【毎日連載】古魔道具屋『レリックハート』の女房と猫

丁銀 導

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006 亡き弟の独白①【リュウ・アーヴァイン】

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 僕の名前はリュウ・アーヴァイン。

 この大きな病院に、子供の頃からずっと入院しているんだ。
 心臓の病気なんだって。
 だから外に出た事は殆ど無いし、学校に通った事もない。
 今年で二十歳になったから、健康ならば大学に通ったり社会人になったりしていたのかな?
 なんて時々考えたりするけれど…仕方ないよね。これが僕の運命なのだろうから。

 それでも僕は自分を不幸だとは思わないよ。
 担当のモーリ先生も看護師さん達も、みんな優しくしてくれるし、病院内で出来た友達もいる。
 学校には通えなくても、通信教育や本でいくらでも勉強が出来るし、何しろ時間があるから
 教養や分別には同年代の人々よりも長けていると自信がある。
 …それに何より、ジュナイが大事にしてくれるしね。

 ジュナイは僕の四つ上の兄だけれど、血の繋がりはない。
 僕は三つ、ジュナイは七つの頃、偶然同じ日に同じ孤児院に入ったのが縁で、
 僕らはその日から、互いを兄弟だと思うようになった。
 …少なくともジュナイは、今もそう思ってくれているのだろう。
 残念ながら、僕は違うのだけれど。
 いつの事かはすでに曖昧だけど、去年か一昨年くらいかな。
 僕は一度だけ、ジュナイに、キスして欲しいと頼んだ事がある。
 ジュナイはちょっと驚いた顔をした後「そういうのは、恋人とするもんだ」と笑った。
 
 …知ってるよ。僕はジュナイの恋人になりたいんだよ。
 ずっと昔から、君が好きだった。愛しているんだよ。
 
 僕がそう真剣に言うと、ジュナイは今度は笑わずに聞いてくれた。
 けれど、僕の想いに応えてはくれなかった。

「…今のは、聞かなかった事にする」

 彼はただ、そう言った。
 兄弟をそんな意味では愛せないと、
 拒否すればいい。それは出来ないくせに。
 
…ジュナイ、君は本当に酷いやつだね…。


 ジュナイがどれだけ僕を愛しているのか、知らない訳がない。
 彼は僕の治療費のために、身も心も削るようにして働いてくれている。
 おそらく、公に出来ない犯罪紛いの事にも手を出しているのだろう…。
 僕は社会に出た事は無いけれど、それが分からない程、世間知らずではないんだよ。
 たとえ肉親同然の『兄弟』の為とはいえ、そこまで出来る筈がない。
 自分の人生を投げ出して惜しまないほど、僕を愛しているくせに。
 それでもジュナイは、僕の恋心も、彼自身の恋心も決して認めてはくれなかった。
 …彼にとって『唯一の肉親』である僕は、不可侵の聖域なのだろう。

 僕は自らが難病を患っていると知っても、自分を憐れんだ事はない。
 けれど、その時ばかりはつらかったね…生まれて来た事を後悔した。
 兄弟愛・家族愛という名の綺麗な檻に閉じ込められて、
 愛する人に口づけをする事もなく、枕を交わす事もなく、
 僕は死ぬんだな…
 そう思うと、生きている事が虚しくなった。
 どのみち、僅かな余命であってもね…。
 どうせ死ぬなら、外に出たいと思った。
 僕の心臓はぽんこつだから、ちょっと急いで歩いただけで苦しくなって、倒れてしまう。
 自殺の方法としては最良だろう。道具もいらないし、誰かを巻き添えにする事もない。
 幸いその日は天気もよく、検温が終わった後、僕は決行した。
 ちょっとドキドキしたけれど、案外バレなかった。
 こそこそせず、堂々としていたのが良かったのかもしれない。

 寝間着のままだから、出られるのは精々病院の庭までだけれど、死ぬには充分だろう。
 ただ、どこか人目に付きにくい場所を探す必要がある。
 そして僕は、病院の敷地内の片隅に広がる、小さな森に行く事にした。
 病室の窓から毎日見ていた場所だけれど、足を踏み入れるのは初めてだ。
 森と言ってもきちんと整枝された樹ばかりで、歩道もあった。車椅子は通れないだろう。
 緑の匂いと風が心地よく、外に出てよかったとしみじみ思った。
 ふと見ると、地面に黒くて小さな毛玉が転がっていた。なんだろう?
 気になって指でつついてみると、毛玉は可愛い声でみーみーと鳴いた。
 仔猫だった。
 真っ黒でつやつやした長い毛と、青い目をしている。
 僕の髪と目の色とお揃いだったので、なんとなく親しみを感じた。
 両掌に収まりそうに小さな仔猫を胸に抱くと、温かかった。
「君、どこから来たの?お名前は?」
 そう聞くと、仔猫はやっぱりみーみー鳴いた。
 汚れているし、首輪をしていない。おそらく野良猫なのだろう。
 親猫に捨てられたのか、はぐれたのか…。
 取り敢えず連れて帰ろうと思った。
 僕は病院暮らしの身で飼えないけど、里親を探す事くらいのい事は出来るだろう。
 ジュナイに相談すれば、きっと力になってくれる。
 …そんな感じですっかり死ぬ事を忘れた僕は、しばらく仔猫と遊んだ。
 仔猫は元気で人懐こかった。
 ふと名前が必要だと気付いて、色々考えた結果『リュウ』と名付けた。
 自分の名前から取ったのは、同じ色の目と毛並みをしているよしみだ。

「君の名前は『リュウ』だよ」

 そう言うと、仔猫はみぃと鳴いた。
 遊んでいる間に気付いたのだけれど、僕の言う事が分かるみたいだし、
 かなりお利口な猫なのかも知れない。
 猫と人は口腔の構造が違うから、たとえ言葉が分かっても、喋れないのが残念だ。
 しばらくすると空が曇って来たので、帰ることにした。

 道すがら、ぽつぽつとにわか雨が降り出したので、少し急いだのが悪かったのだろう。
 僕の欠陥品の心臓が、早々に根をあげた。
 ひどく苦しかった。
 立っていられず地面に倒れ込むと、腕の中から『リュウ』がするりと抜け出し、鳴いた。
 みーみーと鳴く『リュウ』に、僕は朦朧としながら「心配しないで」と言った。
 そもそも僕は死ぬつもりだったんだ。何も怖くない。
『リュウ』は僕と違って元気だし強い。心配はいらないだろう。
 …ああ、でもやっぱり、ジュナイにもう一度会いたかったな…
 そんな事を思いながら、意識を失った。


 ***

 …気が付くと、僕は病室のベッドの上だった。
 人工呼吸器こそ無いけれど、腕には点滴の管がたくさん刺さっている。
 無数の医療用魔石が色とりどりに光っている。この数は初めてだ。
 ぼんやりしていたら、傍らから「リュウ!」と強く名を呼ばれた。
 …声の方向に顔を向けると、ジュナイがいた。
 ひどく疲れた顔をしていた。
 ごめんね、と言うと、ジュナイは涙を零し、泣いた。

 その後しばらくして回復した僕は、ジュナイやモーリ先生から凄く怒られた。
 その上当分は病室から一人で出てはいけない事になった。
 仕方がないね。それだけ、僕は危険な状態だったのだろうから…。

「…今回ばかりは、駄目かと思ったぜ…」ジュナイは硬い表情で
「もう二度と、こんな事はしないでくれ」そう言った。
「もう二度としないよ」そう応えると、ジュナイはほっとしたように微笑んだ。

 …そう言えば『リュウ』はどうしたのだろう。
 みんなに聞いたけれど、誰も『リュウ』の存在すら知らなかった。
 倒れている僕を見つけたのは小児病棟の看護士さんで、
 彼女も仔猫の姿は見なかったらしい。
「夢でも見たんじゃないのか?」とジュナイは言った。
 そうなのかも知れない。
 此の世のものでは無かったのかも。
 お陰で死ぬつもりだった僕は、こうして生き永らえた。
 『リュウ』がただの猫だったとしても、
 賢く強い彼はどこかで元気に生きているのだろう。
 同じ名前の誰かが僕の分まで生きてくれる。
 そう思うと、なんとなく楽しい気分になれた。
 もう会う事は無いのだろうけれど。

 僕に残された時間は、おそらくそんなに長くはない。
 それまでに、何をするべきだろう。…いや、僕はどうしたいのだろう。

 ジュナイを愛してる。誰にも渡したくない。ずっと僕だけを愛して欲しい。
 …でも、彼を悲しませたくない。幸せになって欲しい…。
 そう思う気持ちも、決して嘘ではない。
 どれも偽らざる、僕の真実だ。
 死がこの命を収穫に来るその日までに、
 答えを出せるのかどうかは、僕には分からない。
 そして今や望みは完全に絶たれてしまったけれど……


 ジュナイ…僕は今でも、君の肌や唇に、触れたいよ。

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