転生したってリセット癖は治らない

佐倉 奏

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#10 温泉の魅惑には勝てませんでした

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   気配を消してイノシシを観察する。裏側に回り込んだのはいいが、どうやって仕留めよう。
   よく血抜きをしないと肉が臭くなるとは聞くが、どうやってやるのだろう?クロードに聞きたかったが、待ってて下さいと言った手前呼び出すのもなぁ…と思案する。
   鶏とか頭を落として逆さまにして血抜きするっていうのを、うっすらと聞いた事がある。


   イメージ的にはスパッと頭を跳ね落として逆さまにして血抜き。よし、これでいこう。可哀想だけど。元の世界でだって牛や豚、鳥とかの肉を食べていたんだし生きていく為には仕方ない。
   ただし野ウサギとかの小動物は本当に最後の手段になるが。見た目可愛いと…ね。殺せないよ。

   ルナはイノシシに向かってカマイタチのイメージをぶつける。ドッと頭と胴体が切り離され転がった。イノシシは断末魔を上げる事も無く一瞬で生命活動を終わらせた。

「…私暗殺者に向いてるかも」

   あまりの威力に驚くルナ。初めて動物を殺した。心の中でごめんね、と呟くと地面に手を置き魔力を放出する。ボコッと地面がめり込み穴が開いた。
   そこにイノシシの頭を落とす。死骸をそのままにしておくと他の動物や魔物が集まってくる可能性があるからだ。

「血抜きもしたいけど、このイノシシ大きいから持ち上げられないな…」

   う~ん、と考えて風魔法を応用する。風を操りイノシシの胴体を持ち上げた。微調整をしながらイノシシの切断部分を穴の下に向ける。すると血が流れ落ちていく。
   これなら頭と血を埋める事が出来る。暫くそのまま固定させて血が出なくなったのを見計らって穴を元通りに埋めた。

「よし。こんなものかな。」

   イノシシを風魔法で浮かせながらルナはクロードの元へと戻るのだった。




   木に寄りかかっていたクロードはピクリと眉をひそめる。近くで大きな魔力の放出を感じたからだ。
   一瞬の出来事、そして次に持続して放出される魔力。一定の魔力を持続して放出する…そんな芸当はこの国でも出来る人は数少ない。
   護衛として監視しているが必要ないんじゃないかと思う位のスピードで魔法を使いこなしていく。
   この件も報告すれば我が主は楽しそうに笑うのだろうな、と頭をよぎった。


「うわぁ…ミチミチ言ってるぅ~!!」

眉間に皺を寄せながらルナはイノシシを解体している。皮を剥いで肉を切り分ける。指示はクロードだ。的確に指示をくれるのでルナはそれに従い解体していく。

「皮はギルドで買い取って貰える。魔物の解体に抵抗があるならアイテムボックスに入れて魔物ごと納品すればいい。ただし解体してある方が買い取り価格は上がる」

「そうなんですか…魔物の解体…な、慣れたらやってみようかな」

   顔を青くしながらイノシシを解体しているルナにクロードは思わず笑みを溢す。規格外な魔力を持っていてもまだ18歳の少女なのだ。
   同じ位の年の女は、やれ化粧だ、やれ男を落とす方法だ、等下らない事ばかり喋っている。
   クロードの中では、そういった女性よりルナに対する心象は良くなっていた。


   慣れない解体に一時間を費やし、今日食べるお肉以外はアイテムボックスへと入れる。そのままアイテムボックスから初心者セットを取り出す。
   拾った大きめの石でコンロを作る。作ると言っても石を両端に積んで買ってきた金網を乗せるだけだが。
   クロードが手伝おうとしたがルナはキッパリと断った。これから一人で夜営したりしていくのだから、練習も兼ねていると。何か間違った事をしたり、もっと要領のいい方法があれば教えてくれと。
   そんなルナにまた少しクロードの心証は良くなった。


   コンロにコッヘルを乗せてウォーターで水を注ぐ。そこに町で買っていたジャガイモ、人参をこれまた町で買った折り畳み式のまな板(と呼ぶには薄い折り畳みの板)の上で切って入れていく。
   包丁は別で貰っておいて正解だった。おじさんに感謝だ。
   コッヘルを乗せたらファイヤーで火を起こす。近くに落ちている枯れた枝をくべて火を安定させた。

   イノシシの肉は一口大に切って塩を多目に振る。コッヘルの隣にイノシシの肉を置いて焼いていく。
   残りの肉は薄切りにして塩、胡椒を振って馴染ませておく。

「う~ん、ハーブとか生えてないかなぁ」

   クロードに火の番を頼んで森を散策する。少し行った所にバジルに似た植物が生えていたので摘んで匂いを嗅いでみる。そのまんまバジルの匂いだったので、多目に採取してアイテムボックスへと入れた。

「クロードさん、この草って毒とかありますか?」

「いや、大丈夫だ。問題ない」

「良かった。もう少しで完成なので待ってて下さいね」

   焼けた一口大のイノシシの肉をコッヘルへと入れてスープにする。こっちの世界では多分味噌も醤油も無さそうだ。色々お店を回ったが見当たらなくて残念だった。
   ただ塩味だけのスープでは味気ないので肉を多目に入れて旨味を出す。そこにバジルを入れれば完成だ。
   薄切りにした肉も焼いていく。ジュワっとした音と香りが辺りに広がる。

「クロードさん、お待たせしました。出来ました~」

「やぁ、楽しそうだね」



   ルナが声をかけたと同時に聞き覚えのある声がした。思わず身体を硬直させる。

「レイト様!!」

   クロードが驚きサッと畏まる。

「2つ共随分仲良くなったんだね。一緒にご飯だなんて」

   その笑顔が怖い。ルナはカタカタと震える。クロードに至っては顔面蒼白だ。

「いえ、そんな事は…」

「や、あの…クロードさんに色々お世話になったのでお礼に食事でもと私が誘ったんです」

   ルナの言葉にクロードは天を仰いだ。その言葉は逆効果だ。

「色々?お世話に?ふーん、詳しく聞かせてくれないか?」

   レイトの笑顔にルナは顔をひきつらせる。何よりも、この結界の中にルナに気付かれずに入ってこれた事。
   クロードが入って来た時は空間を曲げられる感覚がした。しかしレイトが入ってきた時にはそんな感覚が一切しなかったのだ。

   まずい。かなりまずい。ルナは一瞬のうちに思考回路を巡らせる。そしてニッコリと笑いレイトに話し掛けた。


「レイト様もご一緒に如何ですか?私が初めて作った料理なんです。クロードさんをお誘いしたのですが私一人で二人分は食べられないので良ければ是非」

   ルナは、クロードさん出来ましたとしか言ってない。出来たと報告しただけ、と言うニュアンスを含んでレイトに声をかける。
   クロードさん、今のうちに逃げてー!!

   ルナの言葉にレイトは先程と違って優しい笑みを浮かべる。

「ルナの初めての料理か!それは嬉しいな」

「あ、今座る所を用意しますから…あ、でも敷物が無い…」

   まさか一国の王子を地べたに座らせる訳にはいかない。ルナは元々着ていた白のワンピースを取り出すと地面に敷こうとする。それをレイトはそっと止めた。

「敷物ならあるからそれは仕舞って構わない。初めて出逢った時に着ていたワンピースなのだから大切にしてくれ」

   レイトはそう言うと自らのアイテムボックスから敷物を取り出す。少し厚めの布地で手触りもよさそうだ。
   それを敷くとレイトはそこへ腰掛けた。

   ルナはそれを見て料理をよそいレイトへと差し出す。

「あの、解体とか初めてだったし、料理は初めてなので美味しくなかったらごめんなさい」

「そうか、料理は初めてなのか。ルナの初めてになれるなんて光栄だな」


   レイトの初めて発言にルナは顔を真っ赤にして、そんな意味じゃない!!と訂正する。あまりの恥ずかしさに自分の失言に気付かずにいた。

   という失言に。




「クロード、今日はもう下がっていい。明日からまた頼む」


   レイトの言葉にクロードは頷いて音もなく消えた。今日はもう下がっていい、という意味をルナは聞き流していた。クロードは消えたが、どこかで自分を監視していると思っていた。
   それは間違いで、レイトとルナが二人きりになったのには気付かなかった。


   レイトがスープを口に運ぶ。ジャガイモ、人参、イノシシの肉がたっぷり入った栄養満点のスープだ。 
   獣臭くならないよう血抜きもしっかりしたし、塩を多目に振ってスープに入れる前に焼いたから多分大丈夫だとは思うが、ルナは固唾を飲んで見守る。


「ルナ、美味しいよ!!」

   レイトの言葉にルナはホッと息を吐いた。不味かったら不敬という事で首が飛んでたかもしれない。
   ルナもスープを口に含む。

   うん、美味しく出来てる!!

   城での料理も美味しかったが、一味足りなかった。多分出汁がないんだろうなと思う。出汁の文化はこっちには無さそうだ。
   バジルも手に入ったし、そのうちイノシシのハムとか作ってみたい。

   食事も終わり片付けに取り掛かる。レイトが手伝うと申し出たが一国の王子にそんな事をやらせる訳にはいかない。丁重に断って休んで貰っている。
   コッヘルやスプーンを洗って風魔法で乾かしてからアイテムボックスへと仕舞う。
   一段落するとレイトに呼ばれた。

   膝の上に座れと言われて抵抗したがあっという間に引き寄せられ後ろから抱きしめられる形で膝の上に座ってしまう。
   首筋に顔を埋められてルナは硬直した。

「そう言えばルナは夜営の時の沐浴はどうするつもりなんだ?」

「あ…全然考えてなかった…」

「この近くに温泉があるんだ。行ってみるか?」

「本当ですか!?」


   温泉というワードにルナは思わずテンションが上がる。

「だが、タオルとかは持っているのか?」

「あ…」

「条件さえ飲んでくれればタオルをやらない事もないが?」




   ええ、誘惑に負けました。タオルとの交換条件、それは…


「ルナ、そんなに離れてないでこっちに来い」

「無理です…」

   レイトとの混浴。タオルを巻くのは死守した。巻いていいなら混浴でもいいと妥協した。
   しかしこれは精神的にキツイ。何ですかあのキラキラした容姿は。眩しくて直視出来ない。
   イノシシの解体やスライム狩りで汗をかいていたから温泉には入りたかった。でもそれと同時に大切な何かを失った気がしたのは気のせいだと思いたい。


「ほら、こっちに来い」

「ってレイト様が来てるじゃないですか!しかもご丁寧に気配まで消して!!」


   気付けば後ろから抱き締められている。逃げようとすれば腕の力が強まっていく。
   ちゅ…と耳にキスを落とされる。リップ音にルナはビクリと身体を震わせた。

「や、やめて下さい」

「だーめ」

   耳、首筋、背中、鎖骨、順々にキスを落としていくレイト。ルナは身悶えするがお構い無しにキスを降らせる。

「ルナは耳が弱いのか」

   そう言うと意地悪な表情を浮かべ、耳元にひたすらキスを落とした。

「も…無理だから…お願い…」

「ルナが居ない間、逢いたくて仕方なかった。これでも我慢したんだからこれ位許せ」


   グッタリしているルナを抱き抱えてレイトは心行くまでルナを堪能したのだった。


「え、レイト様ここに泊まるのですか!?」

「ああ、何か問題でも?」

「いや、だって屋根だってベッドだって何もないんですよ?」

   
   ルナの言葉にレイトは、ふむ、と考えるとアイテムボックスから大きな荷物を取り出す。
   布地と金属で出来た棒のようなものだ。それを組み立てるとテントのようなものが出来た。

   その中に更にアイテムボックスから取り出した掛布と敷布を入れる。

「これで問題ない」

「そうですね…」

   いやちょっと規格外すぎるよね?この王子様。
そう思いながらルナは木に寄りかかり寝ようとする。

「何をしている?こっちに来い」

「え?」

「こっちで一緒に寝るぞ」

「いやでも寝具は一組しかないし」

「一緒に入れば問題ないだろ?」

   いやいやいや、問題ありまくりですよ!?何を言ってるのこの王子は!!

   無理やり引き摺られ寝具に連れ込まれ抱き枕にされる。

   近い!!顔が近いから!!!ドクドクと胸が高鳴る。この音聞かれたら嫌だな…とか色々考えているうちに意識が遠くなっていく。
   初めての狩りと解体で疲れていたらしい。レイトの温もりに包まれながらルナは深い眠りへと落ちていった。
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