整える。

そして、儀式の様に、胸に下がるお守りを一度ギュッと握りしめた。

(頼純様・・・私の事を見守っててくだされ)

暫くすると、駕籠が止まり、叔父光安の大声が聞こえて来た。

『某は、美濃の国主斎藤道三が家臣、明智光安である。美濃より、姫様、帰蝶様をお届に参った』

すると、その後、今度は織田側の代表の者が大きな声で返答する。

『美濃の国より、遠路はるばるご苦労様でございまする!』

『我ら織田家一同の者すべて、本日高貴な姫様をもらい受ける事が出来ます事、恭悦至極にございます』

『某は、織田家家臣平手政秀でござる』

織田家の代表、平手政秀の言葉は自分達の家よりも格上の家の使者に対する言上ごんじょう(ものいい)であった。

(この声は、確か・・・そうだ・・あの仙人のように笑う爺様ね・・)

帰蝶は政秀の声を覚えていた。

光安は、平手の言葉を受けると、直ぐに下馬し、その場で膝をつく。

下手に出てくれた相手への、礼儀、自分も膝をつく事で、この祝言が対等な関係である事を両家の者にワザと見せつけたのである。

政秀も、それを見て、直ぐに光安に近づき、光安を立ち上がらせる。

礼儀に対し、礼儀で返したのである。

『平手殿、我が家の姫を、帰蝶様を宜しく頼みまする・・・』

『お任せ下され、この政秀、命にかけ、お守り致しまする』

それを見ていた周りの家来達が、そのやり取りをみてウォウッと小さな歓声をあげる。

その場に、一瞬にして友好的な雰囲気が生まれた。

両家の有能な家臣二人が、その場の雰囲気を読み、互いにちょっとした芝居を演じたのである。

範子も、日頃見る事の出来ない光安の一面をみて、感動を覚えた。

(光安叔父様も、やるものね・・優しいだけが取り柄だと思っていたけど)

(心配したけど、これは、思ったよりも…)

範子が胸を撫でおろそうとしていた時、思わぬ展開が訪れる。

『それでは、平手殿、某と、護衛の兵達はこれで、美濃へ帰りまする・・』

『帰蝶様、御輿からお出になってくだされ!』

帰蝶は、光安の指示に従い、輿を出た時であった。

一人の男が、政秀の後ろから出て来たのである。

身なりは正装しており、服装は整っているが、何となく粗暴な雰囲気を持った若者であった。

『お主が、オレの嫁になる為に来た姫か?・・・マムシの娘と聞いていたが、顔立ちは悪くねぇな!』

『オレが、お主の相手になる、三郎信長じゃ、名は何と申す?』

一瞬、困惑し頭が真っ白になった帰蝶の隣にいた光安が、我に返り、大声を出そうとした。

『己、無礼・・!』

その時、その声を打ち消すぐらいの大声で、政秀が叫んだ。

『何しとるんじゃ、この馬鹿ぁ、・・・いや、若ぁあ、何故此処にぃ』

『エッ、まさかこの方が信長・・さま』

光安は、政秀の自分より酷い取り乱した様子を見て、逆に冷静になった。

初対面の信長から、粗暴な質問を受けた帰蝶は、静かな口調で返答する。

『貴方様こそ、トラの息子と聞いていたけど、唯の目つきの悪い男ではないですか・・』

『帰蝶ですわ、本日から私の夫になるのですから、少しは礼儀をわきまえて下され』

『それとも、礼儀も私がお教えしなければいけないのですかね?』

帰蝶は、そう言うと、うって変わってフンッと言う様に、顔を背けた。

『帰蝶様!!』

光安と、範子が合わせた様に同時に、注意する様に帰蝶の名前を叫んだ。

当事者二人のやり取りで、折角政秀と光安が作った雰囲気は四散してしまったのである。

『クッククッ、気に入った。顔は可愛いが、やはりマムシの娘じゃ』

信長の笑い方は、なんというか、悪たれ坊主のような、性格の悪そうな笑い方であった。

しかし、笑っていたのもつかの間、直ぐに顔jは平静に戻り、片手をあげる。

『それでは、一足先に祝言の間で待っておるぞ!』

信長は、そう言うとクルリと振り返り、城の中に入って行ってしまった。

(エッ~何?、雰囲気をぶち壊して、行ってしまえるの?どうするのよこの状況!!)

(最悪だ、アイツも帰蝶様も・・・私は、きっとこの地で罪を着せられて死ぬんだわ・・)

範子は、心の中で自分の未来を確信した、いや覚悟した。

信長が去った後の場を鎮めたのは、妙に互いの立場に親近感を覚えた、その日初めて会った政秀と光安の連携プレーであったのはいうまでもない。

その後、両家の祝言は表向きには無事に執り行われたが、多くの者が不安のあまり食べ物が喉を通らなかったという。
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