【毎日連載】古魔道具屋『レリックハート』の女房と猫

丁銀 導

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009 テンプラ【エイデン】

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ジュナイは、とても料理が上手い。

週に何日か遺物横丁の店々で買い込んで来た食材で、器用に夕飯を作ってくれる。
「うまい…!」
「だろぉ?」
根菜の煮つけを口にした途端、思わず声に出た。ジュナイは満足げに微笑む。

「上手いのは、料理だけじゃないぜ?」

艶を含んだジュナイの声にドキリとして目を上げるが、次の瞬間あわてて逸らす。
彼の美しい顔に浮んだ微笑が、恐ろしく妖艶に見えたからだ。
そんな俺の無様な様子に、ジュナイはきょとんとした後、さも可笑しそうにくっくと笑った。

「そのつもりで、俺をこの店に引っ張り込んだんじゃないの?」

俺は慌てて首を横に振った。やましい感情から、彼を店員に雇ったのでは断じてない。
だが、理由を上手く説明することなど出来ない。
ただなんとなく…彼の手を放してはいけないような気がしたのだ。

「…変な人だね、あんた」

そう薄く微笑んで、ジュナイは玉子焼きをパクリと一切れ口の中に放り込んだ。

***

「実はさ、今日は朝からテンプラの気分なんだ。
たくさん食いたいな」

ある日の午後。ジュナイがそう言い出した。
テンプラは東洋の揚げ物で、こちらのフライとはまた違った美味しさがあると
シナノワで根強い人気を誇る料理だ。
では外に食いに出ようかと提案すると
「いや、外食だと高いだろ?作るよ」と事も無げに言い、
財布を手にさっさと買い物に出掛けて行った。

テンプラを作る…?どうやって?

恥ずかしながら、俺は料理をまったくした事が無い。
長らく父と二人暮らしだったのだが、父は料理をまるでしない人だった。
毎日外食か弁当屋に買いに行っていたが、俺はそれを特に不満に思った事はない。
食べるものが何であれ、食事の時間は忙しい父とゆっくり語らえる、貴重で楽しい時間だった。

程なくして、遺物横丁の八百屋で買い込んだのだろう。
青々とした新鮮な地野菜を両腕いっぱいに抱えたジュナイが、喜々として帰ってきた。
テンプラ粉、油、野菜たち、魚屋で買ったという鮮やかな朱色のククル海産のエビが数尾…
台所のテーブルに並べると、ジュナイは腕まくりをし、エプロンを着けた。

「何か手伝うことは…」
「別にないよ」
「大丈夫か?無理しなくていいんだぞ」
「なにが」
「その…危険じゃないのか?……油を熱するなんて……」
「気ぃつけりゃ平気だよ」

きれいに洗った手を拭きながら、ジュナイはあきれたように応える。
食材を食べやすい大きさに手際よく切り、小麦粉・卵・氷水を混ぜた液に
それらを浸して、鍋で熱した油に次々放り込んでゆく。
じゅわ~っと小気味のよい音を立てる食材をしばらく見守り、頃合いを見て
ハシでつまんで平たい金ザルに置く。
それは居酒屋や弁当屋で見るテンプラと、まったく同じか
それ以上の出来栄えだった。

「…しばらく、見ていていいか?」
「?いーけど」

感動した俺は、ジュナイがてきぱきとテンプラを揚げてゆく様を見詰め続けた。
料理というものは、こんな手間暇をかけてじっくりと作られているものなのか…。
なんだか手品か魔法を見るような心持ちだった。

「…なぁ」
「ん?」
「こんなの見て、楽しい?」
「楽しいぞ」
「ふぅん…」

変な人。
ジュナイはそう呟き、ほんのりと笑った。
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