【毎日連載】古魔道具屋『レリックハート』の女房と猫

丁銀 導

文字の大きさ
2 / 54

002 古魔道具屋レリックハートの猫【リュウ】

しおりを挟む
 
 ジュナイと僕が、古魔道具屋のエイデンさんという人の
 お宅に住み着いて、はや半年が経つ。
 ここの暮らしは中々快適だと思う。
 エイデンさんは優しいし、古魔道具も趣きがあっていい。
 お客さんも、僕を綺麗だお利口だとちやほやしてくれる。
 ただ、何の不満もないという訳でもない。
 ここに来てからというもの、
 ジュナイはエイデンさんにべったりで、僕とあまり遊んでくれない。
 ちょっと寂しいなぁとは思うが、ジュナイも僕も大人だもの。
 我慢できないほどではない。
 それに、実はジュナイと僕はそう長い付き合いではないのだ。

 エイデンさんのお店を訪ねるほんの一時間ほど前、
 僕らは近所の公園で出会った。

 僕は泥だらけの毛糸玉のような風体で、道端でへばっていた。
 昔からのろまで餌取りが下手だから、いつも腹ペコだった。
 死ぬのかなぁ…ぼんやり思っていると、そこにジュナイが通りがかった。
 ジュナイは泥が付くのも気にせず僕を抱き上げると、しげしげとこちらを見て
「お前…きれいに洗えば、かなりの別嬪べっぴんなんじゃないのか?」
 そう言って笑った。

 ジュナイは僕にパンと牛乳を買って来てくれた。
 僕は人間の言葉くらい解するが、頭蓋骨の構造上話すことはできない。
 人間の社会の仕組みもあらかた知っている。
 だからジュナイが、なけなしのお金をはたいて
 食事を買ってくれたらしい事も理解したし、
(彼は独り言が多いのだ)
 彼が本当に優しい人間なのだという事も分かった。
 これぞ天佑。こんなに良い人間から離れる手はない。
 ジュナイは僕を置いて去ろうとしたが、
 腹拵えして元気になった僕は、無理矢理着いて行った。
 苦笑いすると、ジュナイは再び僕を抱き上げて
「分かった分かった。お前にゃ負けたよ」と言った。

「俺はジュナイだ。お前は?」

 僕はここで、はじめて彼の名前を知った。僕の名前は『リュウ』だが発音できず、
 ただにゃあと鳴いた。ジュナイは「猫語はわからねぇな」と至極もっともな事を言った。

「じゃあ今日から、お前の名前は『リュウ』だ」

 一瞬言葉が通じたのかと思ったが、そうではないらしい。
 ジュナイの赤みがかった茶色の優しい目は、どこか悲しげだった。
『リュウ』…この名前はジュナイにとって、何か悲しくつらい…だが、
 それだけではないことを思い出させる、大事な誰かのものなのだろう。
 偶然と言えばそれまでだが、運命的だ。
 こうして僕はジュナイと、出会うべくして出会ったのだと確信した。
 ジュナイは僕の思惑など知らず、歩き出した。

 公園を出て舗道を歩くと、ぐるりとした階段の巻きつく水色の歩道橋が見えた。
 ジュナイは黙って階段を上る。
 …その歩みに行く宛てがあるのかは、僕は知らない。
 けれど僕にジュナイという運命があったように、ジュナイにも運命となる誰かが
 その歩みの先で待っている筈だ。だから、不安はなかった。

 歩道橋の上からは荷馬車の流れと、賑やかな商店街の店々が見下ろせた。
 八百屋や魚屋などの中に「古魔道具レリックハート」の看板を掲げた店が見える。
「古魔道具ねぇ…珍しいな」
 ジュナイも興味を惹かれたらしい。やっぱり、僕らは気が合うなと思った。
 …こうして僕とジュナイは、エイデンさんと出会うに至ったという訳だ。

 エイデンさんのお家に住み着いて暫らく、
 ジュナイはいきなりどこかにふらりと消えて、
 何日も戻らなかったりした事が何回もあったけれど、最近はそれもなくなった。
 エイデンさんと荷馬車で方々を回って古魔道具を集めたり、なんだか楽しそうだ。
 前述のとおり、あまり僕に構ってくれなくなったのは寂しいけど、
 エイデンさんと一緒にいるジュナイが幸せそうだから、これでいいんだと思う。

 ……けれどやっぱり面白くないから、
 時々二人きりで甘い時間を過ごすエイデンさんとジュナイを邪魔したりする。
 僕は猫だけど、君たち人間よりずっと賢いし、ヤキモチだって妬くんだよ。
 伝える術がないのが、まったく残念さ。
 万年筆でも握れたらいいのに。
 そしたら、ジュナイとエイデンさんのことを小説にでもするのにね。

 題名は『古魔道具屋レリックハートの女房と猫』なんてどうだろう。


 書籍化間違いなしだと思うのだけれど。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

帝は傾国の元帥を寵愛する

tii
BL
セレスティア帝国、帝国歴二九九年――建国三百年を翌年に控えた帝都は、祝祭と喧騒に包まれていた。 舞踏会と武道会、華やかな催しの主役として並び立つのは、冷徹なる公子ユリウスと、“傾国の美貌”と謳われる名誉元帥ヴァルター。 誰もが息を呑むその姿は、帝国の象徴そのものであった。 だが祝祭の熱狂の陰で、ユリウスには避けられぬ宿命――帝位と婚姻の話が迫っていた。 それは、五年前に己の采配で抜擢したヴァルターとの関係に、確実に影を落とすものでもある。 互いを見つめ合う二人の間には、忠誠と愛執が絡み合う。 誰よりも近く、しかし決して交わってはならぬ距離。 やがて帝国を揺るがす大きな波が訪れるとき、二人は“帝と元帥”としての立場を選ぶのか、それとも――。 華やかな祝祭に幕を下ろし、始まるのは試練の物語。 冷徹な帝と傾国の元帥、互いにすべてを欲する二人の運命は、帝国三百年の節目に大きく揺れ動いてゆく。 【第13回BL大賞にエントリー中】 投票いただけると嬉しいです((꜆꜄ ˙꒳˙)꜆꜄꜆ポチポチポチポチ

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨ 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

過去のやらかしと野営飯

琉斗六
BL
◎あらすじ かつて「指導官ランスロット」は、冒険者見習いだった少年に言った。 「一級になったら、また一緒に冒険しような」 ──その約束を、九年後に本当に果たしに来るやつがいるとは思わなかった。 美形・高スペック・最強格の一級冒険者ユーリイは、かつて教えを受けたランスに執着し、今や完全に「推しのために人生を捧げるモード」突入済み。 それなのに、肝心のランスは四十目前のとほほおっさん。 昔より体力も腰もガタガタで、今は新人指導や野営飯を作る生活に満足していたのに──。 「討伐依頼? サポート指名? 俺、三級なんだが??」 寝床、飯、パンツ、ついでに心まで脱がされる、 執着わんこ攻め × おっさん受けの野営BLファンタジー! ◎その他 この物語は、複数のサイトに投稿されています。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜

キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」 平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。 そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。 彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。 「お前だけが、俺の世界に色をくれた」 蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。 甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー

処理中です...