【毎日連載】古魔道具屋『レリックハート』の女房と猫

丁銀 導

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004 レリックハートの常連客【エイデン】

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 今日はセリオンくんが店に来てくれた。
 
 セリオンくんというのは、この商店街の近隣の
 魔法学校に通っている学生さんで、常連客の一人だ。

 遊びたい盛りの若者が見て楽しいものなど、
 この店には何ひとつ無いように思えるが…
 彼は歴史や古いものが好きだと言って、よく来てくれる。

「あの、エイデンさん…この本、よかったら」

 そう言ってセリオンくんから渡されたのは古シナノワ史に関する書籍で、
 かねてから読みたいと思っていたが、かなり前に絶版になったとかで諦めていたものだ。
 どうしたのかと聞くと、魔法学校の書庫にあったのだという。

「ありがとう…嬉しいが、持ち出して良いものなのかな?」
 念のためそう聞くと
「大丈夫です。ちゃんと許可を頂きました」
 セリオンくんはそう言った。

「ただ、又貸しは禁止なので…内緒でお願いしますね」

 勿論と答えると、セリオンくんは控えめに微笑んだ。
 セリオンくんのような真面目できちんとした人が、
 規則を破ってまで本を借してくれるとは…。
 何かお礼をさせてくれないかと言うと、セリオンくんは

「とんでもないです。いつもエイデンさんと
 歴史のお話ができるだけで…僕は充分です」

 恐縮した様子でそう答えた。歴史の話というのは人を選ぶ。
 ゆえに俺もセリオンくんと話せる時間は貴重なのだが、
 礼を無理強いしては本末転倒だろう。

「では、何か俺に出来ることがあったら、いつでも言って欲しい。」

 そう言うと、セリオンくんは「はい」と小さくうつむいた。
 ちょっと押し付けがましかっただろうか…。少し反省するところはあったが、
 その後はいつものように和やかに歴史の話をして
 セリオンくんは帰って行った。

 セリオンくんは親元から離れて一人暮らしをしているらしい。
 ずいぶんと体の線が細いので、きちんと食事をしているのか少し心配だが、
 そこまで口を出すのはお節介だろうか。
 …店番をしながらそんな事と考えていたら、
 夕飯の買い物に出ていたジュナイが帰って来た。

「…セリオンくんだっけ?来てたんだな」

 ジュナイは開口一番、そう言った。なぜ分かったのかと問うと
「その本」とセリオンくんが貸してくれた本を指差した。
 確かにジュナイは何につけ目聡いが、それだけで分かるものなのか?
 …俺の顔にはそんな事が書かれていたのかも知れない。
 ジュナイは薄く笑うと「あとは勘かな」と言った。

「セリオンくんが来ると、あんた嬉しそうだから」

 そう言うと、ジュナイはついとこちらに近づいた。
 やたらと整った顔の中で、赤みがかった茶色の瞳が
 じっとこちらを見て、やがて細まる。

「…妬けるね」

 それだけ言うと、ジュナイはいつのまにか
 そこに居たリュウを伴って店の奥に行ってしまった。
 間違いなく冗談だろうが、
 もしジュナイが俺に本気でやきもちを妬いたとしたら、どうだろうか。
 …俺は顔がだらしなく緩まないように注意しながら、店番を続けた。


 ***

 ジュナイとリュウが住み着いて以来、家で食事をする事が増えた。
 以前はほぼ毎日、銭湯に行った帰りに外で済ませていたのだが。
 ジュナイはとても料理が上手い。
 同じく一人暮らしが長い者でも、俺とは大違いだ。
 晩飯の片付けが済んだ後は、居間のタタミに寝そべってセリオンくんから借りた本を読んだ。
 この香りのよい草を編んだ東洋の床を、俺は気に入っている。
 かねてより読みたかったその本は、期待を裏切らず面白かった。

「魔石板、観てないなら消しなよ」

 いつの間にか風呂から上がったジュナイが、指を振ってで魔石を消した。
 魔法庁の天気予報を映していた板状の魔石は、今や光を失ってシンとしている。
 やや大きめの寝間着を着ていて、しっとりと濡れた髪の先には丸い水滴がいくつか見える。
 寝間着は元々俺のものだが、彼がこの店に来たその夜に貸したきり、そのままになっている。

「風呂、空いたよ」

 そう言いつつ、ジュナイがタタミの上に座る。本を読みながら生返事をする。

「…前から気になってたんだが、聞いていいか?」
 本から目を離すと、ジュナイはタオルで髪を拭いていた。
「家に風呂あんのに、なんで銭湯行くんだ?」
 何かと思えば他愛ない質問だったが、どこか安心した。
 家の風呂より広くて好きだからだと答えると、ふぅんと気のない返事が返って来た。
 …銭湯にしろ居酒屋にしろ、主な客はこの遺物横丁の住民だ。
 互いに金を回し合っている意味もある。そう付け足すと「なるほどね…」という、
 先程より少しは真面目な返事が返る。

 それきりジュナイは髪を拭き、俺は本を読み、暫らく無言で過ごした。
 進んだ頁はようやく序章が終わったところで、まだ先は長い。
 続きは風呂に入った後、寝床で読むか…。
 そう思っていると、本がすいと持ち上がり、手から離れた。
 見ると、ジュナイが本の背表紙に指を掛け、俺の手の中からそっと引き抜いていた。
 本を閉じてローテーブルの上に置くと、ジュナイはこちらを見る。
 うっすらと濡れて光る赤茶色の瞳が何を意味しているのかは、流石に分かった。
 そして察したとおりに、温かな肉の重みが、ゆっくりとのし掛かって来た。
 野暮だと思いつつも、「何だ」と聞くと、
 ジュナイは濡れた前髪の下で瞳を細めた。

「エイデンさん…しようか」

 そう言って浮かぶ笑みは、完全に捕食者のそれだが、ぞっとするほど美しい。
 …考えてもみれば、ジュナイの方からこの手の誘いをかけられたのは初めてだ。
 今までは俺の方から手を出し、ジュナイはただそれを拒まなかった。
 彼が意に沿わない行為を拒めないような、弱い男ではないのは分かっていたが、
 俺との関係をどう思っているかは分からなかった。
 嫌がってはいないが、喜んでもいない。ただそれだけだ。
 そして今このような状況なので、さらに訳が分からない。
 …とりあえず正直に「本を読みたいから嫌だ」と答えた。
 ジュナイは心底ムカッとしたらしい。彼は機嫌が顔に出やすい性分なのだ。
「本なんか、いつでも読めるだろ!俺は今したい気分なの!」
 そう直裁に怒って言い放つジュナイの頬は紅潮していて、
 悠長に構えている場合ではないが、正直可愛いと思った。
「何笑ってんだよ」
 じとりと睨まれる。…笑ってたのか俺は…いかんな。
 素直にすまないと謝ると、幾分気が落ち着いたらしい。
 ジュナイはじっと俺を見たあと、先程よりしおらしく言った。
「…時間、取らせないからさ」
 腕を伸ばし、寝間着に包まれたしなやかな体を抱きしめる。
 強張っていた背中を掌で撫でると、次第にくたりと力が抜けて行くのが分かる。
 ジュナイは安心したように小さく息をついた。
 構ってくれと素直に言えば良いのに。
 そう思ったが、それを口に出すのは流石にやめた。

 …セリオンくんには悪いが、
 借りた本は読み切れぬまま返す事になるかもしれない。
 申し訳ないが、これは仕方のない事だ。
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