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大人の余裕
しおりを挟む「おや、今日は眠そうな顔をしてるじゃないか」
早朝、冬月さんの店に着いた時に一目で俺が眠たいと見破られてしまった。
顔も洗ったし自転車を漕ぐって運動もしているのだから顔には出ないだろうと思っていたんだが、彼女に隠し事は通用しないみたいだ。
「よく分かりますね、冬月さんは俺をよく見てくれてるんですね」
「いや別にそこまで見てねぇけど、寝癖がついてるから一目で分かったぞ」
……いや案外隠し事も通じるかもしれないな。
って違う、こんな事を話す為にいつもより早めに来たんじゃない。
「冬月さん、少しだけ真面目な話をしてもいいですか?」
「真面目な話ぃ? ダルいから嫌なんだけど」
やはり予想通り、彼女はめちゃくちゃ嫌そうな顔をした。
タバコに火を付けて、視線を俺からスマホに移して……言葉にはしないが"面倒な話をするなと言っている"ような気がする。
「……ふーっ」
スマホを握っていない空いた手でくわえたタバコを持ち、少し開けた口から白い煙が降ってくる。
俺はタバコの匂いが好きじゃなかった、服に付くと中々取れないし、百害あって一利なしとはタバコそのものを指す言葉だと知っているし、何が良いのかまったく分からない。
分かろうとしないってのが正しいのかもしれないが、分からなくてもいいだろうなと思っていた。
それでも、タバコをくわえる冬月さんは本当に綺麗で、有害な副流煙を放つタバコを持ちながらスマホをいじる彼女は絵になっていると思う。
同じクール系の顔立ちをしているが、王子様を演じている恋歌と冬月さんはまるで違う。
彼女はもっと自然体で、人の視線を気にしていないような……あれは多分、大人の余裕ってやつだろうか。
「あのさ、お姉さんの事をそんなに見つめないでくれない? 何、一本欲しいの?」
そんな彼女に憧れたのか、それとも大人の余裕に惹かれたのか、はたまた美人だからなのか分からないけれど、俺には冬月さんがとても魅力的に……いや、好きだ。
タバコの匂いは彼女を連想させるし、何よりタバコをくわえる冬月さんは絵になっている。
おかげで今じゃ匂いの事は気にならなくなった。
「いや俺は未成年なんで、遠慮します」
「ならさっさと要件言いなよ、この一本吸い終わるまでなら聞いてあげっから」
やっぱり冬月さんは……優しい人だ。
こんな人と青春できたら最高なのに……。
まぁ仮に妹の身に何か起きてなくても、年齢的に青春は出来ないんだけど、それでもと無い物ねだりをしてしまう自分が冬月さんについて質問しようと動き出し、理性の俺がそれを抑え込んで本来の話を始める。
「妹の事です」
「昨日は学校にも行けるぐらいだって言ってたけど、何かあったの?」
彼女の目が少し鋭くなった。
「そうじゃないんですけど……その、笑わないで聞いて下さいね」
「高校生の悩みを聞いて笑う大人がいるか、ほら、お姉さんに話してみ」
「実は……」
俺は話していなかった部分、妹の精神状態について冬月さんに話した。
途中まで黙って話を聞いてくれていたんだが……。
「ちょっと待て……お前確か17だよな、んで妹が16か」
「そうです」
「一緒にお風呂、登校、ランチ、下校、晩御飯……あのさ、一応聞くけど風呂場で変な事とか」
「実の妹相手にそんな事してませんよ!」
「流石にそうだよな、ごめんごめん、まぁお前が変な気起こさなくても聞いてる限りじゃ妹が手を出して来そうではあるからさ」
やはり風呂はまずいのか、冬月さんからストップが入って事情を聞かれてしまった。
これを聞いていたのが恋歌だったら多分悲鳴をあげられて、二度と口をきいて貰えなくなるのは目に見えている。
だがそんな話でも、冬月さんは真剣に話を受け止めてくれる、この人だけは、俺を否定しない。
「つまり、お前は妹と普通の兄妹に戻りたい、だが妹は兄が居ないとマトモな生活ができない、自分はどうすべきか……って事でいい?」
「はい!」
「うわ声でっか……つーかさ、お前やりたい事とか無いの?」
「やりたい事ですか? そうですね……出来ない事は分かってますけど、高校生として青春が欲しいです」
「青春が欲しい……あ、うん、ちょっと待ってね」
俺が心から望む事を答えると、冬月さんはタバコを灰皿に置いてから軽く呼吸を整えて……。
「ま、真面目な顔して青春が欲しいですって! あはは、聞いたことねぇよそれ! あーっはっはっは!」
いつも彼女が座っている畳張りのスペースで腹を抱えつつ転がり笑い出した。
……言われてみれば、青春が欲しいって何だよ。
てか笑っててもカッコいいなこの人、あー、好き。
「お姉さん死んじゃう、笑い死んじゃう!」
五分程笑いに笑った冬月さんは二本目のタバコに火を付け、さっきまでのカッコいい女性は爆笑しててもカッコいいと思い知らせる表情は消え、普段のダルそうな表情に戻っていく。
「あー、まず大前提だけど青春ってのは誰にでもあるもんじゃない、それは理解しろ」
「それはそうですけど……」
「お前の状況は複雑で、部活をしたり休日に友達と遊びに行くとか普通な事はまず出来ない、私なら確実に青春を諦めてるがな……だからこそ、ちょっとした時間を大切にしろ、んでお前の話を聞いていて分かった事が一つある、これを聞いたらさっさと配達に行けよ?」
「はい、冬月さんの分も行きます」
俺の答えが気に入ったのか、彼女は満足そうな笑顔を見せて、俺に一つの道を示してくれた。
「お前の求める青春も、妹の問題も、どっちもまだ詰んじゃいない、何故ならお前は一人じゃない、だろ?」
彼女が示した道。
それは、これまでと変わらず妹を守りつつ、今の生活を続けて隙間時間を大切にするという物だった。
……いやどうすればいいのかは相変わらず分からない、でも何かヒントをもらえた気がする。
「はいじゃあ配達よろしくな」
「ありがとうございました、行ってきます!」
「私でよかったらまた話聞くからさ、辛い時や悲しい時、嬉しかった時の話でもいい、お前の話を楽しみにしててもいいか?」
ああ、やっぱりこの人は本当に優しい人だ。
俺は大きく頷いてから、配達の仕事をこなしていく。
自分に出来る事は本当に無いのか、それを考えながらひたすら走った。
「兄さん、考え事ですか? 何やらぼーっとしているようですが……お疲れみたいですね」
「眠いだけだ、心配すんな」
「む、妹の心配は素直に受け取って欲しいです!」
朝食を食べながら妹からもいつもと違うと指摘されてしまった。
何度も鏡を見て寝癖は完璧になおしたはずなんだが……おっかしいな。
それにしてもうちの妹は器用だな、パンを食べながら頬を膨らませて怒ってやがる、あんなのリスしかしないだろ。
「頬袋にパン詰め込みすぎだぞ」
「誰がリスですか、誰が!」
言ってねぇよ。
心を読むなよ。
「さて、シスコン兄さんが小動物みたいで妹が可愛いと変化球で想いを伝えて来た所でそろそろ時間です、今日もお願いしますね、兄さん」
「ああ、行くか」
いつも通りの生活だった。
だが少しだけ、その生活が変わりだした。
それはルーティンと化した生活の中で起きた小さなイレギュラーに起因する、偶然出来た妹の居ない時間帯がきっかけだった。
「今日も来てくれたんですね、お兄さん」
「来るも何も、ここ帰り道だって知ってんだろ」
「そうですけど、でも嬉しいです!」
恋歌ちゃんはいつも俺を待っている。
バイト先から家に帰るまでの限られた時間で、妹についての相談や雑談、勉強の事を話し合う。
「それで今日のテストは最悪だったんですよ、ゆうかちゃんの苦手科目で99点を取って流石に勝ったと思ってたら向こうは満点で負けちゃいましたし……次は勝ってみせます!」
「妹に勝つってその兄に言うのはどうかと……あ、そういや恋歌ちゃんと始めて会った時もこんな会話してたよな」
「あー……あれはその……忘れて欲しいですね」
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