8 / 54
009 テンプラ【エイデン】
しおりを挟むジュナイは、とても料理が上手い。
週に何日か遺物横丁の店々で買い込んで来た食材で、器用に夕飯を作ってくれる。
「うまい…!」
「だろぉ?」
根菜の煮つけを口にした途端、思わず声に出た。ジュナイは満足げに微笑む。
「上手いのは、料理だけじゃないぜ?」
艶を含んだジュナイの声にドキリとして目を上げるが、次の瞬間あわてて逸らす。
彼の美しい顔に浮んだ微笑が、恐ろしく妖艶に見えたからだ。
そんな俺の無様な様子に、ジュナイはきょとんとした後、さも可笑しそうにくっくと笑った。
「そのつもりで、俺をこの店に引っ張り込んだんじゃないの?」
俺は慌てて首を横に振った。やましい感情から、彼を店員に雇ったのでは断じてない。
だが、理由を上手く説明することなど出来ない。
ただなんとなく…彼の手を放してはいけないような気がしたのだ。
「…変な人だね、あんた」
そう薄く微笑んで、ジュナイは玉子焼きをパクリと一切れ口の中に放り込んだ。
***
「実はさ、今日は朝からテンプラの気分なんだ。
たくさん食いたいな」
ある日の午後。ジュナイがそう言い出した。
テンプラは東洋の揚げ物で、こちらのフライとはまた違った美味しさがあると
シナノワで根強い人気を誇る料理だ。
では外に食いに出ようかと提案すると
「いや、外食だと高いだろ?作るよ」と事も無げに言い、
財布を手にさっさと買い物に出掛けて行った。
テンプラを作る…?どうやって?
恥ずかしながら、俺は料理をまったくした事が無い。
長らく父と二人暮らしだったのだが、父は料理をまるでしない人だった。
毎日外食か弁当屋に買いに行っていたが、俺はそれを特に不満に思った事はない。
食べるものが何であれ、食事の時間は忙しい父とゆっくり語らえる、貴重で楽しい時間だった。
程なくして、遺物横丁の八百屋で買い込んだのだろう。
青々とした新鮮な地野菜を両腕いっぱいに抱えたジュナイが、喜々として帰ってきた。
テンプラ粉、油、野菜たち、魚屋で買ったという鮮やかな朱色のククル海産のエビが数尾…
台所のテーブルに並べると、ジュナイは腕まくりをし、エプロンを着けた。
「何か手伝うことは…」
「別にないよ」
「大丈夫か?無理しなくていいんだぞ」
「なにが」
「その…危険じゃないのか?……油を熱するなんて……」
「気ぃつけりゃ平気だよ」
きれいに洗った手を拭きながら、ジュナイはあきれたように応える。
食材を食べやすい大きさに手際よく切り、小麦粉・卵・氷水を混ぜた液に
それらを浸して、鍋で熱した油に次々放り込んでゆく。
じゅわ~っと小気味のよい音を立てる食材をしばらく見守り、頃合いを見て
ハシでつまんで平たい金ザルに置く。
それは居酒屋や弁当屋で見るテンプラと、まったく同じか
それ以上の出来栄えだった。
「…しばらく、見ていていいか?」
「?いーけど」
感動した俺は、ジュナイがてきぱきとテンプラを揚げてゆく様を見詰め続けた。
料理というものは、こんな手間暇をかけてじっくりと作られているものなのか…。
なんだか手品か魔法を見るような心持ちだった。
「…なぁ」
「ん?」
「こんなの見て、楽しい?」
「楽しいぞ」
「ふぅん…」
変な人。
ジュナイはそう呟き、ほんのりと笑った。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話
日向汐
BL
「好きです」
「…手離せよ」
「いやだ、」
じっと見つめてくる眼力に気圧される。
ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26)
閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、
一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨
短期でサクッと読める完結作です♡
ぜひぜひ
ゆるりとお楽しみください☻*
・───────────・
🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧
❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21
・───────────・
応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪)
なにとぞ、よしなに♡
・───────────・
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
帝は傾国の元帥を寵愛する
tii
BL
セレスティア帝国、帝国歴二九九年――建国三百年を翌年に控えた帝都は、祝祭と喧騒に包まれていた。
舞踏会と武道会、華やかな催しの主役として並び立つのは、冷徹なる公子ユリウスと、“傾国の美貌”と謳われる名誉元帥ヴァルター。
誰もが息を呑むその姿は、帝国の象徴そのものであった。
だが祝祭の熱狂の陰で、ユリウスには避けられぬ宿命――帝位と婚姻の話が迫っていた。
それは、五年前に己の采配で抜擢したヴァルターとの関係に、確実に影を落とすものでもある。
互いを見つめ合う二人の間には、忠誠と愛執が絡み合う。
誰よりも近く、しかし決して交わってはならぬ距離。
やがて帝国を揺るがす大きな波が訪れるとき、二人は“帝と元帥”としての立場を選ぶのか、それとも――。
華やかな祝祭に幕を下ろし、始まるのは試練の物語。
冷徹な帝と傾国の元帥、互いにすべてを欲する二人の運命は、帝国三百年の節目に大きく揺れ動いてゆく。
【第13回BL大賞にエントリー中】
投票いただけると嬉しいです((꜆꜄ ˙꒳˙)꜆꜄꜆ポチポチポチポチ
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
過去のやらかしと野営飯
琉斗六
BL
◎あらすじ
かつて「指導官ランスロット」は、冒険者見習いだった少年に言った。
「一級になったら、また一緒に冒険しような」
──その約束を、九年後に本当に果たしに来るやつがいるとは思わなかった。
美形・高スペック・最強格の一級冒険者ユーリイは、かつて教えを受けたランスに執着し、今や完全に「推しのために人生を捧げるモード」突入済み。
それなのに、肝心のランスは四十目前のとほほおっさん。
昔より体力も腰もガタガタで、今は新人指導や野営飯を作る生活に満足していたのに──。
「討伐依頼? サポート指名? 俺、三級なんだが??」
寝床、飯、パンツ、ついでに心まで脱がされる、
執着わんこ攻め × おっさん受けの野営BLファンタジー!
◎その他
この物語は、複数のサイトに投稿されています。
【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる